朝鮮情勢(中国側見方)

2014.10.2.

9月後半に、朝鮮情勢に関する中国側 (正確に言うと、そのうちの一つは仁川市長を務めた韓国人で清華大学客員教授) の見方を示す興味深い文章に出会いました。特に、李敦球署名文章「朝鮮は西側によって悪魔化されている典型」(9月30日付環球時報掲載)は、検索サイト百度によれば、筆者が国務院発展研究中心世界発展研究所朝鮮半島研究中心主任という肩書の持ち主であり、中国の対朝鮮政策立案にも密接にかかわる立場にあると考えられるだけに、非常に意味があると思います。私が中国のWSでニュース検索をするようになって4年近くになりますが、李敦球の文章は私としては初見ですし、寡聞の故でしょうが、国務院発展研究中心に朝鮮半島研究中心という組織があることも今回初めて知りました。
  このほかにも、9月29日付環球時報社説「「朝鮮政変」でっちあげニュースは面白いか」、9月30日付環球時報所掲の宋永吉(元仁川市長)署名文章「米韓は「朝鮮崩壊」をあらかじめ設定している」、9月17日付中国網所掲の高鵬(湘潭大学講師)署名文章「朝鮮外交の新思考は小国が大国を弄ぶということ?」などがあります。ここでは、最初の3つの文章を紹介します。
  3つの文章に共通しているのは、朝鮮の政権及び政情が基本的に安定しているという認識に立っていることです。また、最初及び三つ目の文章は、アメリカ・オバマ政権の強硬一本槍の対朝鮮政策では朝鮮の非核化を導くことはできないとし、朝鮮の合理的な関心に目を向けてこそ、朝鮮半島の非核化ひいてはこの地域の平和と安定が導かれるという認識を示しています。

1.李敦球文章「朝鮮は西側によって悪魔化されている典型」

李敦球文章は、中国政策関係者の対朝鮮認識が曇っていないことを確認させるものです。このような健全な認識に立っていることは、中国の対朝鮮政策について安心材料を提供するものです。
私は、9月15日付のコラム「点検・中朝関係」で、中朝関係の雲行きが怪しくなっているのではないかという懸念を示しましたし、そのことが的外れではないことは、下記2の環球時報社説が「中朝関係は、朝鮮が核保有を堅持しているために現在の冷却状況を生みだしている」と指摘していることからも確認できると思います。しかし、李敦球文章の全体を通じて、また環球時報社説の「両国関係の大きな構造にはなんらの変化もなく、中朝は互いにとって明々白々な戦略的意義を備えている」という指摘から確認できることは、中国が冷静に中朝関係・対朝鮮半島政策に取り組んでいるということだと思います。
特に中国の対朝鮮半島外交における一つのキーワードは、李敦球文章が指摘する「朝鮮の合理的な関心」にあります。王毅外交部長がケリーとの会談でこの言葉を最初に持ち出した時は、各関係国の「合理的関心」とされていましたが、その本質は、李敦球文章が端的に指摘するように、朝鮮の主張(朝鮮外相発言)の「合理性」をアメリカが重視するべきだとする点にあります。
ちなみに、9月27日に王毅外交部長が国連総会で演説した際には、朝鮮の核問題について「関係国の関心を全面的に、バランスをとって解決する」という発言となっており、「合理的関心」という言葉ではなかったので、私には一抹の懸念材料となっていました。しかし、9月30日付の李敦球署名文章がかくも明確な表現でこのキーワードを再確認しましたので、その懸念は杞憂で済んだと思います。

  (9月25日に行われた朝鮮最高人民会議に金正恩が出席せず、9月3日以来22日間姿を現さなかったことについて中国を含めた世界の国々において様々な憶測が乱れ飛んだことを紹介した後)朝鮮中央テレビは翌日これに反応し、金正恩の視察活動のニュースを流して、金正恩の体調が悪いことを公式に報道した。筆者の判断では、朝鮮のこの反応には2つの意味がある。一つは、金正恩は体調が悪いだけで、重病ではないということ。もう一つは朝鮮の政局は安定しているということだ。
  朝鮮は一貫して世界の注目の焦点だ。それには冷戦及びその後遺症などの原因により、朝鮮と西側特にアメリカとのコミュニケーションやすりあわせがうまくいっておらず、制裁と孤立を受け続けてきたためである。朝鮮としては外交的に包囲を突破し、アメリカ及び西側諸国との関係を改善したいと思っていることは争いのない事実だ。金正恩が登場して政権を担って以来、朝鮮は多角的に国家のイメージを改善しようと試みており、以前と比較すれば、対内及び対外政策において少なからぬ改善と進歩が見られる。金正恩自身も垢抜けした庶民的パフォーマンスを行っている。金正恩が労働者、農民、インテリ、軍人、学生、アスリートなどを訪問し、いたわる回数だけをとっても、世界の他の国々の指導者に引けをとらない。
  しかし、朝鮮のこのような努力も国際世論の肯定的及びプラスの評価を勝ち取るに到っていない。その原因としては次の2点に注目する必要がある。一つは朝鮮が弱小国であり、国際世論を左右する力がないこと。もう一つは、アメリカ及び西側諸国のメディアがもっぱら朝鮮のマイナス面だけを報道し、さらには朝鮮を批判、非難、皮肉、冷やかしの対象とし、映画まで動員する始末で、朝鮮は西側が悪魔化に成功した典型的ケースと言えるということだ。これが長く続いた結果、朝鮮が何をしようとも、マイナス的に理解し評価するというステレオタイプな思考が人々の間に出来上がってしまっている。
  朝鮮に限界性があるにしても、国際社会及び世論としてはその弱みにつけ込んで打撃を加え、その崩壊を促すというようなことをするべきではない。その理由は簡単であって、朝鮮が崩壊するようなことがあれば、東北アジアひいては世界にとっていいことではないからだ。朝鮮の国内政局はまずまず安定しており、トップの人事及び権力機構は基本的に完成し、最高政策決定レベルはますます若返りしている。朝鮮の人々も政府の行っている民生改善の措置を歓迎しており、朝鮮経済はなお非常に多くの困難があるとは言え、朝鮮社会は基本的な安定を維持している。
  朝鮮は小国で人口も少なく、外からのリスクに抵抗する能力が比較的弱いので、朝鮮が将来に向けてどのような歩みをするかは、朝鮮と国際社会の関係如何によって決まるところが大きい。筆者が思うに、朝鮮を制裁し、孤立させることは問題解決の方法ではなく、国際社会特にアメリカの責任ある方法は、朝鮮との間で対話と接触を進め、徐々に対立を解決し、朝鮮をして国際社会の責任ある一員へと導くことであり、これこそが問題の根本的解決の策である。朝鮮の李洙墉外相は9月27日、「アメリカが朝鮮に対する敵対政策を完全に撤回し、朝鮮の自主権及び生存権に対する脅威が存在しなくなれば、核問題もまた簡単に解決される」と述べた。朝鮮の核問題は解決する必要があるが、朝鮮の合理的な関心についても尊重されなければならない。
  最近の朝鮮の対外関係においては新しい動きとブレークスルーが起こっており、朝鮮高官が欧亜諸国を訪問して、外交的な包囲突破の実現、国際社会への溶け込みを狙っている。その結果がどう出るかは、朝鮮指導者の外交的智力を試すと同時に国際社会の対朝鮮政策・態度をも試すものであり、我々としては刮目して見守っている。

2.環球時報社説「「朝鮮政変」でっちあげニュースは面白いか」

この環球時報社説について興味深いのは2点あります。
一つは、中国のネット世論の動向が朝鮮の対中感情に影響を及ぼしていることを示唆している点です。このことで私が連想するのは、韓国の民間団体が気球で朝鮮に対する誹謗中傷のビラを散布することを韓国政府が取り締まらないことに対して、朝鮮が口を極めて批判していることです。中国のネット世論と韓国におけるこうした動きを同日に論じることには若干無理がありますが、しかし、社説が指摘するように「中国社会の多元化を示すという点で正常な現象である」ネット世論も、韓国政府が言論の自由を理由として取り締まる立場にないとする気球による対朝鮮誹謗中傷も、朝鮮からすれば、それらの背後に中国及び韓国の公権力の存在を確信する材料とされることは十分あり得るわけです。私の目に入る限りでは、朝鮮側が中国のネット世論にかかわって中国批判を行うケースは目にしたことはありませんが、環球時報社説は中朝間でそうしたやりとりが存在している可能性を示唆しているとは思います。
もう一つ興味深いと思ったのは、社説が「中国が公的に提供する朝鮮に関する情報はあまりにも少ない」と指摘し、「沈黙に変わる一種の積極的姿勢というものが中国当局に必要」だと主張している点です。上記1の李敦球文章は正に環球時報社説の主張に応える形で発表されたものであると見ることが可能です。社説の日付が9月29日、李敦球署名文章の発表が翌30日ということから見ても、両者は連動しているとみることができると思います。というよりも、中国政権内部で環球時報社説が指摘している問題意識が共有され、それを社説という形で発表するとともに、日をおかないで李敦球署名文章を出したと見るべきではないでしょうか。

  (中国のネット上で「朝鮮政変発生」というデマ情報が流されたことを厳しく批判した上で)最近、中国のネット上では朝鮮に関する真偽のほどを判断することが難しいニュースがきわめて多く、その傾向は韓日米と一致していて、朝鮮及びその指導者を皮肉り、あざけるものだ。このような状況は、中国社会がどのように朝鮮を見ているかということに関する朝鮮側の評価に間違いなく影響を与えており、中朝関係にさらに複雑な要素を加えることになっている。
  中朝関係は、朝鮮が核保有を堅持しているために現在の冷却状況を生みだしているが、両国関係の大きな構造にはなんらの変化もなく、中朝は互いにとって明々白々な戦略的意義を備えている。一時的に活気がない中朝関係においては基本的な安定を保持することが必要であり、中国国内においては、過激な力によって民間の態度を朝鮮敵視の方向におし向けさせることがあっては絶対にならない。なぜならば、中朝関係が悪化するようなことがあれば、中国の国家的利益に完全に悖ることになるからだ。朝鮮半島の問題は錯綜して複雑であり、中国社会としては、中国の国家利益に対する高度な識別力が求められており、西側及び日韓の世論の影響を受けて、それを国家的利益の上に座らせるようなことがあってはならない。
  朝鮮が閉鎖的であるのは事実であり、自らが閉鎖を打ち破って開放に向かった社会である中国においては、一部の人々の閉鎖された国家に対する反感が簡単に煽られ、さらには強烈になってしまう。彼らが中国世論を代表しているというような誤ったイメージをつくり出すチャンスを与えるようなことがあってはならない。   朝鮮の現状に対する中国人の受けとめ方は非常に複雑であり、「反感」という一言で概括できるようなものではあり得ない。中国社会には今日もなお朝鮮に対する同情と友好が少なくなく、朝鮮と正常な国家関係を保ちたいとする願望は主流にして極めて強いものがある。朝鮮戦争の歴史について、抗米援朝の積極的な意義を否定しようとするものもいるが、これは中国社会の多元化を示すという点で正常な現象であるとしても、中国人の朝鮮に対する見方が徹底して変わったということを意味するものではない。
  中国が公的に提供する朝鮮に関する情報はあまりにも少ない。このことは、朝鮮に対する民間の姿勢を導くものがほとんどないという状態を導き、米日韓の言い分がまかり通ることを可能にしている。朝鮮が「極めて敏感」であるために中国が公的に発言する上で特別な難しさがあるということは理解できるが、その結果生まれてしまう空白部分を様々なスペキュレーションやデマが埋め尽くすということは好ましくないことも明らかだ。沈黙に変わる一種の積極的姿勢というものが中国当局に必要だろう。
  朝鮮に対する民間の偏った見方が蓄積すればするほど、そのことは朝鮮側の受けとめ方に影響を及ぼすだけにとどまらず、中国の今後の具体的な対朝政策の策定をも牽制し、これに干渉する可能性がある。インターネットの発達した時代においては、公衆がおおむね正確な国際観を備えることは、国家が強力な対外政策を策定し、実行する能力を持つための基礎である。
  我々は、「朝鮮に政変発生」というデマからいろいろ考えるべきだ。中国の世論の場はこのように幼稚で勝手気ままであるべきではなく、台頭する大国に求められる要求と想像力にも合致しない。

3.宋永吉署名文章「米韓は「朝鮮崩壊」をあらかじめ設定している」

宋永吉は元仁川市長だったという肩書紹介がついているように、中国側の見解として紹介するのは不適切です。しかし、その内容は、仁川市長を務めたこともある韓国要人が上記1の李敦球文章が指摘した「朝鮮の合理的関心」の妥当性を確認しているものであり、しかも、李敦球文章もこの宋永吉文章も同日付の環球時報に掲載されているということも単なる偶然の一致とは考えられません。
  もう一点つけ加えるならば、宋永吉署名文章が、オバマ政権の対朝鮮政策を「戦略的忍耐と言うよりは無戦略のほったらかしと言うべきだ」と決めつけている点は、私の見方と完全に一致しています。オバマ政権の対外政策の無為無策については、中国側で厳しく論評するものが目立って増えていますが、対朝鮮政策も例外ではないようです。

  (核不拡散条約(NPT)から説き起こして)アメリカは二重基準であり、一方でイスラエルの核開発を黙認しながら、他方では朝鮮とイランの核開発に対して制裁を行っている。NPTが最低限の公平性を体現しようとするのであれば、核保有国は非核国に対して核兵器による威嚇を行うべきではなく、そうすれば、非核国が核保有に走る動機はなくなるのだ。同時に、核保有国は非核国が平和的な核技術を発展させることを援助し、医療技術分野での協力を提供するべきだ。ところが現実はと言えば、朝鮮は朝鮮とイランが核の脅威を受けていると認識し、これはNPTの精神に違反していると考えている。
  朝鮮について言えば、ソ連解体後は中露の「核の傘」もなく、両国との防衛条約も早々と失効している。現在の朝中及び朝露関係は冷戦期のそれとは遠く隔たっているし、アメリカ及び日本とは外交関係もできていない。これに対して韓国は、アメリカと軍事同盟関係を維持し、アメリカは「核の傘」を提供し、中露とも正常な外交関係を樹立し、戦略パートナーシップに向かっている。
  朝鮮のGDPは韓国との間で42倍の差があり、南北経済の格差は際立っている。朝鮮としては、このような状況のもとで韓米連合と対抗するには、伝統的な兵力によってバランスを求めるのは不可能だと判断している。正にそうであるが故に、朝鮮は、国家の安全保障を確保するために核開発は絶対に必要であり、核と経済の並進政策を推進すると考えている。しかるに、インドの核開発がパキスタンの核開発を引き起こしたように、朝鮮の核開発は日本及び韓国の核開発を誘発する可能性がある。こうなると、東北アジアの核軍備競争は東北アジア及び世界の平和に対して巨大な脅威をもたらす。
  我々は早急に朝鮮の核問題を解決するべきだ。朝鮮の核問題を解決するため、2003年から2007年にかけて6者協議が行われたが、朝米間の意見が対立して協議は7年にわたって中断されてきた。その間、オバマ政権は戦略的忍耐を理由として朝鮮に対して経済制裁を行い、中国にも役割を発揮することを促してきたが、自らは6者協議及び朝米対話再開に積極的になろうとはしなかった。これでは、戦略的忍耐と言うよりは無戦略のほったらかしと言うべきだ。アメリカの朝鮮に対する戦略的忍耐とは中国包囲戦略を合理化するためのものではないかと疑うものもいる。
  オバマ政権の戦略的忍耐にしても、朴槿恵政権の統一構想にしても、その背後には「朝鮮崩壊論」という前提がある。両政権は、朝鮮に対する圧力を継続すれば、朝鮮は遠からず崩壊すると考えている。国際的な外交というものは、漠然とした希望に基づいて推進しても所期の効果は期しがたいものだ。軍事侵攻なくして政権交代を実現することは難しいが、朝鮮に対して軍事攻撃を仕掛ければ全面戦争になってしまう。したがって、軍事攻撃という選択肢はあり得ず、対話に戻る以外にない。
  朝鮮、韓国、アメリカは同時に変化する必要がある。朝鮮はかつて、金日成主席の遺訓は朝鮮半島の非核化の実現であると明確にしたことがあり、朝鮮としては、核廃棄の段取り及び自国の安全保障問題を協議する誠意を示すべきだ。そのためには、朝米間の事実上の接触となる6者協議を再開する必要がある。同時に、韓中の自由貿易交渉に開城工業団地の原産地認証規定を追加し、ロシア、韓国及び中国を通じて朝鮮北部地域での経済協力を進め、朝鮮と国際社会の連結を促すのだ。11月の習近平・オバマ会談において朝鮮の核問題で具体的な進展が得られることを期待する。