朝鮮経済と中朝経済関係(中国専門家の見方)

2015.05.24.

中国外交部WSに、中国の駐朝鮮大使である李進軍が5月13日に開催された朝鮮中国商会理事会の会合で、中朝関係の発展及び中国が推進する「一帯一路」建設等の重要な戦略構想に言及し、新しい時期の新しい情勢の下で中朝経済貿易協力を推進する道筋と考え方を紹介し、在朝中国企業がチャンスを捉え、確信を持ってそれぞれの領域において朝鮮との実務的かつ互恵的な協力を展開し、両国経済貿易協力の深化発展に力を尽くすように激励したとする在朝鮮中国大使館提供記事が掲載されました。この記事は、主に二つの点で注目に値します。
  一つは、明らかに冷え込んでいる中朝関係を背景に、中国が中朝経済貿易関係を発展させることによって両国関係の改善に前向きに取り組もうとしている姿勢を示したということです。私は、この2年間ほど中国外交部WSはほぼ毎日欠かさずチェックしていますが、このような記事が掲載されたのは初めてのことです。
  もう一つは、中国が推進しようとしている「一帯一路」戦略を朝鮮にも関連づけて論じたことは、私が承知している中国の公式論調の中で初めてのことであるということです。私はむしろ、中国が「一帯一路」戦略に関して、韓国については言及することはあっても、朝鮮についてはこれまで言及がないことに中朝関係の冷え込みの反映を見る思いでいましたので、今回、この記事を見て、中国の対朝関係改善に向けた意思の表れとして受けとめています。
  中国の朝鮮問題専門家の中国メディアにおける最近の発言としては、2つの文章が注目されます。一つは5月14日付の環球時報掲載の李敦球署名文章「朝鮮経済の包囲突破の兆しはっきり」であり、もう一つは5月22日付で同じく環球時報に掲載された曹世功署名文章「朝鮮は何故「改革開放」と呼ばれることを好まないのか」です。李敦球については、このコラムで度々紹介している、私がもっとも注目している朝鮮問題専門家の一人です。曹世功については、中国アジア太平洋学会朝鮮半島研究会委員という肩書で紹介されています。私としては初見の人物です。
  2012年12月の朝鮮の人工衛星打ち上げ以後のこの約2年間、朝鮮問題に関して中国メディアに登場した中国専門家の文章は、朝鮮に対して批判的な論調を掲げるものが圧倒的に多かったのですが、昨年以来李敦球が、そしていま曹世功が、私には内容的に納得がいく内容の文章を掲げる(しかも人民日報系列の環球時報に)ようになったということは、中国政府のみならず、中国のメディアにおいても一定の反省機運が芽生え始めているということかもしれません。
  ということで、李敦球及び曹世功の文章を以下に紹介します。ただし、両者の論旨が同じであるということではありません。両者に共通するのは実事求是で朝鮮を観察しようとする観察眼にあるということを指摘しておきたいと思います。

<李敦球文章>

 李敦球署名文章の中身で注目されるのは2点あります。一つは、潜在的には朝鮮経済にとって極めて重要な要素となりうる韓国資本が、中朝政治関係の不安定性から当面期待できないもとで、朝鮮が中国朝鮮族資本に熱い関心を向けていることが理解されることです。この文章では指摘されていませんが、おそらく朝鮮としては、韓国資本の次に在日朝鮮韓国人資本にも強い関心を持っているはずです。しかし、朝日関係も政治的要因によって翻弄されている点では同じです。したがって朝鮮としては、韓国資本や在日朝鮮韓国人資本よりは規模が小さいとしても、もともとは朝鮮半島から中国東北地方に移住した中国朝鮮族資本に関心を向けざるを得ないわけでしょう。
  もう一つ注目されるのは、私が読んだ5月13日付の中国外交部WSの記事に先だって、李進軍大使は4月21日に着任後最初の活動として、朝鮮の李龍男貿易相に対しても「一帯一路」構想を説明し、中朝関係改善に意欲を示したということが紹介されていることです。私は在朝鮮中国大使館WSまではチェックしていませんので、そういう動きがあったことは李敦球署名文章によって初めて知りました。

  最近、朝鮮経済の改革にかかわる一連の報道が世論の関心をひときわ引きつけている。朝鮮政府は今年から、全国範囲で家庭を単位とするグループ請負制度を実行しており、これは中国の改革開放実施初期における家庭生産請負責任制度を連想させ、全面的改革のシグナルである可能性が大きい。
  また朝鮮は、5月末に金剛山で、中国朝鮮族企業家及び外国投資家を対象とした「元山-金剛山国際旅遊地帯」投資説明会を行おうとしている。このたびの投資勧誘は朝鮮が開放拡大を開始しようとしているものではないか。
  筆者が思うに、朝鮮が中国朝鮮族に関心を持つ原因としては3点が挙げられる。一つは、中国朝鮮族と朝鮮人とは、言語、文化、生活習慣等の分野で同じであり、意思疎通に便利である。二つ目は感情的要素であり、中国の改革開放初期における海外華僑の大陸投資と似ている面があるということだ。三つ目は、中国朝鮮族は投資のプロセスにおいて、政治は語らず経済のみを語るという原則を堅持しており、そのことによって朝鮮側の好評を得ているということだ。
  朝鮮族企業家は朝鮮の社会生活を比較的に理解しており、したがって、朝鮮経済の発展の初期段階では、中国朝鮮族企業家に投資の門戸を開けるという意義は大きなものがある。朝鮮は最近、ツアリズムに対する対外的PRに力を入れ、大連、瀋陽等の地域で投資仲介の活動を行うなど、朝鮮が投資導入及び経済発展を早める戦略を取っていることを裏づけている。
  国際世論の影響もあり、朝鮮は経済的に遅れた国家だと考える人が多い。しかし、朝鮮政府は一貫して朝鮮に適合した経済発展の途を模索し続けている。本年2月18日、朝鮮労働党中央政治局拡大会議が平壌で開催され、最高指導者は席上、朝鮮労働党が直面している最重要で切迫した任務は人民の生活水準を決定的に向上させ、人民に腹帯をきつく縛るようなことをさせず、人民に対して豊かで幸福な生活を創造することだと表明した。
  経済建設と民生事業の重視は、朝鮮メディアの報道からも容易に見て取ることができる。朝鮮指導者が建設現場、民生施設、工場、さらには児童食品工場、児童靴下工場を視察するというニュースは以前にも増して多くなっている。韓国メディアですら、朝鮮経済には新たなエネルギーが注入されていると認めている。
  政策面から見ると、朝鮮はすでに13の経済特区を開発するブルー・プリント的計画を制定しており、すでに朝鮮最高人民会議を通って全国に及んでおり、工業、ツアリズム、農業発展及び輸出製造等の領域をカバーし、国際経済協力を進めようとしている。しかしながら、投資導入問題こそがカギとなっている。
  朝鮮からすれば、韓国資本こそが悪くない選択だが、朝韓関係は安定しておらず、李明博政権から今日に至るまで、朝韓関係は外的要因による干渉に極めて弱いようであり、少なくとも現時点では、韓国資本は不確定性がある選択肢である。
  昨年、朝露関係は急速に高まり、経済協力はその中心的内容の一つである。ロシアは、朝鮮の100億米ドルの債務を免除し、ロシア極東開発部は朝鮮と経済協力を展開する一連のプランを制定した。その中には、2020年までにバイの貿易額を10億米ドルにすること、ルーブルを貿易決済通貨とすること、シベリア横断鉄道と朝鮮の鉄道とを連結すること、朝韓開城工業団地への参与などの項目が含まれている。これらの計画が予定どおり実施されれば、ロシアは間違いなく朝鮮経済の将来にとって輸血チャンネルとなるだろう。
  4月21日に、中国の駐朝新任大使である李進軍は平壌で朝鮮の李龍男貿易相を訪問し、「一帯一路」構想を紹介し、双方が共同で努力し、チャンスを捉え、中朝経済貿易協力を新時期の新情勢のもとで新しい段階に引き上げ、両国人民に裨益させることを希望した。中国在朝鮮大使館WSの報道から見ると、李大使の今回の李龍男訪問は、彼が3月末に金永南に信任状を提出してから最初の対外活動であり、中国が中朝経済貿易協力を重視していることの最新のシグナルと理解することも可能かもしれない。

<曹世功署名文章>

 この文章は、どうも李敦球署名文章を念頭において書かれたものであるという印象を強く受けます。朝鮮の取っている経済路線を中国の改革開放と同様なものとする見方を戒めていること、また、朝鮮的「革新」政策が成果を示し始めているとしつつ、しかし手放しの楽観は禁物としていることは、どう見ても李敦球署名文章に対する間接的批判と思われます。その点を踏まえた上でのことですが、曹世功署名文章は、他者感覚を存分に発揮して、朝鮮が進めている「革新」路線の性格を理解する上で傾聴するに値する指摘を行っていると思います。

  最近、朝鮮が経済政策の調整及び対外経済分野で取っているいくつかの積極的な行動が広汎な注目を引き起こしている。これらの行動は、朝鮮が速やかに、長期的に続いてきた経済民生における困難な局面から抜け出すことに役立つし、朝鮮の政治的社会的安定及び域内経済協力促進にとって有利であり、歓迎と激励に値する。しかし、朝鮮のこれらの行動を「全面的改革のシグナル」とか「開放拡大の開始」とか規定することは適当ではない。
  朝鮮はもともとその経済発展にかかわる措置を「改革開放」と称することに消極的だ。朝鮮の立場に立ち、その特殊な国情から出発して問題を観察するならば、何故朝鮮が「改革開放」というレッテルを使うことに消極的であるかを理解することができる。筆者が見るところ、核心的問題は3つある。
  第一に、中国における改革開放は、「階級闘争を綱とする」誤った路線を徹底的に否定するという基礎の上に進めることになったものである。しかし、朝鮮は血統が続く政権として、先代指導者の「主体思想」及び「先軍路線」は国家安定の重石であり、疑ったり改めたりすることは絶対に許されない。
  第二に、中国の改革は計画経済システムを打破し、社会主義市場経済システム建設を志向し、様々な所有制の並存特に私有経済を発展させることを実行してきた。しかし朝鮮は、思想上は「計画経済及び社会主義所有制は社会主義の主要な特徴」とする認識を依然として固守しており、この二つを変えることは社会主義を捨てることと認識している。
  第三に、中国は国家としての図体が大きく、レジリエンスも強く、全方位開放という状況のもとで外来思想文化の侵蝕、衝撃という重大なチャレンジに遭っても、政治的社会的な安定を維持することができる。しかし朝鮮の場合、アメリカの敵視、南北の分裂、激しい体制間競争という複雑な環境のもとで、仮に中国のように門戸を開放すれば、敵対的思想や好ましくない情報が流入し、政治社会の安定に対して脅威が及ぶことが必然である。
  以上に対して、朝鮮が採用している処方箋が「朝鮮式社会主義」及びそれに見合った「革新」的措置を実行するというものだ。「7.1経済管理改善措置」、「6.28措置」、「5.30措置」などと命名された施策は、「土地請負」、企業の権限拡大、ひいては特区・開発区の建設などの分野に関して、確かに中国の改革開放を連想させやすいが、立ち入って分析すれば、朝鮮の「革新」と中国の改革開放との間には大きな違いがあることが直ちに分かる。例えば、朝鮮は「土地請負」を行っているが、合作農場を解散したということではない。企業が機動的に経営することを奨励してはいるが、財産権の性格を変更はしない。特区や経済開発区を設立してはいるが、そのやり方は「拠点式」「回廊式」のコントロール・モデルである。
  以上をまとめると、朝鮮の「革新」の基本とは、基本的なシステム及び制度を変更しないという前提の下で、政策的フレキシビリティを高め、新しい管理方法を導入し、市場の役割を発揮させるということであり、「鳥かご式」コントロールのもとで外資を導入し、利用するということだ。明らかに、これらは朝鮮の国情から出発し、はっきりした朝鮮としての特色を備えており、「形が似ている」ということだけで、朝鮮は「改革開放」を実行していると断定することはできない。
  朝鮮の「革新」が成果を出し始めたということについては大方の見方が一致している。報道によれば、朝鮮経済はすでに3年間連続してプラス成長であり、国内の市場及び消費は活発で、食糧不足及び生活用品不足も緩和に向かっており、これらの成果は朝鮮が実行している経済政策の調整と密接な関連がある。経済的蓄積及び自信の高まりに伴い、朝鮮が「革新」及び対外経済発展のペースを速める可能性はあると言うべきだ。
  その一方で、次のことも見ておくべきだろう。即ち、朝韓の緊張と対立は引き続き継続しており、南北間でわずかに存在する経済協力モデル地区の開城工業団地は摩擦が絶えず、朝鮮との経済協力に対しては疑念を持たざるをえない。特に、朝鮮は核ミサイル開発を堅持しており、国際的制裁と孤立を打破することは至難だ。このような最低の外部環境は、朝鮮国内の「革新」及び対外経済発展に対して深刻な制約とならざるを得ない。これらの要因は、朝鮮の経済的変革に対して深刻な不確定要因となっている。したがって、メディア及び学界に対しては、社会に朝鮮の情報を伝えるに際しては正確、全面的でなければならず、そうすることで「すべてがうまくいっている」式のミスリード、感覚的麻痺が起こること、投資家のリスク意識を弱めること、したがって取り返しのつかない損失を生むことを回避するべきである。