朝鮮の対米呼びかけとその不吉な含意

2015.01.13.

1.朝鮮の対米提案

 1月10日付の朝鮮中央通信は、朝鮮半島情勢の緊張緩和を目指して、アメリカが本年の米韓合同軍事演習を臨時中止することを条件として、朝鮮は核実験を臨時中止する用意があるとする内容の、次の報道を発表しました。

最近、共和国政府はわが民族の分裂70年になる新年2015年に全民族が力を合わせて自主統一の大路を開こうとする念願から、米政府に朝鮮半島で戦争の危険を取り除いて緊張を緩和し、平和的環境をつくるための重大措置を提案した。
南朝鮮で毎年絶え間なく繰り広げられる大規模な戦争演習は朝鮮半島の緊張を激化させ、わが民族の頭上に核戦争の危険を招く主な禍根である。
相手側に反対する戦争演習が繰り広げられる殺伐たる雰囲気の中で信義のある対話が行われるはずはなく、朝鮮半島での緊張緩和と安定について論じることができないということは言うまでもない。
米国は、時代錯誤の対朝鮮敵視政策と無分別な侵略策動に固執せず、大胆に政策転換をすべきであろう。
意義深い今年を朝鮮半島で合同軍事演習のない年にすることができるならば、朝鮮の統一と、ひいては北東アジアの平和と安全のための和解と信頼をもたらすことに大きな寄与となるであろう。
共和国政府の提案を盛り込んだメッセージが去る9日、当該のルートを通して米国側に伝えられた。
メッセージは、米国が今年、南朝鮮とその周辺で合同軍事演習を臨時中止することで朝鮮半島の緊張緩和に寄与することを提起し、この場合、われわれも米国が憂慮する核実験を臨時中止する応えの措置を講じる用意があるということについて明らかにしている。
また、米国がこの問題に関連する対話を必要とするなら、われわれは米国といつでも対座する準備ができているという立場も表明した。
米国が毎年、南朝鮮とその周辺で繰り広げている合同軍事演習がわれわれだけを狙ったものなら、われわれの提議を受け入れられない理由がないであろう。
今こそ、米国が朝鮮半島と北東アジアの平和と安定のために勇断を下さなければならない時である。

 このようなスタイルの発表形式は異例だと思うのですが、それはともかくとして、朝鮮政府のこの提案を盛り込んだメッセージは前日(9日)に「当該のルート」を通じてアメリカ側に伝えたとしています。

2.朝鮮提案の不吉な含意

 アメリカ国務省のサキ報道官は、1月12日(現地時間)の定例記者会見で記者の質問に答え、次のように述べました。

     DPRKの声明は、米韓定期演習と北朝鮮の核実験の可能性とを失当にリンクさせるものであり、暗黙の脅迫(an implicit threat)である。新たな核実験は、国連安保理の数次にわたる決議に基づく北朝鮮の義務に対する明確な違反となるし、2005年の6者協議の共同声明における北朝鮮の約束にも違反となる。米韓年次合同軍事演習は、透明、防衛的であり、約40年間定期的かつオープンに行っている。我々は、DPRKに対して、すべての脅迫を即刻停止し、緊張を緩和し、確かな交渉を再開するために必要な非核化に向けたステップを取ることを要求する。そして我々は、これまでも述べてきたように、確かで本当の交渉に戻ることを目的としたDPRKとの対話を行う用意がある。(「暗黙の脅迫」という発言と関連して、合同軍事演習は行われるのか、という質問に対して)そのとおり(yes)。

    サキの発言は、アメリカ政府が金正恩の年頭の辞にも、今回の提案にもまったく耳を傾ける気持ちがないことを表しています。しかも、サキの発言内容は、朝鮮の立場からすれば、とりつく島のないものです。イラン問題に対する姿勢(交渉による解決を目指す)と比較しても、アメリカの対朝硬直姿勢は際立っています。
  朝鮮の以上の態度表明に関して、1月12日付の環球時報は、中国現代国際関係研究院の任衞東副研究員の発言(11日)として、朝鮮がはじめて、アメリカが軍事演習を止めることに対する見合いとして、「臨時の核実験停止」の可能性を公に明らかにする提案を行ったことは中身のある提案であるとするとともに、「軍事演習と核実験をリンクさせ、アメリカが軍事演習をしなければ、朝鮮は核実験をしなくてもいいというのは、アメリカが軍事演習をするならば朝鮮は必ず核実験を行うという意味であり、善意及び脅迫の双方においてさらに一歩を進めたものである」と指摘しました。
  アメリカのサキ報道官の「暗黙の脅迫」という受けとめにしても、任衞東の以上の受けとめにしても、朝鮮が米韓合同軍事演習と朝鮮の核実験とをリンクさせたことの不吉な含意を反映しています。
  私はこれまでにもこのコラムで繰り返し、①アメリカの対朝鮮敵視政策が根本的に改まらない限りは、朝鮮の核開発政策は既定路線、②しかし、他に外交カードをもたない朝鮮は、核実験を行うかどうか及びそのタイミングをも外交カードとして用いざるを得ない、③これまでの3回の核実験においては、朝鮮の人工衛星打ち上げに対する安保理の対朝鮮制裁措置に対する対抗策として行ってきた(その含意は、安保理がそういう行動を取らなければ、朝鮮も核実験を控えるという外交カード上の意味合いが込められている)、と指摘してきました。
  しかし、朝鮮は、核実験を行うケースを広げようとしている可能性があります。具体的には、朝鮮に対する国連の人権問題に関する非難決議が行われた際、朝鮮は核実験で対抗する可能性を明らかにしました(昨年12月4日付のコラム「国連総会第3委員会の朝鮮人権状況決議と朝鮮の反応」参照)。そして今回、米韓合同軍事演習と朝鮮の核実験をリンクさせる提案を行ったことも、同じ脈絡で捉える必要があると思います。
  人権問題に関しては、安保理で審議されても、中国とロシアが拒否権を発動するので決議が成立する可能性はほぼゼロです。しかし、米韓提起合同軍事演習については、上記サキ報道官の発言に明らかなように、アメリカは中止する用意はまったくないと思われますので、本年2月に演習が開始される暁には、朝鮮の第4回核実験を含め、例年にも増して朝鮮半島情勢が緊迫する可能性が出て来たと言わざるを得ません。朝鮮は、「善意及び脅迫の双方においてさらに一歩を進めた」という任衞東の指摘はきわめて重いものがあると思います。かすかな可能性としては、韓国に対して中国が自制を促す働きかけを行うことですが、ここでは朴槿恵大統領の南北関係改善に対する本気度が問われることになるでしょう。
  もう一つつけ加えるならば、2015年の本年は、朝鮮にとっていろいろな意味で記念すべき年です。それを祝賀するシンボルとして、再び人工衛星を打ち上げる可能性も十分にあると思います。ここでもまた、安保理の対応如何によっては、朝鮮が核実験で対抗する可能性があります。中国とロシアが過去3回と同じような対応で終始するか、それとも朝鮮の外交カードとしての意味合いを捉えて、安保理が「暴走」しないように行動するかが重く問われます。