アメリカの対朝鮮政策:キューバ、イラン、シリアとの比較

2015.01.26.

アメリカが外交関係をもっていない国家は、キューバ、イラン、シリア、朝鮮及びブータンの5ヵ国です。米国務省WS(2014年7月15日付)によれば、ブータンは、アメリカを含む安保理常任理事国のいずれとも外交関係がないと説明しています。しかし、同WSによれば、アメリカは在インド大使館を通じて「良好かつ非公式な」関係を維持しているとしています。したがって、ブータンを除けば、アメリカが外交関係を有しない4ヵ国はいずれもアメリカが「対テロ支援国家」と見なしている国々であることが分かります。
  ところが最近になって、アメリカのキューバ、イランさらにはシリアに対する政策には変化あるいは変化の兆しが注目されるようになりました。即ち、キューバとの間では、ローマ法王やカナダの斡旋、仲介を通じた1年半の秘密交渉を経て、本年1月に正式に国交回復を目的にした政府間交渉が開始されました。イランとの間では、イランの核開発問題に関するG5+1(米英仏露中+独)とイランとの交渉に対して、従来消極的だったアメリカが交渉に積極的にかかわるようになり、本年7月末の交渉期限までの解決への可能性が取りざたされるようになりました。
  シリアに対するアメリカの姿勢にも微妙な変化の兆しが伝えられるようになっています。発端となったのは、1月19日付でニューヨーク・タイムズWSが掲載した「アメリカ、シリア内戦の終わらせ方について変化の兆し」という記事でした。長い記事ですが、そのポイントは、①「イスラム国」との戦いで、アメリカはイラクでは地上軍の協力をあてに出来るので、空爆作戦はある程度実効が上がっているが、シリアでは反アサド勢力が弱すぎて空爆作戦はほとんど成果を挙げられないでいる、②シリアで「イスラム国」に対して戦えるのはアサド政権の軍隊だけであることを認識せざるを得なくなっている、③当面の最大の課題は「イスラム国」を倒すことである、④したがって、これまでシリア内戦終結の前提条件としてきたアサド政権の退陣の要求を降ろさざるを得なくなった、というものです。
  この記事を裏づけるものとして、ケリー国務長官は、アサド退陣を前提としない国連の仲介提案及びロシア政府が提案しているアサド政権と反アサド勢力によるモスクワでの交渉を支持する発言を行い、そこでは、アサド政権の退陣要求を行いませんでした。ただし、キューバ及びイランとの関係改善については、オバマ大統領自身も強くコミットする発言を行っていますが、シリアに関しては、対「イスラム国」戦争を最優先にするという発想に立った戦術的な政策の微調整であり、アサド政権との間で関係改善を図る用意があるとは、少なくとも今のところは見られません。
  このようなアメリカの外交アプローチを受けて、当然に起こる関心事は、このような変化は朝鮮に対しても向けられる可能性はあるのかということです。私自身の見方からいえば、アメリカがキューバ、イラン及びシリアとの関係のあり方を見直さざるを得なくなった内外の要因が朝鮮に関しては存在しないのみならず、アメリカ・オバマ政権の最重視するアジア・リバランス戦略を堅持する上では「朝鮮脅威論」を掲げざるを得ない(リバランス戦略の主たる対象は中国ですが、「中国脅威論」を押し出すわけにはいかないので、朝鮮をスケープ・ゴートにするしかない)という点で、キューバ、イラン及びシリアとの間で決定的な違いがあるので、アメリカが対朝鮮政策を見直すことはまず考えられないと思います。
  1月19日付の中国網は、暁岸署名文章を掲載して、アメリカが対朝鮮政策を見直すことがあり得るかについて、キューバ及びイランとの比較において検討を加えています。この文章はシリア問題に関する上記ニューヨーク・タイムズ記事の前に発表されたものであり、シリアについては扱っていませんが、内容としては、私もおおむね首肯できるものです。以下にその要旨を紹介します。

  キューバ、イラン及び朝鮮を敵視する政策は、冷戦後のアメリカ外交の重点を構成している。それは、歴史的悲劇の延長であるだけではなく、アメリカが中南米、中東及びアジア太平洋におけるプレゼンス及び覇権を維持し、推進するための根拠を提供するものである。
  対キューバ政策調整を宣言する前に、オバマ政権はひそかに6年間の準備を行い、1年半にわたる秘密交渉を行い、ローマ法王の協力も得てきた。オバマ政権がこのステップを決定するに至った背景は複雑だが、主要なものとしては、国内のキューバ系その他のヒスパニック系移民の支持取り付け及び「外交的遺産」を残したいこと、さらには中南米における左翼反米の政治的影響の拡大を阻止するという対外戦略上の要請が挙げられる。
  アメリカとイランとの緊張に関しては、情勢は極めて複雑であるにはせよ、かなり以前から緩和の兆しが見えていた。「イスラム国」の挑戦及び脅威に対して、アメリカとイランはともに危機感を持っており、情報交換及びアメリカが対クルド工作を行うことに対するイランの協力が行われてきたが、米伊双方が相手の中東戦略の意図に対して根深い不信感をもっているので、協力の範囲は限られていた。
  しかし、イランの核問題の帰趨のカギを握るのはアメリカとイランであり、米伊両国は交渉が成果を挙げることを必要とする事情がある。オバマ政権は中東で泥沼状態に陥っており、ムスリム政治を操作操縦すること、中東諸国に浸透すること、シリアのアサド政権に打撃を与えてシーア派を抑えつけることなどの構想は基本的に壊滅している。中東政策が完全に失敗することを回避するためには、任期末を控えるオバマ政権としては、できるだけ問題を少なくし、イスラエルとパレスチナの和平交渉に集中し、イランとの核協議で成果を挙げて関係を改善することがトップ・プライオリティである。
  2014年12月29日に、オバマはインタビューに答えた際、対イラン協議が成果を達成する可能性があり、そのことによってイランは制裁を脱出し、国際社会入りすることができると述べた。その2週間後、オバマはワシントンでイギリスのキャメロン首相と会談した後、交渉期間中にはイランに対する追加制裁を行わないとし、米議会が制裁に関する議案を提出するときには拒否権を発動すると明確に述べた。
  では、オバマ政権は対朝鮮政策を調整し、朝鮮との関係改善を追求する可能性はあるだろうか。答は「否」である。
  オバマがキューバ及びイランに対して低姿勢を取るのには、国内政治及び戦略的要因が極めて強く働いているが、この2大要因は朝鮮問題に関してはほとんどゼロである。アメリカ国内では、朝鮮は核ミサイルで米本土を直接攻撃しうる敵だという認識が一般的であり、朝鮮に対して譲歩を行って米朝関係を正常化するべきだとする世論はほぼ皆無だ。
  米朝間の闘いは、核ミサイル問題から、朝鮮半島における軍事的対峙、人権、インターネットまでに及んでいる。2014年末に起こった映画「インタビュー」事件は単なる文化的な衝突事件ではなく、米朝相互のハッカーによる相互攻撃、朝鮮のインターネットが突然機能マヒに陥ったこと、オバマによる朝鮮に対する追加制裁の行政命令署名などが示すように、両国の間の矛盾のエスカレーションの引き金だったのだ。また、この映画自体、朝鮮の政権を内部から変えてしまいたいとする意識がアメリカ国内でいかに強固に根を張っているかということを反映している。
  昨冬以来、アメリカ以下の西側諸国は、「人道に対する罪」によって朝鮮の指導者を国際法廷に引っ張り出そうとする手を次々と繰り出しているが、これは全方位で朝鮮に圧力をかける戦術であると同時に、金正恩政権の性格はキューバ、イラン、シリアとは別ものであり、現代国際関係の埒外にある「まっ黒」な存在であって、この政権とは軽々に取引はできないとする西側の認識を露呈するものである。
  アメリカの対朝鮮政策の動向を決定する今一つの大きな要因は東北アジアの戦略環境であり、東北アジア、中南米及び中東という3つの中で、東北アジアにおける地縁政治上の緊張はもっとも高い。中国を牽制し、朝鮮半島における米軍駐留の合法性を維持し、日本及び韓国の核保有の衝動を抑え込むためには、アメリカとしては朝鮮半島で「適度の緊張」があるように一貫して操作してきたのであり、この必要性は現在も相変わらず強烈なものがある。
  本年冒頭に、金正恩は世界に向けて一連の善意の表明を行った。即ち、南北首脳会談の呼びかけ、米韓合同軍事演習の取り消しに対して核実験を暫時停止するという提起、政権に就いてから初めての外国訪問の示唆などがある。これらは、中国に一物ある朝鮮が外交的膠着状態を他の方向で打開しようと急いでいることを示すものだが、そういうジェスチャーも外見の割には中身が薄く、核問題におけるアメリカの関心及び要求を離れること甚だしいものがあり、オバマ政権を動かすには足りないものだ。オバマの任期はもはや2年足らずであり、いかなる角度からみても朝鮮問題はその繁忙な政治日程の中で優先的地位を占めることはできない。オバマ政権としては、事態を制御下に置くことに主な関心があるのだろう。もっとも、オバマ政権は東北アジアにおけるすべての積極的な変化を拒否するということではなく、仮に6者協議を行う条件が整えば、それに応じて動くぐらいのことはするだろう。