安倍訪米の「成果」と問題点
-歴史認識にかかわる日米両首脳のアプローチ-

2015.05.06.

*今回の安倍訪米は、8月15日に予定されている戦後70周年に際しての安倍首相談話の文言がどうなるかに大きく影響を及ぼすものとして、早くから内外で注目されてきました。4月22日に安倍首相と会談した中国の習近平主席は、「対外的に歴史を正視する積極的な発信を行うことを希望する」と述べました(5月1日付コラム参照)が、この発言は、安倍首相がアメリカ議会で演説することを念頭においたものであることは明らかでした。また、安倍訪米を前にして、アメリカの議会、メディア及び専門家を中心にして、いわゆる「従軍慰安婦問題」をはじめとする安倍首相の歴史認識を厳しく問いただす動きが強まっていましたから、オバマ大統領が安倍首相に対していかなるアプローチを取るか、そして安倍首相が議会演説でどのような認識表明を行うかが一つの焦点となりました。今回はこの問題を検討します。

<日米首脳会談と「日米共同ビジョン声明」>
  外務省WSが掲載した日米首脳会談の内容で見る限り、歴史認識問題が取り上げられた形跡を窺うことはできません。しかし、次のくだりがあることから見て、歴史問題がまったく無視されたとはとうてい思われません。なぜならば、日韓関係の改善を妨げているのは優れて安倍首相の「従軍慰安婦問題」をはじめとする歴史認識であることは公知の事実だからです。しかし、両者がどのように語り合ったかはまったく闇の中です。
  ちなみに、オバマ大統領が「日韓関係改善に向けた日本の努力」を「支持する」と述べたことが本当であるとするならば、韓国の朴槿恵大統領にとっては不本意極まることでしょう。しかし、そこまでオバマ大統領が踏み込んだのかどうか、私には、外務省の紹介文章の方にむしろ強い疑問が残ります。

「安倍総理より、日韓関係改善に向けた日本の努力につき説明した。オバマ大統領からは、そうした日本の努力を支持する旨述べた。」
しかし、安倍首相訪米に際して発表された「日米共同ビジョン声明」の以下のくだりを見ると、かつて敵対関係にあった日米両国が今や「不動の同盟国」になったことが「和解の力を示す規範」となっていると、ことさらに述べていることを見逃すことはできません。
「今日、日本と米国は、70年間にわたりグローバルな平和、安全及び繁栄に永続的に貢献してきたパートナーシップを誇っている。第二次世界大戦終戦から70年を迎える本年、我々二国間の関係は、かつての敵対国が不動の同盟国となり、アジア及び世界において共通の利益及び普遍的な価値を促進するために協働しているという意味において、和解の力を示す模範となっている。」
しかもこの声明は続けて次のように述べます。
「この強固な同盟とグローバルなパートナーシップへの変革は必然ではなかった。数世代にわたるあらゆる立場の人々が、過去の経験は教えとすべきであるが、将来への可能性に制約を課すべきではないとの信念の下、我々両国間の関係を時間をかけて構築した。この努力が、日米両国を、今日における位置、すなわち、互恵的な経済的パートナーシップを通じ地域の繁栄を促進し、アジア太平洋地域の平和と安全の礎であるとともに、グローバルな協力の基盤たる揺らぐことのない同盟によって支えられた、世界の二つの主要経済大国へと導いた。我々両国がたどった道のりは、全ての関係者が達成のために献身的に尽力すれば和解が可能であることを示している。」
「過去の経験は教えとすべきであるが、将来への可能性に制約を課すべきではない」というくだりは、「歴史を以て鑑と為す」という中国の歴史認識に対する当てこすりであることは一目瞭然です。しかも、単なる当てこすりとして片づけるにはあまりにも重大な認識表明です。
つまり、安倍首相の歴史認識を問題にしている中韓両国の方に、日中及び日韓関係の可能性を「制約」している責任があると言わんばかりだからです。要するに、以上のくだりは、安倍首相を免罪にしようとする意図が込められていると言わざるを得ません。
しかももう一つ重大なことは、このような認識表明が日米共同のものとして示されていることです。つまり、安倍首相の歪みきった歴史認識の免罪にオバマ大統領も加担しているということなのです。このくだりだけからそう判断するのはオバマ大統領に酷だという見方はあると思います。しかし、これから見るように、オバマ大統領は、安倍首相との共同記者会見でも、同じ立場からの発言を行っているのです。

<日米首脳共同記者会見>
即ち、オバマ大統領は共同記者会見の冒頭発言で、次のように述べ、「日米共同ビジョン声明」の上記内容を基本的に踏襲しています。さすがに「過去の経験は教えとすべきであるが、将来への可能性に制約を課すべきではない」というくだりはありませんが、安倍首相がアーリントン墓地を訪問したことをもって、安倍訪米前にアメリカ国内で提起された安倍首相の歴史認識に対する批判に関して、オバマ大統領は日米間の歴史認識の問題だけにすり替え、それに終止符を打つという意図が見え見えです。

「アメリカ国民を代表して、私はあなた(安倍)がアーリントン墓地を訪問したことに感謝する。あなたの態度は、過去は克服でき、仇敵は親密な同盟になることができ、国々は一緒に未来を建設できるということを雄弁に想起させるものだ。 70年にわたり、両国は同盟国となっただけではなく、真のパートナー、友人となった。この相互の感情は明日、晋三が議会両院で演説を行う最初の日本の首相になるときに明らかにされるだろう。」
共同記者会見では、AFP記者が「従軍慰安婦問題」を正面から取り上げ、安倍首相の認識を厳しく問いただし、安倍首相は次のように答えました(浅井注:ホワイトハウスWS発表の英文の翻訳)。
「(AFP記者)あなたは、帝国軍隊によって奴隷にされた20万人と見積もられている女性に関することを含め、第二次大戦中の日本の行動に関して全面的な謝罪をしていない。今日その謝罪をするつもりがあるか。 (安倍)従軍慰安婦問題について、人身売買によって犠牲にされた結果、計り知れない痛みと犠牲を経験した従軍慰安婦のことを考えると、深い痛みを覚える。この思いは、私の前任者たちと等しく感じている。安倍内閣は、河野談話を継承しており、それを変更する意図はない。この立場に基づき、日本は、従軍慰安婦のために現実的な救済を講じる様々な努力を行ってきた。 20世紀の歴史を通じて、女性の尊厳と基本的人権は、戦争の中でしばしば侵されてきた。我々は、21世紀を女性に対する人権侵害がない時代にしたい。昨年の国連総会で、私は、紛争時の性暴力根絶のため、日本が国際社会の先頭に立って指導することを約束した。」
「従軍慰安婦問題」を「人身売買」とすり替えて、旧日本軍の組織犯罪という本質に向きあおうとしない発言は、訪米を控えた3月27日のワシントン・ポストとのインタビューで「人身売買の犠牲者」という表現を用いたときと同じです。また、以上の長ったらしい弁明じみた筋立ても、ワシントン・ポストのインタビューに答えたものと軌を一にしています(3月30日付コラム参照)。
正確を期して付言しますと、「安倍内閣は、河野談話を継承しており、それを変更する意図はない」という上記発言は、ワシントン・ポストのインタビューの中にはありませんでした。しかし、河野談話を本当に継承するつもりがあるならば、「人身売買」という発言はあり得ないわけです。アメリカ国内のこの問題に関する厳しい糾弾の声が安倍首相の耳にも届いており、そのことがこの苦し紛れの逃げの答え方を余儀なくさせたのでしょう。
なお、歴史認識そのものにはかかわりませんが、NHK記者が、新ガイドラインで日本がアメリカの戦争に巻き込まれるという日本国内の懸念について質問したことに対して、オバマ大統領が次のように述べたことも見逃せません。
「最終的には、日本の防衛に対する最善のアプローチの仕方について決定するのは日本国民及び選出された代表だが、安倍首相も話したように、日本は、過去から非常に困難な教訓をくみ取った平和愛好国であることを数十年にわたって見てきている。日本は、国際的あるいは地域で侵略を行わない。そして、アメリカと結んだ同盟は、基本的にありうる攻撃や侵略から両国を防衛しようとするものだ。新ガイドライン及び安倍首相が提起している集団的防衛というアプローチは、以上の核となる機能を遂行する我々の能力を高めるだけのものなのだ。」
つまり、オバマ大統領は、日本が過去の教訓を汲んで平和愛好国家になったという認識を表明しているのです。したがって、そういう日本が再び侵略国家になることはあり得ないし、新ガイドラインに基づく日米軍事同盟の変質についても懸念するには及ばないという論理を展開するのです。
しかし、中国及び韓国からすれば、オバマ大統領のそういう認識自体が極めておかしいし、したがって新ガイドライン及びそれに基づく日米同盟の変質に対して警戒せざるを得ないということなのです。ここでも、オバマ大統領は、新ガイドラインを獲得したことの代価として、中韓をはじめとするアジア近隣諸国の対日警戒について、日本を免罪にするという役割に積極的に加担していることが分かります。
こうして安倍首相は、いわばオバマ大統領の積極的後押しを得てアメリカ議会での演説に臨むことになりました。

<アメリカ議会両院合同会議での安倍首相演説>
アメリカ議会における演説に関しては、国内メディアも取り上げて報道しました。歴史認識にかかわる部分は次のとおりです。

「熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になりました。… 戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。」
「侵略」、「植民地支配」、「謝罪」という村山首相談話のカギとなる言葉が完全に抜け落ちています。また、「反省」という言葉は入っていますが、その対象は「先の大戦」ということであって、「侵略」と「植民地支配」に対する反省ではありません。要するに、「反省」とは何に対する、どのような反省であるのかはひたすらぼかしているわけです。
この演説に対して、アメリカ国内で厳しい批判の声が上がったことは当然でした。しかし、この演説を議会会場で聞いたケネディ駐日大使は手放しで賞讃する発言に徹しました。共同記者会見ですでに紹介した発言を行ったオバマ大統領ももはや異論があろうはずはありません。
こうして安倍首相は、8月15日の首相談話を出すに当たって、アメリカ政府から白紙委任状を手に入れることに成功しました。もはや、よほどのことが起こらない限り、安倍首相が村山首相談話のカギとなる内容を繰り返し表明する談話を出す可能性はほぼないと見るべきでしょう。

<訪米で明らかになった安倍流歴史認識>
訪米時に安倍首相が歴史認識に関して取った行動は、次の5点に要約することができます。
第一に、アメリカ(ボストン及びワシントン)の戦争及び歴史関連施設を精力的に訪問し、「先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げ」、「先の大戦に対する痛切な反省」を表明(議会演説)することで、米国国内の疑念を和らげること。
第二に、オバマ大統領との首脳会談に新ガイドラインという最大級の「お土産」を持参することで、歴史認識に関しては免罪符を獲得すること。
第三に、以上の2点を背景に、アメリカの議会演説では、村山首相談話について「歴代内閣の立場を継承する」と言うだけで、安倍首相自身は「自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」という抽象的言辞でごまかすこと。
第四に、「従軍慰安婦」問題に関しては、3月27日のワシントン・ポストとのインタビューでの「人身売買」という表現を、首脳会談後の共同記者会見でも繰り返して「定着」させ、日本軍による組織的犯罪であることは絶対に認めない線で押し通すこと。
第五に、以上を通し、戦前の日本軍国主義の歴史を含む自らの皇国史観について絶対に妥協しないこと。
安倍首相にとっては、今回の訪米は、歴史認識の問題についても「目論見どおり」の大成功だったということでしょう。安倍首相の歪みきった歴史認識をどのように克服するのか、私たちの前にはこの課題が重く立ちはだかっています。