中国元軍関係者のミサイル論と中朝関係に対する含意

2014.09.19.

1.中国軍関係者のミサイル論

9月18日付の環球時報は、中国人民解放軍第二砲兵(戦略ミサイル)部隊司令部編硏部(設計研究)の元副部長の関勇署名文章「ミサイルが支配する時代が到来した」を掲載しました。彼の元の肩書きから判断すれば、ミサイルが軍事戦略・戦術において占める地位に関する中国軍部の認識の所在を窺う上で極めて注目すべき文章だと思います。特に、アメリカの第7艦隊を主力とする海空戦力に対抗する上では戦域戦術ミサイルが有効であるとしていること、また、アメリカのミサイル防衛システムについては恐れるに足りないという認識を示しているところが要注目です。
また、この文章を読んですぐに連想したのは朝鮮のミサイル開発問題との関係についてでした。その部分は強調にしておきました。朝鮮問題との関連については項を改めることとして、まず関勇文章を紹介します。

  「世界における新たな軍事革命は猛烈な勢いで進展している。我々が直面する、新しい軍事技術、戦争手段、安全保障情勢そして勝利を制するということの根本は何処にあるのか。戦争の攻略ポイントは何か。如何にして戦争における主動権を執るのか。
筆者の見るところ、歴史及び現実は勝利を制する根本がミサイルにあることを示している。軍事技術の発展史から見ると、新しい成熟した兵器システムとしてのミサイルは、タンク、軍艦、作戦機と同じく、伝統的な作戦方式における重大な変革を必然的に推進し、新しい作戦理論の創造的発展を必然的に促してきた。ミサイルは、伝統的な陸戦、海戦及び空戦における時空観を改めさせ、現代戦争に関する観念に巨大かつ深遠な影響をもたらそうとしている。
ミサイル兵器が現代戦争において主動的な役割を発揮しうるのは、主にその独特な作戦能力上の特徴に基づいている。特徴の一つは陸海空、電磁などの領域における様々な目標を攻撃できる多様性にある。二つ目の特徴は火力のカバー範囲が大きく、遠くは1万キロ、近くは数十キロの目標を攻撃できることだ。三つ目は打撃の精度が高いことで、誘導及びピンポイント技術の発展に伴い、ミサイルの打撃精度は静止している目標も動いている目標も十分に攻撃できる。四つ目は破壊能力が大きいことで、様々な堅固な目標を破壊することができる。
制空権、制海権及び情報を制する力(制情報権)の「三権」は現代戦争で勝利を制するカギである。ミサイルにより敵側のレーダー、警戒機、指揮通信センターなどに対して機能マヒあるいは破壊を行うことによって情報の支配を勝ち取る。敵側の空軍基地、海軍基地、海上の艦艇をミサイル攻撃することで制空権、制海権を確保する。また、ミサイルは戦争初期における攻撃を担うことができるのみならず、戦争の全過程を通じてカギとなる役割を担うこともできる。
統計によれば、世界ではすでに30以上の国々がミサイルを自力設計・製造可能であり、100に近い国々がミサイルを保有している。海空軍力が相対的に弱く、伝統的な方法によっては「三権」を掌握することが難しい国家にとっては、通常ミサイルによる攻撃作戦を行うことで戦争の勝利を勝ち取ることが有効な戦い方になる。また、戦略核ミサイル及び戦域戦術ミサイルの持つ強大な抑止力も戦争の勃発及びエスカレーションを抑止するための重要な手段となる
世界の軍事技術発展の現状及び趨勢から見ると、ミサイル防衛技術の発展及び実戦化への応用は、ミサイル技術の発展にははるかに遅れている。ミサイル特に弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムは、ミサイル兵器に対する致命的かつシステム的な脅威となる能力は持ち得ず、ましてや大規模なミサイル奇襲に対してはなすすべを持たない。即ち、「矛」は「盾」よりもはるかに強力だ。
情報に頼るだけでは戦争に勝利することはできず、情報とともに十分かつ有効な火力を持つこと、つまり「情報+火力」によってのみ戦争の主動権を勝ち取ることができる。ミサイル特に戦域戦術ミサイルは、中国が(アメリカの)「アジア太平洋リバランス」及び「海空一体戦争」に対抗する上でもっとも有力かつ実用的な火力である。」

2.朝鮮の核ミサイル開発政策の政治軍事上の有意性

上記の関勇文章は主に中米軍事バランス上のミサイルの戦略的戦術的有意性を指摘するものであり、関勇自身が朝鮮の核ミサイル開発政策を念頭においたものではないと思います。しかし、私が強調を附した以下の部分は、朝鮮が必死に推進している核ミサイル開発が戦略的にも戦術的にも、軍事的に合理性を備えていることを確認する意味を客観的に持っています。

「海空軍力が相対的に弱く、伝統的な方法によっては「三権」を掌握することが難しい国家にとっては、通常ミサイルによる攻撃作戦を行うことで戦争の勝利を勝ち取ることが有効な戦い方になる。また、戦略核ミサイル及び戦域戦術ミサイルの持つ強大な抑止力も戦争の勃発及びエスカレーションを抑止するための重要な手段となる。」

もう一点指摘する必要があるのは、朝鮮はやみくもに核開発の道を突き進んでいるわけではないということです。私が繰り返し指摘してきたように、朝鮮が核実験を行うのは、「朝鮮の人工衛星(長距離ミサイル)打ち上げ-安保理による非難・制裁-朝鮮の核実験」というサイクル・パターンがあります。朝鮮は核開発を進めますが、他の外交カードがない朝鮮としては核実験をも貴重なカードとして位置づけるほかありません。このサイクル・パターンを中国が掌握すれば、朝鮮が核実験を行うことを未然に防ぐ手だては、人工衛星打ち上げに対してアメリカが安保理を動かすことを阻止することにある、ということが分かるはずです。
しかし、アメリカからすれば、朝鮮が様々なミサイル能力を獲得すればするほど、朝鮮に対して戦争を仕掛けるハードルがますます上がっていくということを意味します。正にそうであるからこそ、アメリカはしゃかりきになって、具体的には安保理決議を乱発することによって、朝鮮のミサイル開発を押さえ込もうとしているということが浮かび上がってきます。その最近の動きが、人工衛星(長距離ミサイル)のみならず、中短距離ミサイル発射をも安保理決議違反とする「拡大解釈」となっているわけです。朝鮮がそれに猛反発し、その関連で、安保理のそうした行動を黙認してしまった中国に怒りをぶつけるに至ったことは、9月15日付のコラム「点検・中朝関係」で指摘したところです。
関勇文章に示されている以上の認識、即ち、①アメリカに対して圧倒的に軍事的劣勢にある朝鮮にとって、各種ミサイル及び核兵器を開発することは費用対効果の高い合理的な選択であるという認識及び、②朝鮮の核開発には一定の自制心が働いているという認識が、中国全体の認識として共有されるならば、国際関係において常々他者感覚(中国語「換位思考」)を働かせることの重要性を強調する中国は、安保理においても他者感覚をわきまえた行動を心掛けることができるはずだと私は考えるのです。そうすれば、朝鮮半島情勢に不要な緊張、摩擦が生じてしまうことを中国がチェックすることは十分に可能だと思います。
確かに1990年代(天安門事件の後遺症に悩まされていた時期)であれば、アメリカと不用意に対立することは中国にとって得策でないという判断が働くことはそれなりに理解できないことではありません(正しいかどうかは別問題)。しかし、今や中国は明確にアメリカ・オバマ政権の対外政策に対して厳しい判断を持ち、かつ、多くの場合に公然と意思表明を行っているわけです(もっとも端的な事例はウクライナ問題であり、対ISIL作戦をシリアに拡大する問題です)。私が理解に苦しむのは、どうして朝鮮だけが別扱いされてしまうのかということです。
この問題にこだわるのは、上記コラムでも言及した4月3日付環球時報社説「「核兵器を持つことがすべて」とする朝鮮の考えは幻想である」が、あまりにも極端な朝鮮批判を行っていることが私の念頭にあるためです。もちろん、この社説が中国としての朝鮮に対する見方を代表しているとは限りません。しかし、中国がアメリカ主導の安保理の行動に待ったをかけない背景にある対朝鮮認識の所在をある程度までは反映していることも否定できないと思います。私としては、関勇文章に示される認識を中国全体の認識の基調に据えることで、中国が対朝鮮半島政策をしっかりと見直すべきであると考えるのです。
環球時報社説については、以上のコラムでは一端だけの紹介でしたので、より詳細を以下に紹介しておきます。

「朝鮮の核実験は「遅かれ早かれ起こる」というのは戦略分析を行う人々の共通する心配事である。核実験及びミサイル発射は朝鮮外交の数少ないカードとなっているが、そのことは朝鮮及び東北アジアにとって悲しいことだ。
朝鮮の核技術の進展状況は絶対的秘密であり、外部世界はおおよそのことを推測する以外にない。一般的な見方としては、朝鮮の核能力は朝鮮が宣伝するほどには成熟しておらず、核兵器の小型化及びミサイルとのドッキングはなお未解決であり、また、朝鮮のミサイルはまだアメリカ本土には到達できず、ワシントンの対朝鮮懸念は恐怖というレベルからはほど遠いと言える。
朝鮮とほかの核開発が疑われる国々との違いは、後者は極力核開発を否定するのに対して、朝鮮は声高に核能力を宣伝し、むしろその核能力を過小評価されることを恐れていることだ。その根本原因は、朝鮮の抑止力が極めて薄っぺらで、核兵器以外には何もないということにある。
この状態が朝鮮及び東北アジアをますます泥沼に陥らせることになる。朝鮮が虚勢を張る時、この地域には連鎖的な判断の過ちが起こり、一連の予測できない結果が起こってしまう。朝鮮が対外的に核攻撃を行う能力を本当に手にする時が近づく時、アメリカ及び韓日の反応はピークに達するだろう。アメリカは朝鮮の核ミサイルがアメリカ本土に到達する日が来ることを許さないと見る向きもある。その日が来る前に、アメリカは朝鮮に対して手を下すだろうというのだ。
朝鮮が核兵器を開発するのは核抑止力を獲得することによって国家としての戦略的安全を保つということだ。巨大な経済的政治的代価を伴ったが、これまでのところは朝鮮は成功してきたと言える。しかし、そのことは朝鮮がアメリカをたじたじとさせたということを意味しないし、朝鮮にとってのさらなる試練はこれからだ。
現在に至るまで、朝鮮のような規模の小国が国際的な圧力のもとでかくにおけるブレークスルーを完成させた先例はない。朝鮮は、このゲームの恐怖及び困難のすさまじさを明らかに過小評価している。
朝鮮の核開発はさらに前進する可能性はあるが、核兵器を有効な戦略的道具として実現するのは前途遼遠であるし、その日はおそらく永遠に来ないだろう。この世界には核抑止のみがあるのであって、核恫喝ということはあり得ない。朝鮮が恫喝しようとしている対象は世界No.1の強国であり、朝鮮の希望どおりになる確率はゼロに等しい。
中国は、アメリカや韓日のように朝鮮に対することはあり得ないが、朝鮮の核保有を中国が反対していることも明確だ。朝鮮の核問題が中米間に一定の意見の違いを招いたとしても、朝鮮の操作によって中米対決に変化させ、朝鮮が核兵器を持ったままで「売り抜ける」戦略的チャンスが生まれるなどという期待を持っているならば、それは速やかに捨てるべきだ。
朝鮮の力を以てしては核抑止を支えきれず、その核能力は裸の王様であり、それだけで国家の安全保障その他の利益を実現することは期しがたい。したがって、朝鮮は核への道をひた走りすることはできないのであり、国家の利益を最大化する現実的道筋を冷静に設計し直す必要がある。仮に朝鮮が第4回、第5回と核実験を続けていくならば、今後数十年における朝鮮の戦略的環境は、長期的な国際的孤立であり、国家の貧しさは解消できないということを見通すことができる。
中国は朝鮮の友人であり、朝鮮の安全、安定及び繁栄は中国の長期的国家利益と合致する。ほとんどの中国人は、朝鮮が困難を抜け出し、東アジアの発展という戦略的チャンスに与ることを願っている。朝鮮は核開発によって国際社会と20年対立してきた。思考回路を変え、少なくともそうする試みを行うことによって、朝鮮はまったく異なる戦略を発見することができるのではないか。」

この社説について若干のコメントをつけ加えておきます。
「アメリカは朝鮮の核ミサイルがアメリカ本土に到達する日が来ることを許さないと見る向きもある。その日が来る前に、アメリカは朝鮮に対して手を下すだろうというのだ。」というくだりについて。
朝鮮の核ミサイルは、アメリカ本土に到達する能力を持たなければ抑止力として有効にはならない、という社説の前提は根本的に誤りです。朝鮮の核ミサイルはすでに日本や韓国(したがって在日韓米軍)を射程に入れており、朝鮮はすでに有効な対米核抑止力を持っています。したがって、アメリカとしては迂闊に朝鮮に手を下すことは現在でももはやできないのです。
「現在に至るまで、朝鮮のような規模の小国が国際的な圧力のもとでかくにおけるブレークスルーを完成させた先例はない。」というくだりについて。
1964年に中国が最初の核実験を行った頃の米中関係の状況は、朝鮮が核ミサイル開発を行っているもとでの米朝関係とどれほどの距離があるかを、中国としては考えるべきではないでしょうか。
「この世界には核抑止のみがあるのであって、核恫喝ということはあり得ない。朝鮮が恫喝しようとしている対象は世界No.1の強国であり、朝鮮の希望どおりになる確率はゼロに等しい。」というくだりについて。
朝鮮の激しい言辞(私も正直ついていけないことがしばしばです)はともかく、朝鮮が構築しようとしているのはあくまでも対米核抑止力であり、恫喝力などではあり得ません。このくだりは、この社説が感情に押し流されている一端を露呈していると思います。
「朝鮮の力を以てしては核抑止を支えきれず、その核能力は裸の王様であり、それだけで国家の安全保障その他の利益を実現することは期しがたい。」というくだりについて。
この主張が失当であることは、関勇文章の上記紹介部分で明らかだと思います。
「仮に朝鮮が第4回、第5回と核実験を続けていくならば、今後数十年における朝鮮の戦略的環境は、長期的な国際的孤立であり、国家の貧しさは解消できないということを見通すことができる。」というくだりについて。
この社説のくだりは、中国が朝鮮の核実験に一定の政策的なパターンがあることを認識していないことを物語っており、したがって、金正恩指導部が推進している並進路線をも正確に捉えていないことを示します。