安倍政権の狙い
-NATOとの個別パートナーシップ及び協力プログラム-

2015.02.22.

最近、あるメディアから、「邦人人質事件が安保法制議論にどういう影響を与えたのか」という取材を受けました。それに対して私は、「「邦人人質事件が安保法制議論にどういう影響を与えたのか」という発想に立つと、政権の思いどおりの土俵に立たされてしまう。安倍政権としてはとにかくNATO並みの日米軍事同盟の実現を目標に突き進んでいるのであって、その目標に役立つ材料は何でも利用するということです。邦人人質事件もその材料として利用されているということだと思います」と答えました。
  取材した記者からはさらに、「NATO並みの日米軍事同盟」とはどういうことかという質問がありました。私は、アメリカとしては、NATOが行っている対米軍事協力(国連安保理決議のお墨付きがあるか否かにかかわりなく、アメリカが「自衛権行使」として行う軍事力行使に対しては、NATO諸国は「集団的自衛権行使」として参加する)レベルにまで日米軍事同盟を引き上げることを狙っており、安倍政権はそれに積極的に呼応しようとしているということであると説明しました。
今、自民党と公明党との間で始まった安保法制協議で、自民党の諸提案にかかわるメディアの報道(国連安保理の決議の有無にかかわらず集団的自衛権行使ができるようにする、アメリカ以外の国々に対しても後方支援ができるようにする等々)からも、安倍政権が目指しているのは、正に上記の意味での「NATO並みの日米軍事同盟」の実現であることが手に取るように分かります。 安倍政権は、日米軍事同盟の強化だけではなく、NATOとの軍事協力のレベルを引き上げることにも熱心です。この点についての理解と認識を深める上では、オーストラリアがNATOと結んでいる「個別パートナーシップ及び協力プログラム」の中身を理解することが大いに参考になります。というのは、安倍政権としては、安保法制を「整備」した上は、NATOとの間で、オーストラリアが結んだのと同じような取り決めを結ぼうとするに違いないからです。
もちろん、NATO並みの日米軍事同盟と日本・NATOパートナーシップ及び協力プログラムとはまったく同じものということではありません。前者は、米日が主体的にアジア太平洋地域を主たる舞台として活動するものであるのに対して、後者はNATOが主体として行う活動に対して日本が積極的に協力することを主眼としています。しかし、アメリカあるいはNATOが行う武力行使に、日本が「集団的自衛権行使」に基づいて積極的に協力していくという点では、法的・軍事的に変わるところはありません。逆の言い方をしますと、安倍政権が推し進めようとしている安保法制の整備は、NATO並みの日米軍事同盟の実現とNATO主体の軍事力行使への積極的参加の2つを同時に目的としているのです。
今回は、NATO主体の軍事力行使に対する日本の参加という問題について、オーストラリアがNATOと結んでいる「個別パートナーシップ及び協力プログラム」に着目して見ておこうと思います。

1.米韓軍事同盟の変質に関するグローバル・リサーチWS所掲文章

最近(2月16日)、カナダのシンク・タンク「グローバル・リサーチ」WSがグレゴリー・エーリッヒ(Gregory Erich)署名の「米韓軍事同盟:NATOのネットワークにつかまった韓国」(The US-ROK Military Alliance: South Korea Caught in NATO's Web)と題する文章を掲載しました。この文章の意味を理解するためには、NATOが打ち出し、推進している域外諸国とのパートナーシップ政策についての一定の知識が必要です。
NATOは、2011年4月にベルリンで行われた外相会議で「新パートナーシップ政策」を決定しました。NATOのWSに掲載された2014年11月13日付の「パートナーシップのツール」と題する文章は、次のように述べています。

NATOは、パートナー諸国との協力を支援するため、政策、プログラム、行動計画その他の取り決めなどを通じてパートナーシップのツール及びメカニズムを開発してきた。ツールの多くは、相互運用及び能力構築並びに防衛及び安全保障関連改革支援向けの以下のものである。
◯すべてのNATOパートナー諸国がアクセスできる約1400項目からなるパートナーシップ協力メニュー
◯既存の地域的パートナーシップの枠組みを超えた、NATOとバイで協力するためのいくつかのイニシアティヴ(すべてのパートナー諸国が対象)
◯協力イニシアティヴの重点は、相互運用及び能力構築並びに防衛及び安全保障関連改革支援
◯パートナーシップのツールには、平和のためのパートナーシップの立案及びレビュー・プロセス、作戦能力コンセプト及び個別パートナーシップ行動計画が含まれる。
◯パートナー諸国がNATOと協力する分野としては、防衛改革、動員解除及び再統合、サイバー防衛、教育及び訓練、ロジスティックス及び武装解除が含まれる。
これらのパートナーシップのツールのほとんどは、元々は平和のためのパートナーシップ(PfP)を通じて、欧州・大西洋地域のパートナー諸国との協力のための枠組みとして開発されたものである。しかし、2011年4月のNATOパートナーシップ政策の改革に伴い、ツールを現存のパートナーシップの枠組みを超えてすべてのパートナー諸国に開放する措置が取られた。
2012年以後、すべてのパートナー国は、約1400項目の活動からなる新パートナーシップ協力メニューにアクセスできることになった。個別パートナーシップ及び協力プログラム(IPCP)は、NATO及び個別のパートナー国が協力して開発し及び合意する。これらの2年計画は、それぞれのパートナー国の特定の関心及び必要に応じ、広範囲に及ぶパートナーシップ協力メニューの活動に基づいて決められる。IPCPは、パートナー国がNATOと協力する基礎となる。さらに、パートナー国がNATOとの間で発展させたい特定の協力分野にしたがった多くのツールも利用可能である。

エーリッヒの文章によれば、韓国は2012年9月にNATOとの間でIPCPを締結しました。韓国はこの文書の内容を公開していないのですが、エーリッヒは、その合意内容は、オーストラリアが同年6月14日にNATOとの間で締結したIPCPと似たものであろうとし、公表されているオーストラリアとNATOとの間のIPCPの内容に基づいて、韓国が「NATOのネットワークにつかまった」と評しているわけです。文章の大要は次のとおりです。

近年、米韓軍事同盟は変質を遂げつつある。アメリカの主張に基づき、同盟はよりグローバル化し、韓国軍はアメリカの軍事占領に支援を提供するようになっている。アシュトン・カーターが国防長官に指名されたことで、韓国は、今後のアメリカの侵略及び爆撃作戦により積極的な役割を担うことを強要されるようになるだろう。
2012年9月に、韓国がNATOと個別パートナーシップ及び協力プログラムを締結したことにより、韓国は、「多国的平和支持作戦」と銘打ったものを含め、多くの分野でNATOと協力することを約束した。この協定のテキストは明らかにされていないが、おそらくオーストラリアとNATOとの間の協定と似たものだろう。豪・NAT0のIPCPでは、パートナーシップは「NATOの作戦及び任務に対する支援向上」を含む「NATOの戦略目標を支持することを目的とする」と述べている。訓練及び合同活動により、アフガニスタン「及び今後のNATO主体の任務」における豪州軍の活動が支えられることとなっている。以上の括弧内の文言は、NATOのIPCPの表現を引き写しにしており、そのことは取りも直さず、パートナーシップの主要な戦略目標がNATO主体の作戦及び任務に対する支援強化であることを物語っている。
そのNATOは、1999年に最初の侵略戦争を行い、ユーゴスラヴィアの都市を爆撃した。継いでは、アメリカによるアフガニスタン及びイラク占領に対する支援、さらにはリビアに対する空爆作戦(それはカダフィ政権を打倒し、イスラム過激派による無政府状態を招いた)が行われた。
NATOと協定を結ぶ以前からも、韓国はイラク及びアフガニスタンの米占領軍に対する支援として小部隊を派遣していたし、2011年には5年間で5億ドルの支援を約束していた。しかし、NATOはこの程度の支援では十分ではないとした。2012年11月、NATOが派遣したブレンゲルマンは韓国外務省担当者とソウルで会談し、NATO報告によれば、「協力を拡大する可能性を探究した」。
2014年10月に行われた韓国とNATOとの第7回政策協議において、双方はパートナーシップを「強化し、レベルを引き上げる」ことに合意した。その数日前には、米韓2+2がアメリカで行われ、ケリー国務長官は、「韓国の外相と国防相が、国際的な努力に関してアメリカと緊密に協力し、多くの点で努力を強化すると述べたことに感謝する」と表明した。共同声明では、「双方は、米韓同盟をグローバル・パートナーシップに発展させるという誓約を再確認した」と述べている。
アメリカは、アジアの同盟国がNATO並みの軍事同盟を作ることを要求している。米統合参謀本部議長のデンプシーは、「アメリカは、アジアの同盟国に対し、二国間同盟を超えて、より大きな多国間安全保障協力の時代に向かうことを奨励しなければならない」と主張している。NATOをアジアにまで拡張することあるいはアジアにNATOのカウンターパートを作るまでには時間がかかるだろうから、より現実的な計画としては、NATOのアジアにおけるパートナー諸国が、アメリカの侵略戦争により積極的な役割を担うことが求められるだろう。
アシュトン・カーターは1999年に、「冷戦後のNATOの戦略的軍事的目的は、NATOの領域を超えて軍事力を展開できる「有志連合」軍を急速に作り上げるメカニズムを提供することだ」と述べた。カーターはさらに、NATOのパートナーシップ・プログラムは「現在の平和維持以上のレベルに引き上げられるべきだ」とも主張していた。その目的は、「パートナー諸国がNATO諸国とともに「有志連合」を組み、NATOのすべての任務を担うことだ」。また、NATOのパートナーシップに加わるということは、「NATO非加盟国」が「可能な限りNATOの一員に近づくということであるべきだ」。カーターの見解によれば、NATOのパートナー諸国が侵略後の支援作戦に従事することに限定するのでは不十分なのだ。パートナー諸国はNATOとともに作戦部隊を送るべきなのだ。将来的には、韓国のみならず、日本、オーストラリア、ニュージーランドも同様の圧力に直面することになるだろう。

2.日本にとっての含意

実は、日本もすでにNATOとの間でIPCPを結んでいます。それは、安倍首相がNATO本部を訪問した際にNATO事務総長との間で2014年5月6日に締結したものです。しかし、「集団的自衛権行使」に関する閣議決定が行われる以前の時点であったため、日本とNATOとの協力に関しては、「セミナーやシンポジウムなどのパートナー国に開放されているNATOの活動への参加」、「平和及び安全保障のための科学プログラムを含むNATOのツールの利用」、「日本の交換活動のNATOへの開放」、「NATOの演習に対する日本の参加」などとされ、NATOの軍事演習への参加を除けば、「きな臭さ」は抑えられた内容となっています。
しかし、安保法制整備後はどうなるでしょうか。その点で示唆に富むのが、オーストラリアとNATOとの間で2013年2月21日に締結されたIPCPです。この文書はネットでもアクセスできるものです。私は、安倍首相が狙っているのは豪・NATO間のIPCPと同等あるいはそれ以上に軍事的内容のあるIPCPをNATOと締結することにあると断言して憚りません。そういうことを許してしまって良いのかを考える材料として、豪・NATOのIPCPの大要を紹介します(強調は浅井)。

1.政治的コンテクスト
1.1 共通の価値観、アフガニスタンにおけるISAF(国際治安支援部隊)で協働した経験、協力を通じて安定と平和を促進したいという共通のビジョンを認識して、オーストラリアとNATOは、相互に利益となる分野におけるパートナーシップを強化する決意である。NATOとオーストラリアの対話は、平和、デモクラシー、人権、法による支配及び国際安全保障促進に対してともにコミットしていることに基づいている。
1.2 2010年のリスボン・サミットでNATOが採択した戦略概念は、ベルリンの外相会議が承認したより柔軟なパートナーシップ政策への道を拓き、パートナーシップのツールを整備し、単一のパートナーシップ協力メニュー及び個別パートナーシップ及び協力プログラムを作ることにつながった。オーストラリアとNATOは、相互の利益を追求して以下のことを行う。
-協議を通じた理解の促進
危機及び紛争の管理に対するアプローチ及び経験の共有
紛争後の状況の安定化
-再建支援並びに人道援助及び災害救助の促進
相互運用の向上、技術的科学的交流の機会造出
-人事交流、教育及び訓練を通じた能力建設
1.3 このパートナーシップは、欧州・大西洋の安全保障、平和及び安定に貢献し、並びにNATOの作戦及び任務に対する支援を高めることにより、NATOの戦略目標を支援することを目的とする
1.4 NATOは、NATOのアフガニスタンにおけるISAF任務に対してオーストラリアが重要な貢献を行ったことを評価する。NATO及びオーストラリアは、アフガニスタンの安全保障、統治並びに経済的及び社会的発展に向けた国際共同体の努力に貢献していく。
1.5 (省略)
2.原則と目的
2.1 オーストラリアとNATOは、情報及び諜報の交換、連合作戦及び訓練活動並びにオーストラリアの軍官及び文官のNATOへの派遣を引き続き行う。
2.2 このプログラムを通じて行う相互に利益となる目標としては、以下のものを含む。
2.2.1 平和及び安全保障の努力を強化するための政治的及び軍事的インタラクションの促進
2.2.2 技術上、作戦上、ロジスティック及び科学上の領域における軍事的能力を相互に開発することの促進
2.2.3 オーストラリア軍がNATOの訓練及び作戦に将来的に参加することを助けるために、オーストラリア軍の相互運用、展開能力及び機動性を支援すること
2.2.4 (省略)
3.協力の優先分野
3.1 オーストラリアとNATOは、共通の関心がある安全保障問題に関し、定期的かつハイ・レベルの政治対話を行う。両者は、NATOのパートナーシップ協力メニューの多くの分野にかかわる活動を行い、経験を共有する。その優先分野は次のものを含む。
3.1.1 相互運用、軍事作戦における効率及び能率を高めること、並びに将来のNATO主導の任務に対して豪州軍が参加することに役立つ支援、ロジスティックス、原則並びに教育及び訓練にかかわる協力を可能にすること
3.1.2 テロリズム、大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散によるグローバルな安全保障に対する脅威に対処すること
3.1.3 海賊対処、航行の自由並びに供給及び通行に関する海洋ルートの安全を維持するための国際的努力に対する支援継続
3.1.4 サイバー問題に関する交流促進
3.1.5 (省略)
3.1.6 防衛上の科学技術分野における協力をさらに発展させること
3.1.7 (省略)
3.1.8 ロジスティックス分野における協力を支援する取り決めの交渉及び妥結
3.1.9 (省略)
3.2 このプログラムに基づく協力は定期的に検証する。
3.3 このプログラムは、大西洋評議会及びオーストラリアによって承認される日に効力を発生し、2年間にわたって実施されることとなる。