習近平政権下の中国外交

2014.10.4.

9月28日に中国の王毅外交部長は国連総会で演説し、習近平政権の対外政策の基本的考え方を明らかにしました。また、9月30日付の中国網(WS)は暁岸署名文章を掲載して、65年間の中国外交を総括するとともに、習近平政権のもとでの2年間の中国外交の特徴点を指摘しました。私はこれまでにも、暁岸署名文章が中国の党・政府の政策や考え方を濃厚に反映していると理解していましたが、今回の王毅演説と暁岸署名文章を読み比べますと、王毅演説を分厚く肉付けしたのが暁岸署名文章であることを直ちに確認することができると思います。
  この二つの演説・文章が強調するのは、中国外交が目指すのはアメリカを中心とする権力政治に対する正面からの異議申し立てであり、中国は平和で民主的な新しい国際関係のあり方をつくり出すための中心になるという決意です。その中心思想は、暁岸が指摘する習近平の「義利観」です。
  中国に対しては斜に構えて見ることが当然視される日本、また、アメリカのプリズムを通して国際関係を見ることが今や常識になっている日本では、王毅演説や暁岸署名文章に接しても、「口先だけのこと」とか「対外向けプロパガンダ」とかとケチをつけるだけの雰囲気が、ひとり保守政治の側だけのみならず、護憲派、人権派を自認する人々の間でも充満しています。しかし、私としては次のことを考えてほしいと思うのです。
  まず、アメリカ・オバマ政権の硬直した権力政治的な対外政策は明らかに国際関係の平和と安定を阻害し、ひいては破壊する否定的な役割を果たすものであるという事実です。私は、保守政治を支持する人々にこの事実を承認することを期待するのは非現実的だという認識は持っています。しかし、護憲派、人権派を自認する人々には、アメリカの権力政治に異議申し立てを正面切って行い、平和で民主的な新しい国際関係のあり方を提起しようとしている中国の主張に対しては、ひとまず色眼鏡を外して虚心坦懐に接してほしいと思います。
  また、平和で民主的な国際関係をつくることは、日本国憲法前文が目指すところだということです。その方向性において、日本国憲法と中国外交とは客観的に一致点がきわめて多いということです。そうである以上、私たちがとるべき立場は、中国の主張にケチをつけたり、難癖をつけたりして終わりにすることではなく、中国がその主張をしっかり実践するように見守ることであり、監視していくことだと思うのです。そして、中国外交がその主張を実践する限りは、それを支持し、力づけるべきですし、日本も同じ方向性を目指すようにするべく、私たちとしては日本の政治のあり方を変えていくべく最大限の努力を行う責任と義務があると思います。
  以上2点を確認して、両文章を紹介したいと思います。

1.王毅外交部長の国連総会演説「平和と発展をともに図り、法治と正義をともに守ろう」

 王毅演説は、大きく言って3つの部分からなっているというのが私の理解です。一つは、習近平政権の対外政策の基本的考え方を明らかにするということです。その中心は、すでに紹介したように、アメリカ主導の権力政治を根本から否定し、平和で民主的な新しい国際関係をつくり出すための中国の基本的考え方を開陳することです。もう一つは、そういう基本的な考え方の具体化として地域問題及び地球規模の諸問題に関する中国の具体的なアプローチを述べることです。そして三つ目は、明2015年が第二次大戦終結70周年という節目の年であり、「人類の正義と良知を防衛し、侵略を否認し、歴史を歪曲しようとするいかなる言動をも白日の下で身の隠し所がないようにさせ」るということです。この三つ目の部分は優れて安倍政権下の日本(及びこの節目の年をことさらに無視しようとするアメリカ)に対する厳しいメッセージでもあります。日本のメディアではこの部分だけが取り上げられ、紹介されましたが、王毅演説の真価を理解する上では、第一の部分とこの第三の部分を総合的に理解することが重要だと思います。

  本年は第一次大戦勃発100周年である。明年は第二次大戦終結70周年だ。地球上の20億人以上がこの大災難に巻き込まれた。日本軍国主義による対中侵略だけでも3500万人以上の中国軍民が死亡し、傷ついた。
  国連は二度の大戦の痛ましい経験の上に築かれ、ともに平和を打ち立て、ともに安寧を守ろうとする全世界の懇ろな期待を託されている。そのため、国連はうるわしい世界をともに建設する宏大な絵巻を描き出した。この世界においては、
  我々は平等に相対するべきである。主権及び領土保全の原則は厳守しなければならない。各国が経済社会発展を推し進める実践は必ず尊重されなければならない。社会制度と発展の道を自主的に選択する権利は必ず擁護されなければならない。
  我々はオープンで包容的であるべきである。森羅万象を包み込む矜恃を広げることによってのみ、対話交流の大門を開くことができ、異なる社会制度、宗教信仰、文化伝統の国々の調和的共存を実現することができる。
  我々は協力してウィンウィン(共嬴)を実現するべきである。自国の利益と他国の利益とを結びつけ、共同の利益の合致点の拡大に努力するべきである。互いにカバーし合うことによってのみ、ことをうまく進めることができる。各国は、双贏、多贏、共嬴という新理念をともに唱えるべきであり、勝つか負けるか、勝者独り占めという古い考え方に反対するべきである。
  我々は公正な道理を重んずるべきである。国際関係の民主化と法治化を推進するべきであり、公正かつ合理的なルールによって是非を明らかにし、紛争を解決するべきであり、国際法の枠組みのもとで平和を促し、発展を図るべきである。各国は共同して国連の権威と有効性を擁護し、グローバルな統治システムの改革と改善を行うべきである。
  ガザからイラク、中央アフリカから南スーダンに到るまで、この世界は極めて穏やかではない。
  戦火が呑み込む生命を前にして、我々は、どうしたら悲劇の再演を避けることができるかを自問しなければならない。
  困窮して流浪の身となった女性と子どもを前にして、我々は、何時になったら彼らを家路に踏みだせるようにできるかを自問しなければならない。
  ひっきりなしの殺し合いを前にして、我々は、どうしたら持続的な平和の大門を開くことができるかを自問しなければならない。
  中国の答は以下のとおりである。
  第一、政治的解決を堅持すること。剣を鋤に鋳直すには時間とエネルギーがかかるが、歴史と現実が繰り返し証明するように、暴力を以て暴力を制することによっては持続的な平和はもたらされない。武力の使用によっては、生みだされる問題の方が答より多くなる。
  強制的行動をとる場合は安保理の授権によるべきである。国内法を国際法に凌駕させ、意のままに他国の内政に干渉し、甚だしきは政権の更迭を行うようなことでは、国際的公理によってその正当性は何処にあるかと問われることになろう。
  第二、各国の利益を配慮すること。対決する当事者は「ゼロサム思考」を放棄し、交渉の中で互いの関心について意思疎通を図り、向きあって行動するべきであり、協議の中で合理的な要求を実現し、互諒互譲を図るべきである。
  国際社会が調停を斡旋する時は、公正な道理と正義を守り、客観とバランスを保持し、一方を支持して他方をやっつけることがあってはならず、ましてやチャンスに乗じて私利を図るようなことがあってはならない。   第三、民族的和解を推進すること。現在、武装衝突のほとんどは民族的宗教的な矛盾と絡み合っている。民族和解プロセスは政治解決プロセスと同時並行させるべきである。
  当事者は、国連憲章の精神を踏まえ、寛恕の文化を努めて育み、憎しみと報復の種を根こそぎにし、衝突後の土壌に包容と親善の果実が生長するようにするべきである。
  第四、多国間主義を実践すること。国連の役割を全面的かつ十分に発揮させ、国際法及び国際関係の準則を遵守するべきである。国連憲章第7章は安保理が国際の平和と安全を維持するための唯一の手段ではなく、第6章に基づく予防、斡旋及び調停という手段はさらに十分に用いるべきである。
  地域的組織及び地域の国家がその地域の事柄を知悉しているという優位性を発揮し、これらの組織及び国々が地域に即した方式で地域の問題を解決することを支持するべきである。
  (地域問題及び地球規模の諸問題への言及部分省略)
  明年は世界反ファシズム戦争勝利及び中国人民の抗日戦争勝利の70周年である。2015年は特別な歴史的意義がある年である。
  過去を偲ぶのは今日の平和を珍重するためである。歴史を銘記することによってのみうるわしい未来を切りひらくことができる。
  中国は、「第二次大戦勝利70周年」が今期国連総会の議題に入ることを歓迎する。このことは、我々にとって重要な契機を提供した。
  70年が過ぎた。当時を回顧すれば、歴史の事実は明々白々であり、功罪是非はとうの昔に定まっている。歴史は改ざんすることができず、是非を歪曲することは許されない。70年後の今日、我々は手を携えて人類の正義と良知を防衛し、侵略を否認し、歴史を歪曲しようとするいかなる言動をも白日の下で身の隠し所がないようにさせよう。我々は共同して国連憲章及び第二次大戦の成果を守り、永遠の不再戦及び恒久平和という信念を人心に根づかせ、世代を継いで引き継いでいこう。

2.暁岸署名文章「中国外交:65年の蓄積と2年の抽出」

 暁岸署名文章は、習近平政権の目指す中国外交の基本的性格を理解する上で格好の文献だと思います。過去の外交のまとめ部分に関しては特段の新味を感じませんが、「中国外交は、弱国外交から強国外交への転換と同時に、対決的台頭・対抗的台頭から平和的台頭・協力的台頭への転換という二筋の転換が絡み合うという脈絡を示してきた」という総括は見事でありかつ説得力があります。また、「この2年間の中国外交の中身をどのように読み解くかは、今後10年の中国外交の方向性を展望する上で重要な意義を持っている」と前置きした上で、この2年間の中国外交の特徴(抽出)を9点に整理して指摘しているところも、私にはとても新鮮でしたし、強い説得力を実感しました。
  ちなみに、暁岸署名文章に関しては、「大国」さらには「強国」という言葉が当たり前のように使われていることに強い違和感を覚える日本人が多いと思います。特に護憲派、人権派を自認する人々の間で。これらの言葉に接するだけで、この文章を受け付けないと反応する人も多いだろうと思います。 確かに日本語における「大国」、「強国」は、特に護憲派や人権派の人々においては、マイナス的な意味合いが込められた用語として受けとめられていることは、私も常々感じるところです。しかし、中国語としての「大国」、「強国」にはそうした意味付与は基本的にありません。それは客観的事実認識としての「大国」(地理的、人口的、経済的な基準における大国)であり、「強国」(外交力及び軍事力という基準における強国)なのです。同じ漢字表現なので、私たちはとかく私たちの理解がそのまま中国人の理解するところでもあると考えがちですが、それが日中間の相互理解における一つの落とし穴です。こういう問題においても、私たちは他者感覚を備えることが求められるのです。

  65年間の中国外交はおおむね4つの段階を経てきた。
  第一段階は、「(対ソ)一辺倒」、「平和共存5原則」提起で、ソ連、周辺諸国及び新興の民族独立国家との関係を積極的に発展させ、西側の封鎖及び包囲を打ち破った。
  第二段階は、中ソ対立の公然化及び両国関係の破局であり、中国の国際環境は深刻に悪化した。
  第三段階は、2つの超大国の覇権に断固反対し、積極的に南南協力に身を投じ、国連の合法的地位を回復し、中米及び中日関係の正常化を推進し、国際舞台で重きをなす存在となった。
  第四段階は、「平和と発展は今日の世界における2大主題である」というテーゼを提起し、全方位で対外開放を行い、全面的に国際秩序及びグローバル・システムに参入し、平和的発展の道を歩んだ。
  65年間の外交をまとめるならば、時代の変化に対応して不断に戦略を調整し、閉鎖から開放へと向かい、世界の舞台における周辺地帯から徐々に中心的位置に歩んできた65年と言うことができる。65年来の中国外交における一本の主軸を求めるとするならば、独立自主の平和外交政策ということであり、それはナショナリズム、インタナショナリズム及び強国路線を結び合わせた政策であり、時を追うごとに明確になってきた核心的言葉は「復興」である。65年間の蓄積を経て、中国はすでに「歴史的権利」を挽回するための実力的基礎をうち固めており、今後10年ないし20年はその結果を見証するカギとなる段階である。
  中国外交は、弱国外交から強国外交への転換と同時に、対決的台頭・対抗的台頭から平和的台頭・協力的台頭への転換という二筋の転換が絡み合うという脈絡を示してきた。これからの10年において、中国外交は国際社会に対して系統的にこの2種類の転換の真の成果を明らかにするだろうし、そのことは世界が平和と戦争、安定と動乱、融合と分裂という十字路においていずれの方向に向かうかを決定することになるだろう。
  この二種類の転換にかかわる意識と行動は過去2年においてもっとも鮮明に現れているが、この2年は正しく習近平時代が航行に乗り出した2年であり、この2年間の中国外交の中身をどのように読み解くかは、今後10年の中国外交の方向性を展望する上で重要な意義を持っている。
  国内では、この2年間の中国外交とそれ以前の63年間の中国外交とを区別して評価し、ことさらにどの時期には「柔軟」でどの時期には「強硬」であるかを比較しようとするものがいるが、これは適当でなく、科学的でもない。連続的な観点で物事を観察するべきであり、ましてや中国が日増しに世界の中心的パワーとなろうとしている今、政策の一貫性及び連続性こそが外交においてさらに多く反映され、もっとも主要な特徴となるべきである。
  中国外交がどのような新しい扉を開けようとしているかについて判断するには、中国が過去60年以上にわたる世界との交わりにおける具体的な実践の中で何を抽出したかを見るべきである。「抽出」という化学用語を借用して中国外交を観察する際のあるべき視点を強調する所以は、習近平時代の中国外交が行おうとしている主要な事業、即ち、歴史の蓄積の中から今日及び未来に向けた理論及び実践の精髄を精製し、純化し、発展させるという事業を形容するのにもっともふさわしいからである。
  抽出①:平和共存5原則を普遍的に適用される国際関係の準則に高めること。それは主権、正義、民主及び法治という外交的価値観に集中的に体現される。
  抽出②:チャイナ・ドリーム及び「二つの100年」という奮闘目標とグローバリゼーションの趨勢下の世界ドリームとを緊密に連携させ、発展目標と協力目標を優先させる「運命共同体」を積極的に実践すること。
  抽出③:非同盟という伝統的政策を国際政治の厳しい現実に適用させること。具体的には、いずれの側にも立たないということは正義を堅持しないということではなく、グループを結成しないということは公正な道理を主張しないということではなく、対決せず衝突しないということは競争せず駆け引きを行わないということではない。
  抽出④:全方位を対外開放戦略の高みに上げること。具体的には、「シルクロード経済ベルト」及び「21世紀海上シルクロード」構想を提起し、互聯互通を推進し、海洋強国建設と戦略的西進をともに行い、海陸両翼構造を切りひらく。
  抽出⑤:対外戦略配置における周辺外交の中心的地位をさらに突出させること。具体的には、核心的利益の擁護、アジアの安全保障促進及び周辺との協力展開という三者間の弁証的関係を整え、大国外交の中心的舞台を構築する。
  抽出⑥:60年以上の大国外交の経験と教訓を総括し、集約する基礎に立って中米新型大国関係を正式に提起し、中露戦略協力パートーナーシップの位置づけを高め、欧州との協力ルートを広げ、中国を中心としてバランスの取れた大国関係の枠組みを張り巡らすこと。
  抽出⑦:多国間主義を大いに唱道すること。具体的には、対外戦略において多国間主義が二国間主義に従属していた性格を改め、国別外交と同等の重要な地位を付与する。
  抽出⑧:世界の問題にさらに全面的かつ深々と参与し、ホット・イッシューに取り組むこと。具体的には、積極的に中国の考えを発信し、中国のプランを提起し、中国の知恵を貢献し、中国の国際的発言権を拡大する。
  抽出⑨:中国の伝統的文化の薫陶及び浸潤を確認すること。具体的には、正確な義利観(浅井注:習近平が提起した、政治的には正義を重視し、経済的には共嬴を目指す考え方)を提起しかつ堅持し、思想的精神的に平和的発展の理念を確立する。
  以上の9分野の抽出は、現在の中央指導部が中国外交に盛り込んだ新しい情景、特徴、風格そして配置である。これらが合わさることにより、新しい時期において中国が堅持する決意をしている世界秩序観の輪郭が示されている。即ち、主権平等、共同安全、共同発展、協力共嬴、包容互鑑及び公平正義がそれである。
  まっとうで善良であるものであれば、習近平時代に入った中国が切りひらいた新しいパラダイムが中国外交しにおける「第五段階」を打ち立て、大国外交から強国外交への転換を実現することを誰しもが希望している。現在の中国外交が展開している大国としてのありようと強国としての立ち居振る舞い(中国語:「大国之姿、強国之態」)とはまだ必ずしもスタイルを確立するまでになっておらず、過去2年間の抽出はまだ端緒を切り開いたばかりで、よい流れを生みだしているに過ぎず、本当の挑戦と試練はまだこれからであり、その結末はまだ不確定である。
  中国の平和的発展はまだ「現在完了形」にはない。中国で強調される「独特な大国」としての中国は、長所と短所、メリットとディメリット、気概と迷いを兼ね備えている。過去数年間、中国は、西側の理論家が考えるように、台頭する大国は守成大国との間で戦略的衝突が起きることが決まっているわけではないし、その周辺地域において勢力範囲を求めようとするわけでもないということを世界に対して説得しようとしてあまりにも大きなエネルギーを使ってきた。しかし、中国人の中にも、このようなイデオロギーの影響を深く受けて、権力政治の誘惑に陥ったものがいないわけではない。
  中国がグローバルな中心的大国としての道を邁進する上で、対日関係、隣国との領土海洋紛争など、越えなければならない戦略的、心理的ハードルはあまりにも多い。中国は次の根本的問題に答を出さなければならない。その問題とは、中国は、不断に蓄積した実力と自信を正確に発揮運用して、国際関係史において、権力的イデオロギー、強権政治の先例を超越し、世人が信服し、世界が受け入れるグローバル大国になることができるのか、という問いである。
  未来を見定めようとするのであれば、まずは現在をしっかりと掌握しなければならない。中国外交の65年の道のりから抽出した精神的力を実際の行動様式に転化する過程においては、くよくよ思い悩むことも避ける必要があるし、必要以上に誤りを正すということも拒否する必要がある。