朝鮮による日朝対話中断通告と日朝関係

2015.04.21.

*4月2日に朝鮮政府は、朝鮮総聯最高幹部宅への警察による強制家宅捜査(3月26日)を受けて、ストックホルム合意に基づく日朝対話の中断を日本政府に通告しました。この問題について依頼を受けて一文を寄稿しました。以下はその内容です。

<朝鮮政府の対日通知>
  4月2日、朝鮮政府は、「共和国に対する日本の政治的挑発と国家主権侵害行為がエスカレートしている」状態のもとでは、「朝日政府間の対話も行えなくなっている」とする通知文を日本側に送った(翌3日付朝鮮中央通信)。通知文はその理由として、「日本が拉致問題を双方の間で解決するとした合意に反して国連人権委員会などで国際化し、中心問題としたこと」及び「日本の警察がわが共和国の最高人民会議の代議員である総聯の責任幹部たちの自宅を強制捜索する前代未聞の国家主権侵害行為を敢行したこと」の2点を挙げた。
  第1点は、昨年11月19日に、国連総会の人権問題を扱う第3委員会において,日本政府が共同提案国に加わった、朝鮮に関するいわゆる「人権決議」が採択され、本年3月27日にも、国連人権理事会で再び決議が採択されたことを指す。第2点は、本年3月26日に、神奈川県警などが、ある貿易商社が2010年に朝鮮の松茸を不正輸入した外為法違反容疑との関連で、総聯中央の許宗萬議長と南昇祐副議長の自宅を強制捜索したことを指す。

<国連人権委員会の朝鮮非難決議と朝鮮の対日対応>
  私は、昨年11月の国連人権委員会における非難決議成立時点で、朝鮮がストックホルム合意に基づく日朝対話を打ち切るのではないかと予想した。なぜならば、日本政府は率先して同決議の共同提案国になり、成立に積極的に動いたからである。しかし、朝鮮の対日対応は自制を利かしたものだった。
  確かに朝鮮外務省は激しい批判を行った(11月20日付同省スポークスマン声明)。しかし、声明は決議を主導したのはアメリカとして、批判を同国に集中し、日本を名指しで批判しなかった。朝鮮が日本を批判したのは、同月23日付国防委員会声明が最初だ。声明は、「米国と日本が…「人権決議」を持ち出した」と指摘し、「日本も、われわれの超強硬対応戦から決して逃れられない対象である」と述べた。しかし、ここでいう「超強硬措置」とは軍事的対抗措置であり、日朝対話の如き外交的対抗措置を含むものではない。
  決議に関して朝鮮が日本を正面から批判したのは、同月28日付朝鮮中央通信論評が最初で、「日本が、米国主導の国際的な対朝鮮圧迫の雰囲気に便乗して反共和国「人権決議」を強圧通過させることにひと役買った」と非難した。しかし、論評は、「日本の政治家らは気を確かにもって行動する方がよかろう」という抽象的な警告の言葉で文章を結んでおり、外交上の対抗措置に絡める言及はなかった。

<安倍政権に対する批判姿勢の強まり
  朝鮮の安倍政権に対する姿勢は、本年に入って、領土問題、安保法制問題などを契機に次第に硬化した。2月27日付朝鮮中央通信論評は、「日本反動層の独島強奪野望が度を超えて極点に突っ走っている」と非難した(傍点は浅井。以下同じ)。3月2日付の「独島は永遠に朝鮮の領土」と題する同通信記事は、「日本政府が独島「領有権」を主張し続けているのは、なんとしても独島問題を国際化、政治化して独島を紛争領土にし、それを口実にして朝鮮半島再侵略の道に踏み出すため」と批判した。そして3月3日付民主朝鮮は、「現政権下で日本は「平和国家」から軍国主義海外侵略国家に恐ろしく変身している」と、安倍政権への批判を強めた。さらに3月6日付労働新聞は、「日本の執権勢力は拡大強化された侵略武力を信じて…アジア諸国に対する再侵略の野望を実現しようとしている」と非難した。つまり、非難の対象は、当初の抽象的な「日本の反動層」から、「日本政府」、「現政権」そして「日本の執権勢力」へと、次第に明確な安倍政権そのものに動いてきたことが分かる。

<強制捜索と対日通知>
  以上の背景のもとで、3月26日の総聯中央の許宗萬議長と南昇祐副議長の自宅に対する強制捜索が起こった。
ちなみに、本年に入ってからの総聯関連の朝鮮側報道として、民主党の前原誠司議員が同月20日に衆議院予算委員会で総聯中央会館問題を取り上げた発言を厳しく批判した、2月26日付朝鮮中央通信の論評がある。論評は、「2001年12月当時、首相であった小泉は「朝銀公的資金問題の質問に対する答弁書」で、政府が朝銀信用組合から北朝鮮当局に資金が流れていると認めた事実はなく、資金供与があったという事実は把握していない、と明確に述べた」ことを指摘して、「前原が朝銀信用組合が倒産した原因を「北朝鮮に対する送金」「朝鮮総聯による組織的流用」のためだ」と断定」し、「総聯中央会館問題にかこつけて朝日政府間の会談について疑問視し、それに水を差す妄言を吐いた」ことを厳しく批判した。
この論評は、会館の差し押さえ及び競売処分について問題視していないこと、朝日政府間対話についても特に問題視していないことの2点で興味深い。朝鮮は、安倍政権の危険な動きについて警戒感を強めつつも、ストックホルム合意に基づく日朝対話とは切り離していることが窺われるのである。
しかし、3月26日以後、事態は一変する。日本の警察による「総聯の幹部らの自宅を不意に強制捜索する暴挙」に対し、朝鮮海外同胞掩護委員会は翌27日に声明を発表し、この事件を「朝日関係を逆戻りすることのできない最悪の事態へ追い込む自滅行為」と断定し、3月28日に朝日友好親善協会が出した声明は、「不当捜索の責任が全的に日本の政府当局にある」として、安倍政権に責任があるとした。
時を同じくして、3月27日、国連人権理事会は再び朝鮮に対する人権決議を採択した。翌28日に朝鮮外務省スポークスマンは談話を発表してこれを糾弾したが、同じ日に朝日交流協会が出した声明は、日本の警察の「蛮行」は「米国の反共和国「人権」騒動とタイミングを合わせて強行された…米国のシナリオによるもの」と断定し、「今回の事件によって、朝日平壌宣言とストックホルム合意履行に取り返しのつかない重大な否定的結果が招かれるなら、それに対して日本が全責任を負うことになる」と指摘して、ストックホルム合意に基づく日朝対話への「否定的結果」の可能性に言及した。しかし、3月31日付労働新聞が「日本当局が真に朝日関係の改善を願うなら、朝日関係の運命を台無しにしかねない現事態の前で当然、熟考しなければならず、今回の強制捜索蛮行について総聯と共和国に厳かに謝罪すべきだ」と述べたように、朝鮮は安倍政権の出方をさらに見極めようとしていた。しかし、安倍政権がなんらの対応を示さないため、冒頭に述べた朝鮮政府の対日通知が出されるに至ったのである。

<ストックホルム合意の行方>
以上に述べた、昨年11月から今日までの事態の動きと朝鮮の対応から改めて確認されることは、ストックホルム合意に基づく日朝対話の可能性を損ないたくないとする朝鮮の基本姿勢である。そのことは、4月2日付の通知文が「朝日政府間の対話も行えなくなっている」という表現に端的に示されている。つまり、今後も、日本側の対応如何では対話を回復することにやぶさかではないというニュアンスが込められている。
朝鮮がこのような姿勢で一貫していることは、ストックホルム合意を重視しているからにほかならない。日本国内ではもっぱら拉致問題解決のための合意という歪んだ理解が横行している。しかし、この合意において日本側は、「日朝平壌宣言に則って、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意思を改めて明らかにし、日朝間の信頼を醸成し関係改善を目指すため、誠実に臨むこととした」と約束している。
つまり、この合意は正に、日朝国交正常化を目指す日朝平壌宣言を再確認するものである。朝鮮としては、安倍政権の暴走に対しては警戒感を深めつつ、安倍政権がストックホルム合意を一方的に破棄・否定しない限りは、この合意に基づく安倍政権との対話の可能性を残しておくという判断であると見られる。