ウクライナ情勢と大国関係

2014.09.01.

クリミアのロシア編入を契機に最悪の状態に陥った米欧とロシアの関係は、マレイシア機の墜落事件によってさらに険悪化しています。8月26日に行われたロシアのプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領との首脳会談も具体的な成果を生みだすことはありませんでした。しかもその直後から、ウクライナ東部での戦闘の激化も伝えられています。
  とは言え、中国発の報道を見ていますと、事態打開に向けた動きもないわけではないようです。例えば8月31日付の中国新聞網はモスクワ発の記事で同日プーチン大統領が第1チャンネルのテレビ・インタビューで行った発言内容を次のように紹介しています。

  「ロシアのプーチン大統領は、今月26日にウクライナのポロシェンコ大統領と会談した際の一部内容を外部に明らかにした。彼は、ポロシェンコとの間で、平和的方式、交渉によって速やかにウクライナの悲劇を収束すること、いかなるものも、またいかなる時にも、以前のような「武力による権力奪取」という誤りを繰り返すべきではない、という点で共通認識を達成したと述べた。
  プーチンは、「ウクライナ危機は我々すべてのものにとっての極めて大きな教訓であり、したがって、必ず平和的方法により、交渉を通じてこの悲劇を速やかに収束させなければならない。二人はこの点について共通認識に達し、同時に、以前のような「武力による権力奪取」という誤りを繰り返すべきではなく、暴力による権力奪取こそがウクライナの今日の悲劇の始まりであるという認識を共有した」と述べた。
  プーチンは、ウクライナに秋冬の寒い季節が訪れることを考慮し、ウクライナ域内での軍事行動は直ちに停止し、破壊された東南部地域のインフラに対して必要な修繕とメインテナンスを行い、現地民衆を厳寒の襲来から守らなければならないと呼びかけた。プーチンはさらに、「このことについて、ロシア人以外は誰も考慮していないと思う」と述べた。
  プーチンは、東南部の政治組織が速やかにウクライナ当局と交渉を行うこと、交渉は実質的で意義があるものでなければならず、技術的なものであってはならないこと、交渉の目的は如何にして無条件にウクライナ東南部地域の人々の合法的な権益を確保するかということであるべきだと訴えた。
  プーチンは、ウクライナ東南部が緊張と衝突に陥っていることは、人々がおかれた状況のもとでの極めて自然な反応であり、いかなるものも自らの利益を防衛することを希望しており、これは政治情勢が急激に悪化したことの結果であり、いずれの側の合法的権益をも尊重するべきであると考えている。「これらの人々が目の前で殺されているという絶体絶命に陥っている時、ロシアは、指導者であると一般人民であるとを問わず、手をこまねいて見ていることはできようがない。」
  プーチンは、8月下旬のポロシェンコとの会談は極めてよいものであり、「私の見るところ、ポロシェンコは対話を行うことができる相手だ」と述べた。」

同日付の同じくモスクワ発の中国新聞社電は、ロシアの落下傘部隊副司令官の31日の発言として、ウクライナ側がその前の週に越境して捉えた10人の落下傘部隊のロシア人兵士をロシア側に引き渡したこと、ロシアも同日63人の越境したウクライナ兵をウクライナ側に引き渡したことを伝えています。
  やはり同日付の中国新聞網は、ロシア側の報道に基づき、ロシア国防省のアントノフ副部長が、マレイシア機事件に関するニュースが極めて少なくなっていること、しかし必ず事実の究明は行われるべきであり、ロシアとしては今に至るもブラック・ボックスのデータが明らかにされないのはなぜかについて疑問を持っている、と発言したことを伝えました。この記事はまた、8月25日にラブロフ外相が事件発生当時にロシアを非難していた各方面が今や沈黙し、ロシアだけが墜落の真相について関心を寄せていると発言したことをも紹介しました。私もロシア側のこの問題的に共感を覚えます。
  こうした膠着した状況を打開するために、関係各国が、中国に態度表明を行うことによって事態を自分たちに有利な方向に打開することを期待して中国に働きかけていることを認める8月30日付環球時報社説「中国はウクライナの膠着にブレーク・スルーをもたらす決定的要素ではない」が現れました。その内容は、ウクライナ情勢にかかわる大国関係を、例によって他者感覚を十分に働かせて分析するとともに、中国自身はいずれの側に有利なように動く用意がないこと、漁夫の利を得ているアメリカの思いどおりになるのではなく、直接当事者であるロシアとウクライナが互いの立場を踏まえた解決を模索すべきことを強調していることなど、私としてはとても読み応えがありました。以下にその内容を紹介します。

  (ウクライナがロシア軍の侵略を非難したことを指摘した上で)ロシアがウクライナ東部の民兵勢力に対して支援していることは公にされていることであり、ポロシェンコが大統領就任以来正規軍及び重火器を動員して東部を鎮圧し、大量の死傷者を出していることはプーチンとしては受け入れられる可能性は低く、ロシアによる何らかの反撃が起こるだろうことは想定範囲内のことだ。
  ロシア・ウクライナ国境は元はといえば旧ソ連の行政区分に過ぎず、それを跨ぐことは極めて容易であり、ロシアの志願者が同族の武装力を支援するために行ったものか、それともモスクワが組織したものかという違いは外交的には極めて大きいものであるが、別の角度から言えば、いずれの場合でもモスクワがウクライナ、特にその東部に対する影響力を保持する決意を反映するものである。
  プーチンがそういう意思を持っていることはウクライナ危機が始まった当初から極めて明確だったし、米欧の強大な圧力という試練によっても逆に実証された。キエフはプーチンのこの決意を過小評価する誤りを犯してコストを払うことになった。現在の問題は、さらなる経済制裁及び止むことのないモスクワに対する世論戦が次第にプーチンの意思を圧倒することができるかどうかということだ。
  少なくとも現在見るところでは、このような希望は極めて薄い。ロシア経済が直面している困難は近年においてもっとも厳しいものであるが、ウクライナ経済情勢ははるかにメタメタだ。欧州国家が経済制裁によって蒙っている損失も同じように巨大だ。これは正に一人が損をすればすべてのものが損をするという局面だ。今や冬が訪れようとしており、ウクライナ及び欧州の暖房問題はロシアの外貨獲得問題より差し迫っている。
  ウクライナの軍事的対抗を全面的にエスカレートしようとする大国はなく、ウクライナ危機が全面戦争に発展していく可能性は極めて小さい。しかし、ウクライナ及び西側が提起しているウクライナ東部に関する和解条件とロシアの主張とは真っ向から対立している。戦争が拡大することで双方の条件はますます差が広がるばかりだ。
  ロシアの不屈さに対する西側の読みは明らかに過小評価だ。西側は、冷戦に勝利したことで、政治的経済的圧力が持つ効果に対して楽観しており、今回も戦わずして勝つと期待を寄せるものがいる。
  しかし実際は、アメリカを除けば、欧州、ウクライナ及びロシアという三者の中で妥協を拒否するという決意が一番強いのはおそらくロシアだ。欧州の決意はおそらく一番弱いだろう。クリミアの成り行きが示したのは、キエフの決意及び西側の決意の大小がものを言うということだった。
  アメリカという要素は特殊であり、ウクライナ情勢における損失は上記三者に比べてはるかに小さい。グローバルな情勢において他の要素が劇的にアメリカを牽制するということがなければ、ウクライナ情勢においてアメリカが自分の立場を堅持する能力はスーパー・クラスだ。
  対立しているいずれの側も中国がウクライナ情勢について明確な態度表明を行い、情勢を自らに有利な方向に動かすことを希望している。しかし、中国はウクライナ問題に影響を及ぼすカギとなる力はないことを指摘しなければならない。中国が公にいずれの側につくとしても、他の側がそれで屈伏するという決定的な条件にはなり得ない。
  欧州もウクライナもロシアもウクライナ東部の衝突で消耗しているが、ワシントンだけはますます闘志盛んだ。ウクライナ危機によってウクライナの東西側双方が深刻に消耗するということは、アメリカの戦略からすればプラスのほうがマイナスより大きい。したがってワシントンは欧州及びウクライナが妥協することを急がせる気持ちはない。
  ウクライナがどんなにロシアを好きでないとしても、ロシアは引越をさせることができない隣人である。ウクライナが警戒するべきことは、西側がロシアを追い詰める戦略におけるコマとならないことであり、ロシアとしてはウクライナが永久に敵になることを防止するべきであろう。もしもロシアとウクライナがこういう問題の重大な利害をしっかり認識しないのであれば、西側はウクライナ東部における衝突という戦略的糸口が今後も混迷を続けることに賛成することはあっても、反対するはずはないだろう。