トルコ戦闘機によるロシア爆撃機撃墜

2015.11.29.

 11月24日にトルコのF-16戦闘機がロシアのSu-24爆撃機を撃墜した事件については、私のような中東問題及び軍事問題についての素人には謎だらけの問題なのですが、中国の中東問題専門家の文章やロシア側の対プレス説明などを読むことによって、漸く問題の真相に近づけてきた印象を受けています。結論からいえば、シリア北西部に居住する少数民族のトルクメン人はシリア・アサド政権に反対する武装勢力として、アサド政権の追い落としを狙っているトルコ・エルドアン政権の支持・支援を得てきたこと、アサド政権を支援してイスラム国その他のテロリストに対して攻撃を加えているロシアはトルクメン武装組織をも攻撃対象としている可能性があること、したがって、今回の事件は偶発的「事故」である可能性は低いこと(ロシアが非難するように、トルコによる計画的攻撃であった可能性が強い)などです。以上の結論を裏付ける関係者の文章、発言を紹介します。

1.中東専門家・馬暁霖文章(11月28日付北京青年報所掲文章)

 馬暁林は今回の事件が極めて奇異である(浅井注:トルコ側主張は成り立たないことを強く示唆する内容)として、次の諸点を指摘しています。

  技術的に言えば、トルコ側はロシア機が侵入したのは1マイルで時間は17秒だとしているが、これはトルコ機が10分間(ママ)に10回警告したという主張からして論理的に理解できない。第二に、爆撃機は戦闘機に対しては脅威とはならず、トルコ戦闘機は爆撃機の身元及び意図を識別し、確認する十分な条件があったはずであり、侵入のわずか17秒という瞬時に撃墜することにはならない。第三に、一般的に言って、警告を無視した軍用機に対しては、射撃管制レーダー・ロックオンまたは曳光弾発射などの方法で威嚇し、現場から退去させることができるはずである。以前にロシア機がトルコ領内に「侵入」した記録があるにせよ、今回攻撃されたロシア機はシリア領内4キロの地点で墜落しており、トルコ側が明らかにしたレーダーの軌跡もまたロシア機の飛行していた地点はシリア領空と入り組んだトルコ領空空域であることを示しており、これらの事実もまたロシア機が故意に侵入したとは限らないことを示している。
  国際慣例によれば、非交戦地域及び非飛行禁止区域においては、外部から戦闘機が侵入したとしても、侵入された側が警告後に直接目標を撃墜するということはほとんどありえない。同様の状況はNATO諸国とロシアとの間でも頻繁に発生しており、2014年だけでも500回以上起こっており、そのうちの85%はロシア機によるものであるが、いずれも悲劇的結果を生まなかった。同じくNATO加盟国であるギリシャによれば、トルコ軍機のギリシャ領空「侵犯」は2014年には2244回を数え、2015年も10月までで1443回を数えるという。しかし、近年において、トルコ軍機が1機たりともギリシャによって撃墜されたことはない。トルコはかつて、トルコ軍機がシリア領空にわずかな時間進入したために撃墜されたことに対して憤りを表明したこともある。
  さらに理解に苦しむのは、撃墜された爆撃機がロシア機であることを確認した後、ロシアの友好国であるトルコが真っ先にロシアと直接コミュニケーションを取って、原因の説明と了解を求めるということをせず、緊急にNATOの会議を開いて対策を研究することを要求するとともに、アメリカにこのことについて通報したことである。これは明らかに異常である。報道によれば、射撃命令はトルコ首相が下したとされており、そうであるとすると、これは体系的な行動であって、戦闘機乗組員による臨機応変の措置ではない。2012年及び2014年に、トルコとシリアは前後して1機ずつが相手側によって撃墜されたことがあり、仮に今回トルコが誤ってロシア機をシリア機と見誤って撃墜したという事情があるとしても、トルコの事後処理の仕方を見ればこの仮説も成り立たない。
  ロシアは、トルコが長期にわたってイスラム国を庇護してきたと非難し、トルコはロシアがシリアのトルクメン人を虐殺していることを非難している。あるメディアによれば、今回のトルコの行動は、ロシアがイスラム国の石油密輸車両の隊列を爆破したことに対する報復だとする。なぜならば、トルコはそこから利益を得てきたからだ。他の分析によれば、ロシアによる空爆はアサド政権を守るだけではなく、クルド人武装組織をも守っており、このことがトルコの戦略的利益を二重の意味で脅かしているので、トルコとしては今回の攻撃により、露仏米英などが検討している反テロ同盟を妨害して漁夫の利を得ようとしているのだとするものもいる。

2.シリア領内トルクメン人武装勢力(11月26日付新京報報道)

 私はこれまでシリアにおける少数民族であるトルクメン人については、その存在すら知りませんでした。11月26日付新京報記事は、「エルドアン大統領が言及したトルクメン人とは何ものか」と問題提起し、「シリア北部で活動するトルクメン人武装勢力についてはこれまでほとんど言及されることがなかった」としつつ、「実は彼らはシリア内戦で独特の役割を担ってきた」として、次のように紹介しています。

  撃墜されたSu-24爆撃機はシリア北部のタラキア省の山岳地帯に墜落したが、その地域の住民の多くはトルクメン人である。パラシュートで脱出したロシア人飛行士を射殺したと公言したのはトルクメン人武装組織の人間であり、その指揮官は記者に対して、「我々のメンバーが空中に向かって射撃して命を奪った」と述べた(浅井注:この記事は、以上の説明について当局からは今のところ認定されていないともつけ加えましたが、後述するように、ロシア外務相省はこの点を極めて重大視しています)。
  トルクメン人は中東の国々に分散して居住しているが、主にシリアとイラクに居住している。シリアには10万ないし20万人のトルクメン人がおり、ほとんどはシリア北部のトルコ国境沿いに居住している。
  メディアの報道によれば、アサド政権のシリアにおいて、スンニ派のトルクメン人は少数派として弾圧されてきた。2011年にシリア内戦が勃発して以来、トルコはアサド政権に断固反対し、トルクメン人が政府反対派の武装勢力に加わることを支持した。トルクメン人はトルコから大量の軍事援助を受け、トルコの訓練を受けた武装勢力を形成し、その中には2012年に組織された1万人を超える「シリア・トルクメン旅団」が含まれる。
  イギリスのメディアの報道によれば、シリア北部のタラキア地区では、トルクメン人が他の武装組織(シリア自由軍、救国戦線など)と連合して行動している。トルクメン武装組織は、シリア政府軍及びイスラム国と対抗するだけではなく、トルコが脅威とみなしているクルド人反対派とも戦闘している。
  また、ロシアは、イスラム国の武装勢力には、ロシアからの独立を目的とするチュルク系のチェチェン人が多くいて、これがロシアに対する脅威となるとしているが、トルクメンはチュルクの重要な発祥源である。したがって、ロシアの爆撃任務の背後には複雑な民族問題も絡んでいる。

3.ロシア政府の対メディア説明

 以上に紹介したトルコ側の取った行動の不審性、及びエルドアンが弁護したトルクメン人勢力のシリア国内での位置づけを背景にして、ロシア政府の対メディア説明を読みますと、ロシア政府はそれらの点に対してロシア側の主張を詳細に展開していることが理解されます。特に撃墜されたSu-24からパラシュートで脱出したパイロットが地上からの射撃で殺されたことに対するロシア側の怒りの深さ、そしてそのことに対して無関心を決め込もうとするアメリカ以下の対応に対する憤りの激しさがひしひしと伝わってきます。それだけに、プーチン大統領以下のロシア政府のトルコに対する対応は本当に抑制されたものであることが理解されます。

<ロシア空軍司令官(11月27日)>
  11月28日付中国新聞網は、ロシア空軍のボンダレフ司令官の発言を次のように紹介しています。

  モスクワ時間の27日、ロシア空軍のボンダレフ司令官は、ロシアのSu-24はトルコ領空に進入せず、トルコのF-16がシリア領空に進入してロシア機を撃墜したと述べた。すなわち、防空レーダーのデータによれば、当日トルコ機がロシア機に接近してミサイル射程距離内に入ったときは、トルコ機はすでにシリア領空内に侵入していた。「トルコ機は、シリア領空内に40秒留まり、シリア領空内2キロの位置まで侵入していた。」
  ボンダレフは次のように述べた。トルコ機はミサイル発射後に急直下してから旋回し、防空探測範囲より低い高度でトルコ領空に引き返した。このことは、トルコ機が「非常に狡猾に、事前に充分な準備を行っていた」ことを意味する。
  ボンダレフは、トルコ機は空中でロシア機を待ち伏せして撃墜したと述べた。事件が起きた当日、ロシア機はトルコのレーダーの監視圏内に34分間留まっていた。「トルコ機が最寄りの飛行場から飛びたって現場に到着する十分な時間はなかった。」「シリアの防空レーダーの記録によれば、トルコ機はロシア機よりも先に離陸し、2400メートルの高度で待ち伏せしていた。」
  ボンダレフは次のように述べた。アメリカと達成した協議に基づき、ロシア側はSu-24の関係地域における行動に関して事前にアメリカに通報を行った。「したがって、トルコの多くの当局者が同機の所属国を知らなかったとする声明は理解に苦しむ。」
  Su-24が撃墜されてから1時間半後に、トルコのテレビ局の一つがその模様をネット上で流した。ボンダレフは、撮影者は事前に「この予め準備された挑発行為がある」ことを知っており、「撮影してネットで流す準備をしていた」と認識するとした。

<ロシア外務省報道官ブリーフィング(11月26日)>
  ロシア外務相のザハロヴァ報道官は、11月26日の定例記者会見の席上、今回の事件に関して大要次のように述べました。

(撃墜事件犯人とトルコの関係)
  11月21日、トルコの国連大使は国連安保理議長に書簡を送り、ロシア空軍の支援を受けたシリア軍によるトルクメン居住地域に対する対テロ行動によるトルクメン民間人の状況に関する「重大な関心」を表明したことを見逃すことはできない。
  我々は、ロシアの空爆によって民間の被害が起こっているという様々なほのめかしに対してくり返し応えてきた。ロシア空軍は攻撃対象の選定に対しては完璧を期してきたし、このことはシリア北西部に対しても完全に当てはまる。ロシア国防省は、世界世論に対して、いかなる対象を攻撃したか、どのようにミッションを遂行したかについて定期的にブリーフィングを行ってきている。
  (Su-24の撃墜に関して世界のメディアによって伝えられた、ロシア人パイロットに発砲している映像を取り上げ)彼らは武装したごろつきであり、ロシア人パイロットに向かって発砲し、その後その遺体に向かって罵声を浴びせた。これが穏健な反対派なのか。あなた方が言うデモクラシーのために闘っている人々なのか。もしそうでなく、トルコが守ろうとする連中でないのであれば、我々はトルコ当局がその証拠を示し、彼らがトルコとは関係がなく、彼らがパイロットに対して行ったことを嫌悪するということを示す声明を期待する。つまりは、あなた方が彼らはあなた方の庇護のもとにあることを確認して、「穏健な反対派」とは何ものであり、いわゆる「民主的価値」の擁護者とは何であるかを確認するか、あなた方は彼らとはまったく関係がなく、したがって彼らの行動に対する態度を表明するかのどちらかである。
(今回の事件とNATOの関係)
  我々は、今回の事件に関するNATOの対応を受け入れることはできない。NATOは、トルコの圧力のもと、トルコのしたこと及びほかのメンバー国がイスラム国に対する国際的努力を無にする不法行為を犯すことを事実上承認した。NATOのアッピールは、事実上、事態の責任をロシアにかぶせようとするものだ。
(エルドアン大統領の発言)
  エルドアン大統領は、11月24日に「国籍不明」の2機がトルコの領空を侵犯したと述べた。先進的な追跡・モニター設備を持つNATO加盟国が特定できないというのは不思議なことだ。エルドアンによれば、1機はトルコ領空を離れたが、もう1機はそのまま進んだ。
  私は、ロシア国防省がこの問題に関して11月24日に述べたことをくり返す。「Su-24がシリア上空を飛行しているときに、ミサイルが命中し、当該機は国境から4キロのシリア内で墜落した。客観的なデータによれば、ロシア機はトルコ国境を跨いでいなかった。この情報はシリア防空軍によっても支持されている。さらに、Hmeymim空軍基地のレーダー追跡によれば、攻撃したトルコ軍機はシリア領空を侵犯した。
  もう一つの議論は、ロシア機は「5分間に10回警告を受けた」とするものだが、ロシア国防省は、「トルコ機は無線または視認による接触を行おうとしなかった」と述べている。
  また、ロシアが「イスラム国だけではなく」攻撃を行っているという非難に関しては、ロシア国防省が10月7日に反イスラム国連合諸国の武官との間で行った会合について注意を喚起したい。そこでは、ロシア参謀本部が収集したイスラム国が支配する地域及び施設に関する詳細な地図が提供されるとともに、これらの国々がシリアにおけるイスラム国の所在に関する情報を提供することが要請された。つけ加えると、2週間後にモスクワ駐在のドイツ武官からの回答を受け取っただけである。その回答は、ドイツの今後の作戦においてロシアから受け取った情報を活用するというものだった。しかし、今日に至るまで、イスラム国が支配する地域及び施設に関する情報を提供したものはひとつもない。トルコが提供したのは言葉だけで堅い証拠はない。
(インターネット及びSNS情報)
  ロシアを非難する情報の出所について我々が尋ねると、例えばアメリカ国務省は、インターネットやSNSで分かると答える。もし彼らがこの種の情報を信じているのであれば、我々としては、アメリカ国務省及びトルコの同僚に対し、エルドアン大統領の家族はイスラム国テロリストとの石油ビジネスにかかわっているという情報があることを伝えたい。また、トルコが隣国の領空をひっきりなしに侵犯しているという情報を分析することを主張する。
  アメリカによれば、ロシア人パイロットに発砲した連中は「自衛するあらゆる権利」があるという。彼らはまた、アメリカが「起こったことを正確に認識できない」し、「何が起こったかを確定する」必要があるとも述べた。
  1年半前にウクライナ上空でマレイシア機が打ち落とされたとき、アメリカ国務省はわずか数時間後にロシアに責任があるという明確な意見をまとめ上げたことに注意を喚起したい。Su-24に関する状況は誰にもはっきりしている。同機は打ち落とされ、パラシュートで脱出したパイロットは地上の連中によって射殺された。ところが、その件に関しては追加的な情報が必要であり、パイロットを射殺した連中は自分を守る権利があるというのだ。
  アメリカ国務省は必要な情報はソーシャル・メディアから見つけられると常々いい、確定的証拠として使えると公的に言う。彼らに対しては、ロシア人パイロットを射殺した連中に関する情報も、写真を含め余すところなくあると言いたい。トナー副報道官の「事実を収集する必要がある」という発言に対しては、ロシア人パイロットの死体を取り囲んで踊っている連中が誰であるかについての声明を期待している。
  国務省の人々が「結論を急ぐ」ことはしたくないと言うとき、そこには深刻な問題が惹起されている。ロシア人パイロットの死体の周りで踊っている連中は人道法については何も知らないだろう。しかし、国務省、NATO、EUの人々も国際人道法を知らないというのか。少なくとも聞いたことはあるだろう。パイロットに発砲するということは、戦闘外にある人物を攻撃することは禁じられるという国際人道法の規定に違反している。