南シナ海をめぐる米中の確執

2015.05.27.

5月中旬以後、南シナ海における中国の埋め立て建設工事に対して、アメリカ政府が地域の安定及び航行の自由を脅かすものとして批判を強め、また、軍事行動を強化する動きを強めています。これに対して中国は一歩も引かない姿勢であり、中国メディアでは不測の事態(米中軍事衝突)も考える必要があるとする論調も出るに至っています。
  このような事態の進展自体が警戒すべきであることはもちろんです。しかし私はそれ以上に、新ガイドラインと戦争法制の整備によって日米軍事同盟が攻撃的性格を強めることを背景として、アメリカがオバマ政権のリバランス戦略における最重点地域の一つである南シナ海で中国に対する対決姿勢を強めているのではないかという懸念と警戒をより強くせざるを得ません。
  しかも、アメリカの意を体した日本、フィリピンなどの軍事的動きも強まっています。5月12日には、マニラ湾付近の海域で日本とフィリピンの初めての海上連合軍事演習が行われたことをフィリピン海軍当局者が明らかにしました(5月13日付新華社WS)。
アメリカ海兵隊は、日本、フィリピン、ヴェトナムを含む20数カ国を招いて、陸海にまたがる急襲戦術及び上陸作戦を議題とする初めての多国間会議を5月18日から開催することを明らかにしました(5月14日付のロイター電として翌日の新華社WSが報道)。しかも、中国はこの会議に招かれていません。
また、5月13日にアメリカ上院で開催された南シナ海に関する聴聞会の席上、国防相のアジア太平洋担当関係者は、この地域での軍事力強化の一環として、オーストラリアに長距離爆撃機と偵察機を配備する計画があると発言しました。この発言に対しては、オーストラリアのアボット首相が15日に「間違った発言」として打ち消しましたが、それだけでは疑いは解消されないと、5月16日付の京華時報記事は指摘しています。
確かに、アメリカのみならず、中国の論調でも、アメリカを中心とするこれらの動きを安倍政権の新ガイドライン・戦争法制と直接関連づけるものは今までのところはありません。しかし、戦争法制成立の暁には、南シナ海でのいかなる事態も、武力攻撃事態法の「存立危機事態」に当たるとされることは必定であり、したがって、安倍政権が南シナ海での集団的自衛権行使に前のめりになるであろうことは明らかです。アメリカも当然日本の後押しを前提にして行動するでしょう。
東シナ海(尖閣)ではアメリカは「航行の自由」を前面に押し出すことはなく、むしろ日本の対中強硬姿勢にお付き合いしているにとどまります(尖閣が如きで戦争に巻き込まれるのはまっぴらゴメンというのがアメリカのホンネ)。しかし、南シナ海はオバマ政権の大看板であるリバランス戦略の鼎の軽重が問われる海域であり、アメリカとしては「航行の自由」を前面に押し出し、正面から中国の動きを軍事的に押し込めようとする姿勢がありありです。それだけに中国が警戒感を高めるのはごく自然な成り行きであると思いますし、一触即発の危険性は東シナ海よりはるかに高いといわなければなりません。 以上の問題意識に基づいて、南シナ海をめぐる最近の米中間の確執を、中国側の警戒感を中心にしてまとめておきます。

1.ウォール・ストリート・ジャーナル報道に対する中国の反応

 5月13日付でウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)WSに掲載された、「アメリカのやり口は中国との戦争のリスクがある」(U.S. Gambit Risks Conflict With China)と題する上海発の記事は、ワシントンのアメリカ政府筋によれば、中国が南シナ海で行っている埋め立て工事に対して、アメリカが戦闘機をその上空に飛ばし、また、海軍艦艇を12カイリ内で航行させるという選択肢を考えていると紹介した上で、中国の主権に挑戦するそのような行動は、この海域での中国と他の諸国との領土紛争に対して立場を取らないとしてきたアメリカのこれまでの政策からの変更になり、中国との直接の軍事衝突の危険があると指摘しました。
  5月13日の定例記者会見でこの点について質問された中国外交部の華春瑩報道官は、次のように答えました。

  「我々は、アメリカの関係する発言に対して深刻な懸念を表明するものであり、アメリカははっきりさせる必要がある。   中国は一貫して南海の航行の自由を主張しているが、航行の自由ということは外国の軍艦及び軍機が勝手に他国の領海及び領空に入り込んで良いということでは絶対にない。中国は断固として領土主権を守るだろう。我々は、関係方面が言動に慎み、いかなる冒険的及び挑発的な行動をも取らず、地域の平和と安定を守ることを要求する。」

 中国メディアも敏感に反応しました。即ち、私の目にとまったものとしては、5月14日付の環球時報社説「米軍が南海で中国を挑発すれば、必ず断固とした対抗措置に遭遇する」、5月15日付の人民日報海外版所掲の華益文(国際問題専門家)署名文章「アメリカは何故南海をかき乱す「専門家」になったのか」、5月16日付の中国網所掲の薛宝生署名文章「南海でアメリカ流「航行の自由」を強引に進める魂胆は何か」があります。ここでは、環球時報社説の大要を紹介します。

  「アメリカが仮にWSJが指摘したような行動を取るならば、中国の主権に対する赤裸々な侵犯であり、中国が強力な対抗措置を取ることを余儀なくされることは必至である。事態の発展如何によっては、中米が南海で対決する可能性がある。…中米が南海に投入している軍事力の大きさに鑑みれば、米軍の挑発によって南海は世界No.1の危険な地域ともなりかねない。
  ワシントンが中国の支配している南沙諸島に対して「何でもできる」、中国の政府と軍は怒りをこらえてじっと我慢し、避けて譲歩すると考えているとするならば、それはあまりにも脳天気なことだ。…アメリカが中国に辛い目にあわせるその分だけ、アメリカも辛い目にあうことになるだろう。アメリカが中国に対してリスクを負わせるその分だけ、アメリカも同じだけのリスクを負担することになるだろう。中国は大国、しかも核大国であり、南海は中国大陸の近くにあり、米軍が勝手気ままに行動できる地域ではないということを知るべきである。
  双方が南海で軍事的に対峙する場合、米軍の質的優位は中国の量的及び地理的優位によって相殺される。双方の決意と意志とがぶつかり合う時、中国は領土主権を防衛するのであり、アメリカは海洋覇権を追求して中国を挑発するのであり、中国の犠牲精神はアメリカの貪欲に敗れることはあり得ず、双方がダラダラ続く戦略的消耗戦に入った後は、アメリカが中国を圧倒するいかなる望みもあり得ない。
  中米が南海で対決することになれば、地域全体が必ず大いに乱れ、勝者はなく、フィリピン及びヴェトナムも敗者となり、ASEANも甚大な被害を受けるだろう。その結果、フィリピン、ヴェトナム及びASEANの態度も変わり、アメリカはその冒険的行動に対する地域の個別の国家の支持と協力を失うだろう。
  我々は、中米関係及びアジア太平洋の平和という大局をひっくり返す決定を行う前に、ワシントンが熟考することを勧告する。中国はアメリカに挑戦することを考えたことはなく、アメリカと対抗することも願っていないが、アメリカがどうしても中国の領土主権に対して正面切って挑戦するというならば話は別になる。」

2.ケリー国務長官訪中と中国の反応

 5月16日から17日にかけて行われたケリー国務長官の訪中を前にして、14日付のロイター電は、国務省のアジア担当のラッセル国務次官補が13日のアメリカ上院外交委員会の聴聞会で、ケリーが中国側に対して、アメリカは南シナ海における航行の自由を確保することを明言すると述べたと報道しました。ロイター電はさらに、ラッセルの発言として、中国が南シナ海の紛争のある島礁で埋め立て工事を行うことは地域の安定及び中米関係に不利な影響をもたらすと、ケリーが中国側に警告するだろうと報じました(15日付環球時報)。これを受けて、5月15日付の環球時報は、「中国の両手でアメリカの両手に対応する」と題する社説を掲げ、大要次のように論じました。

  「アメリカの対中強硬姿勢はますます明確に突出してきた。南海は中米の力比べの爆発点になる可能性があり、中国としては、この地域における最悪の事態に備えて真剣に準備する時が来たようだ。
  これまでのアメリカは一貫して、言葉による攻勢及び挑発、フィリピン及びヴェトナムを動かしての対中圧力、総じていえば間接的干渉だった。もしもアメリカが中国の支配する島礁の空域及び12カイリの海域に直接侵入するとなれば、その性質はまったく違ったものとなる。中国政府及び軍隊が対応する行動を取らなければ、中国の南海政策の崩壊を意味する。
  ペンタゴンが南海で激しい行動を取ろうとしたがっているからといって、中米関係が絶体絶命というわけではない。アメリカのタカ派は中国の台頭を受け入れないが、アメリカ社会は日増しに強大な中国との交流を深めており、アメリカの対中関係には明確に二つの顔がある。
  中国としても二つの顔を持ち、二つの手を準備する必要がある。即ち、両国の戦略関係を引き続き発展させ、交流と協力を可能な限り展開させる。それと同時に、中国はアメリカに対する厳しい一面をも作らなければならない。中国はアメリカに対して守りの姿勢を取っているが、この守りは積極的に出ていくことができるものであるべきだ。米軍が中国の近海で中国軍と「挨拶を交わす」現状を打破し、中国を挑発する方向に向かっていくならば、中国軍は断固としてこれに対抗するべきである。
  中米両軍は、南海で対峙し、さらにはもっと深刻な状況が発生する可能性がある。このような状況の発生を避けることが中国側だけの望みであるとすれば、極めてまずいことになる。中国としては、アメリカも同じ望みを持つようにするべく努力しなければならず、しかもそれは、中国がアメリカに理を説くことによっては実現できない可能性が高い。
  中国が発展を続けていく道筋において、中米協力の局面を維持するためには、アメリカが中国に対して冒険する時には、中国がアメリカに相応の代価を支払わせることができることが条件となる。アメリカがどうしても南海で中国のこの種の能力を試そうとするのならば、中国としては曖昧さを残さずにその能力をアメリカに見せつけるべきである。
  「航行の自由」とやらに関しては、中国は、南海の真正な航行の自由に反対したことは未だ嘗てない。しかし、アメリカの軍機がどうしても中国の島礁の上空を飛行し、その艦艇が中国の島礁の12カイリ海域に進入しようとするのであれば、中国の軍隊はアメリカのこのような強盗的な行動が場所と相手を選び間違えたことを証明することを、我々は確信している。
  中米の平和共存は、硬軟両手で獲得する必要があるようであり、友好だけあるいは強硬だけでは中米間の戦略的安定は達成できない。大国としての中国はこのことを学ばなければならないようだ。」

 5月16日に訪中したケリーは、その日に王毅外交部長、楊潔篪国務委員、藩長龍中央軍事委員会副主席、李克強首相と相次いで会談・会見し、翌17日には習近平主席もケリーと会見しました。藩長龍とケリーの会見に関しては中国軍報WSが報道しましたが、その他の会談・会見については中国外交部WSが内容を伝えました。ケリー訪中は、9月に予定されている習近平訪米に関する打ち合わせという性格を持っていますが、以上に紹介したアメリカ側の南シナ海問題での対中対決的な発言と中国メディアの警戒感の高まりを受けて、南シナ海問題でどのようなやりとりが米中間で行われるかに注目が集まりました。会談・会見における双方の発言内容は、中国側の発表に基づき次のとおりです。藩長龍とケリーとの会見では南シナ海問題が生々しく取り上げられた様子が窺われますが、ケリーが「関係メディアの報道は必ずしもアメリカ政府の政治的決定ではない」と述べたと紹介されているのは注目されます。
ちなみに、私はアメリカ国務省WSにおけるケリーの訪中時の発言もチェックしました。しかし、ラッセル国務次官補が前触れしたような発言を、ケリーが行った形跡はありません。国務省WSには米中外相共同記者会見における両外相の発言も紹介されています。そこでは、ロイター通信記者がケリーに対して南シナ海問題を含む4点の質問をしたのですが、ケリーは南シナ海問題には触れませんでした。国務省WSは、藩長龍とケリーとの会見については取り上げていません。

<王毅・ケリー会談>
  王毅は次のように述べた。この世界では、すべての者が中米関係についてさらによくなることを見届けたいと思っているわけではないが、国務長官の今回の訪中は意思疎通のためであって喧嘩するためではなく、協力のためであって対抗するためではないと信じている。なぜならば、我々双方は、中米間の協力は違いよりはるかに大きく、守り、発展するべき共同の利益は違いよりもはるかに大きいことを明確かつしっかりと認識しているからだ。そのために、双方は共同で努力し、戦略的意思疎通を高め、実務協力を増進し、違いと敏感な問題を妥当に処理し、中米関係が新型大国関係を構築するという正しい軌道に沿って健康的かつ安定的に発展するように確保するべきである。…
  双方は、アジア太平洋問題についての意思疎通を強化し、この地域で調和的に共存し、協力してウィン・ウィンになるように共同で研究することに同意した。…
  王毅は、南海問題に関する中国の原則的立場を詳述し、主権と領土保全を守る中国政府の意志は岩の如く堅固であると強調し、アメリカを含む域外諸国は客観的で公正な立場を堅持し、南海の平和と安定を維持するために積極的で建設的な役割を発揮することを呼びかけた。
<米中外相会談後の共同記者会見における王毅発言>
  王毅は次のように述べた。主権と領土保全を守る中国政府の意志は岩の如く堅固であり、疑いをさしはさむ余地はない。これは人民の政府に対する要求であり、我々の正当な権利でもある。同時に中国は、歴史的事実を尊重する基礎の上で、国際法に基づき、直接当事国の協議交渉を通じ、平和的外交手段で妥当な解決を図ることを一貫して主張している。これは既定政策であり、今後も変化することはない。国連海洋法条約の締約国として、中国は尽くすべき責任を履行する。
  南沙島礁の建設に関しては、完全に中国の主権の範囲内のことである。関係方面の関心に対しては、中国は対話を通じて理解を増進したい。中国はASEAN諸国とこのような対話を行っており、アメリカとの間でも相互尊重の基礎の上で必要な対話を行いたい。
  王毅は次のように述べた。中米両国は南海問題について意見の違いがあるが、共通認識もある。例えば、我々はともに南海の平和と安定に力を入れ、国際法が与える航行の自由を保障し、関係する紛争を対話を通じて平和的に解決することを主張している。双方が意見の違いがあっても構わないが、誤解はあってはならず、間違った判断はなおいけない。
(浅井注:国務省WSで紹介された王毅発言の内容も、細かいニュアンスはともかく、おおむね同様です。)
<楊潔篪の対ケリー発言>
  重要な国際及び地域問題に関する意思疎通、協調及び協力を強め、違い及び敏感な問題を適切にコントロールし、客観的理性的に互いの戦略意図を見極めるべきだ。楊潔篪は南海問題における中国の原則的立場を重ねて表明し、アメリカが地域の平和と安定のために有益なことを多くするように希望した。
<李克強の対ケリー発言>
  李克強は、…双方の認識が必ずしも一致していない問題に関しては、建設的な方法でうまく処理し、コントロールし、中米の相互信頼増進及び地域協力促進に有利なことを多くするべきだと述べた。
<藩長龍の対ケリー発言>
  南海問題に関して藩長龍は次のように述べた。中国は、南沙諸島及びその近辺海域に対して争いの余地のない主権を有している。中国が自らの島礁で建設を行うことは完全に主権の範囲内のことであって、議論の余地はない。国家主権と領土保全を守る中国の決意と意志は確固不変である。アメリカが客観的かつ公正に南海問題に向きあい、中国の政策意図を正確に理解し、領土主権問題に関していずれの側にも立たないというコミットを堅く守り、言動を慎重にし、中米相互信頼及び南海の平和安定に有利なことを多くすることを希望する。
  ケリーは南海問題でいずれの側にも立たないというアメリカ政府の立場を繰り返し述べ、他の当事国を一視同仁するとし、関係メディアの報道は必ずしもアメリカ政府の政治的決定ではないと述べた。
<習近平の対ケリー発言>
  習近平は次のように指摘した。私は、広い太平洋は中米両大国を収容するにたる空間を持っていると度々発言している。中米が向きあって行動し、意思疎通と対話を多くし、協力を深め、中米関係が新型大国関係を構築する正しい道筋に沿って前に向かって発展することを確保することを希望している。

 以上を要するに、中国はケリーの訪中に対して身構えていたことは間違いありません。そのことを端的に示すのは、「国務長官の今回の訪中は意思疎通のためであって喧嘩するためではなく、協力のためであって対抗するためではないと信じている」という王毅の発言でした。そのことは、ケリーと16日に会談・会見した中国側要人がこもごも南シナ海を念頭においた発言を行ったことにも反映されています。しかし、ケリーが事前に報道されたような強硬姿勢で会談・会見に臨まなかったことで中国側はひとまず安心し、17日にケリーと会見した習近平は、南シナ海問題を意識した発言をすることなく、大局的見地からの発言に終始したことが窺われます。
  ケリー訪中を受けた中国側論評も、「ケリーの今回の訪中はメディアにとっては失望だった」(5月17日付の中国網所掲の馮創志署名文章)、「ケリーの訪中、中米対話は信頼を増し、疑いを解く」(5月17日付の解放日報所掲、復旦大学国際問題研究院教授の沈丁立署名文章)、「南海情勢の新たな動向に冷静に対処しよう」(5月18日付の中国網所掲の暁岸署名文章)、「新しい時代に適応し、アメリカは新思考が必要だ」(5月21日付の人民日報海外版所掲の海軍軍事学術研究所研究員の張軍社署名文章)などに見られるように、総じてある種の安堵感をにじませるものでした。

3.アメリカの言動のエスカレーションと中国の反応

 ところが5月20日、アメリカの対潜哨戒機P-8A一機が南沙・永暑礁に近接飛行したこと、また、5月23日にはバイデン副大統領が海軍アカデミーでの講演で、中国の南海での埋め立て工事は地域の緊張を引き起こし、航行の自由に挑戦するものであると非難したうえで、「我々は平和的かつ公正に紛争を解決するという原則と航行の自由とを回避することなく守るが、これらの原則は中国の南シナ海での行動によって試練に面している」と述べたことが報道され、中国メディアには再びアメリカを警戒する論調を掲げるに至りました。
  即ち、米軍機の接近に関し、環球時報は、5月22日付で「アメリカの南海での挑発には、お前はお前のオレはオレの戦い方で対応する」、また、同月25日付で「中米が南海で軍事衝突する可能性はどれぐらいあるか」と題する社説を掲げました。また、5月23日付の人民日報海外版は、軍事問題専門家である鉄鈞署名文章「自由を守るのか、それとも覇道の無頼なのか?」を掲載しました。また、バイデン発言に対しては、5月25日付の人民日報海外版が中国国際問題研究院国際戦略研究所副所長の蘇暁暉署名文章「アメリカ 南海かき乱しは最終的に自らを害する」を掲げています。
  特に、5月25日付の環球時報社説に関しては、同日の中国外交部の定例記者会見で、アメリカの出方如何によっては「中米衝突は不可避」とする論旨は中国の公式的立場を代表するものか、という質問が出されました。これに対する華春瑩報道官の発言は、バイデン発言をも踏まえて次のようにアメリカに警告を発する内容でした。

  「環球時報の文章は、メディアとしての見方を代表するものだ。
  最近、アメリカの幾人かが南沙のいくつかの駐留する島礁で中国が建設活動を行っていることに関して刺激的な声をあげているが、これは悪らつに物事をすり替え、耳目を惑わすものだ。我々は、このような言動に対して厳重な関心を表明する。最近訪中したケリー国務長官と共同記者会見に臨んだ王毅外交部長が指摘したように、国家主権と領土保全を守る中国の意志は岩の如く堅固なものである。アメリカが本当にアジア太平洋地域の平和と安定を望むのであれば、領土主権問題では立場を取らないというコミットを厳守し、物事を良い方向に持っていくことを多く行い、物事を荒げ、波風を立てるようなことはせず、無責任な挑発的行動は停止し、中国と共に努力して、南海地域の平和と安定を守るべきである。」

  また5月26日、「中国の軍事戦略」と題する国防白書発表に関する記者会見を行った国防部の楊宇軍報道官は、質問に答えて次のように述べました(同日付新華社電)。

  「実際はすでに長らく米軍は一貫して接近偵察を行ってきており、中国軍も一貫して必要で、合法的な専門的対応措置を取ってきた。
  「しかし、何故この数週間前からこの問題が騒ぎになってきたのか。何故この問題がホット・イッシューになったのか。それには2つの原因がある。」楊宇軍は次のように述べた。一つには、ある国家が中国の関係する海域に対する接近偵察活動の頻度を高め、この問題を突出させたことだ。もう一つには、幾人かの人物がことさらにこの種の話題を繰り返しあげつらい、中国軍の悪いイメージを作り出し、ことさらに地域の緊張情勢を宣伝しようとしていることであり、今後何らかの行動を取るための口実を探している可能性も排除できない。
  楊宇軍は次のように述べた。「以上のことは特に新しいやり口というわけではなく、古くさい手口というべきだと思う。歴史的にもみんなが何度も見たことがあるものだ。人々は、この原因については冷静で、客観的な認識を持つべきである。」
  中国が南沙島礁で建設を行っている問題に関し、楊宇軍は、中国は毎日多くの地域で様々な工事建設を行っている‥。主権という角度から言えば、中国が南沙で行っている島礁の工事建設は全国各地での建設と何の違いもない。
  楊宇軍は次のように指摘した。機能という点から見ると、南沙島礁のこれらの建設と自分の土地で家を建てるとか、軍の敷地で施設を作るとかいうこととは確かに違いはある。南沙島礁の建設は、一方で軍事防衛機能の必要を満足させることであり、他方では様々な民事的必要にサービスを提供することである。特に、海上捜索救助、防災減災、海洋科学研究、気象観察、環境保護、航行安全、漁業生産サービス等多くの分野で国際的な責任及び義務を担うことに役立つ。これは、中国にとって有利であるだけではなく、国際社会全体にとっても有利なことである。」

 最後に、5月25日付の環球時報社説の大要を紹介しておきます。この文章は、アメリカとの軍事衝突をあえてしてでも、中国が絶対に譲れないボトム・ラインを明確に示しているものです。アメリカに対して中国の2つのボトム・ラインをはっきり示し、アメリカが間違った判断の下に間違った軍事行動を取ることがないように意を尽くすことに、この社説の目的があることは明確に読み取れます。

  「アメリカは偵察機を中国が建設中の南沙島礁上空周辺に飛ばし、中国海軍の度重なる警告を受けた。アメリカは今後、これら島礁の12カイリ海域に進入する可能性があると表明し、中米が南海で軍事衝突を起こすのではないかという懸念を引き起こしている。
  では、この種の軍事衝突が発生する可能性はどれぐらいあるか。また、どのような状況の下で起こるのだろうか。さらに、いったん起こった場合、その激しさはどれぐらいのものになるのだろうか。
  まず見ておくべきは、米軍のフィリピン、ヴェトナムに対する間接的支持から中国の島礁に対する直接の挑発へとなることにより、中米両軍が衝突する可能性は確かに以前より大きくなったということだ。両国は戦略的に得心しようがなく、米軍は戦術的に両軍の摩擦の臨界点を作り出そうとしており、中国が限りなく譲歩しない限り、この趨勢がもたらす結果は極めて危険なものとなるだろう。
  中国が無限に譲歩することはあり得ない。それでは、中米は、今回の南海における駆け引きのボトム・ラインをどこに引いているか、そして、双方は相手のボトム・ラインを正確に見極め、尊重することができるかどうかを見る必要がある。
  中国の最重要なボトム・ラインは島礁での建設を続け、完工させることである。仮にアメリカのボトム・ラインがどうしても中国に工事を停止させるということであるならば、中米が南海で一戦となることは避けようがなく、衝突の激しさは人々が通常「摩擦」として理解するもの以上になるだろう。
  中国にはもう一つのボトム・ラインがある。それは即ち、アメリカは中国の南海における領土主権及び海洋権益を尊重する必要があるということだ。アメリカは、この分野では、アメリカが南海で「航行の自由」を持っているというボトム・ラインを明らかにしている。中米のこの二つのボトム・ラインはそれぞれの原則に対応しているが、実際の扱いにおいては双方ともに一定の融通を利かす余地がある。中米がこのことについて衝突するかどうかは、戦略的考慮によって決まるが、戦術的なアド・ホックな要素によっても影響を受ける。
  米軍が考えているのは、中国に「嫌がらせ」をやってみて、アメリカの南海におけるプレゼンスの力を地域で誇示するということであり、本気で戦争するということではなく、挑発行動に対して一定の自制を維持するということであれば、中国の対抗措置も一定の自制が加わり、実際の軍事衝突の可能性は大きくないだろう。
  米軍が中国に対して「教訓」を与えるという狂った意図があり、その挑発行動が公然とした屈辱性を帯び、しかも、目的を達成するために「一戦を構える」腹づもりがあるとすれば、衝突を避けることは極めて難しくなる。中国軍は尊厳のために戦うだろう。
  はっきりしていることは、島礁の建設を完成させるという中国の決心は非常に明確かつ確固としたものだということだ。アメリカの戦略目標が何かということはやや曖昧だ。したがって、南海が平和を維持できるか、それとも戦闘が起こるかについての責任はアメリカにある。
  アメリカは、平和的に台頭する中国に一定の空間を与える必要があり、中国も、中国の台頭による重大な影響が生みだすアメリカの心理的不適応に対して考慮する必要がある。双方が南海でカードを切る気持ちがなく、特にアメリカが戦略上の最低限度のセンスを持つならば、情勢の危険度は限定的となるだろう。
  こういう状況のもとにおいては、中米の軍機あるいは軍艦が仮に摩擦を起こすとしても、両国及び両軍は、それを「偶発的事件」として処理することができるし、様々な危機対処メカニズムが起動するだろう。しかし、米軍が南海情勢を底なしに悪化させるために事を起こすのであれば、アメリカがヴェトナム戦争前に作り出した「トンキン湾事件」のように、事態はまったく別のことになるだろう。
  中国が現在もっとも必要なのは戦略的に腹を据え、平然としていることだ。我々は米軍との軍事衝突を望んでいないが、どうしても一戦ということであるならば、それを受けとめるべきだ。対米外交の安定性を維持すると同時に、突発する「可能性」のある南海での中米衝突に対して真剣に準備をする必要がある。中国のこの準備は大げさであるべきではないが、コソコソとやるべきでもなく、中国は対米戦争を避けるためには代価を惜しまないというような間違った判断をアメリカに持たせることを防止するべきだ。
  南海問題は中米関係のすべてではなく、中米協力の大きな可能性はペンタゴンが南海で冒険しようとすることに対する牽制となることは間違いない。米軍は南海で勢いを増しているかのように見えるが、その背後にある政治的社会的な支持は、中国がそれに対抗する背後にある支持の強さ及び持久性とは比べようがないことは確かだ。米軍も上下を問わずこのことを理解しているはずであり、中国人が常にいう「張り子の虎」とはこういう状況を指して言っているのである。」