朝鮮の人工衛星打ち上げ問題:中露はアプローチを変えなければならない

2015.08.03.

<朝鮮の人工衛星打ち上げの可能性>
  朝鮮労働党中央委員会と党中央軍事委員会が2月11日に発表した共同スローガンには、「党創立70周年を迎える今年、党の指導力と戦闘力を強化するうえで新たな里程標をもたらそう!」、「祖国解放70周年と党創立70周年を軍事力強化の誇るべき成果をもって輝かせよ!」、「朝鮮式の強力な最先端武力装備を積極的に開発し、さらに完成せよ!」が含まれています。韓国国防部は7月17日に、朝鮮がすでにミサイル、装甲車、多連装ロケット弾発射システム(MLRS)等の武器を美林軍用飛行場に集結していることを明らかにしました(同日付AFP)。
  7月22日に韓国連合通信社は、韓国政府消息筋の話として、朝鮮が西海衛星発射場の改造を基本的に完成し、高さ67メートルの「長距離ミサイル発射台」を設置したと報じ、朝鮮が「10月10日の労働党成立70周年の前後に挑発的行動に出るだろう」と推測しています。また、アメリカCNNのWSも29日、衛星写真に基づき、朝鮮西海衛星発射場の「グレード・アップがすでに完成」し、縦約24メートル、幅約30メートル、高さ約33メートルの移動式支持構造物を設置したと報道しました。ジョン・ホプキンス大学米韓関係研究所WS「北緯38度」の分析によれば、この構造物はロケットを発射台に運ぶ前の組み立て工事に用いるものだといいます。報道によれば、西海衛星発射場は2013年に「グレード・アップ」が開始され、今回の「グレード・アップ」は「現在の「銀河3号」よりも大型の運搬ロケットを発射する能力を備える」ようにするためのものだとされています。
  新華社の平壌駐在の郭一娜記者は、朝鮮当局は以上の報道に対していかなる反応も示していないが、朝鮮の国連代表部のスタッフがメディアの取材に対して、朝鮮は主権国家であり、何をし何をしないかを決定する権利があると発言し、発射を行う可能性があることを暗示したと指摘しました(7月31日付新華社)。

<負の連鎖をくり返させてはならない>
  2006年、2009年及び2012年の朝鮮の人工衛星打ち上げ時の経緯を踏まえれば、10月に朝鮮が再び人工衛星を打ち上げる場合、アメリカ(及び日韓)は「弾道ミサイル発射」と断定し、再び安保理を舞台に、朝鮮に対するよりいっそう厳しい非難・制裁に動くことは間違いありません。これに対して中国及びロシアが前3回と同様に安保理決議採択または安保理議長声明発出に同調すると、朝鮮は対抗措置として再び核実験を行うという連鎖反応が起きるであろうことも想像に難くありません。
  この負の連鎖を起こさせない、つまり、朝鮮が核実験を強行しないようにするためには、中国及びロシアが安保理でアメリカに同調しないことが不可欠です。具体的には、安保理決議採択を阻止すること(中露には拒否権があります)、また、安保理議長による朝鮮非難声明の発出にも同調せず、それを阻止すること(安保理議長声明の発出には全理事国のコンセンサスが必要です)が必須条件になります。
  中国とロシアがこれまでの行動パターンをくつがえして、10月に予想される朝鮮の人工衛星打ち上げに対して理解を示す、あるいはアメリカの強硬なアプローチへの同調を拒否するということは困難な政治決断を必要とすることは容易に予想されます。しかし、イランと朝鮮の人工衛星打ち上げに対するこれまでの安保理の異なる対応(二重基準)、及びイランの核問題に関するP5+1とイランとの正式合意(JCPOA)の内容を踏まえるならば、中露が従来とは異なる立場を取ることは不可能ではないし、むしろそういう決断を行うべきだと思われます。

<イランと朝鮮の人工衛星打ち上げに対する安保理の二重基準>
イランの人工衛星打ち上げに関しては、「宇宙(そら)へのポータルサイト」(sorae.jp)の「イラン、衛星ファルジを載せたサフィール・ロケットの打ち上げに成功」と題する本年2月3日付の記事によって事実関係を大まかに確認できます。
この記事によれば、「イラン国防省や報道機関は2月2日、人工衛星ファジルを搭載した、サフィール・ロケットの打ち上げに成功したと発表した。また米軍もこの衛星が軌道を回っていることを確認しており、成功が裏付けられている。」、「2009年2月2日には、イランが独自に開発した人工衛星オミードを、同様に独自に開発したロケットであるサフィールを使って打ち上げることに成功した。その後、2011年と2012年にも1機ずつ衛星の打ち上げに成功しており、今回が通算4機目の衛星となった。」とあります。イラン国防省の発表とありますから、同国の人工衛星打ち上げが軍事絡みで行われていることが容易に確認できます。この記事を踏まえて、以下の諸点を確認できます。
イランのミサイル開発を禁止する安保理決議1929は2010年6月9日に採択されました。同決議は「イランが、弾道ミサイル技術を使用した発射を含む、核兵器を運搬できる弾道ミサイルに関連するいかなる行動をも取ってはならないことを決定」(第9項)したのです。これに対して、安保理が朝鮮のミサイル開発にかかわる決定を行ったのは、2006年10月14日の決議1718が最初です。同決議は、「DPRKが、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止…することを決定する。」(第5項)と定めています。決議1929と決議1718とは、表現は違うにしても、内容には大きな違いはありません。
安保理が二重基準の適用という重大な行動を取ったのは、その後のイラン及び朝鮮の人工衛星打ち上げに対する対応です。「宇宙(そら)へのポータルサイト」の上記記事によれば、決議1929が採択された後も、イランは2011年、2012年及び2015年の3回にわたって国産ロケットを使った人工衛星打ち上げを行ってきました。ところが安保理は、私が国連WSで安保理決議及び議長声明を確認した限りでは、イランに対する制裁決議も安保理議長声明も行っていないのです。
しかし朝鮮の場合、2006年、2009年及び2012年の人工衛星打ち上げに対して、安保理はその都度制裁決議を採択し、あるいは安保理議長の非難声明を出しました(2006年は前掲決議、2009年は4月13日付の安保理を代表した議長声明、2012年の打ち上げに関しては2013年1月22日付の安保理決議2087)。安保理がイランと朝鮮の人工衛星打ち上げに対して二重基準の行動を取ってきたことは明らかです。
中国とロシアは、特に近年になって、アメリカの二重基準の対外政策に対して厳しい批判を行うようになっています。その中露両国が朝鮮の人工衛星打ち上げ問題に関して、イランに対するとは違った行動をとり続けることは許されないし、もし続けるとするならば、両国がアメリカの二重基準の政策を批判すること自体が二重基準であるという批判は免れません。中国とロシアはその点をしっかり認識するべきです。
増していわんや、宇宙の平和利用の権利は宇宙条約によってすべての国家に認められた基本的な権利です。安保理といえども、朝鮮だけを例外扱いする決議を行うことは許されるはずがありません。宇宙条約というもっとも基本的な国際法についてそのようなことが許容されてしまうならば、すべての条約についても安保理はいかなる決定をも行うことができるということになり、国際法ひいては国際秩序そのものの安定性及び信頼性が失われてしまいます。
この点に関しては、安保理は、国際の平和と安全にかかわる問題に関して措置を取る権限を有する(国連憲章第7章)及び「国際連合加盟国は、安全保障理事会の決定をこの憲章に従って受諾し且つ履行することに同意する」(同第25条)という規定に基づき、朝鮮に対する安保理決議は有効であり、国際法としての拘束力を持つという主張が中国国内にあります。
しかし、国際連合の最重要の目的は、①「国際の平和及び安全を維持すること」であり、「そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること」並びに②「平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」と規定されています(第1条第1項)。
朝鮮の人工衛星打ち上げが①にいう「平和に対する脅威」または「平和の破壊」と断定するのはあまりにも飛躍があります。それは、②の「事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現する」という規定、即ち問題の平和的かつ国際法に基づく解決が志向されなければならないはずです。

<JCPOAから得られる手がかり>
  私がイラン核問題に対する中国及びロシアの対応について注目してきたことの一つの理由は、両国の関心の所在を理解し、朝鮮核問題の膠着状態打開の手がかりが得られないか考えたかったことにあります。イラン核問題に対する中国及びロシアのアプローチに共通していたのは、①NPTに基づく核不拡散体制を堅持するということ(この点では米英仏と一致)、②核不拡散体制と矛盾しない核の平和利用の権利についてはイランの主張に理解を示すということ(この点では米英仏と不一致)の2点です。
今回のイランとP5+1との正式合意(JCPOA)では、イランが核兵器開発を行わないことの確約(第2項)との引き替えで、イランの核の平和利用の権利を承認(つまり、NPTで非核兵器国に認められている核の平和利用の権利を確認)し、イランの核問題に関するこれまでの安保理決議のすべての規定を終了させることが定められました(第18項)。まさに上記①と②とが結合したということであり、中国とロシアがJCPOAを高く評価しているのは当然です。
そして、7月20日に採択された安保理決議2231は、イランがJCPOA付属5の第15-1節から15-11節に定められている行動を取ったことを検証するIAEAの報告を受領し次第、イランのミサイル開発を扱った安保理決議1929(2010)を含む諸制裁決議を終了することを決定しました(第7項(a))。
ちなみに、ミサイル開発に関する国際法上の規制の枠組みは存在せず、現実に、日本、韓国を含む多くの国々がミサイル開発を行っています。安保理決議がイラン及び朝鮮のミサイル開発を禁止する挙に出たのは、ひとえに両国の核ミサイル開発を阻止するためでした。イランが核兵器開発をしないことを確約した以上、イランのミサイル開発(人工衛星打ち上げを含む)を禁止する正当化理由は失われたわけですから、イランがミサイル開発に関して他のミサイル開発国と同等の処遇を受けるべきは当然なことです。
以上のように見てくると、JCPOAは朝鮮の問題を考える上で参考価値はないようにも見られます。なぜならば、朝鮮は核兵器開発を放棄する用意はなく、したがって、朝鮮のミサイル開発を禁止した安保理決議の正当化理由は失われていないからです。
しかし、中国及びロシアを含む5大国の最大の目的は朝鮮を核不拡散体制の枠内に引き戻すことであるはずです。もちろん、アメリカの場合は、8月1日付のコラムで紹介した李敦球文章が喝破しているように、「アメリカとしては、本気で朝鮮核問題を解決する気持ちはなく、朝鮮核問題を長期にわたって存続させることによって一つの標的を作り出し、アメリカが進めているアジア太平洋リバランス戦略を正当化しようとしている」のでしょう。
しかし、朝鮮の今後の人工衛星打ち上げに対して、これをミサイル発射と断定する安保理決議・安保理議長声明をくり返しても、朝鮮がそれに屈する可能性はゼロであり、逆にさらなる核実験に走ることは目に見えています。そのような事態はアメリカにとって戦略的に極めて不得策なはずです。なぜならば、朝鮮は核実験を積み重ねることでますます核兵器の小型化と多様化に歩みを進めるだけであり、そのことは、アメリカに対する朝鮮のバーゲニング・ポジションをますます高めるからです。要するに、アメリカ主導の力任せの対応は朝鮮核問題の解決策としては破産が証明されているのです。ですから、アメリカとしても、朝鮮をして核実験を思いとどまらせることを最優先課題と設定する発想に立つべき十分な理由があるはずです。
以上の2点、即ち、朝鮮を核不拡散体制に引き戻すという長期的視点及び朝鮮のさらなる核実験を喰い止めるという現実的視点から見る時、JCPOAと安保理決議2231が核問題とミサイル問題をいわばディカップリングしたことの意味は大きいと思います。つまり安保理としては、朝鮮の人工衛星打ち上げについては軍事的なミサイル発射と切り離し、後者については引き続き厳しい対応をするとしても、前者については今後これをとがめないこととするという、いわば部分的ディカップリングの対応を取るということです。

<中国とロシアに対する提言>
中国とロシアに厳しく問われることは次の2点です。第一に、イランと朝鮮の人工衛星打ち上げに関する安保理の二重基準のアプローチに両国が加担してきたことの責任を重く受けとめ、これを清算することです。その具体化として第二に、朝鮮の人工衛星打ち上げについては、宇宙条約上の権利行使として認め、アメリカの力任せのアプローチを阻止することです。
中国の王毅外交部長は7月14日、JCPOA妥結後に記者会見で次のように述べました。

「JCPOA妥結のもっとも重要な意義は、多贏、共贏の精神を体現したことである。イラン核問題は極めて複雑で、関係諸国の切実な利益ひいては核心的利益にかかわっている。多贏、共贏の精神がなければ、合意の実現は困難であったし、実現したとしても持続させることは難しいだろう。
JCPOA妥結のもっとも重要な啓示は、政治解決の方向を堅持し、いかに困難な問題でも、如何に複雑な状況でも、政治解決のみが唯一の現実的に実行可能な道筋であるということだ。JCPOAは、対話と協議を通じて重大な紛争を解決するという有益な実践を国際社会に提供し、朝鮮半島核問題を含む他の国際的地域的ホット・イッシューへの処理に対して積極的な手本を提供した。これは、イラン核問題を超えたJCPOAの重要な意義である。
JCPOAが直面するもっとも大きい挑戦は、確実に執行し、実を結ばせることができるか否かということだ。合意達成はスタートであり、実を結ばせるには10年というプロセスがある。このプロセスにおいては、各国はまず信頼を確立し、強固にすることが合意執行の基礎である。同時に各国は、自らが行った約束を確実に履行し、合意の規定事項を間違いなく実現し、世界平和の擁護、地域の安定促進、各国の関係改善のためにJCPOAが担うべき役割を発揮できるようにするべきである。」

私は、以上の王毅発言を積極的に評価します。そして、王毅発言に示された認識を朝鮮核問題において具体化する中国外交の第一歩は以上の2点にあると確信します。朝露関係の改善に意欲的に取り組んでいるロシアが、この2点について中国と共同歩調を取れば、アメリカの暴走をチェックすることは十分に可能であるし、朝鮮の人工衛星打ち上げの核ミサイル問題からの切り離しを通じて6者協議再開への道筋も開けてくるでしょう。そして6者協議再開は、朝鮮版JCPOA成立への有力な条件整備となるはずです。