朝鮮の第4回核実験と朝鮮半島情勢

2016.01.07.

<はじめに:私の基本的判断の誤りについてのお詫び>
 朝鮮が1月6日に「初の水爆実験」を行ったと発表したことは、私にとって正に「寝耳に水」でした。私は12月11日のコラムで次のように書いていました。

  「私は、9月14日に朝鮮国家宇宙開発局長が朝鮮中央通信社記者の質問に対して、「朝鮮労働党創建70周年を一層高い科学技術的成果で輝かせる」ため、「新しい地球観測衛星の開発を最終段階で進めており」、「世界は今後、先軍朝鮮の衛星がわが党中央が決心した時間と場所によって、大地から空高く引き続き打ち上げられるのをはっきりと見ることになるだろう」と回答したという記事を読んで、再び朝鮮半島情勢の先行きに緊張が覆い始めたと感じずにはいられませんでした。
  しかも、翌日(9月15日)には、朝鮮原子力研究院院長が同じく朝鮮中央通信社記者の質問に答える形で、米国等が「意地悪く行動するなら、いつでも核の雷鳴で応える万端の準備が整っている」と述べたのです。これは、朝鮮の人工衛星打ち上げに対してアメリカが安保理を動かして制裁措置を取るのであれば、 朝鮮は核実験を行うことを警告したものにほかなりません。
  私は、第2回及び第3回の核実験に至る過去の経緯を踏まえ、「朝鮮の人工衛星打ち上げ→安保理の制裁→朝鮮の対抗措置としての核実験」というパターンがあることに注目してきました。つまり、アメリカの朝鮮敵視政策のもとでは、朝鮮にとって核開発は既定路線です。しかし、核開発の一環である核実験に関しては、外交カードを欠く朝鮮としては、カードとして使わざるを得ない状況があるということです。外交カードが豊富にあれば、核実験は軍事的な核開発計画・判断に従って粛々と進めることになるはずですが、外交カードが少ない朝鮮としては、核実験をいかなるタイミングで行うかということについて、対外政策の一環として決めざるを得ないのです。以上の私の判断は経験知を踏まえた判断だったわけですが、朝鮮原子力研究院院長の上記発言は、私の判断が間違っていないことを公に確認する初めてのものです。」

 要するに、外交カードを欠く朝鮮としては、核実験を行うタイミングについても外交カードとして位置づけざるを得ないというのがこれまでの私の基本的判断でしたし、2014年9月14日及び15日の朝鮮側責任者の発言は、そうした私の判断を裏付けるものであるということでした。今回、朝鮮が核実験を行ったことは、以上の私の基本的判断が間違いであることを示すものであり、したがって、私としては「寝耳に水」という感慨を味わうことになったということです。以上の判断の誤りについて、まず皆様にお詫び申し上げます(ただし、外交カードとして使うという点の判断の有効性については後述参照)。

<朝鮮が核実験を行ったことに関する公式説明とその検討>
 朝鮮が今回核実験を行った理由について、朝鮮政府は1月6日の声明で次のように述べています(同日付朝鮮中央通信)。

 「わが共和国が行った水爆実験は、米国をはじめとする敵対勢力の日を追って増大する核脅威と恐喝から国の自主権と民族の生存権を徹底的に守り、朝鮮半島の平和と地域の安全を頼もしく保証するための自衛的措置である。」
 「真の平和と安全は、いかなる屈辱的な請託や妥協的な会談のテーブルで成し遂げられない。こんにちの厳しい現実は、自分の運命はもっぱら自力で守らなければならないという鉄の真理を再度明白に実証している。」

 つまり、アメリカによる核恫喝に対する自衛的措置の一環であるということ、そして、「妥協的な会談のテーブル」すなわち6者協議による外交的解決の可能性に対する否定的判断の2点が、朝鮮が4回目の核実験に踏み切った理由であることが読み取れます。
 アメリカによる核恫喝に対する自衛的措置という点に関しては、すでに紹介した12月11日付コラムで、私が述べたことが一定の示唆を与えると思います。私はそこで、朝鮮が人工衛星打ち上げを強く示唆しながら、その後打ち上げなかった基本的理由として、10月1日の李洙墉(リスヨン)外相の国連演説を嚆矢とする、停戦協定に代わる朝米平和協定締結を目指す朝米直接交渉の外交的努力を優先しているのではないかという判断を示しました。そういう外交アプローチは、6者協議は失敗だったとする判断にも基づいていることは朝鮮側文章によって確認できることも、このコラムで指摘したとおりです。
 私はこのコラムで、「朝鮮は、無期限に対米直接交渉による問題解決という新しい提案を続けるつもりは恐らくない」とも指摘しました。朝鮮としては、アメリカが朝鮮の外交アプローチに応じてくる見込みはないという判断に立って、今回の核実験に踏み切ったことは間違いないと思います。
 この点をさらに敷衍すると、朝鮮が核実験を行うタイミングを外交カードとして利用するという私のこれまでの基本的判断がまったく失当だったわけではないことも改めて確認できます。つまり、アメリカが朝鮮の外交アプローチに応じていたならば、朝鮮が今回の核実験に踏み切ることはなかったということは容易に判断できるからです。
 ただし、私が間違っていたのは、朝鮮が行おうとしているのはあくまでも人工衛星打ち上げであって、いきなり核実験、しかも水爆実験に向かうとは想像もしていなかったことです。そのような間違った判断に基づいて、私は上記コラムで次のように判断したのでした。

 「朝鮮としては、朝鮮がいくら誠意を示してもアメリカは乗ってこなかったという事実を中露両国に明らかにすることにより、また、上記のロシアの朝鮮問題専門家の認識にあるように、アメリカの朝鮮敵視政策の基本に座っているのは対中露戦略であることを示すことによって、今後の人工衛星打ち上げに際しては、中露が安保理でアメリカに安易に同調することがないようにアピールするという狙いがあっても不思議ではありません。」

 しかし、人工衛星打ち上げと核実験とでは、中露両国の反応は当然違います。中露両国が最重視するのは核不拡散体制(NPT)を守ることであり、朝鮮が対米外交で誠意を示したことは、その核実験を正当化する理由として中露両国が受け入れることにはなりません。朝鮮としても、そのことは明確に認識しているでしょう。したがって、何故現在の時点で朝鮮は第4回核実験に踏み切ったのかという問題をさらに考える必要があります。

<朝鮮が現在の時点で核実験に踏み切った理由として考えられるポイント>
 朝鮮が今回核実験に踏み切ったことは、1月6日夕方の時点で発表された環球時報社説が「再び国際社会を驚愕させた」と形容したように、正に大方の予想を超えるものでした。したがって、朝鮮が何故今の時点で核実験に踏み切ったのかという疑問が当然起こるわけです。
 この点に関して、1月6日付環球WSが掲載した上海外国語大学国際関係公共事務学院の馬堯特約研究員文章は、①金正恩の誕生日(1月8日)に対する献礼(2009年の核実験を除き、2006年10月9日の第1回核実験は労働党建党記念日の前日、2013年2月12日の第3回核実験は2月16日の金正日誕生日にリンク)、②有利な国際情勢の利用(米欧露は中東で角逐を演じており、中国は南シナ海で米日と駆け引き中で、朝鮮に対する圧力の度合いは弱まるだろうという判断)などを挙げています。
 私自身は、過去3回の核実験は「人工衛星打ち上げ→安保理制裁→核実験」の一環としての要素が大きいと思いますので、馬堯の①の指摘は副次的にはそうであるとしても、基本的な説明としては無理があると思います。ただし、今回の核実験に関しては、対米交渉が不首尾に終わったという判断にプラスして、金正恩の誕生日を慶賀する意図が込められているという指摘を無下に否定する気持ちにはなりません(この点はさらに後述)。
 また、同じく同日付の環球WSが掲載した、中国人民大学国際関係学院の金燦栄副院長による同紙とのインタビューで、同副院長は、現在の大国関係における矛盾が極めて深刻であるために、朝鮮としては、そのタイミングを選んだとして、馬堯が指摘した2番目のポイントに同意しています。私も、米露関係が2014年のウクライナ危機以来厳しい対立状況にあること、米中関係も南シナ海問題をめぐってギクシャクしていることは、2006年、2009年及び2013年の時点ではなかったことであるとは思います。しかし、朝鮮がそういう国際環境的要因を読み込んで核実験を行ったかどうかについては、判断材料がありません。
 以上の見解に対して、同じく1月6日付の環球時報がインタビューを行った中国アジア太平洋学界朝鮮半島研究会の王林昌委員及び中国現代院世界政治研究所の任衞東副研究員は、朝鮮の核開発は20年以上にわたる既定路線であって、「今日やらないなら明日やるということで、特別なタイミングというものがあるわけではなく、要するに続けていくということだ」(任衞東)として、タイミングについて詮索するのは無意味だという判断を示しています。
 私も、朝鮮の核開発戦略は、アメリカの対朝鮮敵視政策が変わらない限りは既定路線であり、核ミサイル・システムの研究開発(そのための所要の実験)も粛々と進めていくだろうという点では、王林昌及び任衞東の判断と基本的に同じです。ただし、具体的に核実験のタイミングについては、やはり外交カードとして使わざるを得ない事情があると考えるのです(今回もそういうケースであることはすでに指摘したとおりです)。
ちなみに、任衞東の発言の注目点は、朝鮮が核実験をせざるを得ないのは米日韓の強大な軍事圧力があるからで、このような安全保障環境は1960~70年代の中国の状況と極めて似ており、核兵器開発はもっとも安上がりかつもっとも有効な安全保障であること、また、朝鮮は再三にわたってアメリカとの平和協定締結を要求してきたが、アメリカはこれに応じていないことが根本にあること、の2点を指摘していることです。この分析は、私が2014年の12月29日付コラムで紹介した中国軍関係者分析と軌を一にするものですし、朝鮮が昨年10月以来行ってきた対米外交アプローチを間接的に評価しているものとも見られます。
私としては、中国国内でこういう「まともな認識・分析」が主流にならないと、中国の対朝鮮半島政策は問題を抱え続けると思います。残念ながら、これから見るように、中国外交部の立場は、朝鮮の第4回核実験に対して従来どおりの対応に終始しています。
私自身が気になっている点をさらに指摘しておきます。
朝鮮が今回、中国に事前通報することなく核実験を行ったこと(1月6日の定例記者会見で、中国の華春瑩報道官が確認)は、8月危機に際して中国の仲介を拒否した(8月30日付コラム参照)ことの延長線上にあると思われることです。朝鮮労働党成立70周年を機会に中朝関係に改善の兆しが見られましたが、朝鮮2団体の中国公演が土壇場でキャンセルされたこともあり、金正恩が中国に対して「腹に一物」があるとしても不思議ではありません。しかもすでに述べたとおり、朝鮮は6者協議が失敗だったとしているわけですから、なおさら対中考慮を働かせる積極的要因が乏しいとみられます。
ただし、朝鮮が経済建設と核開発の並進路線を進める上では、経済特区・開発区の発展は欠かせず、これに大きな役割を担うはずの中露両国との良好な関係維持は極めて望ましいはずです。しかし、その点を朝鮮がどのように判断したのかについては不明です。また、安保理が強硬な制裁措置を打ち出すことについては、過去3回の核実験後における安保理の国際的制裁を経験している朝鮮は織り込み済みだと思います。しかし、この点に関しても、今後の展開を現時点で予想するには材料不足です。
以上の諸点を総合的に踏まえた上で、改めて現時点で核実験を行うこととした最大のかつ直接的な決め手は何であったかと考えますと、馬堯が指摘した金正恩の誕生日を慶賀するという要素の大きさを考えないわけにはいきません。仮にそうであるとすると、私としては、今後の朝鮮政治情勢に対しては危惧を覚えないわけにはいきません。しかし、この点については判断材料があまりにも不足していますから、これからの朝鮮政治の動きを詳細に観察することによって認識を深めていこうと思います。

<中露両国の反応>
朝鮮の核実験に対しては、米日韓が早速安保理での制裁強化を打ち出しています。しかし、今後の安保理の動きを見る上では、中露両国の動向がカギを握るのは見やすい道理です。ただし、ロシア外務省などロシア側の反応に関しては、今のところ、断片的な情報にしか接していません(1月7日朝現在、ロシア外務省WS(英語版)にはコメントも掲載されていません)。
中国については、中国外交部は1月6日に異例の、次の内容の外交部声明を発表しました。

「本日、朝鮮民主主義人民共和国は、国際社会のあまねく反対を顧みず、再び核実験を行った。中国政府は、これに対して断固反対する。
半島の非核化を実現し、核拡散を防止し、東北アジアの平和と安定を擁護することは、中国の確固とした立場である。我々は、朝鮮が非核化の約束を守り、情勢を悪化させるいかなる行動をも停止することを強烈に促す。
 半島及び東北アジアの平和と安定を擁護することは各国の共同の利益と合致する。中国は、半島非核化の目標を断固として推進し、6者協議の枠組みを通じて半島核問題を解決することを堅持する。」

また、王毅外交部長は同日行われた新年招待会の席上で演説した中で、「中国は国際核不拡散体制を断固として擁護し、本日朝鮮が国際社会の反対を顧みず再度核実験を行ったことに対しては、中国政府はすでに外交部声明を通じて中国の厳正な立場を表明した」と述べました。さらに、同日行われた外交部の定例記者会見では、華春瑩報道官が記者の質問に対して答えた中で、「現在の事態は正に、速やかに6者協議を再起動させ、半島核問題を6者協議の枠組みに組み込んで解決することの重要性、緊迫性及び必要性を証明している」と述べました。
以上から明らかなとおり、中国の基本的立場はNPT体制の堅持及び6者協議による包括的解決という点で、従来の立場から変わった兆しは窺えません。朝鮮が6者協議は失敗だったと断じていることに対する中国のホンネをうかがうことは、現時点では材料がありません。また華春瑩報道官は、「中国は朝鮮に対する制裁を考えているか」、「反対というが、具体的にはいかなる措置を講じるのか」という記者の質問に対しては、抽象的な答えしかしませんでしたので、今後の安保理での審議においていかなる対欧をするのかについてもやはり判断材料が得られません。
なお1月6日夕方の時点で環球WSに掲載された同紙社説では、朝鮮の核実験が中国東北地方に及ぼす影響に言及し、「平壌は、このことが中朝関係及び朝鮮自身に及ぼす長期的なマイナスの影響を考慮しなければならない。仮に「それはあなたたちの問題だ」と考えるのであれば、それは戦略的短視眼であろう」と警告しています。
すでに見たように、アメリカとの関係が冷え込んでいるロシアと、同じく微妙な関係にある中国が、安保理における審議にいかなる対応を行うかについては、現時点で確たる見通しを行うことは困難です。アメリカの自己中心的なアプローチには辟易している中露両国ですが、これ以上対米関係を悪化しないことをメリットと考えるか、それとも、アメリカの対朝鮮政策にこそ問題の根本原因があるという冷静かつ正しい判断に基づいて行動するのか、それは朝鮮問題だけに留まらない、今後の大国関係のあり方にも影響を及ぼす問題として見守っていく必要があります。