日中間の合意文書と安倍政権のその後の動き

2014.11.16.

私は、11月9日のコラム「日中間の合意文書」の最後に、「結論として、安倍首相の訪中の際に日中首脳会見または会談が行われることはほぼ確実になったとは言えるでしょう。しかし、それで「万事めでたしめでたし」 ということではありえません。安倍首相としては、とにかく習近平との会見・会談が実現すればそれでOKという安易な気持ちかも知れません。しかし、その後に今回の合意に背く言動を重ねるならば、日中関係はさらに深刻な状況に逆戻りすることは避けられません。安倍首相にはそれだけの痛切な自覚があるかどうかを私たちは厳しく監視していかなければならないのです。」と書きました。残念ながら、安倍政権は私が予想したとおりの方向で動いており、中国側はその動きに対して厳しい反応を示しています。
  中国が鋭く反応したのは、日中首脳会談が行われた翌日に岸田外相が尖閣に関する日本の立場には変化はないと述べ、さらに11月13日の参議院外交防衛委員会で、4点の共通認識には法的拘束力はないし、国際約束でもないと述べたことです。また、ASEAN首脳会談に出席した安倍首相が13日、名指ししないながらも中国が南シナ海で取っている一方的な行動を批判したことなども中国側の反発のタネになりました。
  安倍政権からすれば、私が上記コラムで指摘しましたように、楊潔篪・谷内の発表文は「話し合いの中身を記録としてまとめたに過ぎず、したがって日本政府として政治的に縛られるような筋合いのものではない」ということでしょう。日本側発表文だけに基づけば、そう言い逃れることができるような文章になっていますから。
しかし、中国側発表文では、「谷内自身も尖閣問題及び歴史認識問題の双方について「解決(処理)」を「願っている」と述べたこと」(私の上記コラムでの指摘)が明記されています。そして、「外交交渉における鉄則として、日中双方の発表文については互いに前もってチェックし合い、了承しあっているはずですから、谷内が以上の発言をしたことについて日本側が「そのようなことはなかった」と開き直ることはできないはずです(仮に日本側がそのような開き直りを今後するとしたら、今回の合意の基礎が崩壊し、中国側の対日不信はさらに高まることは不可避です)」(やはり上記コラムにおける私の指摘)。したがって、発表文作成の直接の当事者である谷内は、上記岸田外相発言に対して、彼が中国側との間でいかなる発言を行ったかを明らかにすることは最低限の責任と義務であるはずです。正直言って、谷内がそういう説明責任を果たすとはとても考えられませんが。
以上を指摘した上で、以下では、中国外交部の洪磊報道官の11月14日のリアクションと15日付の人民日報に掲載された文章を紹介します。

1.中国外交部の洪磊報道官の発言(11月14日)

新華社日本語版も洪磊報道官の発言を紹介していますが、無断転用を禁じていますし、中国外交部WSが載せた全文でもないので、外交部WSの原文を私の訳で紹介します。洪磊発言のポイントは、日本政府が日中関係を本気で改善したいと思うのであれば、楊潔篪・谷内発表文を誠実に遵守することが前提条件だとしていること、しかも、その改善は一気呵成に実現するものではなく「一歩一歩」、即ち日本側の対応を見ながら段階的に積み重ねられていくプロセスとして捉えるべきことを明らかにしていることです。

  外交部の洪磊報道官は14日、定例記者会見で、4点の原則的共通認識は中日関係を改善に向かわせることを推進する重要な条件であると述べた。
  報道によれば、岸田文雄外相は最近の参議院外交防衛委員会で質問に接して次のように述べた。4点の原則的共通認識は日中両国がこれまで関係改善に向けて各レベルで行ってきた静かな意思疎通の結果であり、双方が達成した共通認識をまとめたもので、法的拘束力はないが、両国が協議を経て最終的に発表した内容であり、両国が尊重すべきものである。
  洪磊は、4点の原則的共通認識は中日関係を改善に向かわせることを推進する重要条件であり、しっかりと守り従わなければならず、そうしてのみ中日関係を一歩一歩改善することができると述べた。

2.人民日報所掲の文章

11月15日付で紹介された中国側の文章としては、人民日報海外版「日本は何を求めているのかを自分で分かっているのか?」、北京青年報所掲の馬暁霖署名文章「中日関係 「堅い氷」は砕けたが寒流はそのまま」、中国網所掲の孟明銘署名文章「安倍 政権維持のための「防衛戦」を起動」(安倍首相が総選挙に訴えようとしている動きと4点の合意にかかわる安倍政権の言動との関連性とを論じたもの。孟明銘は復旦大学歴史系博士という紹介があります)もありますが、ここでは人民日報所掲の賈秀東署名文章「日本は手段を弄んでいるが、そのコストを支払わなければならない」を紹介します。賈秀東はこのコラムで度々紹介していますが、中国国際問題研究院国際戦略研究所副所長です。

  最近、日本の一部の当局者はまたもや中日関係のタブーを犯し、暗闇の中で光明が見え始めたばかりの両国関係に影を落とした。
  中日関係のタブーとは二つの問題であり、一つは日本が歴史問題に対処する態度であり、もう一つは領土紛争に対する日本の立場である。安倍政権の登場以来、不断に日本の侵略の歴史を否定し、戦後国際秩序から逃れようとしている。釣魚島問題では紛争の存在を断固否定している。この二つの問題は日中関係の正常な発展を著しく妨げてきた。
  努力によって、両国は立場の違いを縮めることについて肯定的な進展を得た。11月7日、楊潔篪国務委員は来訪した谷内安全保障局長と会見し、中日関係を解決し、改善することについて4点の原則的共通認識を達成した。この4点の共通認識の中では、双方が「歴史を正視する」精神に基づき、両国関係に影響している政治的障碍を克服することを提起し、双方が釣魚島等の問題についても「異なる主張が存在する」ことを指摘した。
  3日後、習近平主席は人民大会堂で求めに応じて、APEC首脳非公式会合に出席するために訪中した安倍首相と会見した。一時の間、中日関係のわだかまりが解けることに対する期待が自ずと湧きおこった。
  しかし、その後に来たのは日本が両国関係の発展を促進するための誠意ではなく、日本の当局者が4点の共通認識に対して勝手な意味付けを与えることだった。
  日本はまず釣魚島の紛争を否定した。安倍は日本のテレビ局に出演した際、4点の共通認識は日本の釣魚島問題における態度の変化を表すものではないと発言し、日本が相変わらず紛争を認めていないことを匂わせた。岸田外相は、2度の記者会見で釣魚島問題に関する日本政府の立場には変化がないと強調したほか、文章表現を弄び、日本と中国は東海の緊張した情勢の問題について「主張が異なっている」のだとした。岸田は、中国が防空識別圏を設けたこと、東海で海底資源の開発を進めていることをことさらに取り上げ、これらが「緊張を引き起こしている」問題だと述べたが、これは明らかに二国間関係悪化の責任を中国になすりつけようとするものだ。
  日本の当局者の発言があるや否や、日本のメディアは中日が4点の共通認識の解釈をめぐって対立があると騒ぎ立て、4点の共通認識の効力についてまでなんだかんだと言いだした。
  こうなると、日本は4点の共通認識を中日関係が改善に向かうことを推進するための重要条件とはしておらず、首脳会見を実現するための「踏み台」としてしか扱っていないのではないかという疑いを持たざるをえない。
  指導者たるものは「会見のための会見」ということであってはならない。顔を合わせることが自然に両国関係の改善になるということはあり得ず、いかなる成果もない指導者の会談は逆に両国関係に対して副作用を生みだす。この数カ月、双方は外交チャンネルを通じて中日関係の政治的障碍を克服することについて数多くの協議を行い、巨大な努力を払ってきた。日本は、やっとのことで得られた成果を勝手に浪費できるのか、また、中日関係が悪化するという深刻な結果を受けとめることができるのかどうかを冷静に考える必要がある。
  日本はまた、手段を弄ぶことのコストについても考えるべきだ。日本は今や経済大国という身分だけに満足せず、政治大国になろうと必死だ。政治大国というのは、実力と同盟国の支持だけではなく、それ以上に国際的な信用と影響力とを必要とする。今回中日間で達成した共通認識は双方のハイ・レベルの当局者によるものだ。谷内は安倍の重要なブレーンだ。岸田ですら、参議院外交防衛委員会で質問を受けたときに、共通認識は両国が協議を経て発表したものであり、両国が尊重するべきだと認めた。共通認識を勝手に否定するようでは国際社会の信頼を失うだろう。
日本は次のことを謹んで記憶するべきだ。賢ければ賢いほど危険は大きくなる。小さなことにこだわって大きいことを失うのは得にならない。