中米関係:オバマ政権の国家安全保障戦略

2015.02.10.

2月6日にオバマ政権が議会に提出した「国家安全保障戦略」を読みましたが、私には何一つとして注目する内容が含まれていませんでした。ですから、パスしようと思ったのですが、2月9日付の中国側メディアに掲載された2篇の文章は、中米関係の観点から分析を加えたもので、それなりに読み応えがありますので、紹介することにします。

<新京報所掲の陳在田署名文章「アメリカの国家安全保障戦略報告における政治的バランスのテクニック」>

 陳在田は、香港の雑誌『鳳凰週刊』の特約ライターとのことです。この文章は、オバマ政権の対中政策における二面性(関与と抑止)の使い分けのテクニックが今回の報告に如実に反映されているという視点から分析を加えている点に特徴があります。

  今回の報告の「国際秩序」の部分(6項目中の第5項)ではAPRを取り上げ、一方で「アメリカはAPRでのプレゼンスを維持する」ことを強調し、他方で中国と対立を起こすことを回避するとも述べている。報告は、「平和で安定した、繁栄する中国の台頭を歓迎する」、「中米間の協力のスペースはかつてなく広がっている」と述べている。
  ところがほんの数日前、アメリカ第7艦隊のトーマス司令官は、「日本が空中パトロールの範囲を南海まで広げることを歓迎する」と述べ、そのことは「中国軍事力の台頭に対応し、これをチェックするためのものである」と強調した。中国外交部の報道官がトーマスの発言に対する明確な不満表明を行うと、ペンタゴンのカービー報道官はその翌日、公にトーマスの発言を支持することを明らかにした。わずか数日間の間で行われた、中米戦略関係にかかわる問題におけるまったく相反するアメリカ側の態度表明をどのように解釈するべきだろうか。
  まず見ておかなければならないことは、「中米の対立を回避する」ことを強調するのは、中米関係に関するオバマの発言での常套句であり、トーマスにせよカービーにせよ、この主題に対して否定することはあり得ないということだ。次に、アメリカは外交辞令を使う点では古強者であり、「対決回避」とか「平和的台頭」とかにおいて何を意味するかについては、融通無碍なロジックを持っているということだ。例えば、日本の空中パトロール範囲を南海にまで拡大することを歓迎するということは、「対決を求めるものではない」と解読できるのであり、南海問題で中国を非難することについては、「中国の台頭は「平和」的ではない分野もある」と弁解できるというわけだ。
  さらに見て取るべき点は、報告では、中米協力に言及する以上のスペースをかけて、「アメリカのAPRにおける軍事プレゼンスを維持する」と述べていることだ。この言葉づかいは、必要なときには、中国を牽制する必要があるという意味で使われうるのである。
  報告ではさらに、アメリカと日韓比等諸国との同盟関係を強調して取り上げ、協力を強化し、「地域及びグローバルなチャレンジに対応する能力を確保する」と述べており、名指しのない「地域及びグローバルな挑戦」とAPRリバランス戦略とは一貫したセットになっている。したがって、今回の報告にしても、トーマスの発言にしても、論調が違うように見えるけれども、実は1枚のコインの両面ということなのであって、アメリカは中国との協力を希望し、中国の台頭を歓迎する(正確には「容認する」だが)が、その前提は「アメリカの邪魔になることをしない」ということなのだ。
  過去においては、このコインの両面が逆な形で現れたこともある。つまり、国家安全保障戦略報告は中国に対して強硬さを強調し、ペンタゴンはむしろ「対話と協力」を強調していた。これは、その時の情勢の違いに基づくものだ。即ち、数年前はホワイトハウスが「戦略の重心をAPRに移す」ことを高らかに謳いあげたため、中国をあげつらわなければならなかったのに対して、ペンタゴンは緩和剤の役割を担う必要があった。ところが現在は状況が異なり、国際情勢の変化に伴い、オバマは「APRへの戦略の重心移転」を事実上薄めており、甚だしくは「国際事件のすべてにアメリカがかかわることができるというわけではない」と強調しており、逆に東アジアの「平和的環境」を強調することがふさわしくなっているので、ペンタゴンとしては他の側面から「添加剤」を施し、微妙なバランスを保つ必要があるというわけだ。

<人民日報海外版所掲の蘇暁暉署名文章「新旧報告からみるアメリカの対中認識の変化」>

 蘇暁暉は中国国際問題研究院国際戦略研究所副所長です。この文章は、オバマ政権の下で出された2010年の国家安全保障戦略と今回のそれとの対中部分を比較して、アメリカ(オバマ政権)の対中認識の変化を分析するものです。

  二つの報告の対中関係部分は、アメリカが中国の台頭特にその軍事的現代化に一貫して注目しており、しかも中国の発展方向に対して影響を及ぼそうとしていることを反映している。両報告を比較してみると、アメリカの対中戦略上の認識には若干の変化がある。
  その一つは、アメリカが中米間で衝突が起こるリスクに対する関心をより強めていることだ。2010年版では、アメリカ及び同盟国の利益が中国の軍事力現代化によってマイナスの影響を蒙らないように「準備を備える」ことを強調していた。2015年版では、競争があるとしても、アメリカとしては「両国の対決は不可避」という判断に反対だとしている。
  二つ目は、アメリカが中国との協力関係をより重視しているということだ。2010年版では、両国があらゆる問題で共通認識を達成することはできないが、意見の違いは中米が共通の利益のある分野で協力を行うことを妨げることがあってはならないとしていた。2015年版では、両国の協力は未だかつてないレベルに達しており、気候変動、公共衛生、経済発展、朝鮮半島非核化等の問題で協力が進んでいるとし、とりわけ温室ガス排出面での成果を肯定している。
  三つ目は、アメリカの中国に対して身構える姿勢が強まっていることだ。2015年版では、アメリカはAPRリバランス戦略を推進すると指摘しているが、その中で、アメリカは中国のアジアにおける「プレゼンス拡大」を注視し、中国が海上の安全、貿易、人権等の問題において「国際ルール及び原則を守る」ことを要求している。また、アメリカは東海及び南海問題を重要な安全保障上の関心とし、その矛先を中国に向けている。即ち報告は、「脅迫によって領土紛争を解決するいかなるやり方」にも反対であり、中国とASEANは速やかに「南海行動原則」を作るべきだと圧力をかけている。
  四つ目は、アメリカが新しい領域における中国との競争を強化していることだ。インターネットの安全ということが2015年版には新たに書き込まれた。アメリカは、中国政府及び民間部門が商業目的でアメリカの貿易上の秘密を盗んでいると非難し、これに対して必要な措置を取ると宣言している。
  以上の変化の背景にあるのは中米間の実力比の変化である。一方において、アメリカは、中国の総合的な国力が不断に上昇しており、その勢いは外部からの干渉によって逆転させることは難しいことを認識している。中国の国際的な影響力の上昇に伴い、「中国ファクター」はアメリカの発展及び戦略の成否に対して重要な影響を及ぼすに至っている。中国と対決し、衝突することはアメリカの国家安全保障にとって不利である。
  他方で、アメリカは今後ますます中国をライバルと見なすようになる。近年において、アメリカは相変わらず世界唯一の超大国であるとしても、趨勢としては、アメリカ主導の単極的な世界は多中心的な世界によって取って代わられようとしている。このプロセスに対して、アメリカとしてはその優越性と特権とによって中国その他の新興勢力の台頭を遅らせようと試みるだろう。アメリカは、口先ではAPRリバランス戦略は中国に対するものではないと言うけれども、実際には多角的に中国に対する布石を打って、中国の台頭に対抗しようとしている。
  根本的に言えば、アメリカの国家安全保障戦略は相変わらずゼロサムの発想から脱け出ることができないでいる。アメリカがいうところの世界に対するリーダーシップとは、自国の「安全」を他国の「非安全」の上に樹立するというものであり、各国の利益が交じり合い、安全を共にするという世界の潮流に悖るのみならず、アメリカの安全保障実現にとってもなんら利益とならない。アメリカは、視角を調整し、理性的に中国を見つめることによってのみ、共同の安全を維持し、共同の利益を拡大できるのである。