東北アジアの平和と安定のカギ・朝鮮半島

2014.08.28.

*朝鮮新報に寄稿した文章を紹介します。

東北アジアの平和と安定のカギとなる朝鮮半島情勢を考える上で注目すべき要素を整理して提示したい。
まず国際的要素。1945年以後の朝鮮半島情勢はアメリカの戦略・政策によって支配されてきたが、そのアメリカが内外の諸要因によってかつてない苦境に立っている。ウクライナ情勢によって米露関係は決定的に悪化した。オバマ政権は経済制裁によってロシアを追い込もうとしているが、プーチン政権が屈伏する兆候は皆無だ。中東問題(イラク、シリア、リビア、パレスチナ、アフガニスタン)でもオバマ政権は進退両難に陥っている。アジア回帰・リバランス戦略に基づく中国「封じ込め」(領土問題での日越比に対する後押し)も、中国の断固とした対応の前に顔色ない。国内の財政的経済的困難も加わり、アメリカが世界一極支配を続けることも強硬な対朝鮮半島政策を継続することも限界に来ている。
2013年に始動した中国の習近平政権は責任ある大国としての国際的役割を担う明確な意思を以て行動するようになっている。朝鮮半島に関しては「(中国の)戸口で乱を起こさせない」(王毅外交部長)政策を打ち出した。ロシアのプーチン政権は、ウクライナ情勢を転機としてアメリカと正面から対峙する政策を明確にし、米欧による厳しい経済制裁に対抗してアジア重視の姿勢を強め、朝鮮との関係強化にも本腰を入れ始めた。朝露関係の変化を集中的に表したのは、朝鮮解放69年に際してのプーチン大統領と金正恩国防第一委員長との間での祝電の交換だ。
しかも中露は、アメリカの覇権主義的一極支配に対抗して、国際関係の民主化を推進する方針を共同で打ち出した(5月のプーチン訪中に際しての「中露全面戦略連携パートナーシップ新段階に関する共同声明」)。この共同声明は朝鮮半島にも言及し、「6者協議再開を推進し、半島地域の長期的安定を実現するために共同で努力する」と述べている。アメリカが主導し、中露が協調することで可能だった国連安保理による対朝鮮制裁の構図からの決別・転換が示唆されたと私は判断している。
明2015年が第二次大戦終結(=日本敗戦)70周年に当たることも見逃せない。中露両国は安倍政権の危険性に警戒感を強めている。上記共同声明は「ドイツ・ファシズム及び日本軍国主義に対する勝利70周年を慶祝する活動を共同で行い、歴史を歪曲し、戦後国際秩序を破壊する企みに引き続き断固反対していく」方針を明らかにした。
「歴史を歪曲…する企み」とは、靖国問題に象徴される安倍政権の歴史認識を指すことは明らかだ。「戦後国際秩序を破壊する企み」とは、日本が降伏に当たって受諾したポツダム宣言が予定した平和で安定した東アジア国際秩序(その中心は日本の徹底した非軍事化及び宣言第8項に基づく領土問題の確定)を日本が突き崩そうとしていることを指す。
次に朝鮮と韓国について。朝鮮は核兵器開発と経済建設の並進路線を貫く方針を繰り返し明らかにしている。特に米韓が「誰それの「核・ミサイルの使用徴候」が捕捉されれば核兵器を含むすべての形態の武力を動員して先制打撃を加えるという」(8月18日付朝鮮外務省スポークスマン談話)「合わせ型抑止戦略」(注)を打ち出し、「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」米韓合同軍事演習を強行する状況に対して、朝鮮は「いくら善良で正当であっても、力がなければ強者のいけにえになってしまうということ、真の平和は自力が強くてこそ守られるということがわれわれの並進路線」(上記外務省スポークスマン談話)だとして、並進路線の堅持を改めて鮮明にした。なお、中露両国との良好な関係を維持することは経済建設を進める上でのプラス要因となる。
朝鮮半島情勢を考える上での最大の可変的要素は、朝鮮が並進路線の一環として進める大陸間弾道ミサイル開発・人工衛星打ち上げ計画だ。朝鮮の人工衛星打上施設が年末までにより大型のミサイル打ち上げ能力を備えるとするアメリカ研究機関の分析結果もある。
したがって、朝鮮解放70周年の2015年に、朝鮮が再び人工衛星を打ち上げる可能性がある。その場合には、アメリカ(及び日韓)が国連安保理で従前と同じ対応を主張することは間違いない。中露が同調すれば、朝鮮の「人工衛星打ち上げ-安保理による非難-朝鮮の核実験」という悪循環が再現してしまう。しかし、アメリカの覇権主義に批判を強めている中露が、宇宙条約で認められている朝鮮の宇宙の平和利用の権利(具体的には人工衛星打ち上げ)を確認する立場に立って拒否権を行使すれば、悪循環の再現ひいては朝鮮半島情勢の緊張激化を防ぎ、東北アジアの平和と安定に向けたモメンタムを増すことに貢献するだろう。
今後の朝鮮半島ひいては東北アジアの平和と安定を考える上では、韓国の動向も無視できない。韓国の対中経済依存度は飛躍的に高まっており、もはや後戻りは考えられない。朴槿恵政権は対露経済制裁にも慎重な立場をとっている(8月末現在)。他方で、「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」米韓合同軍事演習強行に見られるとおり、朴槿恵政権はオバマ政権の硬直しきった対朝鮮政策にのめり込む政策を続けている。しかし、オバマ政権の対外政策の行き詰まりは明らかだし、中露の対朝鮮半島政策が明確さを増せば、国際情勢に敏感な韓国世論が変化し、その変化が朴槿恵政権に対して対朝鮮政策の見直しを迫る圧力を形成する可能性はあるだろう。
最後に日本及び日朝関係について一言。いわゆる拉致問題にかかわる日朝交渉再開は、国内の支持つなぎ止めを狙う安倍政権の姑息な打算と、国内経済建設のために日本の経済制裁措置の緩和を引き出し、ひいては在日朝鮮・韓国人の投資を可能にする道筋をつけたい朝鮮側の戦術的アプローチとの呉越同舟の産物であって、それ以上の何ものでもないと私は判断している。政権延命のためにはアメリカの機嫌を損じることも厭わないが、日朝国交正常化という大義のために日米関係をまな板の上に乗せるという政治的決断力は持ち合わせないのが安倍政権だ。朝鮮はその点を見極めた上で経済建設のための実利外交に徹しているのだろう。したがって、安倍政権下の日本が朝鮮半島ひいては東北アジアの平和と安定に対して主体的に関与していく可能性は残念ながらゼロと言わざるを得ない。
(注)私自身はtailored deterrenceの訳としては、「合わせ型抑止戦略」よりも「狙い撃ち抑止戦略」が適当と考えている。