ロシアの国際情勢認識と対外政策

2015.02.15.

今年に入ってから、ロシア大統領と同外務省の英文版WSを毎朝チェックする対象に加えました(イランの大統領及び最高指導者の英文版WSもあるので、それも加えています)。2月7日付のロシア外務省WSは、この日にラブロフ外相がミュンヘン安全保障会議で行った演説全文を掲載しており、そこで同外相はロシアの基本的な国際情勢認識を披露しています。また、9日付の大統領府WSは、プーチン大統領がエジプト訪問を前にしてエジプトの『アル・アフラム』紙との単独インタビューの内容を紹介しており、その中で同大統領は主要な国際問題に関するロシアの政策について答えています。
  ロシア問題の専門家でもない限り、ロシアの国際情勢認識及び主要な対外政策についてまとまった形で接することはなかなかむずかしい中で、両者の発言はなかなか読み応えがありました。西側のプリズムを通して紹介されるロシアではなく、当事者の発言に直に接することによってロシアをなるべく客観的に理解する努力を行うことが大切だと思いますので、両者の発言内容を紹介します。
  国際情勢認識に関するポイントは、米日を筆頭とするいわゆる西側の見方は、現実に起こっている問題だけに注意を集中して物事を判断し、非は相手側(ロシアあるいは中国)にあるとするのですが、ロシア(及び中国)は、現実に起こっている問題が何故に起こるに至ったかという歴史的経緯を踏まえて物事を判断するべきであり、そうすれば非はロシア(及び中国)にあるのではなく、優れてアメリカ(及び日本を含む西側諸国)にあることが理解されるというものです。ウクライナ危機に関する双方の対立は優れて以上の認識のあり方の違いに基づくものであることが理解されます。
  また、他の個別問題に関する取り組みのあり方に関しても、やはり現実の「火消し」に注意が奪われるアメリカその他の対応に比べ、ウクライナ危機もそうですが、シリア情勢、イラン核問題、「イスラム国」、国際石油価格問題に関するプーチン発言からは、問題の根っこを見極めてそれに対処するという戦略的アプローチを見て取ることができます。 中国の国際問題に対するアプローチも極めて戦略的ですから、中露の立場が多くの点で一致ないし類似するのも当然です。また、私も今日の多くの国際問題について、対処療法ではダメであり、根本的治療を必要としていると考えますので、以下に紹介するラブロフ及びプーチンの発言は極めて「まとも」なものだと評価します。

<国際情勢認識(ラブロフ発言)>

 (ミュンヘン会議が世界的な情勢の展開が危機に直面していることをテーマに取り上げていることに言及して)確かに、物事は楽観主義からはほど遠い方向に向かっていることは認めなければならない。しかし、一部の人が言うように、数十年にわたって存続してきた世界秩序が突然かつ急速に崩壊したという議論には同意できない。事実は逆であり、昨年の事態の発展は、欧州の安全保障体制及び国際関係全般に深淵かつ体系的な問題があるというロシアの警告の正しさを確認するものである。この点については、8年前にプーチン大統領が行った演説に注意を喚起したい。
  国連憲章及びヘルシンキ諸原則に基づく安定構造は、ユーゴ、イラク、リビアに対するアメリカ及び同盟国による空爆、NATOの東方拡大及び新しい境界線の設定によってとっくの昔に損なわれてきている。「欧州共通の家」を作るというプロジェクトは、西側諸国が、互いの利益を尊重することによって開かれた安全保障構造を作るよりも、冷戦に勝利したという幻想に従って行動したことによって失敗に終わった。OSCE及びロシア・NATO協議会の一部として厳粛に約束された、相手の犠牲において自らの安全を確保することはしないという義務は空約束で、実際には無視された。
  ミサイル防衛問題は、ロシアの合法的な利益に違反して軍事力を一方的に発展させることが破壊的な影響を及ぼすということの明々白々な証拠である。ロシアはミサイル対抗に関する共同の行動を提案したが、返ってきたのは、アメリカのデザインに従ったアメリカのミサイル防衛の形成に参加せよという勧告だった。しかし、それはロシアの核抑止力に対して厳しいリスクをもたらすものであり、ロシアはそのことを何度も説明した。戦略的安定を損なういかなる行動も、対抗措置を引き起こすのは必然である。こうして、ミサイル防衛を含めた軍備管理に関する国際条約システム全体が長期的な打撃を蒙ることとなった。
  実際のところ、ロシアとしては、アメリカが世界的なミサイル防衛システムを作ることに何故にかくもこだわっているのかが理解できない。議論の余地のない軍事的優勢を確立したいとする望み故なのか。本当は政治的である問題に対して、技術的な答を出すことができると確信しているためなのか。そのいずれであるにせよ、ミサイルの脅威は減少せず、欧州大西洋地域には大きな面倒が出現し、それを取り除くためには長い時間を要するだろう。ロシアはそれに対する用意はできている。
  同時に、アメリカとNATO諸国は、自分たちがつくり出した複雑な情勢すべてをロシアのせいにしようとしている。中距離核戦力条約(INF条約)を例に取り上げよう。専門家は、アメリカの取った行動がこの条約の精神及び規定に違反していることを知っている。アメリカが広く使っている無人攻撃機は、条約の定義上、中距離クルーズ・ミサイルに属する。また、条約はABMランチャーを禁止しているが、それがルーマニアとポーランドに配備されようとしている。しかもアメリカは、これらの事実関係を認めない一方で、同条約に関してロシアに「根拠ある」文句があると言っている。ところがその具体的な内容は言おうとしない。
  以上及びその他の点を考慮するとき、現在の危機を昨年の出来事にだけ関連づけようとする西側の試みは、危険な自己欺瞞に陥っているとしか思われない。
  この4半世紀の間、西側は世界に対する支配を保全するべく、欧州における地政学的スペースを捉えてありとあらゆる手段を使ってきた。ロシアの最隣国であり、数世紀にわたって経済的、歴史的、文化的、さらには家族的結びつきという点でもロシアとの結びつきがあるCIS諸国に対して、「西側と一緒になるか、それとも敵になるか」の選択をすることを迫ってきた。これは、誰もが過去にしたいゼロ・サムの論理だ。
  ロシアとEUとの戦略的パートナーシップも、EUが互恵的メカニズムを発展させることよりも対決の道を選択したことによって失敗に終わった.この点に関しては、メルケル首相が2010年6月に打ち出した、外相レベルのEU・ロシア安全保障・外交委員会を創設するというイニシアティヴを実施する機会が幻に終わったことを想起せざるを得ない。ロシアはこのアイデアを支持したが、EUは拒否した。このメカニズムが作られていたならば、諸問題をもっと迅速かつ効果的に解決し、双方の関心事をタイムリーに解決することができていただろう。
  ウクライナに関して言えば、危機が亢進する毎に、アメリカ及びその影響下にあるEUは事態をエスカレートする方向に向けたステップを取った。例えば、EUは、ウクライナとの連携協定という経済ブロックを実行することに伴う事態に関する議論にロシアを含めることを拒否した。そして、この問題の後に反政府暴動が起こり、クーデターが発生したのだ。また例えば、ウクライナ政府が全国民的対話をせず、大規模な軍事作戦を開始し、憲法違反の政権交代と極右の支配に抵抗した市民を「テロリスト」と決めつけたとき、西側諸国はウクライナ政府のすることを大目に見過ごした。
  ロシアにとって、西側諸国が、国内紛争に関しては当事者間の政治的話し合いによって解決するという普遍的な原則をウクライナに対しては適用しないのはなぜかということが理解できない。例えば、アフガニスタン、リビア、イラク、イエメン、マリ、南スーダンのケースでは、西側諸国は政府が反対派(時には過激派ですら)と話し合うことを主張するのに、ウクライナ危機に関しては、ウクライナ政府が軍事作戦を行うことを奨励している。
残念なことだが、西側諸国は、ウクライナ政府が主張し、行うことに対しては目をつぶろうとしているのだ。(ウクライナにおけるネオ・ナチ的主張を紹介した上で)これらの主張が西側諸国において何の反響も呼び起こしていない。しかし、今日の欧州は、ネオ・ナチのウィルスが蔓延する危険を見過ごす余裕はないのではないだろうか。
  ウクライナ危機は軍事力では解決できない。そのことは昨年夏に署名されたミンスク合意で確認されたことだ。そのことは今、軍事的勝利を得ようとする試みが失敗しつつあることによって再び確認されている。ところが一部の西側諸国では、ウクライナをNATOに引き入れるために、ウクライナの国家及び社会の軍事化を進め、ウクライナ政府に攻撃用兵器を提供しようとする主張が声高に叫ばれている。そのような計画はウクライナ人の悲劇をさらに悪化させるだけであり、欧州においては反対の声が増えていることに希望がある。
  ロシアは平和に向けて努力する。ロシアは一貫して軍事行動停止、重火器撤去、ウクライナ政府とドネツク及びルガンスクとの直接対話開始により、ウクライナの領土保全の下での経済的社会的政治的な共通空間を回復することを呼びかけている。プーチン大統領の数々のイニシアティヴは、ノルマンディ・フォーマットの枠組みのもとで以上を実現することに向けられており、そのことがミンスク・プロセスを開始することを可能にしたし、昨日(2月6日)の露独仏首脳のクレムリンでの話し合いもその延長線上にある。
  当事者すべてがウクライナ危機の真のマグニチュードを理解するべきである。木を見て森を見ずというような、個々の問題をバラバラに考える癖を止めるべき時だ。今は情勢を包括的に評価するべき時だ。世界は、歴史的な変化に伴う劇的な移り変わりに直面している。国内の選挙目当ての短視眼的決定がグローバルな戦略眼を押し退けるのであれば、世界的な事態の管理コントロールが失われる危険性が生まれている。
  シリア内戦が勃発した当初、西側諸国の多くの人たちは過激派及びテロリストの危険を誇張すべきではないと主張し、シリアの政権交代実現がカギだと主張した。その結果がどうなったかは見てのとおりだ。中東、アフリカ、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯の広範な地域が政府のコントロールの及ばない地域となっている。過激主義は欧州を含めて多の地域に広がりつつある。(ミュンヘン安全保障会議の議論が)すべてのものにとっての脅威に対する包括的な答を探究するものであってほしい。
  ロシアは、大国が戦略的関係のあり方について合意するのであれば、多くの複雑な問題を解決することははるかに容易になると確信している。欧州は、安全保障構造を作るに当たって、ロシアとともに作るのか、ロシア抜きで作るのか、それともロシアに敵対して作るのか。もちろん、アメリカもこの問いに答えなければならない。

<主要国際問題に対するロシアの政策(プーチン発言)>

(シリア問題)
  シリア情勢に対するロシアとエジプトのアプローチは類似している。両国は、シリアの一体性及び主権性を唱え、政治的外交的解決以外にはないことを主張している。シリア危機を解決するためのきっかけとする措置についても、両国は似通った考え方をもっている。それはまず、2012年6月30日のジュネーヴ声明に規定された諸原則に基づき、いかなる前提条件も外国の干渉もない下で、当事者間の話し合いを開始するということだ。エジプト政府は、シリア政府との交渉において使われるべき共通の立場をつくり出すことを目的としたシリア反対派の会合を主催している。また、シリアの反対派、市民社会及びシリア政府代表団の協議会合が最近モスクワで行われた。
  ロシアの努力とエジプトの動きは相互補完的であり、シリア危機の政治的解決の行きづまりを打開しようとするものだ。

(イランの核問題)
  イランの核計画をめぐる情勢の解決については、ロシアは重要な貢献を行っている。ロシアの立場は、イランは、ウラン濃縮を含め、IAEAの監視下で平和的核利用を行う権利があるという確信に立っている。このアプローチにP5+1のパートナーを同意させることは簡単なことではなかった。最初にロシアは、すべての当事国が交渉の席に着き、この問題を解決する方法を真剣に議論することを促した。ロシアは、政治的外交的解決以外の方法はないことを分からせることに努力した。次にロシアは、よって進むべき考え方の枠組みとして、段階的進行及び相互主義という原則を提案した。こういうアプローチがその後のプロセスの中で受け入れられた。
  我々はまだ、イランの核計画及び制裁解除のいずれについても最終的かつ包括的な解決に至っていない。もっとも大切な点は、どの国家であろうとも、一方的な利益を得ようとしたり、バランスの取れた、公正な解決以上のものを獲得しようとしたりしてはならないということだ。

(「イスラム国」)
  「イスラム国」テロリストによる国際共同体に対する挑戦は前例のないものである。シリア及びイラクにおける今日の情勢の展開は、地域の情勢に対する外部の一方的かつ無責任な介入、一方的な武力行使、「二重基準」、テロリストを「善玉」と「悪玉」とに分けるやり方に基づいて起こったものだ。
  反テロ連合諸国が今日取っている行動、戦略及び戦術は現存する脅威の規模及び性質とは見合っていないことを指摘しなければならない。空爆だけでは問題に対して不十分である。より重要なことは、空爆は国連安保理によって認められておらず、正統性を欠くものであり、また、空爆対象となる領域の政府の同意を得ていないケースもあるということだ。イラクにおいては、テロに対する戦闘はイラク政府の協力のもとで行われているが、シリアにおいては、連合諸国はシリア正統政府と協力することを拒んでいる。
  ロシアは、国際共同体のテロとの戦いについて、国際法並びに国家の主権及び領土保全に対する尊重という基礎に基づいて協調するべきことを主張している。

(ウクライナ情勢)
  ウクライナ危機をつくり出したのはロシアではない。この危機は、冷戦の「勝利者」と考え、自分たちの意思を至るところで押しつけようとしたアメリカその他の西側諸国の企みに対する反応として起こったものだ。NATOを東方に拡大させないというソ連当局に対する約束は空手形だった。ロシアが目撃してきたのは、NATOが限りなくロシア国境に迫ってきたことであり、ロシアの利益が無視され続けてきたということだ。
  さらに、EUの東方パートナーシップ計画の枠組みのもと、かつてのソ連の一部だった諸国をロシアから切り離し、「ロシアと欧州」との間で選択を迫る試みが行われてきた。ウクライナ危機はこうした否定的な流れのピークをなすものである。ロシアは繰り返し、アメリカ及びその同盟国に対し、ウクライナ国内情勢に彼らが干渉することの有害な結果について警告を重ねたが、彼らは聞く耳を持たなかった。
  昨年2月、アメリカ及び多くのEU諸国は、ウクライナのクーデターを支持した。軍事力を使って政権を握った極右は、国家を分裂の瀬戸際に追いやり、身内の戦争を開始した。今我々が目にしているのは、外部の支持を得たウクライナ政府がウクライナの人々を最悪の事態に追いやろうとしていることだ。我々は、常識が勝利することを望んでいる。ロシアは、ロシアのイニシアティヴと努力によって実現したミンスク合意に基づいて、ウクライナ危機を包括的かつ平和的に解決することを強く呼びかけている。情勢を安定化させるためのもっとも重要な条件は、即時停戦及びウクライナ東南部における懲罰的な軍事行動の停止である。
  危機は、ウクライナ人同士が互いに合意し合うまで続くだろう。そのためには、ウクライナ政府は人々の声に耳を傾け、共通の言葉を見出し、国内のすべての政治勢力及び地域と合意を達成する必要がある。

(石油価格とロシア経済)
  ロシア経済は、国際経済情勢、なかんずく50%に及ぶ石油価格の暴落によって影響を蒙っている。しかし、このような問題に直面したのははじめてのことではない。2008-9年の危機を克服した経験がある。その時と同じく、ロシアは消極的要素による影響に対処する相当量の外貨準備を蓄積している。ロシア政府は、持続的な経済成長と社会的安定を確保するための大規模な行動計画を採用した。
  石油価格の下落に基づく大きなリスクとは何か。それは、石油ガス産業が投資家にとって魅力的でなくなりつつあることだ。技術的に複雑な油田及びインフラの開発プロジェクトを展開することを断念せざるを得なくなり、その結果、石油の供給及び市場は徐々にかつ不可避的に縮小するだろう。ということは、いずれかの時点で石油価格を是正する動きが生まれるだろうし、それこそが経済ショックとなるだろう。だから強調したいのは、予見できて安定的なエネルギー市場はすべての国家にとって利益になるということだ。現在の状況の下では、世界の石油市場の責任ある当事者が力を合わせ、安定的で長期的な開発のための条件をつくり出すことだ。