米艦船の12カイリ内航行に対する中国の立場

2015.10.30.

 10月27日に米イージス駆逐艦ラッセンが南沙諸島スピ礁海域を航行し、今後もくり返すとアメリカ側が表明していることに対して、中国は強く反発しています。私がとりわけ注目したのは、環球時報社説が10月27日と翌28日に2度にわたってこの問題を取り上げたことです。同じ問題を続けて取り上げること自体は珍しいことではありません。私が目をむいたのは、27日社説の構成及び内容がほぼ同じ(というより、28日の社説は、27日の社説をベースにしながら、部分的に書き換え、あるいは、新しい内容を書き足す)という極めて異例なものであったことです。また、社説のタイトルも、書き換え及び書き足しの部分を反映して、28日社説の方がアメリカに対してより断固とした立場を表すものになっています。
  容易に推定がつくことは、27日付社説内容に対して政権トップからクレームがつき、その指示に従った内容に書き改めたものが28日付社説として出されたのだろうということです。それだけに、この問題に対する中国指導部の問題意識の所在を理解するのに極めて参考になる第一級の資料だと言えると思います。もちろん、人民日報系列の環球時報にとっては決して名誉なことではないでしょうが。
  そしてさらに興味深いのは、29日にも環球時報はこの問題に関する社説を出しており、しかも、環球時報総編集長兼主筆の単仁平(本名:胡錫進)署名の文章を掲げていることです。以上4つの文章を見ることにより、アメリカに対する中国の立場をかなり正確に理解することができるように思います。

1.10月27日付社説と翌28日付社説の比較

 まずタイトルですが、27日付が「12カイリに押し入った米軍艦は、かっこうをつけたらとっとと失せることを勧める」であるのに対して、28日付では「大げさに振る舞う米軍艦を「張り子の虎」と見なす必要がある」となっています。このようにタイトルが変わったことが何を意味するかはすぐには分かりません。これから紹介する両社説の内容の変化を踏まえることによって、タイトルが変わったことの意味も理解できます。
  最初の導入部からして、2つの社説の趣はまったく違います。まず27日社説は次のとおりです。事実関係を記した上で、ペンタゴンの挑発という難題に中国としてどう対処するかが問われているという受けとめ方を示しています。

  「ロイターとウォールストリート・ジャーナルは北京時間の今朝、米海軍のミサイル駆逐艦ラッセルが南沙の中国が拡充している島礁12カイリ内に入ったと報じた。アメリカ当局者は、今回の行動は航行の自由を守るためのものであり、今後定期的に行うとし、中国に対してのみではなく、米艦船はヴェトナム及びフィリピンが南海で作っている施設付近も巡航するだろう。米側は、この行動についてオバマ大統領の許可を得ているが、事前に中国側には通報していないなどと述べた。
  米側は早くから軍艦を派遣して中国の「人工島礁」12カイリ内に進入すると言ってきたが、具体的にどのように行うかについては述べたことがなかった。米側は、今回の行動が「数時間」にわたって続くと宣言し、西側の報道は、中国の軍艦がラッセンの行動を追尾し、監視していると伝えている。   ペンタゴンは明らかに挑発しており、中国に難題を突きつけている。今は中国人の知恵と意思がテストされる時だ。」

 これに対して28日付社説は、次のように中国側の断固とした態度を明確に示すことから始めています。中国に難題が降りかかっていて、中国の知恵と意思が試されているというような27日付社説の受け身的な受けとめ方はまったく姿を消しています。

  「中国の王毅外交部長は、27日、アメリカに対して、南海では熟考(中国語:「三思」)の上行動すべきであり、軽挙妄動してはならず、事を構える必要もないのに悶着を起こすなと警告した。上海株式市場の終値は、3434.34だった。中国の株式市場までもがアメリカに対して「熟慮、熟慮、熟慮」と注意しているというジョークもある(浅井注:「三思」の発音sansiと数字の34の発音sansiは、四声は違いますが、発音は同じ)。
  米海軍のミサイル駆逐艦ラッセンが27日に南沙の中国が拡充している島礁の12カイリ内に進入し、中国の2隻の軍艦が追尾警告したことが明らかにされたというニュースはアジア太平洋を攪乱した。世界世論の中のもっとも深刻な分析では、これが中米のアジア太平洋における直接対決の始まりであり、最終的には両国のグローバル対決までエスカレートする可能性があるとするものもある。オバマはこのような分析に腰を抜かしただろうか。」

 その後に、両日の社説は、抑えるべき8つのポイントを指摘します。最初のポイントは、両社説に共通の次の文章です。

  「まず、中国人は心をかき乱され、頭にくるようなことがないようにし、沈着さと落ち着きとを十分に保ち、理性的に米艦による嫌がらせに対処する必要がある。仮に中国世論が恥辱を受けたとカッとなり、イライラが充満して、外に向かって実行できないようなこわもての発言を行い、進退窮まるようなことになれば、米側の嫌がらせは目的を達することになる。」

 ただし、「米側の嫌がらせは目的を達することになる」という部分は、28日社説では「日本やフィリピンなどを盛り上がらせてしまう」という表現に変えられています。
  第二のポイントも両社説に共通する次の文章です。

  「第二、時局と米艦嫌がらせの具体的状況を客観的に分析する必要がある。今回米側は、1隻の軍艦を派遣して「プレゼンス」と「デモンストレーション」という性格の行動を行った。米側は、中国が「島建設を中止する」べきだとする極端な要求はせず、その行動は中国だけに対するものではないとも表明しており、ということは勝負しようということではなく、中国と軍事的な摩擦を起こすつもりはないということであり、つまりは政治的なショーであるということだ。」

 27日社説は以上で終わりですが、28日社説は以上に続けて、「アメリカは中国の島礁拡充という「説明」の大部分をのみ込んでいる。日本の共同通信社は、米艦はアメリカの威厳を確保するという「最後の一線」を守るために今回の挙に出たのであり、それもしなかったら、日本を含む同盟国のアメリカ離れが起きてしまうだろうと明確に述べている。」という一文をつけ加えています。この一文をつけ加えることにより、アメリカの今回の行動が中国に対する政治ショーであるだけでなく、日本以下の同盟国をつなぎ止めるための政治ショーでもあるという中国の判断を示しているのだと思います。   27日社説の第三のポイントは、28日社説では完全に抜けていますが、次の内容です。

  「第三、国連海洋法条約は、海の島礁を3つに分類している。一つは島であり、人間の居住に適し、12カイリの領海と200カイリの排他的経済水域を持つ。第二は礁(浅井注:条約第6条)であり、水面から出ており、12カイリの領海は持つが、排他的経済水域は持たない。第三は低潮高地(浅井注:条約第7条4)であり、干潮の時は水面から露出するが、満潮になると没するものであり、12カイリの領海を有しない(浅井注:条約第7条4は、「直線基線は、低潮高地との間に引いてはならない。ただし、恒久的に海面上にある灯台その他これに類する施設が低潮高地の上に建設されている場合及び低潮高地との間に基線を引くことが一般的な国際的承認を受けている場合は、この限りでない。」と規定しますので、低潮高地は一律に領海を有しないとする環球時報社説の表現は不正確です)。中国が南沙で現在支配している島礁はすべて第二及び第三の分類に属する。中国は、島礁拡充後において、領海拡大問題について説明は行っておらず、この点は国際法でも曖昧なところでもある。さらに、中国は南海における領海基線についても一度も宣言を行っておらず、このこともまた、中米が南海についてやりとりする法律的意義に関して曖昧さがあるところだ。」

 以上のくだりが28日社説から完全に抜け落ちた理由は明らかにされていません。しかし、私が注書きしたようにこのくだりは法的に正確さを欠くものであること、また、28日社説のように自らの立場を明確にすることに主眼が置かれている文章では、法的な曖昧さを指摘する上記文章は論旨を曖昧にするだけであるという判断が働いたことなどが考えられます。
  27日社説の第四以下のポイントは、28日社説ではそれぞれ第三以下のポイントとして取り上げられます。両社説とも8つのポイントであると言いましたが、その理由は、28日社説では第八のポイントとして27日社説にはないポイントをつけ加えているためです。
  27日社説の第四ポイント(28日社説の第三ポイント)及び27日社説の第五ポイント(及び28日社説の第四ポイント)も、おおむね両社説で共通しています。

  「第四(第三)、中米間の争いは、国際法の争いではなく、南海の秩序及びルールに関する力比べである。中国の島礁拡充は完全に合法であり、アメリカはこの点については何も言えない。しかし、アメリカは中国の島礁拡充が南海の地政学的情勢を変え、中国が一気に南沙地域を支配する優位性を獲得したと考えており、中国が今後南方に力を及ぼす戦略的支柱を得る可能性があると疑っている。それゆえにアメリカは腹を立て、キレそうになっており、そこで行動を取ることで、中国の南海における増大した影響力とバランスを取り、自らの海上における主導権を固めようとしている。」

 ただし、27日社説の「アメリカはこの点については何も言えない」は、28日社説では「アメリカでも多くの人がそう言っている」と変わっており、中国の立場はアメリカでも受け入れる人がいると強調するようになっています。細かいこととも言えますが、ここでも自らの立場の正当性を強調する意図が明らかに読み取れます。

  「第五(第四)、必ず見ておかなければならないことは、中国が島礁拡充を実現したことは中身のある得点であり、中国は今後の一定期間、この仕事を完全に完成させることに主要な力を注ぐ必要があるということである。したがって、今怒る必要があるとすれば、怒るべきは中国人ではなく、ほかの誰が怒ろうともそれは自分が招いたことである。現在、中国が関連施設を改善していくことを阻止できる力を持っているものはおらず、アメリカといえどもそのような目標を掲げる勇気はない。」

 ただし、27日社説の「アメリカといえどもそのような目標を掲げる勇気はない」は、28日社説では「アメリカといえども自分をそこまで追い込む勇気はない」となっています。
  27日社説の第六のポイントについては、28日社説では後段が大きく変わっていますので、両方を紹介します。

  「第六、アメリカが軍艦を派遣して嫌がらせをすることに対して、中国の現段階における正しいやり方は、アメリカと渡り合うと同時に、最悪に備えた準備を行うことだ。アメリカに確信させる必要があることは、中国はアメリカと南海で開戦することを考えてはいないが、決してそうなることを恐れてはおらず、中国の利益と尊厳を守るためには、我々は必要時には戦略打撃力(浅井注:戦略核ミサイル)を動員する決意と意志があるということである。」(27日社説)
  「第五、アメリカが軍艦を派遣して嫌がらせをすることに対して、中国の現段階における正しいやり方は、アメリカと渡り合うと同時に、最悪に備えた準備を行うことだ。アメリカに確信させる必要があることは、南海は決してアメリカが勝手に振る舞える地域ではなく、アメリカが中国に対して軍事挑発を行うことによって直面するリスクは掛け値なしのものになるということだ。米海軍がこのようにふるまい続けていくならば、末期のオバマ政権としては堪えるすべのない事変を招く可能性があるということであり、領土主権と国家の尊厳を守る中国の決意はアメリカが南海で主導権を示そうという決意をはるかに上回るものであるということだ。」(28日社説)

 一読して分かるように、28日社説の語気の鋭さは27日社説とは比べようもありません。ここまで踏み込んだ言い方は極めて稀であり(私の記憶にはありません)、アメリカが中国の決意を読み誤ることはもはや考えられないでしょう。
  27日社説の第七のポイントと28日社説の第六のポイントもやはり後段が違う言いまわしになっていますので、両方を紹介します。28日社説は、米ソ冷戦を米中間でくり返したくないという、中国が常にアメリカに伝えているメッセージをここでも改めて伝えようとしていることが分かります。つまり、中国の断固とした対応はあくまでも南海におけるアメリカの行動に対するものであって、米中関係そのものを犠牲にする積極的意思はないということをアメリカに伝えようとしていることが理解されるのです。

  「第七、中国がアメリカと渡り合うという時、やって来て嫌がらせをする軍艦に対してまずは追尾監視による嫌がらせのお返しをするということであるが、米艦がかすめて通り過ぎるというのではなくて停泊して更なる行動を取る場合には、エレクトロニクスによる妨害、さらには艦船による体当たり、レーダー照射、軍機による上空飛行等々の嫌がらせとなる。要するに、我々が如何に気持ちを害しているかを分からせるために、嫌がらせをする米艦にも同じような気分を味会わせるということだ。」(27日社説)
  「第六に、中国がアメリカと渡り合うという時、やって来て嫌がらせをする軍艦に対してまずは追尾監視による嫌がらせのお返しをするということであるが、米艦がかすめて通り過ぎるというのではなくて停泊して更なる行動を取る場合には、中国は必ず反撃措置をエスカレートさせる。世界の他の地域において冷戦時代に行われたエレクトロニクスによる妨害、さらには艦船による体当たり、レーダー照射、軍機による上空飛行等々が南海でも一つ一つ再現されることを見たいとは思わない。」

 27日社説の第八のポイントと28日付社説の第七のポイントはまったく同文です。

  「第八(第七)、中国人としては、米艦の嫌がらせは中国の台頭過程における極めてありふれた挑戦であることを見て取るべきであり、平常心で相対し、プロである政府及び軍隊を信じ、政府と軍隊に全権で対応させることだ。南沙島礁の拡充は政府と軍隊が始めたことであり、政府と軍隊はこれらの島礁を守る能力と決意を持っており、中国の南海における権益は正に回復途上にある。」

 28日社説はさらに第八のポイントとして次のように述べています。

  「我々は、アメリカには中国に対して戦略的なカードを切るだけの資本はないと確信すべきである。アメリカは、イラクやアフガニスタンのようなことでも思うようにはいかず、ロシアに対してはがなり立てることしかできず、シリアではなすすべがなく、朝鮮に対しても何もなし得ない。中国は本当にアメリカに逆らっているわけではないのだが、アメリカはまことに相変わらず「張り子の虎」である。」

 27日社説と比べた場合の28日社説の最大の狙いは、中国の決意の固さをアメリカに疑問の余地なく知らしめると同時に、今のアメリカにはこれに対して軍事的に断固対決するだけの余力も気力も備わっていないという中国指導部の自信・判断を内外に知らしめることにあると思います。28日社説の上記第八のポイントは全体の総まとめという意味合いでしょうか。このように見てくると、27日社説のタイトルと28日社説のそれとの違いの意味も今や理解できることになります。
  ちなみに、最後のシメの文章は両社説に同文で、次のとおりです。

  「中国は特別に島礁拡充後の「12カイリ」問題を強調していないのだが、アメリカはしきりに「12カイリ」を口にしており、そのことは我々がこの概念を確立し、強化することを手伝っている。まあ良いだろう。「12カイリ」という論法を受け継ごうか。我々には13カイリとかそれ以上を要求する気持ちはないのだから。」

2.10月29日付の環球時報社説と単仁平文章

 10月29日付の環球時報社説「アメリカよ、中国をして南沙島礁の軍事建設に力を入れることを強いることなかれ」は、アメリカの南海における中国に対する軍事的行動が、この地域での軍事緊張を高め、中国が心ならずも拡充島礁での軍事建設を余儀なくされる可能性を警告し、アメリカに対して軍事偏重の政策の再考を促すものです。最後の3段落の部分を紹介します。28日社説の延長線上にあることが分かると思います。

  「一言率直に言わせてもらうが、中国がこれら島礁に軍事力を配備するとしても、アメリカは一体どうすることができるというのか。アメリカはこれら島礁に直接軍事力行使する勇気があるのか。太平洋司令部のハリス司令官にオバマ氏に電話をしてもらい、オバマにそれだけの胆力があるか聞いてみてもらったら良いだろう。
  アメリカ人は以下の事実を銘記する必要がある。南海は中国の門口であり、この地域における領土紛争は中国の核心的利益にわたる。しかるに、多くのアメリカ人は南海がどこにあるかすら知らない。アメリカが南海で行動を取る戦略的決意と中国が主権を防衛する決意は同じレベルのものではなく、アメリカはこの二つの決意の対決を試そうとしないことだ。
  我々は、アメリカがいう中国の島礁近海を通ることを「常態化」するということが口先だけのことであることを希望する。米艦はもう来たし、アジア太平洋のアメリカの弟たちにも格好をつけたのだから、この辺が切り上げ時だと分かることを希望する。しからざれば、中国がこれら島礁の軍事建設を加速することは不可避となり、そうなると、アメリカはどのようにして自分のメンツをつぶさないようにするというのだろうか。」

同日付の環球時報所掲の単仁平文章「中国政府は南海問題で軟弱だったか」は、27日付社説の重要な書き直しを命じられたであろう同社総編集長兼主筆である人物の文章であるだけに、余計に興味深いものがあります。この文章では、南海をめぐる問題が中国内外で世論の関心の的となり、また世論の感情を煽っていることを指摘しつつ、特に中国のネット世論が感情的で過激な主張を行っていることに対して冷静な認識を持つことを呼びかけるものです。最後の段落だけ紹介しておきます。

  「南沙の摩擦に関して言えば、現段階において中国は戦略的イニシアティヴを握っており、どうしても勝ち負けについて言えというならば、中国は「勝者」だということだ。我々は厳格に国際法を遵守するもとで中国が支配する島礁を拡充したのであり、理においても負けておらず、3000メートルの滑走路も建設したのであり、西側の評価によれば、中国は南海で重要な意義を持つ戦略的支柱を獲得したのである。アメリカは、中国の拡充行動に対して手を打つ術もなく、抗議し、艦船を派遣して同盟国及び国内世論に格好をつけることが精いっぱいだった。これが当面の南海情勢の姿である。」