朝鮮半島情勢と中国(李敦球及び王俊生の文章)

2015.08.20.

 私が朝鮮半島情勢に関して注目する中国人専門家の第一人者は李敦球ですが、8月13日付コラムで紹介した王俊生は、私にとってはニュー・フェースであり、率直な物言いをする点で目が離せません。8月11日付で、李敦球は中国青年報で「条件付で朝鮮に「核の傘」を提供する可能性如何」という刺激的なタイトルの文章を、また同日付で王俊生は中国網で「米韓合同軍事演習はますます時宜にかなわなくなっている」という興味深いタイトルの文章を掲載しました。中国における問題意識の所在を窺う上で大いに参考になりますので紹介します。但し、論旨明快な李敦求文章と比較すると、王俊生文章は荒削りでかつ回りくどいことも多いので、前者はほぼ全体を、後者は主要な論旨をそれぞれ訳出したことをお断りします。

1.李敦球文章

 韓国から、中国が朝鮮に核の傘を提供するという提案がなされたことの意味合いに関する李敦球の2点の指摘は興味深いし、米韓関係も一筋縄ではないことを窺わせるものです。また、この提案が朝鮮の安全保障上の核心的関心に対する韓国側の認識不足を露呈しており、しかもさらに重要なこととして、韓国自身が担うべき役割と責任に関する自覚が欠落しているという李敦球の指摘は実に鋭いと思います。
  他方、朝鮮半島非核化プロセスの過渡的措置として、中国または中露が朝鮮に核の傘を提供することによって朝鮮の不安感を取り除くことも考えられるとする李敦球の提起に関しては、「核の傘」即ち核拡大抑止がNATOで打ち出された歴史的及び本質的な意味合いを李敦球が正確に認識した上で発言しているのか疑問を持たずにはいられません。ごくごく簡単に言っても、中国が朝鮮に「核の傘」を提供するということは、朝鮮が米日韓の攻撃に直面する時は、中国が核戦争の危険を引き受けてでも朝鮮を守り抜くという約束・覚悟をすることです。朝鮮が中国のそのような約束・覚悟を信用しないだろう(したがって「核の傘」という提案は非現実的)という問題を脇におくとしても、中国国内でもまともに李敦球の提案が取り上げられるかどうかに関してははなはだ疑問、というのが私の正直な読後感です。
  とは言え、アメリカという猫になんとかして鈴をつけない限り、いかなるプロセスの構想も絵空事だという李敦球の指摘はそのとおりだと思います。そして李敦球文章のもっとも重要なポイントは、アメリカの態度を変えさせるカギは韓国にあることを示唆している(少なくとも私はそう受けとめます)点にあると思います。

  東アジア地域フォーラム(ARF)開催中の8月6日に朝鮮は記者会見を行い、朝鮮外務省国際機構局副局長で前国連常駐副代表だった李東日が、李洙墉外相報道官という立場で声明を代読した。朝鮮が第4回核実験を行う可能性に関し、この声明は、「それは完全にアメリカの態度如何によって決まる」とし、朝鮮の主権及び人民が核の脅迫を受けないようにするために、朝鮮としては自衛的な方策を採るという選択肢しかあり得ないと述べた。朝鮮の核情勢は再び波立っている。
  朝鮮核問題は現在相変わらず膠着状態にあり、「固結び」のようになっている。この「固結び」を解きほぐすため、多くの人が知恵を絞り、様々な提案を行っており、有効であるとは言えないにしても、程度の違いはあれ考え方を広げている。例えば、韓国議会国防委員会の黄震夏委員長は最近、朝鮮核問題を解決するため、中国が朝鮮に対して核の傘を提供する案を考慮の中に入れる必要があると提起した。この提案は直ちに議論を巻き起こした。ある論者は、この提案は中国の一貫した核政策に合わないのみならず、朝鮮も中国の核の傘の受け入れを望まないだろうとしている(浅井注:8月13日付のコラムで紹介した李彬文章を指していると思います)。
  筆者としては、黄震夏の提案は極めて問題があるにせよ、簡単に全否定することもできないと考える。この提案の利点は2点ある。一つは、韓国の中にも、朝鮮核問題に関して、中国は単なる調停者の役割に留まっていることはできず、さらに大きな役割を発揮すべきであり、朝鮮に核の傘を提供することまで含みうると認識するに至っているものがいることを明らかにしているということだ。もう一点は、アメリカに対して全幅の信認がおけないこと、少なくともアメリカに完全に頼っていては朝鮮核問題の解決は難しいことを認識するに至っていることを暗々裡に示しているということだ。ということは、朝鮮核問題及び朝韓関係問題における韓米両国の利害は必ずしも同じではないということを意識するに至ったということかもしれない。
  黄震夏の提案の限界性は次の2点にある。
第一、黄震夏は、朝鮮が核兵器を開発するのはもっぱら政権を強固にし、アメリカの核の脅迫から身を守るためと考えており、中国が朝鮮に核の傘を提供すれば朝鮮の安全保障上の懸念は解決し、交換として朝鮮の核放棄を得られると考えている。その考えには正しい部分もあるが、朝鮮の安全保障上の関心を単純化しすぎている。朝鮮が一貫して主張しているとおり、朝鮮半島の停戦メカニズムを平和メカニズムに転換することで初めて、朝鮮半島の冷戦という遺産を根本的に取り除くことができるのである。そうでないと、仮に朝鮮が中国の提供する核の傘の下で完全に核を放棄しても、朝鮮半島の冷戦という遺産はそのまま存在し、38度戦上の対峙はなくならないだけではなく、中朝対米韓という対決構造に逆戻りしてしまう可能性もある。
  第二、黄震夏の提案は、韓国が発揮するべき役割及び担うべき責任を見落としている。韓国がより明確に認識するべきは、民族の大義及び長期的かつ持続的発展に関して朝韓自身に依拠すべきであって、米韓同盟に纏綿することは韓国の根本的利益とならないということだ。韓国は、朝鮮半島の恒久的平和メカニズム設立を積極的に提唱するという前提の下で、朝鮮の核放棄を同時に追求するべきである。
  実際のところ、カギとなる当事者であるアメリカは、朝鮮核問題を解決する誠意は一貫してなく、朝鮮核問題を利用して中露を牽制しようとする戦略的意図が露骨で余すところがない。朝鮮半島が緊張をほどよく保つことがアメリカの戦略的ニーズに合致しており、朝鮮に対する「戦略的忍耐」政策の目的は、アジア太平洋におけるリバランス戦略の展開に奉仕させることにある。
  朝鮮核問題が長期にわたって解決が得られず、現在の軍事演習、核実験、制裁、対峙という局面が無限にくり返されるままとなると、アメリカは、これを口実にして米韓及び米日同盟のネットワークを強化して中国を抑止する力を増強できるだけではなく、これを口実にして何時でも東北アジアにおける軍事行動を実行し、紛争を作り出すことも可能となる。李洙墉が上記声明で述べているように、「アメリカにとって必要なのは朝鮮半島の非核化ではなく、朝鮮半島全体の「アメリカ化」」というのはまさに急所を突いている。
  ある意味で、中露朝韓はアメリカのアジア太平洋リバランス戦略及び対朝「戦略的忍耐」政策の被害者であり、中朝の被害は特に甚だしく、しかももっとも直接的被害者であるが、これは地縁政治の「宿命」によって決定づけられている。現在の膠着状態は無限に続けることはできず、必ずチャンスを探して打破しなければならない。2008年12月から現在に至るまで、6者協議は7年もの長期にわたる休眠期に入っているが、このメカニズムはやはり朝鮮核問題及び朝鮮半島問題を解決する有効なプラットホームである。ただし、協議の議題と内容については調整し、充実させるべきだ。
  筆者は、6者協議の枠組みの中で、中国が条件付きで朝鮮に核の傘を提供することが可能であると考える。
  まず、朝鮮の合理的な安全保障上の関心をしっかり考慮するべきである。各国は、引き続き朝鮮半島の停戦メカニズムを恒久的な平和メカニズムに転換させることを推進するべきだ。このことは、南北双方が認める「民族、自主、平和」という統一原則と合致している。各国とりわけ中韓は、アメリカに影響力を行使し、アメリカがこのテーマを受け入れ、実現するようにするべきだ。アメリカを説得することは非常に困難だが、必ず越えなければならないポイントであり、それなくしては朝鮮の核放棄は絵空事となるだろう。
  次に、朝鮮の停戦メカニズムを恒久的な平和メカニズムに転換するプロセスが起動したあとに、朝鮮は核放棄を起動し、その際に、中国あるいは数カ国が連合して朝鮮に対して核の傘を含む安全保障上の保護を明確に提供し、朝鮮が安全保障上の後顧の憂いがないようにする。こうすることは、中朝友好協力相互援助条約第2条の精神にも合致する。
     (浅井注)中朝友好協力相互援助条約第2条:「両締約国は、共同ですべての措置を執りいずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。いずれか一方の締約国がいずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥つたときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える。」(外務省仮訳)
  第三に、朝鮮半島の恒久的平和メカニズムが樹立されたあと、朝鮮は完全に核を放棄し、中国は朝鮮に対する核の傘の提供を取り消し、アメリカは韓国に対する核の傘の提供を取り消すとともに、米韓同盟を廃止し、駐韓米軍を撤退し、米韓は正常な友好国家関係にする。
  以上のほか、交渉過程の中で、アメリカは朝鮮を悪魔扱いすることをやめ、段階的に朝鮮に対する制裁を解除し、米韓軍事演習を減らし、再度衝突が起こる可能性を引き下げる。
  以上に述べたプランにおける韓国の役割及び参与は非常に重要である。なぜならば、朝鮮半島が冷戦から抜け出すために、韓国は実際行動を取る必要があるからだ。韓国連合通信社の8月7日付報道によれば、韓国ギャラップ社が当日明らかにした世論調査結果によると、李承晩から朴槿恵に至る歴代大統領の任期中の評価において、プラス評価がマイナス評価を上回った大統領は朴正煕、盧武鉉及び金大中の三人しかいない。朴正煕は韓国を貧困から脱却させたが、金大中と盧武鉉の任期中は、朝鮮に対して太陽政策を行うことによって朝韓関係が最良の時期となった。このことは、韓国社会に新生エネルギーが成長しつつあることを示しており、期待するに値する。

2.王俊生文章

 王俊生文章の中で、私がもっとも目を吸いつけられたのは、「朝鮮の新指導者が登場して以来、中国政府は、朝鮮半島非核化及び朝鮮半島の平和と安定を維持するために、朝鮮に対してかつてない圧力を行使し、両国関係はほぼ氷点にまで落ち込んでいる」というくだりです。もちろん、全体的にそういうことであるという理解と認識は広く共有されています。しかし、中国政府が圧力を行使するようになったのは金正恩体制になってからであるという具体的な指摘は、管見の限りでは、この文章が初めてです。私は陰謀説や「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の類のスペキュレーションはかたく自戒していますが、このくだりを読んだ時には、思わず張成沢失脚のことが頭をよぎりました。
  王俊生文章に関しては、米韓合同軍事演習の狙いが、中国(及びロシア)を標的とするTHAADの韓国配備の正当化理由を作り出そうとしているのではないか、10月10日の朝鮮による人工衛星打ち上げの可能性を韓国国防相が早々と公言するのも動機不純である、とするなど、中国における対米韓警戒感の根深さを窺う上でも興味深い指摘があることにも留意したいと思います。

  8月17日から28日にかけて、韓米は再び「ウルチ・フリーダム」合同軍事演習を行っている。中国の立場から見る筆者としては、時に朝鮮の見方や政策に同意できないこともあるが、米韓合同軍事演習に対しては、ますます時宜にかなっていないし、現在の朝鮮半島情勢挽回の機会が訪れている時においては特にそうだと考える。
  米韓合同軍事演習の公の目的は朝鮮を抑止することだ。しかし、2010年の天安号事件及び延坪島砲撃事件の発生後、韓国は対朝抑止を「積極抑止」に改め、朝鮮の進攻可能性または進攻という前提の下で、前線は先制攻撃または反撃後に報告してもよいとした。韓国の多くの人々は、李明博政権が朝韓関係で行ったことは「目茶苦茶だらけ」と批判しつつも、朝鮮が再び「挑発」するならば、韓国はためらうことなく武力反撃を行うというメッセージを朝鮮に伝えたことは、李明博政権の対朝政策の最大の遺産であると考えている。
  2012年2月に青瓦台に入った朴槿恵政権は、李明博の「積極抑止」政策を継承した。即ち、朝鮮が2013年に第3回核実験で半島の戦争危機を起こし、停戦協定を無効とするなどの行動を取った時、韓国はいかなる妥協も行わないことで、積極抑止政策継続が実証された。ということは、米韓がいう朝鮮に対してメッセージを伝えるという目的はとっくの昔に達成されているということであり、朝鮮は挑発に伴う結果は何かについて理解しており、米韓が軍事演習を行うことでメッセージを伝えるというのは明らかにやり過ぎである。
  また、中韓関係の発展が歴史的に最良の時期にあり、中韓の安全保障協力が急速に進展している状況のもとにおいては、今回の軍事演習はますますやり過ぎと思われる。米韓合同軍事演習の目的が元々朝鮮を単純に「抑止」するだけのものではないことは公然の秘密だ。米韓は、常々中国に、中国が朝鮮に対して「圧力」「拘束」をかけないのならば、米韓はさらに多くの軍事演習を行うというシグナルを送ってきている。周知のとおり、朝鮮の新指導者が登場して以来、中国政府は、朝鮮半島非核化及び朝鮮半島の平和と安定を維持するために、朝鮮に対してかつてない圧力を行使し、両国関係はほぼ氷点にまで落ち込んでいる。こういう状況のもとで、さらに合同軍事演習を通じて中国に対して圧力をかけるというのは、どう見ても理由が立つものではない。
  特に、中韓の安全保障協力が急速に進展している前提の下では、今回の合同軍事演習はますますやり過ぎであることは明らかだ。中国から言えば、長期にわたって中韓の安全保障協力を制約してきた主要な原因は、米韓同盟が朝鮮半島という範囲を超えているという点にある。米韓が中国の近海で合同軍事演習を行うのは正にそういうことだ。中韓の指導者がかくも両国の安全保障協力を重視し、両国の安全保障関係が急速に進展している背景のもとでは、米韓の今次演習は間違いなく異様に突出している。
  これほど時宜にかなっていないというのに、米韓両国は何故合同軍事演習を行うことにこだわるのか。その原因としては以下の諸点が挙げられる。   まず、米韓関係の性格によるものだということ。安全保障同盟そのものが合同軍事演習を行うことによって同盟の意志をうち固め、技術的に相互関係を協調することを決定づけているとするものだ。
  次に、米韓関係の戦略ニーズに奉仕すること。オバマ政権登場後、中米間のパワー・バランスの変化が加速し、アメリカの対中認識は、潜在的ライバルから現実のライバルへとますます変わってきており、両国関係における競争側面が大きくなっている。同盟力を強化することで中国を抑止することはアメリカのアジア太平洋戦略の重要な要素であり、アメリカのグローバル戦略が収縮しつつある背景のもとではますますそうなる。また、韓国国内には、台頭する中国に対して、韓国の戦略的価値はまさにアメリカとの緊密な同盟にあるという誤った認識を持っているものが少なくない。
  最後に、合同軍事演習によって半島情勢をかき乱すことによって利益を得ようと考える人間が米韓にいるという可能性。THAADシステム配備が山場の時に当たって、米韓の中には、朝鮮を刺激して挑発行動に出るように仕向け、それをもってTHAAD配備の正当化の口実にしようとするものがいたとしても不思議ではない。中国がTHAAD配備に関して韓国に圧力を行使している状況にあって、韓国保守勢力とアメリカは、半島情勢の緊張を口実にしてTHAAD配備を正当化しようとしている可能性がある。
  早くも7月2日、韓国の韓民求国防相は、朝鮮が10月10日の労働党成立70周年にミサイルを発射する可能性があると指摘し、その後の国会での質疑の際にも再び言及した。韓国国防相が公然とこういう発言を行うのは、朝鮮を「誘導」して打ち上げを行わせようとしている可能性が排除できない。1990年代からミサイル発射を開始した朝鮮だが、過去の事例からいうと、朝鮮が重要な祝日に打ち上げるケースは打ち上げないケースよりもはるかに少ない。
  以上の3つの原因中、最初の点は説得力に欠ける。朝鮮は、軍事演習を朝鮮に近接していない他の地域で行うべきだとしており、軍事演習そのものに反対しているわけではない。これは中国の堅持している主張でもある。したがって、本当の原因はあとの2つである可能性が高い。ということは、半島情勢を犠牲にして特定の国家または国家集団の利益に奉仕させるということであり、犠牲にされるのは地域の平和及び関係する国々の全体的利益である。換言すれば、朝鮮半島地域の平和と安定という角度及び韓国の国家的利益という観点に立つならば、40年近く前の冷戦の産物が歴史の舞台から去ることができないとしても、そのやり方を変えることを考えるべき時に来たことは間違いない。