朝鮮の対外政策と中朝関係(中国専門家の見方)

2015.08.13.

 朝鮮の核・ミサイル(人工衛星)を含む対外政策について、中国が様々な角度から検討を行っているらしいことは、私がこのコラムで度々紹介している李敦球文章から窺えるところだと思います。7月31日付の中国網所掲の王俊生(中国社会科学院アジア太平洋及びグローバル戦略研究院副研究員)署名の「イラン核合意署名後の朝鮮半島情勢」と題する文章、同日付の新華社記事「多くの国のメディアが朝鮮の発射場の「グレード・アップ」に大騒ぎ 西側は何故に緊張するのか」と題する記事が紹介した高浩栄(新華社世界問題研究中心研究員)の分析、それに8月11日付環球時報所掲の李彬(清華大学当代国際関係研究院教授)署名の「中国が朝鮮に核の傘を提供するのは現実的ではない」と題する文章も、昨年までの朝鮮半島問題「常連」執筆者とは異なり、実事求是でかつ他者感覚を働かせて朝鮮を理解・認識しようとする姿勢を窺うことができる視点を示しています。
  こういう様々な視点が示されるということは、金正恩体制の朝鮮に対する中国の政策がまだ必ずしも固まっていないことを示唆するものであり、それだけに私たちとしても様々な論考から目を離すことができないということでもあります。今回は、上記3つの文章の大要を紹介します。

1.王俊生文章

 王俊生の分析内容の個々の点については首肯できない内容もありますが、細かく立ち入る余裕はありません。しかし、核放棄についての金正恩の態度表明如何が9月3日の閲兵式に際しての訪中実現のカギだとする王俊生の指摘については一言なかるべからずです。
つまり、王俊生が示した「金正恩が「半島の非核化は金日成の遺訓である」という態度表明を行い、かつ、6者協議再開に対する誠意を示す」ということが訪中実現のための条件であるとすれば、これまでの朝鮮の累次声明に徴しても、金正恩にとってなんら高いハードルではないということです。
  もう一つ、文中にある「2.29合意」とは、2011年の3度の朝米交渉(10月、11月、12月)、金正日の死去(同年12月17日)後の第4回交渉(2012年2月)の結果、2月29日に作られた合意のことを指します。この合意は、アメリカが6者協議における9.19共同声明や朝鮮停戦協定に基づいて朝鮮を敵視せず、関係改善の用意を示し、信頼醸成のために24万トンの栄養食品を提供するなどをオファーし、朝鮮は核・ミサイルのモラトリウムなどに応じるという内容のものです。しかし、ミサイルに関するモラトリウムの中には人工衛星打ち上げは含まれないとする朝鮮と、それを含めるとするアメリカの主張の溝は埋まらないままでした。そのために、合意成立後間もなくして朝鮮が人工衛星を打ち上げたことによって、この合意は流産となりました。

  9月3日の抗日戦争勝利70周年における閲兵式には、韓国の朴槿恵大統領が出席する可能性が極めて高く(浅井注:8月12日付環球時報社説は、朴槿恵大統領が逡巡していることへの苛立ちを隠していません)、朝鮮のハイ・レベルの指導者も欠席することはあり得ないと思われるし、金正恩自ら来る可能性も増しており(浅井注:このような見通しを述べたのは王俊生がはじめて)、その時には朝韓指導者が「期せずして会う」かどうかということになる。また9月には習近平主席が訪米してオバマ大統領と会談するが、朝鮮半島問題は習近平・オバマ会談の主要議題となるに違いない。両者の議論及び共通認識が自国に有利となるようにするため、朝鮮と韓国としては中米との意思疎通を強める力が働くだろう。以上から見て取れることは、イラン核合意署名から習近平・オバマ会談実現までの朝鮮半島情勢は極めて微妙であると同時に、半島情勢が転換するチャンスでもあるだろうということだ。
  問題の核心は、アメリカは朝鮮に対する「戦略的忍耐」(strategic patience)政策を変えるかどうか、朝鮮は核放棄の如何なる交渉にも参加しない立場を堅持するかどうか、金正恩は対中政策を変更して9月3日の閲兵式に姿を見せるか、中国は如何なる政策を堅持するべきか、にある。
  2012年にアメリカが朝鮮と「2.29合意」を達成した際の意図は、朝鮮が最終的に核を放棄するとともに、そのためのステップとして、朝鮮に対して核兵器開発及びミサイル発射の中止を迫ることにあった。ところがその1ヶ月後に朝鮮は長距離ロケットを発射し、金正恩登場後の朝米両国の基本的信任は跡形もなく消えた。その後、オバマは朝鮮に対して「戦略的忍耐」政策を開始したが、その内実は静観政策だった。オバマ政権は朝鮮を完全に無視したわけではなく、ひそかに度々接触を試みたのだが、総じて見れば朝鮮とは実質的問題を議論せず、アメリカの言い方によれば、状況を理解して危機が爆発することを防ぐための接触ということだった。
  イラン核合意署名後も、中米の学者の多くは、以下の原因に基づき、オバマ政権は引き続き朝鮮に対して戦略的忍耐政策を取ると考えている。第一、オバマ政権としては、キューバとの国交樹立問題を解決し、イラン核合意も署名できたので外交上の遺産はすでに十分であり、もはや朝鮮の核問題の解決を外交的遺産とする必要はない。第二、朝鮮核問題とイラン核問題は大きな違いがあり、朝鮮自身もイランのような地政学的重要性を備えていない。第三、オバマ政権の任期は残り17ヶ月で、朝鮮核問題は極めて複雑なので、解決に必要な交渉時間も足りない。ただし、最近のセイラー特使訪中及び彼の関連する発言から見ると、オバマ政権はイラン核合意署名という好ましい雰囲気を利用して朝鮮核問題解決についてブレークスルーを実現することを希望していることは確かだ。
  アメリカの積極的姿勢に対して、朝鮮の池在龍駐中大使が7月28日に行った記者会見はアメリカに冷水を浴びせるものだった。しかし筆者の見るところ、このことによって朝鮮が交渉の扉を完全に閉じたと見ることはできない。朝鮮が本当に交渉しようとしないのであれば、まったく無視するということで済むのであり、わざわざ記者会見を開いて説明する必要はないだろう。金正恩登場以来の半島情勢から見ると、朝鮮の新指導者の外交政策も、他のいかなる国におけると同様、不断の学習プロセスである。2012年に2度ミサイルを発射し、2013年初に核実験を行い、続いて半島の一触即発の戦争の危機があり、2013年4月以後は徐々に緩和に向かい、2014年に入ってからは外交攻勢をかけるという一連の事態は、朝鮮の新指導者が必ずしも硬直して凝り固まっているわけではないことを十分に示している。
  現在の朝鮮の国家戦略は核と経済の並進路線である。朝鮮の元々の狙いは、持続的な外交努力を通じて国際社会に核兵器国であることを承認させ、その上で豊富な資源で経済建設に向かうということだった。結果はどうであったかといえば、核に関しては、国際社会特に中米韓露日の断固とした反対に遭遇し、朝鮮は逆に孤立を深め、安全感は弱まりこそすれ、高まることはなかった。そのため、朝鮮はますますミサイル発射と核武装を進めることになっていった。経済発展に関しては、小さな進展はあったとは言え、根本的なブレークスルーは難しかった。即ち、並進路線は失敗だった。失敗の根本原因は、核保有を堅持し、外交的に中米両国をほったらかしにしたことにある。学習に長けた朝鮮の指導者がこの点に気がつかないはずはない。となれば、中米両国との関係を改善しようとすることは自然の流れである。
  中朝関係が凍り付いている背景のもとで、7月25日に金正恩は中国人民義勇軍の烈士及び老兵に対して敬意を表し、27日には中国人民義勇軍烈士廟に花輪を贈ることにより、朝鮮指導者が歴史を尊重しているという客観的態度を示しただけではなく、対中関係改善に対する努力を試みたのだ。ただし、このことをもって金正恩が9月3日の北京における閲兵式に出席するかどうかを判断するのは尚早であり、根本的な障碍は金正恩が核放棄問題で如何なる態度表明を行うかにある。
  実際、国際社会から核保有国としての地位の承認を得るため、ここ数年朝鮮指導者たちが採用しているのは、核放棄を議論しない前提の下で各国と付き合うという方針である。金正恩が5月初の訪露を最後になってすっぽかしたのは、核放棄について態度表明をしないことを堅持したためにロシアから拒絶されたという可能性が高い。想像がつくのは、金正恩は今度は中国を試すだろうということだ。即ち、核放棄について態度表明しない前提の下で訪中を実現できるかということだ。明らかにこれは中国として受け入れることはできない。しかも、中国の実際的な安全保障上の利益、国際的責任、さらには国家としての信用という点から見て、中国としては、金正恩の訪中を実現するために朝鮮半島非核化という原則を放棄するようなことがあっては絶対にならない。
  硬直した局面を打破するボールはやはり朝鮮にある。金正恩が「半島の非核化は金日成の遺訓である」という態度表明を行い、かつ、6者協議再開に対する誠意を示すことができるのであれば、金正恩の訪中、ひいては朴槿恵大統領と期ぜずして相まみえるということにもなりうるだろう。同時に、安倍首相やオバマ政権高官が閲兵式に出席するということになって、運良く金正恩が両国指導者と握手外交を実現するとなれば、朝鮮半島情勢は好循環の局面に向かうだろう。このロジックに沿って進めば、オバマ政権の任期終了前にブレークスルーが実現する可能性もないとは言えないだろう。
  これに反して、朝鮮が相変わらず核放棄について何の態度も表明しないとなれば、朝鮮半島の硬直局面は間違いなく続いていき、全員がこの問題の敗者になるだろう。しかも、最大の敗者は疑いもなく朝鮮自身である。

2.高浩栄発言

 高浩栄の指摘は私たちの理解を超える内容のものはありません。しかし、全体のニュアンスとして、高浩栄は朝鮮の人工衛星打ち上げという主張を額面どおりに受けとめており、西側諸国がこれをしも弾道ミサイル発射と強弁して安保理決議違反として糾弾することに対して距離を置こうとしている姿勢が伝わってきます。
  私が8月3日付のコラムで指摘したように、これまで問題をややこしくしてきたのは、中国及びロシアが西側諸国(特にアメリカ)の態度に同調したことに原因があります。宇宙条約ですべての国に認められている宇宙の平和利用の権利(人工衛星打ち上げを含む)を、核ミサイルと結びつけて禁止するというのはどう見ても正当化されません。この議論をするとなれば、米露中印などの人工衛星打ち上げも非難されなければならないはずです。何事にせよ、二重基準は国際関係の基礎を突き崩します。8月3日付コラムで指摘したように、人工衛星打ち上げについては誰何しない立場でアメリカの主張を押しとどめることが中露両国の責任です。

  (7月に入ってアメリカ、韓国で取り上げられるようになった朝鮮の打ち上げに関し)これまでの状況から見ると、朝鮮の所謂発射活動というのは衛星打ち上げのことを指している。朝鮮メディアの報道によれば、朝鮮は現在までに4回の衛星打ち上げを行っており、2012年4月の打ち上げは失敗したが、残り3回は「成功」としている。韓日米などは朝鮮が発射したのは「大陸間弾道ミサイル」であって衛星ではないとし、朝鮮が弾道ミサイル技術を利用した発射活動をすることを禁止した国連安保理の関連決議に朝鮮は違反したと非難しているが、朝鮮当局の最近の態度表明から明らかなとおり、朝鮮は安保理決議故に衛星打ち上げを取りやめることはあり得ない。
  金正恩は5月初に新しく建設された衛星コントロール総合指揮所を視察した際、衛星打ち上げについて発言した。金正恩は、「衛星製造国及び衛星打ち上げ国としての地位は、敵対勢力による否定によって変えることはあり得ない」、朝鮮は「他人の反対によって宇宙開発を放棄することはあり得ない」と強調した。
  金正恩は、「宇宙開発は民族の尊厳及び自尊心にかかわる重要な事業であり、この領域で先端技術のブレークスルーを行うことはわが党の断固とした決意と意思である。今後、党中央が決定した時間及び場所で、朝鮮の衛星は陸続として宇宙に向かって飛翔する」とも述べた。
  同じく5月に朝鮮国家宇宙開発局のスポークスマンは、「必要な時間と場所において平和衛星を続けて打ち上げることは朝鮮の終始変わらぬ立場である」、朝鮮の衛星は「最高指導者の要求に基づき、その決定した時間及び場所において宇宙に向かって飛翔する」と述べた。
  以上の大言壮語が示すように、朝鮮が国連安保理決議を考慮することはあり得ず、引き続き衛星を打ち上げることを変更することもあり得ないのであって、何時衛星を打ち上げるかは金正恩の決断にかかっている。
  労働党結成記念日に際して衛星を打ち上げることは、記念日に花を添えるし、経済及び科学技術の成果を誇示し、士気を鼓舞し、民心を収攬する役割を担う。この点から見て、朝鮮が労働党成立70周年の際に衛星を打ち上げる可能性はある。打ち上げる場合、政治的な意義の方が軍事的な意義よりも大きい。
  今日の世界では、衛星打ち上げはごく当たり前のことであるのに、朝鮮の打ち上げ活動は何故にかくも注目を集めるのか。主な原因は、国連安保理が朝鮮の核実験の後に採択した決議が朝鮮による弾道ミサイル技術を利用した発射活動を禁止する規定を含んでいるためだ。朝鮮の打ち上げ活動は明確に安保理決議に違反しており、国際社会特に西側諸国が必然的に反応するというわけだ。また。技術的に言うと、衛星と弾道ミサイルが利用するのはともに弾道ミサイル発射技術である。西側諸国は、朝鮮が「核保有」を宣言した状況のもとでは、衛星打ち上げを利用して弾道ミサイル技術を開発し、核弾頭の運搬能力を向上させる可能性があると見なしているのだ。

3.李彬文章

 李彬文章は、韓国の専門家の一部から提起されている、中国が朝鮮に核の傘を提供することで朝鮮に核放棄を促すという提案を正面から取り上げ、かつ、それを全面的に退けるものです。簡潔な文章ですが、様々な論点に目が行き届いていますし、他者感覚も豊かです。こういうレベルの高い文章はアメリカや日本ではなかなかお目にかかれません。味読してください。

  最近数年間、朝鮮核問題に関する多国間外交は停滞に陥ってきたが、その主要原因の一つは、アメリカがこの問題を回避し、イラン核問題にエネルギーを集中させてきたことにある。イラン核問題が解決して、世界の多くの安全保障問題専門家、なかんずく韓国の専門家は世界の大国が朝鮮に目を向け、朝鮮核問題の多国間外交を再起動させることを切実に希望している。韓国当局者の中には、中国が朝鮮に対して核の傘を提供することによって、朝鮮が核計画を放棄する見返りを取るという提起をするものすらいる。
  核の傘の提供は、安全保障に関心がある一定の国々が核兵器を開発することを抑制する働きを持つことは確かだが、核拡散防止の万能薬というわけではない。なぜならば、ある国家が核の傘を受け入れる場合には提供国による様々な条件を受け入れる必要があり、独立した安全保障政策を奉じる国家としてはそうした拘束は受け入れがたいからだ。朝鮮はとっくの昔に核の敷居を超えており、しかも冷戦終結後の国際社会にあって独立独歩だ。朝鮮からすれば、中国の核の傘を受け入れ、中国の外交政策の影響を受けるよりは、自ら核兵器を開発することの方が割に合うということだ。朝鮮が核の敷居をまたいでしまった今では、朝鮮に核の傘を提供する見返りに核を放棄させるということはもはや時すでに遅しである。
  中国は核兵器を保有してすぐ非核兵器国に対して核兵器の使用または威嚇を行わないと承諾したが、この表明はネガティヴな形での表明であり、「消極的安全保障」と通常呼ばれている。1995年のNPT会議の席上、条約の無期限延長を促進するため、中国はさらに非核兵器国が核攻撃を受けたときには、中国が援助を提供するという「積極的安全保障」をも追加した。
  中国の承諾はすべての非核兵器国に向けられたものであるが、核反撃手段を用いて核攻撃を受けた国家を支援するかどうかについては明確にしなかった。これと比較するとき、世界で現存する核の傘は同盟国に対するものであり、かつ、核手段をのみ指しており、先制核攻撃の可能性すら排除していない。したがって、中国の積極的安全保障と現存する核の傘とはまったく別ものである。1995年以後、中国はさらに特定国に対する積極的安全保障を行うことにより、これらの国々が核兵器を放棄しあるいは非核地帯に参加することを奨励してきた。これらの保障は1995年に行った保障内容と基本的に一致するものであり、核の傘とはほど遠い。
  核の傘は一種の特殊で緊密な同盟関係であり、この種の同盟関係を中朝関係に当てはめることには重大な問題がある。第一、現在の中朝関係はむしろ普通の隣国関係であり、緊密な同盟関係からはほど遠い。中国は朝鮮半島で武力の使用またはその威嚇に反対しているが、これは地域の安全及び安定を維持する目的によるものであって、単純に朝鮮を保護するという趣旨ではない。
  第二、核の傘は事実上勢力範囲を区分する象徴的な手段であり、多くの韓国人、アメリカ人は勢力範囲ということに極めて敏感である。仮に中国が核の傘を提供することで朝鮮の核放棄が促されるとしても、韓国の専門家の多くがそのことで中国に感謝するとは限らない。逆に彼らは、核の傘によって中国が勢力範囲を確定し、半島の統一を妨げると見なすこともあり得る。中国としては、慎重な態度を取るべきである。
  第三そしてもっとも重要なことは、核の傘の下にあるからといって、朝鮮の対外政策をコントロールできない可能性があるということだ。中国が朝鮮に核の傘を提供してもなおかつ朝鮮に影響を及ぼせないとなれば、朝鮮は自らの安全保障上の目標に従って事を運び、中国をして他国と軍事的に対決し、ひいては核対決に向かうという受け身の立場に追い込む可能性もあるだろう。
  以上を総合すると、中国に関して言えば、核の傘の提供は極めて重大な安全保障政策上の調整となるし、朝鮮の核放棄を促進する最善の方策でもないということだ。