安倍政権の対中包囲ダイアモンド構想(環球時報社説)

2015.12.25.

12月23日付環球時報社説は、「対中「ダイアモンド包囲圏」 日本はよくも夢を見るものだ」と題する社説を掲げました。安倍政権の対中政策に対する中国側の認識の所在を理解する上で好個の材料だと思いますので、訳出して紹介します。
 この社説が示す日本認識は毛沢東の「戦略的には相手を軽視し、戦術的には相手を重視する」という認識論に立っています。
 「長期的には中国に対するNo.1の戦略的ライバルにはなりえない」、「中国の台頭に対する面倒となりうることは間違いないが、中国の生存を脅かす能力はない」、「日本の国力は要するに限られているし、真の大国が必ず備えなければならない吸引力が欠けている」、「アメリカが日本の戦略に従い、日本がアメリカの「子分」とならないというロジックは米日関係においては明らかに存在しない」などの指摘は、戦略的には、中国が日本を完全に軽視していることを示しています。
 「日本はアジア太平洋の地縁性を引っ張ろうとしても「力不足」だが、中国をして辛い目に遭わせるだけの「泣き寝入りしない力」は十分にあり得る」、「日本が中国に「死ぬ気でぶつかる」となると、はなはだ面倒だ」、「日本は少なくとも中国の靴底にへばりついたチューインガムのように、中国が道を歩く上では極めて思いどおりに行かないようにすることはできる」などの指摘は、戦術的には、中国として日本を軽視するわけにはいかないことを冷静に認識していることを示しています。
 こういう認識に立って社説は、「中国はすでに、歴史的にいえば、中日関係における戦略的イニシアティヴを握っており、日本の千変万化に対して不変を以て対処するだけの資本を有している」として、禅にいう「定力」(今の中国では好んで使われる言葉の一つ)を以て日本に対応する必要性を説いているのです。
 私が1980年代に中国と接していた頃には、自らが戦略的に物事を考える「遺伝子」を具えている中国の専門家は、「日本にも深遠な戦略があるに違いない」という前提を立て、したがって「日本の戦略の中身」が見えないために、ますます日本に対して畏怖と警戒を抱いていました。私が「日本外交には戦略というものはないのです」といくら説明しても、彼らは信じようとしませんでした。  今回の環球時報社説を読むと、中国は今や完全に冷静に日本を読み切り、裸にしていることが分かります。2010年以後の日中関係の悪化の中で、中国は日本政治に対する認識を格段に深めてきたのです。これに対して日本では、官民挙げての「中国脅威論」一色で、「相手側を困らせるためには自分がさらに目茶苦茶になることも厭わないというような国家」(社説)になってしまっています。日中関係を正常な状況に戻すためには、一にも二にも日本の対中認識を中国の実像に合わせる必死な努力をすることが不可欠なのです。

  日本の2016年度防衛費は初めて5兆円を突破した。このことは、日本政府が発表した新年度予算案においてもっとも注目されるポイントである。同日の共同通信は、安倍晋三が今月、続けさまにインド及びオーストラリアの首脳と会談し、日米豪印の「安全保障のダイアモンド構想」をさらに推進しようとしたことを報道した。防衛予算と印豪首脳との会談はともに中国に対するものである。
  5兆円は、現在の為替レートは500億ドルに達しないが、円の為替レートが高いときの相場で計算すると、約600億ドルになる。「安全保障のダイアモンド構想」は「菱形包囲圏」とも呼ばれ、日本が豪、印及びアメリカのハワイとともに安全保障上の「菱形構造」を形成して、中国の台頭を押さえ込もうというものである。
  日本は、今日の世界で、中国の台頭を受け入れず、中国に対して対決政策を行うことにおいてもっとも大っぴらな国家である。日本は、科学技術が発達し、重厚な経済的実力を有し、強力に中国を牽制することができる一方、国家は小さく、国土面積、人口規模及び資源備蓄のすべてにおいて限られており、長期的には中国に対するNo.1の戦略的ライバルにはなりえない。
  例えば、日本の5~600億ドルの防衛予算は中国の半額に満たず、中国の台頭に対する面倒となりうることは間違いないが、中国の生存を脅かす能力はないし、中国の今後の発展が順調に進むかどうかについての決定的な外部要因ではもはやない。
  日本の右翼政治家が「中国包囲」を叫ぶのは今に始まったことではなく、「価値観同盟」はそういう計画の基礎を為す構想だ。日本が本気で力と金を注げば、中国の周辺諸国と政治的及び軍事的連携を強化することはできるだろう。しかし、この関係が中国と対抗することを目標とし、実際の行動能力を具えたいわゆる「同盟」にまでエスカレートすることができるかどうかとなると、はなはだ疑わしい。
  日本の国力は要するに限られているし、真の大国が必ず備えなければならない吸引力が欠けている。日本は「中国包囲」においてアメリカより熱心だが、地域全体としてはそのような現実的必要性と推進力は存在しておらず、基本的に日本の「片想い」でしかない。中国はオーストラリアにとっての最大の貿易パートナーであり、オーストラリアは一貫して米中の間でバランスを取ろうとしている。インドの主要関心は経済発展であり、中印関係は戦略的独自性を備えており、インドとしてはほかの国が中国に対する上での「コマ」となる気持ちはさらさら無い。したがって、安倍が希望する「菱形包囲圏」に関しては、豪印という二つの点において極めて実体がない。
  アメリカは米日同盟の絶対的支配者であるが、中米関係はすでにグローバルな戦略関係であり、米中の協力と摩擦のリズムの中で、日本が主導的ファクターとなりうる可能性はない。アメリカが日本の戦略に従い、日本がアメリカの「子分」とならないというロジックは、米日関係においては明らかに存在しない。
  次のように言うことはできるだろう。日本はアジア太平洋の地縁政治を引っ張ろうとしても「力不足」だが、中国をして辛い目に遭わせるだけの「泣き寝入りしない力」は十分にあり得る。今日の日本は、中国の台頭に立ちはだかる壁のようなもので、今後ますます低くなるだろうが、日本が中国に「死ぬ気でぶつかる」となると、はなはだ面倒だ。日本は少なくとも中国の靴底にへばりついたチューインガムのように、中国が道を歩く上で思いどおりに歩けないようにすることはできる。安倍政権の今日における「中国の邪魔をする」力の入れようは、外交的理性を失ってしまっているように見える。なぜならば、相手側を困らせるためには自分がさらに目茶苦茶になることも厭わないというような国家はないからだ。しかし、現在の日本はこのような「頑固一徹」に陥っているかのようだ。中国は日本が歴史を正視することを要求しているに過ぎず、このほかにも領土問題はあるが、これらのことが関係緩和のしようがない根本的衝突原因とはならない筈だ。しかし、安倍政権は取り憑かれてしまっているかのようで、中国からすれば、日本はかなりおかしな隣国になっている。
  このような奇怪かつ異常な言動というものは、なだめるという方法では恐らく変えることは難しいだろう。我々としては次のような前提を信じるしかないだろう。すなわち、日本は最終的には理性があるが、現在は隠れているのであり、一定の条件の下で再び表面に浮上してくるだろう、と。
  「菱形包囲圏」なるものは、畢竟するに夢である。日本は、中国と事ごとに対立するためには、中国より少なくない代価を支払うことになる。仮に、日本社会が十分な現実的な理由がない状況のもとで、「中国が台頭したら日本はどうなるということを心配する」ためだけの理由で、軽率に中国と対決する急先鋒になることを甘んじるとすれば、この世界が不正常であるということではなく、日本の神がかり状態は深刻なものがあるということだ。
  したがって、中国としては、日本に対して戦略的な定力を保ち、安倍政権のでたらめを絶対にやりたい放題にさせないと同時に、日本が時に示す対中関係を緩和させようとする願望を拒絶しないようにするべきだ。中国はすでに、歴史的にいえば、中日関係における戦略的イニシアティヴを握っており、日本の千変万化に対して不変を以て対処するだけの資本を有している。