朝鮮半島情勢と中国の立場

2015.09.20.

 朝鮮が人工衛星の打ち上げを示唆し、寧辺の核施設の正常稼働を発表したことに対して、中国は警戒感を深めています。以下では王毅外交部長の発言と環球時報社説を紹介します。
私が両者に共通している問題点として指摘せざるを得ないのは、朝鮮の人工衛星打ち上げは安保理決議によって制約されているという立場を変えていないことです。私が前からコラムで指摘してきたように、宇宙条約上で万国に認められている宇宙の平和利用の権利(ロケットによる衛星打ち上げは勿論含まれる)を、朝鮮に対してのみ安保理決議で禁止するということはあり得ないし、あってはならない、という基本的ポイントを中国が認めないことに重大な問題があります。
安保理といえども、各国が条約・国際法上有する基本的権利を否定する決議を行えるはずはないし、あってはならないのです。そのようなことが許されたら、世界は大国の意志がまかり通る「ヤクザの世界」に逆戻りしてしまいます。国連憲章の原則・精神を最重視する中国であるならば、このポイントを承認し、率先垂範しなければなりません。
もう一つ、環球時報社説を読んで、私が以前から抱いてきた疑問を再確認したのは、朝鮮の核武装の意図を中国が正確に認識しているだろうかということでした。朝鮮が追求しているのはアメリカからの攻撃に対する防禦的な最小限核デタランスであって、米ソ間でかつて働いていたとされる相互デタランスなどではあり得ないのです。中国自身も、自らの核戦略をアメリカに対する限定デタランスと位置づけているのですから、環球時報社説に示される朝鮮の核政策に対する「無理解」ぶりはにわかには信じがたいほどの違和感を覚えます。
中国は、以上の二つの問題(安保理決議は条約・国際法上の権利を否定することは許されないということと、朝鮮の核戦略に対することさらに無理解を装う姿勢)に正面から向きあわない限り、朝鮮半島の非核化という問題について積極的かつ建設的な役割を担うことはできないと思います。

1.王毅外交部長発言

 中国国際問題研究院が9月19日に主催した「6者協議9.19共同声明発表10周年国際研討会」で、王毅外交部長は「9.19共同声明の精神を温め、朝鮮半島及び東北アジアの平和と安定を守ろう」と題するスピーチを行いました。この会議には、中国、ロシア、アメリカ、韓国及び日本の100人以上の学者及び政府関係者が出席したそうです(朝鮮の名前は挙げられていません)。
  朝鮮が10月10日の朝鮮労働党成立70周年を記念して人工衛星を打ち上げる可能性が高まっている背景のもと、王毅はスピーチの最後の部分で、「6者協議のメンバーはすべて国連加盟国であり、国連憲章を遵守する責任があり、国連の決議を履行する義務がある」と述べ、「各国が情勢の緊張をもたらす可能性があるいかなる新たな行動をも取らないことを呼びかける」として、朝鮮を直接名指しすることは避けつつも、朝鮮に対して人工衛星の打ち上げをしないように促しました。ただし、朝鮮の立場に配慮し、アメリカを牽制していると解される発言も随所に盛り込んでいます(強調は浅井)。

  現在、各国が行うべきことは速やかに9.19共同声明を再活性化させ、力を合わせて6者協議再起動のための条件を作り出し、共通認識を積み重ね、道筋を拓くことである。そのため、中国は以下のことを呼びかける。
  第一、声明が規定した内容、原則及び理念を改めて確認すること。9.19共同声明は、6ヵ国が世界に対して行った公のかつ重い約束であり、各国は、約束を守り、それを履行し、自らに対し、それ以上に国際社会に対して約束を破らないようにするべきである。
  第二、半島非核化の基本方向を堅持することを改めて述べること。非核化を推進しかつ最終的に実現できるか否かは、半島情勢の帰趨に根本的に影響を与える。この問題が解決しなければ、半島の安定はあり得ず、東北アジアの平和も難しい。解決が早ければ早いほど各国にとっより有利であり、解決が遅くなればなるほど払わなければならない代償はより大きくなる。我々は、関係国が半島の非核化推進について、再度明確かつ一致した声を発することを呼びかける。もちろん、非核化は簡単に成し遂げることは不可能であり、順序にしたがって漸進し、一歩ずつ積み重ねていくプロセスである。このプロセスにおいては、朝鮮が長年にわたって直面してきた巨大な軍事的圧力を重視し、朝鮮の合理的な安全保障上の関心を適切に解決し、同時にまた、他の国々の正当かつ合理的な要求にも配慮する必要がある。
  第三、半島及び東北アジアの平和と安全のメカニズムを作り出すために共同で探究すること。相互信頼を構築し、相互関係を改善し、共同の安全を探究し、共同の繁栄に力を尽くすことは、東北アジアの平和的発展のために必ず拠るべき道である。半島問題関係国が平和条約を締結し、停戦メカニズムを転換させることは、半島の戦争状態を終結させ、重大な安全保障に関する関心を解決するための要諦である。我々は、各国に対し、半島非核化推進を堅持すると同時に、東北アジアの平和安全メカニズム構築のための効果的な道筋を積極的に探究し、この2つのプロセスが互いに促しあってプラスの循環を生みだし、最終的に半島及び東北アジアの長期にわたる安定を実現することを期待する。
  第四、半島全体の平和安定局面をしっかりと守ること。半島に戦乱が生まれることは誰にとっても良いことはない。東北アジアの平和と安定の大局をかき乱す考え及びやり方は取るべきではなく、愚かなことである。6者協議のメンバーはすべて国連加盟国であり、国連憲章を遵守する責任があり、国連の決議を履行する義務がある。我々は、各国が情勢の緊張をもたらす可能性があるいかなる新たな行動をも取らないことを呼びかける。

2.環球時報社説

 9月15日付の環球時報は、「朝鮮の衛星打ち上げと核施設再稼働は悪循環」と題する社説を掲載しました。この文章の中で、今後の中国の対応に関して希望(?) が持てる手がかりを提供している箇所は、「中国がどのように自らの立場を表明し、どのような言葉遣いで国際社会及び朝鮮とやりとりするかについては、実際的な効果をも考慮するだろう」(強調部分)というくだりです。

  朝鮮は9月15日、寧辺の核施設がすでに正常な稼働を開始していることを明らかにした。その1日前には、10月の労働党成立70周年に際して長距離ロケットを使って衛星を打ち上げることを発表している。韓米日などは朝鮮の衛星打ち上げは大陸間弾道ミサイル発射実験と同じと見なしている。朝鮮の大がかりな動きの組み合わせは極めて衝撃力が大きく、半島情勢に新たな緊張が生まれることは回避しがたいようだ。
  朝鮮の前回のかつ唯一「成功」した衛星打ち上げは2012年12月であり、安保理はこのことについて朝鮮に対して厳しい制裁を行った。国連の制裁に対する「報復」として、朝鮮は3ヶ月後に第3回核実験を行い、朝鮮と国際社会の対立を強めた。
  朝鮮が10月に「衛星打ち上げ」を行い、安保理の制裁に遭えば、「国連に対する報復」として朝鮮が更に第4回核実験を行うと分析する向きもある。そうなれば、朝鮮核問題は悪循環となるだろう。
  朝鮮には宇宙の平和利用の権利があるという。しかし、問題は、朝鮮が打ち上げるのは「気象衛星」であり、大陸間弾道ミサイルではいということを世界、とりわけ韓米日に信じさせるすべはないということだ。朝鮮が核実験を行った証拠ははっきりしており、「誇大宣伝」をしているのではないかという疑いがもたれている。しかし、朝鮮が「衛星打ち上げ」が実は「ミサイル発射実験」であるということについて断固否定していることについては、核実験と衛星打ち上げとの間であまりに朝鮮の態度が違っているために、外からは本質がつかめなくなっている。
  安保理は2013年に朝鮮の「衛星打ち上げ」に対して制裁を行う決議をしており、朝鮮が再度「衛星打ち上げ」を行うことは安保理決議に対抗することになる。中国が朝鮮の衛星打ち上げ及び寧辺核施設再稼働に反対であることははっきりしているが、中国がどのように自らの立場を表明し、どのような言葉遣いで国際社会及び朝鮮とやりとりするかについては、実際的な効果をも考慮するだろう。
  核問題を巡る朝鮮と国際社会との対峙はがんじがらめに陥っており、朝鮮は強烈な安全保障上の不安感から、アメリカ本土をも核攻撃できる能力を最終的に持ってのみ、アメリカをして朝鮮敵視政策を改めさせることができ、安全保障を確保できると確信している。この能力を追求するために朝鮮は一切を顧みない博打を行っているが如くであり、そのために長期にわたる外交的孤立と制裁を受け、巨大な代償を払っている。
  韓米日は、朝鮮の安全保障に関する不安感を理解することを一貫して拒否し、軍事的脅迫と経済的制裁を朝鮮との対話における基本言語としてきた。これらの国々のメディアは、朝鮮の政権を悪魔化して描き出し、朝鮮の核武装の努力をヒステリーとしか見なさず、朝鮮が対抗するのに対して不断に圧力を強めることで相対し、朝鮮の核武装の根底にある安全保障上の不安感を解消することには向きあおうとしない。
  韓米日の対朝鮮政策は極めて単純で、一つの方向に向かってまっしぐらということだ。朝鮮の核に関する態度もまた非常に単純にして明確であり、融通を利かせる余地は極めて小さい。したがって、いちばん難しいのは中国だ。中国は、一方では朝鮮の核保有に反対しつつ、もう一方では各国が交渉に臨み、朝鮮核問題がソフト・ランディングするように力を尽くしている。
  中国と朝鮮の新指導者が政権について以来対面していないことは明らかに「不正常」であることに、人々は気がついている。しかし同時に、中朝は意思疎通のチャンネルは順調に通じており、中朝双方は、意識的に適当なチャンスに相手側に対して善意と友好を伝え合っている。中朝は核問題では立場を違えているが、両国の友好関係は固いものがあり、しかも双方がこの友好関係を保つことの重要性を理解している。
  6者協議が9.19共同声明を達成してからすでに10年が過ぎ、朝鮮は実際上核保有に向かっているが、朝鮮はそれによって必ずしもより安全になったわけではなく、朝鮮の損失は6ヵ国の中でいちばん大きい。核保有が朝鮮の安全保障にとって絶対的な保障ではなく、朝鮮にとっての損失は核デタランスによってもたらされる安全上の利益をはるかに上回るというのは、多くの観察筋の見るところだ。
  アメリカが朝鮮の限定的核デタランスに屈伏すると想像することも、また、朝鮮が韓米日の圧力に屈して国家の道筋を変えると想像することも、ともに一方的な願望に過ぎない。これは一方が他方を圧倒することができるという類のゲームではない。そうでなければ、朝鮮半島の核危機が20年以上にわたって続き、今日もなお何の結果も生まれていないということにはなっていないはずだ。韓米日の力は強大だが、朝鮮という錠前に合ったカギを探し出すことはできない。また、総合力で明らかに劣勢な朝鮮は、米ソ核恫喝を経験したアメリカの腰を抜かすことができるという幻想を持つべきではない。