シリア情勢とロシアの軍事行動

2015.10.11.

10月7日付のロシア大統領府WSは、同日行われたプーチン大統領とショイグ国防相とのミーティングにおける両者の発言を紹介しました。この中で、ショイグ国防相は、プーチン大統領の決定に基づき、9月30日からISIS、ジャブハト・アル・ヌスラ(Jabhat al-Nusra)その他のシリア領内にいるテロリストに対する攻撃を遂行してきたこと、4隻の艦船によって11の目標に対してカリブル巡航ミサイル26基を発射し、1500キロ先のすべての目標を破壊するという高精度を示したことを報告しました。
  これに対してプーチン大統領は、巡航ミサイルが計画されたすべての目標を破壊した事実はロシア国防産業の能力の高さを証明するものだとするとともに、シリア問題のような紛争は政治解決が必要だとし、最近のパリ訪問(ウクライナ問題に関するノルマンディ・フォーマット会合)の際に、フランスのオランド大統領が、アサド政権軍が自由シリア軍に参加するという興味深いアイデアを口にしたことを紹介し、シリア自由軍がどこにいて、誰が指揮しているかは知らないが、健全な反対派に属するのであれば、上記テロリストとの戦いに彼らを参加させることは可能だし、シリア問題の政治的解決に道筋を拓くことに繋がるかも知れないと述べました(その後の報道によれば、ロシアはイギリスに対して、自由シリア軍との接触について協力要請をしていると伝えられています)。またプーチンは、サウジアラビア、トルコ、アメリカ、イラン、イラクその他の近隣諸国の参加なしには外交的解決のチャンスはないとして、これら諸国と協力していかなければならないとも述べました。
  その上でプーチンは、ロシア国防省とアメリカ及びトルコの相手側との連絡はどうなっているかをショイグ国防相に質問しました。これに対してショイグは、トルコ軍部中央との間で領空侵犯にかかわる偶発事件を防止するための連絡が進んでいること、アメリカとの間でも協力の方法についての検討が行われていることを報告しています。
  ロシアがシリア内戦に対して、アサド政権の要請に基づいて軍事行動に踏み切ったこと自体、世界的に大きな驚きをもって受けとめられました。しかも、ロシアが空爆だけに留まらず、カスピ海から1500キロ先の標的に対して巡航ミサイルで攻撃を行い、すべての標的を破壊する成果を誇示したこと、及び、ロシア軍の海空作戦がシリア軍の地上作戦と緊密に連携して行われることによって、劣勢に追い込まれていたシリア軍が息を吹き返しつつあることが伝えられていることは、シリアに対する空爆作戦を開始して1年以上になるアメリカがほとんど成果を挙げていないこととの対比において、アメリカを含めて国際的に強い衝撃を与えています。
  中国メディアが報道するところによれば、ロシアが巡航ミサイルにおいてこのような高い能力を持っていることはアメリカの情報網では捉えられていなかったようで、アメリカにとっての衝撃はかなり強烈であると紹介されています(アメリカ北米防空司令部司令官の、巡航ミサイルは精度が高く、防禦が困難であるので大きな挑戦だとする発言)。また、中国自身にとっても衝撃そのものであったことは、10月9日付環球時報社説にも反映されています。
  アメリカは、ロシアの今回のシリアにおける軍事行動に対して強い苛立ちと警戒を隠していません。アメリカが盛んに強調するのは、ロシアの軍事行動の標的のほとんどがISではなく、アサド政権に対する反対派に向けられており、アメリカがIS同様に打倒しようとしているアサド政権の延命を目的としていることであり、したがって、シリア内戦を長引かせるだけだということです。アメリカのこの認識と主張は、トルコ、サウジアラビア、UAEなどによって支持されています。しかし、アメリカの主張の最大の弱点は、すでに述べたように、アメリカを中心とする空爆作戦が1年以上続けられてきたにもかかわらず、まったく成果を挙げてこなかったことにあります。
  これに対してロシアは、ISと軍事的に対抗できるのはアサド政権軍しかなく、しかももっとも重要なことはISを含むテロリストすべてを一掃することであり、そのためにはアサド政権に反対する諸勢力も力を合わせるべきだと主張しています。ロシアの認識と主張は、イラン、イラク、エジプトなどの支持を得ています。しかも、ロシアの軍事行動は、シリア、イラン、イラクからのシリア国内のテロリストにかかわる情報提供に基づいて行われ、かつ、シリア軍の地上作戦と連携して行われているために、すでにシリア軍の反転攻勢局面を生み出しているとされます。
  アメリカとロシアの主張及び認識のいずれがシリア問題の解決にとって正解なのかは、私にはにわかに判断がつきません。しかし、冒頭に紹介したプーチン大統領とショイグ国防相の発言で出てくるジャブハト・アル・ヌスラ(Jabhat al-Nusra)というテロリスト集団の存在が私には気にかかりました。そして、戦争学研究所(Institute for the Study of War ISW)WSで紹介されているシリア問題研究者のジェニファ・キャファレラ(Jennifer Cafarella)の「シリアにおけるジャブハト・アル・ヌスラ」という文章を読んで、問題を考える際の重要な視点、より具体的には、アメリカとロシアの主張のいずれにより分があるかについての判断ポイントを得ることができました。この文章のさわりを紹介します。

     ISISだけがシリア発の脅威ではない。アメリカの政策においてISが強調されすぎているために、シリアにおけるアルカイダの仲間であるジャブハト・アル・ヌスラ(以下NS)の同じような脅威性が陰に隠れてしまっている。JNは洗練され、知的で、戦略的なアクターとしてISに匹敵し、シリア国内で自由に活動する危険な存在である。ISとJNは共通の目標を持っているが、JNの方は目立たないけれども極めて危険なアプローチで行動している。即ち、ISは国家樹立を宣言し、征服によって自らを正統化しようとしているが、JNはアルカイダ指導者であるザワヒリの、土着の抵抗運動の中に住みついて宗教的及び社会的革命を育成するという方法を貫いている。シリア内戦はJNにとって理想的な環境を提供しており、以上の戦略は今までのところ大きな成功を収めている。
  JNはISよりも慎重かつ陰険であり、それだからこそ抑え込み、打ち破ることがより難しい。ISが直接的で公然としたトップ・ダウンの支配を追求するのに対して、JNは精鋭な軍事力を媒介としてシリアの反対派の軍隊の中に同盟者を獲得し、シリアの支配空白地域でその地に合った支配を手伝っている。
JNはシリアにおける西側の実効性のある干渉が行われていないことによってうまみを得ているし、2013年9月にアメリカがシリアに干渉しないと決めた後、シリア反対派が急進的になっていったことからもうまみを得ている。即ち、JNは外国人兵士を抱え、反対派の軍事行動の勝利に大きな貢献を行ってきた。この貢献度は、2013年後半から2014年全般を通して、シリアに対する国際的関与がないもとで、JNの相対的重要性が高まった結果ますます大きなものとなった。
2014年末、ISの台頭はシリアにおける戦時環境を変化させ、JNの立場にも影響を及ぼしたが、反対派の中で確立した影響力を持っているため、JNは今のところ大衆的支持を失っていない。したがって、外部からの圧力がない限り、反対派の中におけるJNの確固たる立場が崩壊することはありそうにない。
JNの前身は、イラクにおけるアルカイダのシリアの出先として始まったが、その後アルカイダの協力者として活動するようになり、2013年前半にザワヒリによって公認された。JNのメンバーはシリア人と外国人の兵士からなっている。JNは過激な主張を引き下げたことはないが、活動初期においてアルカイダとの関係及びシリアにおける目的を明らかにすることを避けたことにより、シリア人から疎遠にされることを回避することができた。さらにJNは、国民的なシリア反対派としてのイメージを宣伝し、ほかの反対派の支持を獲得することにも努力してきた。この戦略の成功は、2012年12月にアメリカがJNをテロリスト組織と指定した時、シリアの穏健な反対派からJNを支持する抗議が起こったことに示される。この時には、29の反対派グループがJNをテロリスト組織と指定したアメリカを非難する請願に署名し、「我々は全員がヌスラだ」と声明し、支持者に対してJNの旗を掲げることを求めたのだった。

かなり長い紹介でしたが、以上から明らかに見えてくることは、ロシア(及びアサド政権)がJNをISと同一視し、テロリストとして攻撃対象にしているのに対して、アメリカ政府は、JNをテロリスト集団と指定したにもかかわらず、JNが巧妙に入り込んでいるアサド政権に対する反対派をISとは区別し、彼らをも攻撃対象とするロシアを非難しているという姿です。しかし、キャファレラの以上の指摘が正しいとするのであれば、アメリカの対シリア政策は大きな矛盾を抱えていると言わざるを得ないでしょう。
その最大の矛盾は、アサド政権打倒のための反対派テコ入れとテロリスト集団掃討という二兎を同時的に追うという点にあります。もちろん、いわゆる反対派がJNというアメリカ自身がテロリストと指定した組織から無縁であれば、この二兎を追うことは矛盾を構成するものではありません。しかし、キャファレラの指摘のように、反対派とJNとの線引きが実際上至難であるとすれば、アメリカが追求しようとしている政策は、「反対派テコ入れ=JN勢力の増殖」「反対派に対する武器提供=JNの軍事力強化」ということになるほかありません。
以上の状況を踏まえた上で、もう一度プーチン大統領の自由シリア軍に関する発言を読み直してみると、その言わんとする意味も理解できるようになります。プーチンは、「シリア自由軍がどこにいて、誰が指揮しているかは知らないが、健全な反対派に属するのであれば、上記テロリストとの戦いに彼らを参加させることは可能だし、シリア問題の政治的解決に道筋を拓くことに繋がるかも知れない」と述べているのですが、その意味は、自由シリア軍がJNと無関係な「健全な反対派」であるのであれば、「テロリストとの戦いに彼らを参加させることは可能」であるし、シリア問題の政治的解決に繋がる可能性がある、という意味合いで発言していることが分かるのです。
プーチン(そして中国)は、テロリストとの戦いにおいて二重基準は許されないということを盛んに強調します。シリアについて言えば、ISとJNとを区別して扱おうとするアメリカは正に二重基準そのものということになるのでしょう。
このように見てきますと、シリア問題に関するアメリカとロシアの立場及び政策において、明らかにプーチン・ロシアに分があり、オバマ・アメリカはどう見ても支離滅裂な場当たり的対応しかしていないことが分かります。中東・北アフリカの大量難民流出問題の根本原因が自らの政策にあることを今なお認めようとしないオバマ政権(10月8日付コラム参照)ですから、対シリア政策が相変わらず漂流状態であるのも当然ということでしょう。このようないい加減な政策運営が大量の無辜の死亡者と難民を生んでいることを考えると、本当にいたたまれない気持ちにならざるを得ません。