南シナ海(南海)問題と米中関係

2014.09.08.

1.王毅外交部長の「双軌思路」提起

8月9日にミヤンマーで行われた中国・ASEAN外相会議において、王毅外交部長は、中国とASEANの関係を発展させるための12項目の具体的提案を行いました(中国外交部WS)。その内訳は、政治協力分野が4項目、地域協力分野が5項目、そして海上協力分野が3項目です。政治協力としては、双方の関係を長期的かつ安定的に発展させるための法的基盤を作るための「中国・ASEAN善隣友好協力条約」締結促進、東南アジア非核兵器地帯条約議定書の早期締結が含まれています。地域協力としては、アジアインフラ投資銀行の速やかな設立及びASEAN諸国の原加盟国としての参加呼びかけ、安全保障分野での協力拡大の一環として、2015年に中国で中国・ASEAN非公式防衛相会合の初開催提案が注目です。
  海上協力に関しては、王毅は次のように述べました。

  第一に、明2015年を「中国・ASEAN海洋協力年」と定め、海洋経済、海上連携、海洋環境、防災減災、海上安全、海洋人文等を重点領域とする。第二に、南海(南シナ海)沿岸国の対話と協力を強化し、すべての国々が受け入れ可能な協力のメカニズム及びモデルを研究する。第三に、対話と協議を通じて海上共同開発を促進する。
  南海問題に関しては、「南海行動宣言」を全面的かつ効果的に実現することが南海の平和と安定を守るための確実かつ有効な方法である。中国とASEANとの共同の努力のもと、宣言の実施には積極的な進展が得られた。我々は、中国・ASEANの対話協議を強化し、宣言の枠組みのもとにおける実務的協力を深め、協議における一致という基礎の上で早期に「南海行動準則」を達成したい。中国とASEAN諸国は南海を平和・友好・協力の海に建設する能力を完璧に有している。

中国外交部WSによれば、この会議の後で行われた記者会見の席上、王毅外交部長は、「双軌思路」によって南海問題を処理することを提起し、かつこれに賛成すると表明しました。王毅の発言は次のとおりです。

  王毅は次のように表明した。南海情勢は総じて安定しており、南海における航行の自由にも何の問題も起きていない。中国とASEANの関係はますます良好なモメンタムを維持している。我々は、いわゆる南海の緊張を誇張し、大々的に宣伝するものに賛同せず、その背後にある意図に警戒することを呼びかける。中国とASEANはすでに南海問題を解決する道を探りあてている。中国は「双軌思路」に賛成し、これを提起する。「双軌思路」とは、関係する紛争については直接当事国が友好的な協議交渉を通じて平和的解決を探究し、南海の平和と安定については中国とASEAN諸国が共同で擁護するということだ。
  王毅は次のように述べた。中国が「双軌思路」を提起する理由は、一方において、直接当事国が協議交渉を通じて紛争を解決することがもっとも有効かつフィージブルな方法であり、国際法及び国際慣例に合致し、南海行動宣言の最重要な規定の一つでもあるからだ。また他方においては、南海の平和と安定は中国及びASEAN諸国を含むすべての南海沿岸国の切実な利益に関係しており、中国とASEANの双方が共同で擁護に当たる義務があるからだ。長年にわたる事実が証明するとおり、「双軌思路」を堅持し、互いに助け合い、補完し合い、相互に促進しさえすれば、具体的な紛争を効果的にコントロールし、巧みに処理することができるし、同時にこの地域の平和と安定及び協力という大局を維持することもできる。

王毅の記者会見での発言中にある「いわゆる南海の緊張を誇張し、大々的に宣伝するものに賛同せず、その背後にある意図に警戒することを呼びかける」とするくだりは、直接的には、この外相会議で「行動凍結」提案を行ったフィリピンを念頭においたものですが、より根本的にはフィリピンやヴェトナムの背後にいて策動していると中国が見なすアメリカの動きに対する牽制です。中国は南シナ海問題に対する、南シナ海問題に対するアメリカの関与を排除しようとしており、「双軌思路」提起の最大の眼目は、中国の以上の立場をASEAN側に対して納得させるために、「南海問題については紛争当事国間でのみ対処するべきだ」としてきた従来の政策を微調整して、ASEAN諸国とのマルチの協議の場を設けることに応じたものです。
  以上の私の判断については、8月11日付の中国網所掲の暁岸「南海問題解決の「双軌思路」提起は実務的微調整」の中の次の指摘で確認することができます。

  「双軌思路」の提起は、南海での紛争を処理する上での中国のアプローチにおける微調整を象徴している。即ち、南海問題に関するマルチでの議論を完全に拒否する立場から、この問題について限定的なマルチでの議論を行うことを承認する立場への転向には一定の必然性がある。これは実務的かつ柔軟な変化であり、事実上もはや固守できなくなっており、かつ、現在の条件の下で「見かけは勝ったとしても、結果的には共に敗れ傷つくことになってしまう」外交的教条主義を突破したものだ。バイの対話交渉を基礎及び主体としつつ、10+1の協調を補完させることで、南海の紛争を平和的に解決し、南海での協力を推進するという二つの事業が成し遂げられる希望が出てくる。
  この微調整はある意味アメリカに押された結果でもある。アメリカは、中国が南海で権利を守ろうとする正当な行動を「現状変更」を目指す「戦略的進撃」と判断し、もともとの中立的立場から強力介入に転換し、その結果、地域の緊張を引き起こし、個々のASEANの国々の冒険主義を刺激したことは衆目の一致するところだ。中国にとって、主権にかかわる原則を堅持すると同時に、ASEAN諸国が南海情勢のエスカレーションに反対し、南海問題のために分裂に陥ることを拒否していることを尊重し、南海の平和と安定を中国とASEAN諸国が共同で維持することは、多数の支持を獲得し、矛盾がさらに流出していくことをコントロールする上でも有利であるし、アメリカが悪意ある介入拡大の策略を阻止する策でもある。

2.アメリカの政策意図に対する中国の警戒の所在

アメリカ・オバマ政権の南シナ海問題に対する戦略的アプローチを中国側が如何に警戒しているかに関しては、8月11日付の中国青年報記事「ケリーのASEANフォーラム出席 再び南海問題を投機的に扱おうとしている」が、次のように2009年まで遡って整理しているのが参考になります。

  2009年にオバマ政権はアメリカの対東南アジア政策を見直した。…東南アジアで「失った」支配と影響力を回復するべく、就任直後から多面的に手を打ち始めた。政治面ではASEANを主とするすべての重要な地域的なマルチのメカニズムに加わった。経済面では、2009年の米・ASEAN貿易額は1810億ドルだったが、2013年には2060億ドルに達した。軍事面では、東南アジアはアメリカの軍事演習がもっとも頻繁に行われる地域の一つとなり、2012年にはオーストラリアのダーウィンに米軍駐留を開始し、昨2013年にはシンガポールにはじめて艦船を配置した。本年4月には米比協定が成立し、アメリカは20年ぶりにフィリピンに舞い戻った。…
  就任直後のオバマの東南アジア政策評価において、南海問題は極めて重要な要素だった。そして2010年以後、アメリカの南海問題に関する政策はますます「主動的かつ全面的」になった。そして本年2月の議会証言では、米高官が「立場をとらない」原則から甚だしく逸脱し、中国の南海に関する主張はこの地域にとって「不確実で、安全と安定に資さない」と公然と非難するに至った。さらに7月には、「3つのしない」提案を行った。その3つとは、海の埋め立てで土地造成・拠点建設をしない、相手側が2002年の南海行動宣言署名前に占領した島嶼を奪うことをしない、他国に対する一方的な行動をとることをしない、という内容であり、要するに紛争のある島嶼の現状を変更しようとする行動を「凍結」することが狙いだ。
  南海問題にかこつけて東南アジア地域情勢を巻き添えにし、中国を批判することは、オバマ政権の対外政策の一大特徴だ。ケリーも今回の米・ASEAN外相会議の席上、「カギとなる海域、陸地及び港湾の海上安全保障問題について、アメリカとASEANは共同の責任を担っている」、「平和的かつ国際法に基づく方法で双方が南海地域の緊張を管理する必要がある」と述べた。…
  アメリカは、表向きは南海情勢の緊張緩和を呼びかけながら、実際には物事を荒だて、中国とASEANを引き裂き、アメリカのプレゼンスを強化し、戦略的利益を拡大することに南海問題を利用しようとしている。

3.南シナ海問題をめぐる米中の力関係

以上のように、8月のASEAN外相会議を場として米中の外交的つばぜり合いが演じられましたが、8月12日付環球時報社説「南海問題において中米は今までのところ引き分け」は、極めて冷静に次のように評価しています。このように、他者感覚を働かせてアメリカを分析することはもちろん、中国自身をも客観視する(丸山眞男流に言えば自己内対話する)視点を徹底させるということは、天動説の支配する日本人の多くにとっては見習うべきところが少なくないと思います。

  今次ASEAN外相会議における中米の得失だけに限って言えば主観が働く余地が大きいが、南海問題での中米間の手合わせは総じて引き分けとするのが比較的信頼できる評価だろう。この引き分け状態というのは、現在の西太平洋における中米の駆け引きの総体的状況でもある。
  アメリカはクリントン国務長官の時から「アジア回帰」を開始し、中国はいささか後れをとった。東海及び南海における潜在的な争点が相次いで表面化し、それらの背後にはすべてアメリカがそそのかす影があった。日本、フィリピン、ヴェトナムなどはこれ見よがしに行動し、中国に対して増長した態度をとり、連合して中国に対する地縁政治上の圧力となってきた。
  しかし数年を経て、中国周辺の情勢に対する「制御困難な感じ」も徐々に狭まり、ぼんやりとではあるが程合いの線が出て来た。釣魚島に関しては、中日双方がかなり危険なゲームの中で軍事衝突のリスクを抑える意向を示し、東海上空をめぐっては激烈な言葉が飛びかってきたが、中日双方において戦争のリスクに対する冷静さが増してきている。南海においては、フィリピンとヴェトナムの憚るところのない挑発の勢いを中国が押さえ込み、西側世論の対中包囲攻撃をもたらしはしたが、中国の主導権は明らかに増大した。
  アメリカの「アジア・リバランス」戦略の第一波とも言うべきエネルギーの放出はほぼ出尽くした。そういったエネルギーとは、アメリカのこの地域への「回帰」とアメリカに中国の台頭のバランスをとって欲しいといういくつかの国々の願望との意気投合、アメリカの実力が引き寄せる信頼感、及び域外大国が備えるもともとの優勢といった類のものだ。この段階においては、アメリカの行動は自由自在で、中国はかなり対応に骨が折れたが、結果としては、米中双方が無制約に自らの戦略を推進するということはできず、おおむね引き分けという結果になった。
  引き分けとなった原因を考えると、アメリカは強大な軍事力、戦略を支える同盟国の存在などがある。しかし、中国は経済的影響力において優勢を占め、地域内の友好国も多く、アメリカの「強」が中国の「近」によって相当程度まで相殺された、と言えるだろう。仮に東アジア諸国に対して一方を選択しろと迫るとしても、結果ははっきりしない。多くの国々にとっては、中米の中間に位置取りをすることが自分たちの利益にもっとも合致するからだ。
  したがって、アメリカがこれからもアジアで中国に難癖をつけようとしても、これまでのようにいくことはあり得ない。中米が南海問題をめぐって互いの競争をエスカレートするとすれば、互いに大量の資源投入を余儀なくされ、願いもしない損失を蒙ることになるだろう。
  指摘する必要があるのは、中国が周辺との関係で行動する上では明確な目標があるということだ。その目標とは国家主権を防衛し、国家がさらに発展するための戦略環境を守るということだ。これらはすべて中国の核心的利益だ。アメリカの「アジア・リバランス」はアジアにおける主動的地位を維持するということであり、アメリカにとってはトップ・プライオリティに達しない核心的利益だ。つまり、中国の決意はアメリカのそれより堅い。
  また、中国は猛烈な勢いで発展しており、実力は不断に高まっている。アメリカはむしろ相対的に衰退をたどっており、中米間のパワー・バランスは年を経るごとに感知されるだろう。西太平洋における中米の駆け引きにおいて、アメリカの全面的優勢は失われようとしているのだ。
  南海における中米の「バランス局面」は長期にわたって持続するだろうが、大きな方向は中国に有利であり、この期間は中米が互いの戦略姿勢を調整する上でのチャンスだ。アメリカは冷静になるべきであり、南海及び東海で中国を陥れようなどという非現実的なことを考えないことだ。アメリカは中国を包囲する「統一戦線」を作り上げることはできっこない。それは、中国が東アジア諸国を動員してアメリカの勢力をこの地域から追い出そうとしてもできっこないのと同じことだ。

4.米中首脳会談に向けた動き

11月に北京でAPEC非公式首脳会議が開催される際に米中首脳会談が行われる予定ですが、その準備の一環として、ライス補佐官が9月7日-9日に北京を訪問することが米中双方によって公表されました。ライス訪中及び米中首脳会談においては南シナ海問題も大きなテーマになるという見方が行われています(例えば9月6日付の中国網掲載の馮創志署名文章「ライス訪中は習近平・オバマ会談のウオーミング・アップ」)。
  また、9月7日にオーストラリアのシドニーで行われた中豪外交戦略対話で、王毅外交部長は南海問題に関して「4つの尊重」が確保されなければならないと発言しました(中国外交部WS)。
この「4つの尊重」という提起は冒頭に紹介した王毅の「双軌思路」の内容をさらに具体化したものと言えます。王毅としては、緊密な米豪関係を踏まえ、明らかにアメリカに伝わることを念頭において「4つの尊重」を提起したものと思われます。中国外交部WSは、「4つの尊重」の内容を次のように紹介しています。

  一つは歴史的事実を尊重すること。南沙のいくつかの島嶼にかかわる関係国間の紛争は歴史的に残されたものであり、この問題を妥当に処理するに当たってはまずは歴史的経緯の真実と根本的な道理の有無を認識するべきであり、そうしてのみ客観性と公正性が確保される。
  第二は国際法規を尊重すること。中国は一貫して国際法及び国際関係の準則の確固とした擁護者であり、実践者である。領土紛争解決の伝統的国際法にせよ、海洋権益処理の海洋法条約にせよ、中国は引き続き果たすべき責任と義務を履行していく。
  第三は当事国間の直接対話・協議を尊重すること。このことは国際的に国家間の紛争を処理する上での慣例であり、国際法の精神に合致するし、南海行動宣言の中にも明確な規定があり、南海の紛争を解決する上でもっとも有効かつフィージブルであることが実践によって証明されている。中国はほかのやり方には賛成しない。
  第四は中国とASEANが共同で南海の平和と安定を維持する努力を尊重すること。中国とASEANは南海の平和と安定及び航行の自由を維持する完璧な能力を有しており、域外諸国の合理的な関心は理解するが、同時に、域外諸国が南海問題で建設的な役割を発揮し、面倒を増やすのではなく手伝ってくれることを希望する。