朝鮮半島8月危機

2015.08.30.

1.8月危機の根本原因

 朝鮮が激しく非難し、警戒する米韓合同軍事演習「ウルチ・フリーダム」が強行されているさなかに、韓国軍兵士2人が地雷によって大けがをした事件が引き金となって起こった南北間の一触即発の危機(以下「8月危機」)は、南北のトップ・クラスによるマラソン交渉の結果、8月24日に「共同報道文」が発表され、武力衝突は辛うじて回避されました。日本のメディアでは、この事件が朝鮮による仕業とする韓国側の主張を鵜呑みにして、例によって朝鮮の「挑発」が今回の危機の原因だとする解説が横行しました。
  しかし、私は、8月危機が起こるに至った根本的な原因は、今回の米韓合同軍事演習の根底に座る米韓の「おあつらえデタランス」戦略及びこの戦略の具体化である「米韓共同局地挑発作戦計画」にあると考えます。何故一般に使われている「抑止」という表現ではなく、「デタランス」という言葉を用いるのかについては、「報復という脅迫」を本質とするデタランスに「抑止」という訳語を当てるのは間違いであるのみならず、「抑止」という言葉が横行することによって、デタランスの危険な本質が隠されてしまうからです(この点について、詳しくは8月29日付コラム「「抑止」という言葉の魔術を考え直す」を見てください)。
  8月29日付コラムでは、「おあつらえデタランス」について、次のように解説しました。念のために再録します。

  「おあつらえデタランス」とは、管見によれば、2006年のアメリカ国防省「4年毎の防衛見直し」(QDR)で初めて登場したtailored deterrenceを私なりに訳したものである(私は以前、2013年10月11日付のコラムで、「狙い撃ち」と訳したことがあるが、「おあつらえ」に訂正する)。
これまで述べてきたデタランスは、言ってみれば「出来合い(既製)」で、相手・対象の如何を問わず適用されることが予定されていた。しかし、米ソ冷戦終結後のアメリカは、クリントン政権以後、軍事的に対処する必要のある様々な「不安定要因」を脅威と位置づけるに至った。
その結果、特に9.11事件以後、ならず者国家、テロリスト集団、潜在的ライバル国家など、脅威対象の違いに応じた、言ってみれば「おあつらえ(オーダー・メイド)」のデタランスを考える必要があるという主張が登場したというわけだ。
おあつらえデタランスの最初の適用対象とされたのが朝鮮である。即ち、2013年10月2日の米韓国防相会談後の共同記者会見で、韓国の金寛鎮国防部長(当時)が朝鮮に対するおあつらえデタランス(韓国では「積極デタランス」とも)に米韓が合意したことを明らかにした。また、おあつらえデタランスの具体化として「米韓共同局地挑発作戦計画」も明らかにされた。
(浅井注:韓国の「積極デタランス」については、8月25日付中国網所掲の王俊生署名文章が、「2010年の天安鑑事件及び延坪島砲撃事件以後に採用されたもので、朝鮮が攻撃してくる可能性がある場合または攻撃してくる場合には、前線部隊は、先制攻撃を加え、または反撃した後に報告することをみとめるもの」という紹介をしている。)
この作戦計画で特に注目すべきは、朝鮮の攻撃の可能性または攻撃がある場合、前線部隊による先制武力行使または反撃後の報告が認められていることだ。(中略)
  おあつらえデタランス(積極デタランス)がそれまでのデタランスと決定的に異なるのは、朝鮮に対する先制攻撃の可能性を織り込んでいることだ(ただし、アメリカの核戦略においては核兵器の先制使用を排除していない)。朝鮮はおあつらえデタランスについて、米韓が「先端ミサイル、在来式兵器を含むすべての軍事力を総動員して朝鮮を先制攻撃することを基本内容としている」と非難したが、この指摘は本質を突いている。

 朝鮮は、本年の「ウルチ・フリーダム」合同軍事演習は「米韓共同局地挑発作戦計画」の予行演習と見ており、体制転覆の機会を虎視眈々と窺う米韓の軍事挑発として極度に警戒してきました。したがって、突発的に起こった地雷爆発による韓国軍兵士負傷を朝鮮の仕業と断定して朝鮮の謝罪を要求し、朝鮮が自らの仕業ではないとして謝罪を拒否すると、11年間停止していた朝鮮向けの宣伝放送を再開する挙に出た朴槿恵政権の強硬な対応は、朝鮮を挑発して戦争へのワナとすることを意図したものではないかという朝鮮の危機感をいやが上にも高めたことは間違いありません。
  しかも韓国はさらに、朝鮮が韓国側に対して砲撃を加えたとして(朝鮮は砲撃したことを直ちに否定)、朝鮮に対して数十発の砲撃を行いました。ここで事実関係として改めて重く見なければならないのは、「米韓共同局地挑発作戦計画」のもと、韓国の前線部隊は自らの判断で行動し、事後に報告することが許可されており、今回は正にそのケースだったということです。朝鮮からすれば、「先端ミサイル、在来式兵器を含むすべての軍事力を総動員して朝鮮を先制攻撃することを基本内容としている」おあつらえデタランス(積極デタランス)の発動に直結する事態と深刻に受けとめたことは容易に判断できます。
  しかも、韓国の朝鮮向け宣伝放送再開に関しては、朝鮮がさらに緊張する背景があります。即ち、本年1月22日、アメリカのオバマ大統領は、動画投稿サイト・ユーチューブへのインタビューで、インターネットなどを通じた情報が朝鮮に滲透することによって朝鮮が崩壊するだろうとして、アメリカが朝鮮に対する情報面での圧力を高めるという趣旨の発言を行ったことが広く報道されました。8月23日付中国青年報WS(毛開雲署名文章)は、韓国の宣伝放送再開はオバマ発言を背景とした米韓共同の金正恩体制転覆を狙った行動の一環として朝鮮側に受けとめられ、このことが朝鮮の臨戦態勢突入という強烈な反応を引き起こしたと解説していますが、この指摘は正鵠を射ていると私は判断します。
  逆に言えば、朝鮮の体制転覆を視野に収め、そのためには先制攻撃という選択肢を含むおあつらえデタランス(積極デタランス)戦略を米韓が採用していなかったのであれば、地雷爆発について韓国が今回のように激しく反応したかどうか、また、前線部隊が中央政府の決断を仰ぐことなく「勝手に」行動するようなことがあり得たか、という疑問が起こるのです。このことも、私が8月危機の根本原因は、米韓によるおあつらえデタランス(積極デタランス)戦略の採用にあると判断する理由です。

2.南北合意にかかわる注目点

<相互デタランスの受け入れ>
  今回の南北合意は、40時間以上という長時間にわたる膝詰め談判の結果として実現しました。私は、この合意を生みだした最大かつ最重要な原因は、軍事的に圧倒的に劣勢にある朝鮮が戦争を極力回避したかったことはもちろんですが、米韓同盟を後ろ盾とする韓国も、本格的軍事衝突に突入した場合には、朝鮮の捨て鉢の反撃によって到底受け入れ不可能な損害を蒙ることを覚悟しなければならないことを確認せざるを得なかったことにあると思います。つまり、朝鮮の軍事力(核+通常)は韓国に対するデタランスとして有効に機能していることを韓国が受け入れるほかなかったということです。
  もっとも、韓国メディアの報道として中国メディアが紹介している内容を見ると、韓国国内では、朴槿恵大統領が取った朝鮮に対する超強硬姿勢が朝鮮の地雷爆発事件に対する謝罪を引き出したという受けとめ方が強いようです。即ち、共同報道文は「北側は…地雷の爆発で南側軍人たちが負傷したことについて遺憾を表明した」という表現ですが、交渉に当たった青瓦台国家安保室の金寛鎮室長は「北側は謝罪した」と強調しました。そして韓国世論は、「遺憾」という表現は謝罪としては不十分であり、不満が残るけれども、朝鮮の「遺憾表明」を引き出し、合意成立を実現したのは朴槿恵大統領の超強硬姿勢によるものだったと、全体として積極的に評価しているようです(それを裏づけるのは、直後の世論調査で朴槿恵大統領に対する支持率が49%に跳ね上がった事実です)。こういう受けとめ方が支配的とすると、「積極デタランス」戦略は有効だという結論にもなるわけです。
  しかし、積極デタランスの有効性の確認ということと、朝鮮の軍事力が韓国に対してデタランスとして有効に機能していることの承認とは必ずしも矛盾するものではありません。むしろ、かつての米ソ間の均衡的・対称的な相互デタランスではありませんが、朝韓間にも、非均衡的・非対称的ではあるにせよ、一種の相互デタランスが機能していることを双方が承認した結果が今回の南北合意を生みだしたと思われます。
  この点については、朝鮮はむしろ積極的に評価している節が窺えます。具体的には、今回の交渉に臨んだ朝鮮人民軍の黄炳瑞総政治局長が、極めて異例だと思うのですが、今回の会談の結果について公に発言しているのです。
  黄炳瑞は、8月25日に朝鮮中央テレビに出演して、南北合意の意義について述べました。この発言内容については、私の承知する限りでは朝鮮中央通信(日本語版)では報道していませんが、朝総聯国際統一局通信(8月26日付)が紹介しています。この中で黄炳瑞は、「南朝鮮当局は、根拠のない事件をでっち上げ、一方的に起こった事態を、一方的に判断し、一方的な行動で相手側を刺激する行動に出た場合、情勢だけを緊張させ、あってはならない軍事的衝突をもたらすしかないという深刻な教訓を得たと思う」と述べています。これは正に、朝鮮のデタランスを韓国が認めたという黄炳瑞の認識を反映しています。
  8月28日付朝鮮中央通信は、金正恩が労働党中央軍事委員会拡大会議で、今回の共同発表文の発表は「自衛的核抑止力を中枢とする無尽強大な軍事力とわが党の周りに一心団結した無敵の千万の隊伍があるので成し遂げられた」と述べたと伝えています。この発言もまた、朝鮮の軍事力が韓国に対してデタランスとして有効に機能しているという金正恩の認識を反映しています。
  朝鮮がこれまでもっとも警戒していたことは、「積極デタランス」戦略の発動として、韓国(または米韓)が朝鮮に対して先制攻撃を仕掛けてくる可能性でした。しかし、朝鮮が臨戦態勢まで取って対抗する決意を示したことに対して、韓国は交渉による解決の道を選択するしかありませんでした。朝鮮にとっての8月危機における最大の成果は、自らの軍事的デタランスが韓国によって承認されたことによってこれまでの警戒感から解放され、今後の南北交渉に自信を持って臨めることになったことにあると思います。

<南北の直接交渉>
  今回の交渉は、韓国が青瓦台国家安保室の金寛鎮室長と洪容杓統一部長官、朝鮮は労働党中央委員会政治局常務委員会委員兼共和国国防委員会副委員長である朝鮮人民軍の黄炳瑞総政治局長と朝鮮労働党中央委員会政治局委員である党中央委員会の金養建書記という、正に南北のエース同士による、2日間のしかも夜を徹して行われた合計40時間以上にわたるものでした。この事実だけからも、交渉が米中両大国の介入(影響力行使)を受けずに行われたことを窺うことができます。
   朝鮮及び中国はこれまで、朴槿恵政権がアメリカの顔色を窺う姿勢が強いことに不満を隠してきませんでしたが、アメリカは今回の南北直接交渉に介入・干渉した形跡は窺えません。むしろ、アメリカのロー・キーの反応ぶりは興味深いものです。国務省のカービー報道官は24日、アメリカが南北合意の達成を歓迎しており、朴槿恵大統領が韓朝関係改善のために行った努力を支持すると発言しました。
また、ホワイトハウスのアーネスト報道官は同日、南北合意に対する反応について質問された際、まだ交渉が終わったことだけを聞いており、南北が合意した内容を発表するまではコメントを控えると述べました。この発言から、アメリカが南北交渉に直接かかわっていなかったことが窺えます。そして、25日に記者会見したシュルツ副報道官は、冒頭の声明として、国務省のカービー報道官と同じ内容の発言を行いました。一貫して朝鮮に対して強硬姿勢を取ってきたオバマ大統領がなんの反応を示していないことも興味深い事実です。
それ以上に興味深いのは、8月危機に際しての中国と朝鮮との関係です。特に私が注目したのは、金正恩が朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議での発言の中で、「誰かの支援も、同情もない歴史の突風の下でわが祖国の尊厳と自主権、革命の獲得物と人民の幸福を守り抜いた」と述べたことです。
実は、中国メディアがこの点に関連して興味深い指摘を行っています。例えば、南北交渉が開始される直前に発表された環球時報社説は、「中朝関係が現在やや微妙なので、朝鮮半島における紛争を外部が調整する難度が高まっていることを心配する向きがある」と述べました。また、湖北日報が運営する荊楚WSに8月23日付で掲載された毛開雲署名文章は「中国は自制を呼びかけたのに、朝鮮は何故従わないのか」という刺激的なタイトルですが、その中の一節は次のように述べています。

「朝鮮半島情勢が緊張し、中国は、関係者が冷静と自制を保ち、接触と対話を通じて当面の事態を善処し、緊張のエスカレーションを招く可能性のあるいかなる行動をも中止することを呼びかけた。しかし、朝鮮は中国のこの呼びかけに従わない。原因はどこにあるのか。
報道によれば、朝鮮は中国に対し、過去数十年の間、常に中国の希望に基づいて自制を保ってきたが、いまや誰がさらに自制の類のことを言っても、情勢をコントロールすることには役立たないと述べた。朝鮮外務省は、「数十年来、我々は一貫して自制を保ってきた。今に至っては、誰それの「自制」というオウム返しでは情勢をコントロールするには役立たない」と称した。中国の呼びかけは関係方面に対するものだったが、何故に朝鮮の態度だけが強烈なのだろうか。」

以上の叙述がどこまで信憑性があるかは、私にはにわかには判断できませんでした。しかし、翌24日付の環球時報社説は、「朝鮮が名指ししないで「自制」に反対したことに関して、その前に中国外交部の報道官が関係方面の「自制」を呼びかけたことを発見したものもいる」と述べました(浅井注:8月21日に中国外交部の華春瑩報道官は、記者の質問に答えて、「我々は、関係方面が冷静と自制を保ち、接触対話を通じて当面の事態を善処し、情勢の緊張のエスカレーションをもたらす可能性のあるいかなる行動をも停止することを促す」と述べました)。さらに28日付の中国網所掲の高鵬(湘潭大学歴史系)署名文章も、「中国が朝鮮に自制を希望した時、朝鮮外務省は即座に、「数十年の間、常に自制を保ってきたが、いまや誰それの自制というオウム返しでは情勢をコントロールするには役立たない」と表明した」と、毛開雲署名文章とほぼそっくりの内容を述べています。
ここまで来ると、金正恩の「誰かの支援も、同情もない歴史の突風の下で」という発言が、中国の南北双方に向けた「自制」勧奨に対する痛烈な批判であり、毛開雲及び高鵬の文章で引用された朝鮮外務省の発言と軌を一にするものであると判断するほかありません。朝鮮は、中国の自制呼びかけをはねのけて臨戦態勢(軍事的即応態勢)を取った上で、韓国に対して直接交渉を呼びかけたという姿が浮き上がってきます。韓国は、中国の調停努力をはねのけた朝鮮の不退転の姿勢を読み取ったが故に、アメリカと協調するのではなく、直接交渉に臨む決意を固めたのではないでしょうか。

<対決から対話へ?>
共同報道文は、第2項が朝鮮による遺憾表明、第3項が韓国による拡声機放送の中断、第4項が朝鮮による準戦時状態の解除であり、8月危機の収拾に関するものです。注目する必要があるのは、8月危機を招いた2つめの問題である「朝鮮の砲撃及び韓国による応射」という問題が取り上げられていないことです。
共同報道文の第1項、第5項及び第6項には、今後の関係改善に向けた合意事項が織り込まれました。即ち、第1項は南北関係改善のための当局会談の早期開催、第5項は中秋をメドとした離散家族の面会及びそのための赤十字実務接触(浅井注:韓国は8月29日、9月7日に板門店で開催することに合意したことを発表しました)、第6項は多様な分野での民間交流の活性化です。
本年は朝鮮半島解放70周年であり、朝鮮は年初から南北関係改善を積極的に呼びかけました。しかし、朴槿恵政権は、離散家族の面会実現には熱心ですが、それ以外には、非武装地帯における平和公園建設などの非現実的な提案、南北を連結する鉄道の工事着手等を除けば、おおむね慎重(さらに言えば消極的)な態度が顕著であり、むしろ朝鮮が中止を要求した米韓合同軍事演習を例年どおり強行することで、朝鮮は「もはや朴槿恵政権を相手にせず」という姿勢を強めていました。今回、離散家族の面会実現が合意されたことは朴槿恵政権の要求に朝鮮が応じ、南北関係改善のための当局会議が合意されたことは朝鮮の要求に朴槿恵政権が歩み寄ったことの表れと見ることが可能です。
しかし、南北対話が今後スムーズに進行する保証はありません。朝鮮の核放棄を要求し、朝鮮に対して「積極デタランス」戦略によって強硬姿勢で臨むという朴槿恵政権の基本政策が変わらない限り、金大中及び盧武鉉政権時代のような、南北の直接対話による朝鮮半島情勢の緊張緩和を展望できる条件は出てこないからです。
ただし、8月危機のさなかにおいても、開城工業団地で働く朝鮮人労働者の給与を引き上げることが南北間で合意された(8月18日)ように、経済分野における南北関係の改善が政治分野に先だって進行する可能性はあると思います。特に、ロシアが朝鮮を経由して韓国に至る交易路を作ることに極めて熱心であることを忘れるわけにはいきません。何よりも、核開発と経済建設の並進路線を掲げる金正恩体制にとって、朝鮮経済の活性化及び人民生活の向上は、政権の安定及び対等平等な条件の下での南北関係構築のための不可欠な前提条件です。したがって、相互デタランスを南北双方が確認したことを新しい起点として、今後の朝鮮半島情勢においては、従来以上に経済的要因が重要度を高めていくことも考えられるのではないでしょうか。

<6者協議の行方>
朝鮮半島情勢の長期にわたる平和と安定を実現するための最大の課題は、朝鮮の安全保障にかかわる死活的かつ合理的な関心(停戦協定の平和協定への転換及び朝米国交正常化)と朝鮮半島の非核化という米中露韓日の呉越同舟的な要求(米韓日は朝鮮の非核化を追求しているのに対して、中露は朝鮮半島の非核化、即ち、朝鮮の非核化とアメリカの対韓国「核の傘」撤去のパラレルな実現が必要だとする)とをいかにバランスさせながら実現するかということにあります。したがって南北関係の改善に向けた動きは、6者協議再開にとってより好ましい条件を作り出すことは確かとしても、それだけでは十分な条件ではありません。
以上の基本的課題に対処するためには、6者協議は現存する唯一のかつもっとも有効な国際的枠組みであることには変わりはありません。しかし、今後6者協議を再起動するためには少なくとも以下の問題を直視し、対処することが必要だと思います。
第一、朝韓間の相互デタランスが8月危機によって南北双方によって承認・確認された(朝鮮は自らのデタランスに自信を強めた)という新しい要素を今後の6者協議の中にどのように組み込むのかという問題です。
米韓日はひたすら朝鮮の非核化を実現することのみを追求してきました。中露もこれまでNPT体制の堅持を基本的出発点とし、その意味で、如何にして朝鮮半島の非核化を実現できるかというアプローチでした。したがって、従来の6者協議においては相互デタランスが機能しているという要素がまったく欠落していました。しかし、8月危機を経た朝鮮半島の現実は、6者協議のこれまでのあり方に根本的な見直しを迫っていると思います。少なくとも朝鮮は、今後の6者協議再起動に応じる条件として、この要素を踏まえることを強く要求する可能性があるのではないでしょうか。
第二、6者協議の議長国である中国と朝鮮の関係が8月危機によってさらに複雑化したという事実が6者協議の再起動にも新たな複雑化要因となって働くのではないかという問題です。
8月危機のさなかにおいても、中国側論調の中では、9月3日の中国の抗日戦争勝利70周年記念の閲兵式に金正恩が出席するだろうという見方が複数紹介されていました。しかし、中国政府が発表したのは崔龍海が朝鮮を代表して出席するということでした。中朝関係がかなりこじれている可能性に関しては、すでに紹介した8月28日付中国網所掲の高鵬署名文章において、次のような指摘があります。

「まず、核政策及び半島政策全体という視点。2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会以来の中国が堅持してきた対朝鮮政策は、「半島の平和と安定の維持、半島の非核化実現推進、対話と協議を通じた各国の関心の均衡の取れた解決」という3原則である。2013年1月9-11日に中国政府特使として外交部の張志軍副部長が韓国を訪問した時、以上の客観的かつ中立の中国の立場を強調したことがある。しかるに、朝鮮祖国平和統一委員会は、米韓合同軍事演習を理由として2013年3月8日に朝鮮停戦協定を全面的に廃棄するという声明を発表し、1992年2月19日に発効した朝鮮半島非核化宣言の無効をも宣言した。しかも、核保有に関しては、2012年に朝鮮の憲法に書き込まれるに至っていた。このように、中朝両国の半島にかかわる核政策には違いがあることは以上の点に反映されていた。
第二、中朝両国関係という視点。両国が1960年代初に署名した中朝友好協力相互援助条約は、双方が改定または終了に同意するまでは無期限に有効であり、しかも歴史的原因に基づき確かに特殊な関係が存在したこともあるが、いまの現実は、2013年7月25-28日に朝鮮戦争停戦60周年の記念活動に出席するために訪朝した李源潮国家副主席により、中朝間の「血盟関係」は「正常な国家と国家の関係」(に変わる)と明確に宣言された。
最後に、最近2年間の中朝関係の動きという視点。中国政府は中朝友好を継続したいという願望を明確にしているが、王毅外交部長は2013年4月6日に潘基文国連事務総長と電話会談した時、朝鮮半島は中国の近隣であり、中国はいずれの一方が半島で挑発的言動を取ることにも反対であり、「中国の入り口で事を起こすことを許さない」と表明した。さらに奇怪なことに、金正恩が政権に就いてから3年以上にもなるのに、何故今もって中国を正式訪問しないのか、何時になったら国賓として中国訪問が実現するのかという疑問がしきりに噂されている。しかも、中国の朝鮮駐在の李進軍大使は、着任以来今日に至るも最高指導者の接見を得ておらず、これまた意味深長なことだ。
確かに、昔に戻ったかの如き錯覚を覚える出来事もあるにはある。例えば、本年7月25日、金正恩は朝鮮第4回老兵大会で演説をした際、中国人民志願軍兵士に崇高な敬意を表し、29日には中国人民軍戦没者廟を訪れて戦没者を慰霊した。しかし、このような錯覚は、今回の朝韓の衝突で瞬時に粉々となり、中国が朝鮮に自制を希望した時、朝鮮外務省は即座に、「数十年の間、常に自制を保ってきたが、いまや誰それの自制というオウム返しでは情勢をコントロールするには役立たない」と表明した。中国が自制を保つように勧告することに対して朝鮮が断固反対を明確にするという過激さは、1992年に中国が韓国と国交を樹立した時にもなかったことだ。」

以上の指摘に示された認識が中国における代表的なものであるかどうかはにわかには判断できません。しかし、現在の中朝関係が、2003年に中国が6者協議を主催した当時の中朝関係とはほど遠いレベルにあることは間違いないでしょう。金正恩が習近平指導部の中国に対して強い不信感を持っていることは、すでに紹介した彼の発言にも強く窺われます。したがって、中国が今後6者協議を再起動するためには、朝鮮の同意を取り付けることも必要になります。その朝鮮は相互デタランスについての自信を持つに至っていますから、「無条件での再開」というこれまでの姿勢を維持するのかどうかについても見守る必要があるのではないでしょうか。
第三は、朝鮮が人工衛星打ち上げは既定路線としている以上、「朝鮮の人工衛星打ち上げ→安保理(議長)の非難制裁→朝鮮の核実験」という悪循環をどのように乗り越えるかが、6者協議再起動にとっての最大の課題の一つとなるということです。この問題については、8月3日付のコラム「朝鮮の人工衛星打ち上げ問題。中露はアプローチを変えなければならない」で詳しく扱いました。上記の悪循環を断ち切り、安保理から6者協議に主導権を取り戻すためには、朝鮮の人工衛星打ち上げを宇宙条約上の当然の権利として承認し、アメリカ主導の安保理(議長)非難をさせないことがカギとなることだけを確認しておきます。