オバマの対ISIL戦略:演説と致命的問題

2014.09.21.

1.オバマの対ISIL戦略演説

9月10日にオバマ大統領は、イラク及びシリアで急速に勢いを伸ばしている「イスラム国」(ISIL)に対する戦略方針に関するテレビ演説を行いました。その戦略は、広範な国際的連合を前提として、次の4つの柱から成り立っています。

  -8月以来イラク領域内のISILに対して行ってきた、アメリカの人員の保護及び人道的救援を任務とした空爆作戦を、今後はISILを直接の攻撃対象とする作戦に拡大する。攻撃対象は、イラクのみならずシリア領域内のISILを含む。
  -対テロリスト地上作戦を行っている部隊に対する支援を強化する。同時に、シリア領域内の反対派に対する軍事援助(訓練及び装備の提供)を行うことについて議会の授権を求める。「ISILに対する戦闘において、アメリカは、自国民を恐怖に陥れており、すでに失っている正統性を絶対に回復することのないアサド政権には頼ることはできない。アメリカは、ISILなどの過激派に対する最善の対抗力である反対派を強化しなければならない。」
  -ISILの攻撃を妨げるための対テロ能力強化。具体的には、資金源カット、諜報改善、防衛強化、イデオロギー対策、外国人戦闘員の流入防止。そのために、オバマ自身による安保理会合の主催。
  -イラク難民に対する人道的援助提供の継続。

ただしオバマは、ISIL根絶には時間がかかること、アメリカの地上戦闘部隊を派遣しないこと、今回の対ISIL戦略はイエメン及びソマリアでの作戦で成功した戦略(アメリカの核心的利益を脅かす対象には武力を行使するが、国際秩序に対する挑戦に対しては可能な限りの協力者を動員する)の適用であることを断っています。しかもオバマは、「アメリカのリーダーシップは不確実な世界における不変要素だ。テロリストに対して世界を動員する能力を有するのはアメリカだけだ。ウクライナの人々が自らの命運を決定する権利を支持して、ロシアの侵略に対して世界を結集させたのはアメリカだ。…欧州からアジア、またアフリカから中東まで、アメリカは自由、正義、尊厳の側に立つ。これらの価値は建国以来アメリカを導いてきたものだ。」と、今や古色蒼然とした「アメリカあってこその世界」というイデオロギーを披瀝して演説を終えています。

2.オバマの対ISIL戦略の致命的問題

<透徹した国際情勢認識と戦略眼の欠如>
  オバマの演説に関して、その内容についてコメントする前に、私が根本的な問題として指摘する必要を感じるのは、オバマには透徹した国際情勢認識の裏付けがなく、したがって本当の意味で戦略という名に値するものが致命的に欠落しているということです。
これは私の独断と偏見ではないことは、例えば9月10日付のニューヨーク・タイムズに掲載されたジョンズ・ホプキンズ大学教授のヴァリ・ナースルの文章「オバマに必要なのは大戦略」(Vali R. Nasr, The Grand Strategy Obama Needs)でも明らかです。彼はこの中で、1950年代のアイゼンハワー大統領が長期的なグローバルな視野を持って対外戦略を推進したこと、しかしオバマにはそういう認識がなく、世界を断片式にしか捉えられず、したがって一貫した、包括的な大戦略がないことを指摘しています。
  そういうオバマであるからこそ、古色蒼然とした、今や説得力もない「アメリカあってこその世界」というイデオロギーに相変わらずしがみつくしかないわけですし、自分がこれまで進めてきた、今や極めて問題あることが明らかな政策(その最たるものがウクライナ問題にかかわる対ロシア政策)をも正当化しようとする頑迷さともなってしまうわけです。
  そのお粗末さでは9.11に遭遇したブッシュ大統領も五十歩百歩だったわけです。しかし、当時は9.11という、テレビを通じてリアル・タイムで世界中をパニックに陥れた事件のために、凡庸なブッシュが打ち出した「対テロ戦争」という極めていかがわしい主張に中露を含めた世界中の支持を獲得することができたのでした。 その対テロ戦争の正体が余すところ明らかになり、オバマ自身がその後始末に追われてきたわけですから、そのオバマが「対テロ戦争」ならぬ「対ISIL戦争」に国際社会の支持と協力を取り付けようとするのであれば、2001年当時とは比べものにならない、万人をして納得させるだけの国際情勢認識と大戦略を提起することは不可欠です。しかしそのモノサシから判断する時、今回の演説はまったく不合格と言わなければなりません。
もう一つの致命的な問題は、アメリカの軍事的実力は「アメリカあってこその世界」というイデオロギーを支えることがもはやできなくなっているというギャップをオバマが認めようとしていないことです。
かつて1950年代のアメリカは2つの大きな戦争(欧州とアジア)を戦うと同時に、1つの地域的戦争(中東)にも対処することを標榜していました。アメリカの経済力の相対的衰えとともに、米ソ冷戦終結後は1つの大きな戦争と1つの地域的な戦争に対処する戦略に縮小されて今日に至っています。
しかし、今オバマ政権が今回打ち出したのは、ロシアとの対決(ただし、軍事的オプションは排除し、経済制裁でロシアを屈伏させる方針)、中国に対する軍事的抑止(リバランス戦略)を維持しながら、対ISIL戦争をも行うという方針です。そのいずれもが中途半端で、「二兎を追うものは一兎も得ず」どころか「三兎負うものは一兎も得ず」です。
しかも、対ISIL戦争をイラクからシリアにまで拡大するとしながら、後で述べますように、それを実行する上での前提条件(シリア・アサド政権の協力及びイランの支持取り付け)については自ら排除しているのです。これでは、私のような軍事問題の素人でも、オバマ戦略が早晩行き詰まることは見やすい道理です。

<イエメン及びソマリアの作戦は先例とはなり得ない>
  オバマは、今回の対ISIL作戦はイエメン及びソマリアでの成功した作戦に倣ったものであると説明しています。しかし、そういう説明自体がオバマの今回の対ISIL作戦計画の実効性のなさを逆に際立たせています。 ソマリア及びイエメンでの作戦が成功したのは、①アメリカの作戦計画を支持し、実行する実力をある程度備えた地上部隊が存在していたこと、また、②アメリカが空爆作戦を展開することにも法的な障碍がなかったことという2つの要因によるところが大きいと指摘されています。
前者について言えば、ソマリアの場合は約1万8千人のアフリカ統一機構(OAU)の派遣部隊、イエメンの場合はアメリカの全面的支援を受けた、実戦力を備えた同国軍が地上作戦を担当していました。しかし、対ISIL作戦の場合、イラクに関しては地上作戦を担当すべきそれなりの軍事力(イラク軍及びクルド民兵)を見込める(しかし、疑問符をつける専門家も少なくありません)としても、シリアに関しては、オバマ演説が認めるように、ISILともアサド政権とも対決している反政府勢力の軍事力は弱体で、これから育成していかなければならないわけです。即ち、9月19日に定例記者会見を行った米国防省報道官は、5000人の反政府派武装勢力を選抜するのに3~5ヶ月、その後サウジアラビアの訓練基地で訓練するのに8~12ヶ月の時間がかかると述べました。つまり、シリア領内での作戦を行うのは1年から1年半後になるということなのです。
しかも、アサド政権とは手を組まないと言っているのですから、反政府勢力に軍事援助を行うこと自体がアサド政権からすれば重大な内政干渉ということになりますから、国際法違反という問題(後述)はさておくとしても、どのようにして効果的な軍事援助を実行できるのかについては大きな疑問符をつけざるを得ません。

<国際法上の問題>
国際法上の問題に関して言えば、イラク政府はアメリカの空爆作戦を積極的に容認していますが、シリア・アサド政権は、アメリカとともに対ISIL作戦を行う用意はあるとしつつも、アメリカが断りなしにシリア領空で空爆作戦を行うことは内政干渉であり、拒否すると明言しています。この点については、ロシア及び中国がアメリカの方針に疑義を呈していますし、フランスですら国際法とのかかわりで懸念を示しています(9月16日の中国新聞網の報道によれば、ファビウス外相は9月15日、フランスのテレビ局の取材に対して、「国際法上の制限があるので、外国軍隊がシリアで行動することには大きな困難がある」と述べました)。
即ち、ロシア外務省の報道官は、オバマ演説においてシリア政府の同意には「頼らない」軍事行動としている点について、「安保理の授権がない軍事行動は侵略と見なされ、深刻な国際法違反となる」と述べています(9月11日)。また、フランスで開催された「イラク平和安全国際会議」に出席したラブロフ外相も、会議後の記者会見(9月15日)で、「ロシアは、テロにかかわる情勢に関して安保理で詳細かつ突っ込んだ、全面的な分析をすべきことを主張しており、各国がロシアの提案に耳を傾けることを希望する」と述べました(9月16日付中国新聞網)。
中国に関しては、オバマ演説に対するコメントを聞かれた中国外交部の華春瑩報道官は9月11日、「国際的な反テロ闘争において、国際法を尊重し、関係国の国家主権、独立及び領土保全を尊重することを主張する」と述べました(同日付外交部WS)。また、「イラク平和安全国際会議」に出席して発言した中国外交部の李保東次官は9月16日、次のように主張しました(外交部WS)。

「反テロリズムでは国際的に力を合わせる必要がある。テロリズムには善悪の区別はなく、いつ、どこで、誰が行おうとも、すべて断固反対するべきだ。テロリズムに打撃を与えるためには、対処療法と根本治療を合わせ行い、様々な手段を同時に行い、協力一致し、国連安保理の主導的役割を十分に発揮するべきだ。反テロリズムにおいては二重基準があってはならず、ましてや、テロリズムを特定の民族や宗教と結びつけることがあってはならない。
  軍事的手段は対処療法であり、軍事行動をとるに当たっては当事国の主権、独立及び領土保全を尊重しなければならず、国連憲章の精神及び原則並びに国際関係の準則と合致しなければならない。
  慢性的でしつこい病を治すためには根本的治療が必要だ。西アジア北アフリカの情勢の激動は3年以上にわたっており、モグラ叩きの状況を呈している。我々としては大いに反省し、イラク、シリアなどの問題の関連性を把握し、総合的解決を目指し、政治的解決に力を入れ、関係者の利益の最大公約数を探さなければならない。我々はさらに、地域の国家が自主的に秩序だった転換を行い、自らの特徴に見合った発展の道筋を探し出し、根本的に長治久安を実現するための条件をつくり出すことを支持する必要がある。」

<「木を見て森を見ず」のオバマ戦略>
  以上に述べたことと重複するのですが、オバマの打ち出した対ISIL戦略の今一つの致命的な問題は、ISIL打倒のためには不可欠なシリア・アサド政権及びイランとの協力の可能性を自ら封じていることです。
  シリア領内のISIL勢力を効果的に叩く上では、ソマリア及びイエメンの成功例に徴して言えば、シリアにおいてもっとも戦闘力を備えているシリア・アサド政権と手を組むことが不可欠です。しかも、アサド政権はアメリカと協力する用意があると手を差し伸べているのです。また、シリアでの空爆作戦を合法的に展開する上でも、アサド政権の同意を確保することは絶対条件です。
また、シリア及びイラク両政権に対して大きな影響力を持つイランの支持を確保することも、アメリカが対ISIL作戦を効果的に行う上では欠かせないはずです。ところがオバマ政権は、イランを敵視するイスラエル及びサウジアラビアに対する考慮が優先して逡巡しているうちに、結局イランの最高指導者ハメネイ師の「実際、アメリカは、パキスタンで行ったのと同じように、(シリアの)独立政府と強力な軍隊の存在にも拘らず、政府の許可なく、その国の領土に侵入し、各地を爆撃するための口実を探している」という批判(9月15日。同日付イラン日本語放送WS)を招いてしまいました。最高指導者であるハメネイ師のこの発言が出てしまった以上、アメリカがよほど「礼を尽くす」姿勢を示さない限り、今後、イランの支持と協力を取り付けることは難しいでしょう。
  ロシア(及び中国)に関しては、シリア領内での対ISIL軍事行動について「合法性」を確保するためには、安保理で拒否権を有するロシア(及び中国)の理解と協力を得ることは絶対条件です。しかも、すでに見たとおり、ロシア(及び中国)はシリア・アサド政権の同意を得ないアメリカのシリア領内での空爆には重大な疑問符を付す発言を公然と行っています。信じられないことですが、対ISIL作戦を強化しつつある中で、アメリカは対ロシア経済制裁をさらに強化する措置をとるという始末です。
ここまでくると、オバマ政権がまともな戦略的発想ができているのかどうかも疑問になります。9月17日付の環球時報WSは、大使を経験したことがある呉正龍署名文章「「オバマの戦争」 オバマの悲惨な運命」を掲載していますが、その末尾の次の文章の指摘に、私はまったく同感です。

「事実上、アメリカとシリアは共通の敵「イスラム国」に直面している。この武装力に打撃を与えるために、アメリカは一方でシリア領内のISILを叩こうとし、他方で巨費を投じて反対派を武装させてアサド政権をひっくり返そうとしている。アメリカの戦略の混乱と矛盾は際立っており、所期の成果を挙げることは難しい。 6月以前にはオバマはいろいろ口実をつけてイラクの泥沼に入り込むことを拒否していた。何故にオバマの態度に根本的な転換が起こったのか。共和党によるオバマの「無為無策」に対する批判及び間近に迫っている中間選挙の圧力がこの態度変更を生んだことは明らかだ。アメリカ政治がこの戦争をやらざるを得なくしているということだ。
しかし、オバマのイラク戦争の前途は明るくない。アメリカの戦略は中東の現実とはあまりにも乖離しており、カギとなるポイントは実施できず、ましてや奇蹟は望むべくもない。オバマ自身が述べているように、これは長期にわたる戦争となり、オバマの任期中に終結することはあり得ず、最終的な結果とは、一人の敵をやっつけてもすぐさま次の敵を作ってしまうということだろう。オバマはブッシュ政権のイラク戦争を批判して政権に就いたが、イラク戦争を再び始めることでその任期を終えることになるだろう。」

<アルカイダ以上の強敵・ISIL>
  以上に述べた問題は、仮にISILがさほど強敵でないならば、あるいは見過ごして済むことかもしれません。しかしながら、衆目の一致するのは、ISILは擁する武装力(CIAの推定では3.15万にも達する人員及び高度な装備)、実効支配地域、その「狂信」性(もともとはアルカイダの一部だったのに、後者と袂を分かち、後者はISILとの絶縁を宣言した)、そして1万2千人ともいわれる外国人の参加(その中には数千人の米欧豪からの参加者を含む)などにおいて、アルカイダ以上の強敵であるということです。「「イスラム国」の台頭は、9.11以来で最大規模であり、その脅威は9.11がもたらしたリスクよりもさらに大きくなる可能性がある」(9月16日付人民日報海外版WS所掲の傅小強署名文章)とされる所以です。特に米欧豪からの参戦者は今後これらの国々でテロを起こす可能性が現実味を以て語られているのです。
  ちなみに、ISILについては、9月17日付環球時報掲載の中国現代国際関係研究院の田文林署名文章「アメリカのISIL攻撃の呼びかけには少なからぬよこしまさが含まれる」の中の次の指摘にも留意する必要があると思います。

     「今のところ、我々は「イスラム国」の本当の状況についてほとんど分かっておらず、簡単にこうだと決めつけることは難しい。「イスラム国」は中東におけるガヴァナンスの失敗及びアメリカの政策的失敗・誤りの結果であるが、この組織が台頭して以後、急速にイラク及びシリアで支配地を拡大したということは、何らかの合理性という要素がない限りは説明がつかないことだ。西側メディアはひたすらこの組織の残虐性だけを宣伝しているが、この組織の他の側面についてはほとんど触れていない。
  断片的な情報によれば、ISILは占領地域において水及び電力を提供し、給料を支払い、交通をコントロールし、パン工場、銀行、学校、裁判所そしてイスラム寺院などを管理しているという。したがって、「イスラム国」が許すべからざるテロ組織なのか、それとも現在の中東政治の展開における必然的産物なのかについては、まだ結論を出すことは難しい。」

要するに、ISILは9.11を引き起こしたアルカイダよりはるかに侮ることのできない「難敵」であることは確かだということです。9.11当時の国際的パニックによってアメリカに対する圧倒的な国際的支持が自然発生的に生まれた当時の状況の再現はもはやあり得ません。そうであるとすれば、オバマ政権が生半可な場当たり的対応でやり過ごすことはますますあり得ないことであるという結論は不可避です。この結論に立つ時、以上に述べたオバマ政権の対ISIL戦略の抱える問題はますます致命的になるのです。