崔龍海特使訪露

2014.11.20.

1.崔龍海特使訪露に関する朝露の報道ぶり

11月17日付の朝鮮中央通信は、「金正恩元帥の特使がロシア訪問へ」と題して次のように報道しました(韓国側報道として中国メディアが伝えるところによれば、崔龍海特使の乗った特別機は故障でいったん平壌に引き返し、当初の予定より10時間遅れでモスクワに到着したようです)。

「金正恩元帥の特使として、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員である党中央委員会の崔龍海書記がロシアを訪問するために17日、特別機で平壌を出発した。
特使の一行として、金桂官第1外務次官、朝鮮人民軍の努光鉄副総参謀長、朝鮮労働党中央委員会の李永哲副部長、対外経済省の李光根次官と関係者が共に発った。
平壌国際空港で朝鮮人民軍の黄炳瑞総政治局長(朝鮮人民軍次帥)、朝鮮労働党中央委員会の金己男書記、李洙墉外相、李龍男対外経済相、党中央委員会の金成男副部長、アレクサンドル・ティモニン駐朝ロシア大使が特使一行を見送った。」

また、18日付の「本社特派員発朝鮮中央通信」という異例の断りのもとで、同通信は「金正恩国防第1委員長の特使がロシアのプーチン大統領と会見」と題して次のように報道しました。

「金正恩国防第1委員長の特使として訪露中の朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員である党中央委員会の崔龍海書記が18日、クレムリン大宮殿でロシアのウラジーミル・V・プーチン大統領に会った。
金正恩国防第1委員長がプーチン大統領に送るあいさつを崔龍海書記が伝えた。
プーチン大統領はこれに深い謝意を表し、金正恩国防第1委員長に自身の温かいあいさつを伝えてくれることを頼んだ。
金正恩国防第1委員長がプーチン大統領に送った親書を崔龍海書記が丁重に伝達した。
プーチン大統領は、金正恩国防第1委員長が親書を送ったことに深い謝意を表した。
また、金正日総書記と数回にわたって会ったことについて感慨深く回顧し、ロシアと朝鮮は親しい隣国であり、長い友好・協力の伝統を有していると述べた。
そして、朝鮮で万事がスムーズに運ばれることを心から願い、両国間の互恵的な協力をより発展させられる方途を積極的に探求することが重要であると強調した。
崔龍海書記は、意義深い来年に朝露両国間の友好・協力関係をより高い段階へ拡大、発展させていくことに言及した。
これには、金桂官第1外務次官、朝鮮人民軍の努光鉄副総参謀長、金衡俊・ロシア駐在朝鮮大使とユーリー・ウシャコフ大統領補佐官、イーゴリ・モルグロフ外務次官が参加した。」

18日付の以上の報道で特に注目されるのは、「崔龍海書記は、意義深い来年に朝露両国間の友好・協力関係をより高い段階へ拡大、発展させていくことに言及した」とある点です。2015年に金正恩の訪露の可能性があり得るという含蓄を含ませたものと見ることも可能です。
18日付のロシア大統領WS(英文版)は、「北朝鮮の指導者の特別代表・崔龍海との会見」と題して、「プーチンは、朝鮮民主主義人民共和国元首の特別代表であり、朝鮮労働党中央常務委員会常務委員兼書記である崔龍海を迎えた。北朝鮮指導者の特別代表は、北朝鮮元首からのメッセージを持参した。崔龍海は、7日間の訪問でロシアに到着した。モスクワに加え、ハバロフスク及びウラジオストックを訪れる予定である。」という簡単な記事を掲載しています。
韓国連合通信の報道を中国新聞網が紹介しているところによれば、「ロシア筋の紹介によれば、プーチンと崔龍海の会見は約1時間で、雰囲気は打ち解けたものであった」とされています。ただし、会見の具体的内容の紹介はなかったとしています。

2.中国青年報記事

中国メディアの関心は当然ながら非常に大きいものがあります。
17日付では、中国青年報の記事「崔龍海の「ロシアへの旅」は注目を集めている 朝鮮は外交的突破を実現することを狙っている」、同報所掲の浙江大学韓国研究所客員研究員で環球網特約評論員の李敦球署名文章「崔龍海訪露から朝鮮の「二重突破」戦略を見る」、国際在線(中国国際放送局主管の中国政府の重要ニュースWS)所掲の、アジア問題でしばしば登場する高望署名文章「朝鮮外交の次の駅」があります。また、18日付では、環球時報の呂超署名文章「朝鮮の全方位外交はロシアを突破口にしている」(呂超は遼寧学院遼寧省朝鮮半島研究基地研究員という紹介があります)、新京報の和静鈞署名文章「特使の訪露 朝鮮の狙いは孤立打破」(和静鈞はNGOであるチャハル学会の研究員という紹介があります)があります。これらの文章については、また改めて紹介するつもりです。
今回は17日付の中国青年報の「崔龍海の「ロシアへの旅」は注目を集めている 朝鮮は外交的突破を実現することを狙っている」と題する記事を紹介します。この記事は、私が11月15日付のコラムで紹介した11月14日付の中国新聞網の記事「背景資料:頻繁な朝露ハイ・レベル交流 両国関係は上昇傾向」をさらに詳しくしたものという性格のものですが、ロシア側の発表した内容を含めて、私にとっては初見の内容も多いので、重複を厭わずに紹介します。

  崔龍海は、金正恩政権になってから訪露する同国の最高レベルの高官である。間違いなく朝鮮半島及びロシア情勢に注目する者の推測と好奇心を引き寄せる出来事である。なぜならば、現在の朝鮮にしてもロシアにしても、アメリカその他の西側諸国との関係がもっとも微妙で敏感な時期にあるからだ。
  朝鮮は核問題で最近数年間米欧の制裁をいやというほど経験しており、ロシアもウクライナ問題で最近数カ月米欧の制裁に直面している。現在両国は何らかの方式で外交的苦境を打破し、米欧の制裁が及ぼしている経済困難から脱したいところだ。このような背景のもと、相思相愛か同病相憐れむか、あるいは他の原因によるかはともかくとして、金正恩が特使をロシアに派遣することは外部世界の格別の注目を引かざるを得ない。朝鮮が「ロシア・カード」を使ったというよりは、ロシアが「朝鮮カード」を切ったというべきだろう。
  11月15日にロシア外務省のリャブコフ次官は、「崔龍海訪露の主要議題は次の三つだ。第一は朝鮮の核問題、即ち朝鮮半島非核化の見通しだ。第二は東北アジアの安全問題、なぜならばこの地域における問題は少なくないから。第三は二国間関係だ。」と明らかにした。
  実際のところ、露朝関係は本年初から活気を示してきたのであり、「月ごとに行き来があり、事ごとに進展がある」という状況だ。この1年の間に朝鮮を訪問したロシアの当局者としては、副首相兼極東問題全権代表のトゥルトニエフ、極東発展部長のカルシコ、タタール共和国大統領のミニハノフなどがいる(浅井注:人名は中国語表記の音訳なので誤りがあるかもしれません)。特にカルシコは3月と10月の2度にわたって「中身の濃い訪問」を行った。
  2月7日、朝鮮の金永南最高人民会議常務委員長は、「特別招待のゲスト」としてソチ冬季オリンピックの開会式に出席し、ソチでプーチンと会見して、金正恩の「丁重な挨拶」をプーチンに伝達した。プーチンは深い謝意を表し、金正恩に対する丁重な挨拶を伝達するように頼んだ。3月、ロシア極東発展部は、朝鮮との間で一連の経済協力を展開するプランを制定したと述べた。このプランの中には、2020年までに双方の貿易額を10億米ドルにすること、ルーブルを貿易決済通貨とすること、シベリア鉄道と朝鮮の鉄道を連結すること、朝鮮を通過して韓国にロシアの天然ガスを送ること、朝韓の開城工業団地に参加することなどが含まれている。
  5月5日、プーチンは大統領令に署名し、朝鮮がソ連に対して負っていてロシアが継承した約100億米ドルの債務を免除した。この金額は朝鮮の対露債務総額の約90%を占める。その結果、朝鮮が引き続きロシアに対して負っている債務総額は10.9億ドルに減少し、20年以内に返済することとなった。実は、露朝両政府は2012年9月17日にこの協定に署名したのだが、ロシア議会と連邦委員会は2014年4月18日及び4月29日になってそれぞれこの協定を承認したものであり、プーチンは5月になって署名したという経緯がある。以上のことはすこぶる含蓄がある。つまり、そのことこそが露朝関係が実質的に進展を見せた「シンボル的出来事」ということだ。長期にわたり、債務問題は露朝経済協力の足かせになってきた。債務問題が解決しない限り、ロシア企業は朝鮮で経済貿易協力事業に乗り出すことは考えられないことだった。プーチンが大統領令に署名したことにより、露朝経済協力の「足かせが解けた」ということだ。
  6月、朝鮮最高人民会議副議長の安東春がロシアを訪問して、第3回国際議会大会に参加した。8月13日、金正恩はプーチンに祝電を送り、「朝鮮解放69周年に際し、プーチン及びロシア人民に丁重な友好的挨拶を送る」と述べた。
  8月末、朝鮮で朝中関係を担当する外務次官を務めた経験のある金亨俊が駐露大使として赴任し、9月3日に信任状を提出した。これは、朝鮮が8年ぶりに駐露大使を交替させるものだった。10月中旬、金亨俊ははじめて記者のインタビューを受けた際に、「モスクワと平壌の関係は質的に大幅に高まっており、両国最高指導者の配慮のもと、露朝関係は新しい軌道に入った。本年、両国は共同で国交樹立65周年を祝賀し、両国の経済貿易関係は実質的な進展を見た。第6回政府間経済協力委員会が行われた。朝鮮外相の訪露は両国関係を新たな高みに引き上げるだろう」と強調した。
  9月、ロシア連邦委員会第一副主席のトゥルシナが朝鮮を訪問した。9月26日、ロシア外務省は、露朝が「ハイ・レベルの接触」のために行う準備工作を議論したと発表した。双方は交渉において、二国間関係の多くの問題について幅広く意見交換を行い、近く行われる露朝「ハイ・レベル接触」のために行う準備工作を重点的に議論した。
  10月1日から11日にかけて、朝鮮の李洙墉外相が10日間のロシア訪問を行い、2010年以来では初めてとなる朝鮮外相の訪露となった。李洙墉は、ロシアのラブロフ外相と「非常に成功した」会談を行い、ロシア側当局者との間でエネルギー、文化、スポーツなどの分野で協力を行うことで共通認識を達成したと述べた。
  10月20日、ロシア地域発展銀行と朝鮮外貿銀行及び朝鮮統一発展銀行とはルーブルによる銀行間決済を開始した。10月28日、ロシア極東発展部長のカルシコは訪朝の際に、ロシアの「橋梁専門家」である科学生産連合体が率いるロシアの関連企業が今後20年内に朝鮮の3500キロの鉄道及びトンネル、橋梁などの関連施設の現代化改造を行うこと、朝鮮側はロシアに対して石炭、レアアース、非鉄金属その他の資源で建設費用を支払うこと、総額は250億米ドルに達することを明らかにした。ロシアのメディアによれば、ロシアはこの「勝利」と名づける計画により、朝鮮との間で「鉄道と資源の交換」協力モデルを起動させ、朝鮮で鉱産物を採掘するチャンスを取得する計画である。このほかにもカルシコは、「ロシアは朝鮮にとっての第二の完全なノービザ国家になる。モンゴルは、2014年11月14日に第一のノービザ国家となっている」ことを明らかにした。
  経済は永遠に手段であり、政治こそが核心であることは誰もが知っている。金正恩がこの時に特使をロシアに派遣し、ロシアがこの時に金正恩の特使派遣を受け入れたのは、経済貿易協力を推進するためだけではなく、双方の今回の動きの背後にはさらに大きな「戦略的計算」がある。それでは、何が露朝関係を突然に近づけたのだろうか。ある分析によれば、ウクライナ危機が近年必ずしも活発ではなかった露朝関係をある意味「活性化」したのであり、しかも両国は今年に入ってから、交流の頻度がますます増え、レベルもますます高くなり、テーマもますます濃くなってきている。
  この1年以上の間、朝鮮は力を入れて全方位の多元外交を推進し、外交上のブレークスルーを実現しようとしてきたが、今回の崔龍海訪露は間違いなく朝鮮の一連の外交の中でも重要なものである。ロシアについて言えば、外交環境がウクライナ問題によって多事多難であり、友人が一人増えればそれだけ孤立が減るということになる。ましてや、朝鮮は一つ友を増やすということだけに留まらず、朝鮮半島情勢が東北アジアに占める重さは「一手が全局を動かす」わけで、ロシアがこの問題で重要な役割を担うことができるとなれば、ロシアにとってアメリカと渡り合い、国際影響力を確かなものにする上でも非常に意味があることである。
  同じことはほかにもある。崔龍海がロシアを訪問することを論じる際に、ロシアのメディアは「つまるところ、朝鮮はクリミアのロシア編入を承認した世界11ヵ国の一つだ」と述べた。