シリア情勢をめぐる動き

2015.02.08.

国際経済と中東情勢の双方に疎い私にとって、国際原油価格が暴落しているのはなぜかという疑問は膨らむ一方です。OPECを含む通説的理解・説明は、欧州経済の停滞と中国を含む新興市場経済の経済成長減速に基づく需要低迷と産油国側の生産過剰とに基づく需給アンバランスという経済的要因によるものであるということのようです。供給サイドでは、アメリカのオイル・シェールによる原油生産量が急増したことも供給過剰の追加要因としてあげられています。
  しかし、国際原油価格の暴落は、ウクライナ危機で西側諸国の制裁に直面しているロシア経済にとって、制裁と原油価格の暴落の二重苦となって直撃しています。また、核問題で同じく西側諸国の制裁に苦しんできたイラン、中南米諸国の中でもっとも旗幟鮮明にアメリカに「楯突いている」ヴェネズエラも、原油輸出に大きく依存する経済体質のため、原油価格の暴落は大きな痛手です。これに対して、サウジアラビアを筆頭とする他の中東産油国は、収入の落ち込みを吸収する余力があるので、需給バランスの失調という「原因」に基づく原油価格暴落に対して、生産調整という形で対応する緊急の必要はないと言うのです。また、アメリカも、国内で痛手を蒙る原油生産業者が出て来ているけれども、アメリカ経済全体への影響はむしろプラスとして、事態を静観する構えだといわれています。
  私は、外交実務に携わっていたときから、いわゆる「陰謀論」はやらない(「陰謀論」はしょせん当たるも八卦当たらぬも八卦であって、証明しようがない)と決めていますので、原油価格の暴落には極めて政治的なうさんくささを感じるのですが、そういう疑問には蓋を閉じています。しかし、2月3日付のニューヨーク・タイムズWSに掲載された「サウジの原油 ロシアのシリア・アサド支持引き離しのテコか」(Saudi Oil Is Seen as Lever to Pry Russian Support From Syria's Assad)という文章は、サウジアラビア及びアメリカ政府筋の話を紹介しながら、サウジアラビアはロシアに対して、ロシアがシリアのアサド政権に対する支持を放棄するならば、サウジアラビアが原油生産を調整して国際原油価格の回復に応じるという交渉を過去数ヶ月間にわたって行ってきたと報道しました。この記事では、「石油がシリアに平和をもたらすのであれば、サウジアラビアがこの取引実現から尻込みする理由はない」というサウジアラビアの外交官の発言も引用しています。
  しかし同WSは、翌2月4日付で、ロシアはそのような提案がサウジアラビアからなされたという上記記事を全面的に否定したという記事も流しました。それによると、ロシア議会外交委員会のプシュコフ委員長は、「ニューヨーク・タイムズは、ウクライナ危機が始まってから特に情報を歪めることが多いから、情報源として信頼しない方が良い。そのような取引の話はない」、サウジ国王の死去に際してメドヴェージェフ首相がサウジアラビアを訪問した時、石油に関連する話し合いを行ったが、「その話し合いにはシリア関連の内容はなかった」と述べたということです。
  私も、ロシア外務省WSに掲載された、2月5日のルカシェヴィッチ報道官の記者に対するブリーフィングにおいて、上記報道に対するコメントを求められた同報道官が「我々は取引をしていないし、することはあり得ない」と述べたことを確認しました。   しかし、国際原油価格の暴落という事実関係をまったく政治とは無関係と割り切って理解することには慎重である必要があることは、最低限弁えておく点だと思います。

 以上に一端が示されるように、シリア情勢、特にアサド政権の去就は中東政治全体にもかかわる重要なファクターです。しかし、国内で正面からシリア情勢を取り上げる文章はあまり見かけないし、流されているのは、アサド政権は「ワル」であり、取り除くべき存在とするアメリカ発の情報がほとんどだと思います。
  しかし、いわゆる「アラブの春」がシリアにも及び、内戦が激化したわけですが、アサド政権は4年間持ちこたえており、崩壊する兆しが見えないのです。それどころか、1月26日のコラムで触れましたように、アメリカが対シリア政策を微調整しつつある兆候すら見えるのです。アメリカの垂れ流し情報に基づいて既成観念を作ってしまうのではなく、様々な角度からの分析に接する心構えが必要だと思います。
  2月5日付の新華社WSが掲載した劉宝莱署名文章「シリア危機 「打撃」から「交渉」に変化」は、非常に簡にして要を得た形で中国側の見方を示すものです。劉宝莱は、中国外交部で中東問題の専門家だった人物で、ヨルダン大使も経験しています。現在は中国人民外交学会理事で、中国国際問題研究所特約研究員です。その内容を紹介します。

  シリア国連代表部代表に率いられたシリア政府代表団は、ロシアのモスクワで行われたシリア反対派各派約30名と非公式な協議を行った。双方は、「モスクワ原則」を達成し、ジュネーヴ協議の基礎の上でシリア危機を政治解決することを強調した。シリア最大の反対派である「全国連盟」の参加はなかったものの、大多数の反対派とシリア政府側とがシリア危機を政治解決することで一致したのは初めてのことだ。これは、シリア危機が武力対決から平和的解決に向けて進むということを示すものであり、その重要な意義は言わずとも明らかである。
  現在、シリア危機を政治的に解決する流れが着実に高まっているが、その背景及び原因としては次のようなものがある。   第一、政治解決は大勢の赴くところであり、シリアの朝野の共通認識となりつつある。シリア危機が勃発して以来、特に昨年「イスラム国」などの過激派がシリアで動乱を引き起こして以来、すでに19万人以上が死亡し、数百万人が難民となり、経済的損失は千億ドルに達している。塗炭の苦しみを味わっているシリアの一般の人々はすべからく政治の安定、民生の改善を希望し、「イスラム国」などの過激主義が登場することに反対している。この背景のもと、シリアの対立各派は現在の主要問題は団結一致し、共同でテロに反対し、国家の統一と領土保全を守ることであることを認識し始めている。
  第二、シリア政府にとっての状況が好転している。まず、アサドが高得票で大統領に再選されたことはシリアの民意の所在を強く反映するものであり、彼の統治の地位を固めることに貢献した。西側はその結果を承認しないが、なすすべがない。次に、シリア政権内部が団結を維持し、政権運営は正常であり、重大な損失を蒙っていない。さらに、政府軍は絶対的優勢を握っており、戦場の動きを支配している。最近、政府軍は反対派武装勢力に重大な打撃を与え、多くの失地を回復しているだけではなく、反対派武装勢力の中には政府軍に投降したり、いくつかの支配地から撤退したりしているものもある。四つ目に、シリア危機を政治解決する問題において、シリア政府はイニシアティヴを取り、国連とも協調し、主動権を取って反対派代表と会談しており、成果はなかったが政治解決に向けた第一歩を踏みだした。五番目に、昨年、アメリカはシリアで「イスラム国」を攻撃する有志連合軍を組織したが、それは客観的にシリア政府が失地を回復するのに有利に働き、アサド政権に対する圧力を和らげた。
  第三、シリア反対派の動きが主流になりにくい。反対派の派閥は多く、内部の分裂は深刻であって、指導的人物がいないので力を合わせることができないでいる。本当に戦闘力があるのは「救国戦線」のような過激派組織だ。彼らは、「イスラム国」と連合しており、多くの人々の強烈な不満と反対を招いている。さらに、西側主要大国のシリアに対する態度の変化、及びイランとサウジアラビアの関係改善などもあり、反対派としては自らの置かれた状況を見直さざるを得なくなっている。
  第四、ロシアは調停者として積極的に仲介し、双方の対話を促している。そうすることは、一つには、シリアにおけるロシアの戦略的利益を確保し、中東地域での影響力を拡大できる。二つ目には、ウクライナ危機によって作り出された国際的孤立状況を緩和できる。三つ目には、シリアの対立双方の停戦と和解の雰囲気を醸成し、「イスラム国」などの過激派の打撃に集中させることを推進できる。四つ目には、アメリカその他の西側諸国との緊張関係を緩和し、アメリカが行う「イスラム国」打撃と間接的に力を合わせることができる。
  第五、アメリカがシリアに対しての対応を調整している。本年に入って、アメリカは「イスラム国」その他の過激派に対する打撃を強調し、アサド政権打倒という主張は明らかにトーンダウンしている。このことは、いかにしてシリア内戦を収束するかという難題に関して、アメリカの言動に変化がみられるということであり、他の西側諸国も、アサド政権の即刻退場という要求を言わなくなっている。現在の状況から判断すると、アメリカとしてはシリアの過激派がこれ以上勢力を得ることを望んでおらず、アサド政権転覆は緊急課題ではなくなっているということだ。