習近平の韓国訪問

2014.07.13.

1.「朝鮮訪問に先立つ韓国訪問」であることが特別の意味を有するのか?

中国の習近平主席は7月3-4日に韓国を国賓として訪問しました。これは、韓国の朴槿恵大統領が2013年に中国を国賓として訪問したことに対する答礼訪問としての意味を持っています。しかし、中国国内を含め、今回の韓国訪問が朝鮮訪問に先立って行われたことをもって中国外交における韓国と朝鮮の位置づけが変化した証左だとして強調する論調が目立ちました。
 しかし、中韓国交樹立は1992年8月ですから、その時以後の中国、韓国及び朝鮮の最高指導者は、中国の場合は鄧小平(~1992年)、江沢民(1993年~2003年)、胡錦濤(2003年~2013年)、習近平(2013年~)、韓国の場合は金泳三(1993年~1998年)、金大中(1998年~2003年)、盧武鉉(2003年~2008年)、李明博(2008年~2013年)、朴槿恵(2013年~)、朝鮮の場合は金日成(~1994年)、金正日(1994年~2012年)、金正恩(2012年~)であり、中韓、中朝の最高首脳の相互訪問のケースもごく限られたものでしかありません。
 私は中韓・中朝関係の詳細かつ正確な年表を持ち合わせていませんので、ネット検索に基づく大まかかつ正確さには明らかに問題がある事実関係に基づいて判断する以外にありません。そのことをお断りしてのことなのですが、1994年3月に金泳三大統領が訪中したのに対して、1995年11月に江沢民主席が訪韓を行っており(1998年11月には金大中大統領の訪中もあり)、江沢民主席の訪朝は1998年11月になってからですから、上記のような「うがった解説」は明らかに事実に基づいたものではありません。
 胡錦濤時代の韓国の大統領は盧武鉉と李明博、朝鮮の最高指導者は金正日です。この時は、2003年7月に盧武鉉大統領が訪中し、2004年4月に金正日国防委員長が訪中(金正日は2006年1月にも訪中)し、胡錦濤主席は2005年10月に訪朝した後、翌11月に訪韓しています。
李明博時代について見れば、2008年5月に李明博が訪中し、同年8月には胡錦濤が訪韓しています。中国首脳の訪朝としては、2009年10月に胡錦濤ではなく温家宝首相が訪問しています。2006年10月に朝鮮が最初の核実験を行って以後、中朝関係は複雑化するわけですから、胡錦濤が訪朝を控え、温家宝を訪問させたということは理解できます。
以上の事実関係を踏まえる限り(ネット検索に基づく事実関係なので、間違っている点がある場合はお詫びします)、中国首脳が訪韓に先立って訪朝するというケースは胡錦濤-盧武鉉時代の1回だけであって、江沢民-金泳三、胡錦濤-李明博時代には当てはまらないのです。したがって、習近平が朝鮮に先立って韓国を訪問したことを過大に重視する見方には、私としては大きな疑問を付さざるをえません。私としては、やはり朝鮮半島情勢の全体的脈絡のなかで習近平の韓国訪問の意味を考える必要があると思います。

2.朝鮮半島非核化問題

習近平の韓国訪問の内容は多岐にわたりますが、ここでは朝鮮半島非核化問題にかかわる部分の内容を見ておきたいと思います。

<首脳会談>
習近平と朴槿恵の首脳会談に関する中国外交部ウェブ・サイト(WS)の発表文によりますと、朝鮮半島問題に関しては次のように紹介されています(強調は浅井)。

両国元首は朝鮮半島情勢について突っ込んだ意見交換を行った。習近平は次のように強調した。中国は半島問題については客観的かつ公正な立場を堅持しており、確固として半島の非核化実現に力を尽くし、確固として半島の平和と安定の維持に力を尽くし、確固として対話と協議を通じて問題を解決することに力を尽くしている。我々は、各国の関心の釣り合いの取れた解決を行うべきであり、同歩対等の方法を通じて朝鮮の核問題を持続可能で、不可逆的で、実効性ある解決プロセスに組み込むべきだと考える。現在の半島情勢には多くの不確定性が存在しており、関係国は共同して情勢を妥当にコントロールし、緊張を回避し、制御不能となることを防止し、大きな波乱が再び起こらないようにするべきである。中国は朴槿恵大統領が提唱した半島信頼プロセスを積極的に評価し、南北の関係改善、和解協力の実現、最終的な自主平和統一の実現を支持する。
朴槿恵は次のように述べた。韓国は、半島信頼プロセスを通じて南北間の相互信頼を構築し、南北の和解実現を推進し、半島の平和を維持することを希望する。韓国は、和解を勧め交渉を促す中国を高く評価し、中国との協力を強化し、半島非核化という目標の実現を推進し、北東アジアの平和、安定及び繁栄を促進することを願っている。
双方は、以下の4点の共通認識を達成する。第一、半島の非核化実現及び半島の平和と安定の維持は6者協議メンバー国の共同の利益に合致し、関係国は対話と協議を通じて問題の解決を行うべきである。第二、6者協議メンバー国が2005年9月19日に達成した共同声明及び国連安保理の関係決議は確実に履行されるべきである。第三、関係国は、確固として6者協議プロセスを推進し、バイ及びマルチの意思疎通及び協調を強化するべきである。第四、6者協議メンバー国は共通認識を凝集して6者協議再開のために条件をつくり出すべきである。双方は、6者協議団長が様々な方式によって有意義な接触と対話を行い、半島非核化を推進するために実質的進展をえるべく努力を行うことを支持する。

習近平発言の強調部分は、中国が無原則に韓国と協調せず、朝鮮の立場に十分配慮した発言を心掛けたことを示すものです。特に、「各国の関心の釣り合いの取れた解決」、「同歩対等の方法」、「持続可能で、不可逆的で、実効性ある解決プロセス」という表現はこれまでの中国側の発言からさらに一歩踏み込んだものであり、朝鮮の立場を無視した問題解決はあり得ないことを明確にしたものだと私は受けとめます。
もっとも習近平が示した立場については、2点において朝鮮としては受け入れることができない要素を含んでいます。 一つは、習近平が朴槿恵の提唱する半島信頼プロセスを積極的に評価することを再確認した点です。朝鮮は朴槿恵のこの提案を正面から批判しています。
もう一つは、4点の共通認識の中で、9.19合意とともに、国連安保理の関係決議を確実に履行するべきだとした点です。これまでのコラムの中でも繰り返し指摘してきたことですが、朝鮮の核ミサイル実験を非難し、制裁することを決めた安保理諸決議は、宇宙条約で万国に承認されている宇宙開発の権利を否定するもので無効であるはずですし、価値判断は別として、IAEAから脱退している朝鮮の核実験を規制する国際法上の枠組みもないわけです。中国が安保理決議成立に加担したこと自体に重大な問題があるのであって、その点を習近平体制が深刻に認識しない限り、せっかくの上記習近平発言も大きく意味が削がれることになってしまうと思います。

<共同声明>
7月3日に発表された共同声明は、全文10項から構成されていますが、第6項及び第7項が朝鮮半島情勢に当てられています。その内容は次のとおりです。

6.双方は、半島における核兵器開発に反対する確固たる立場を再度確認する。
双方は、半島の非核化の実現及び半島の平和と安定の維持は6者協議メンバー国の共同の利益に合致し、関係国は対話と協議を通じて以上の重大な課題を解決するべきであると一致して認識する。
双方は、半島の非核化を実現するため、関係国は確固として6者協議プロセスを推進するべきであると一致して認識する。双方は、6者協議団長が様々な形で有意義な対話を行い、半島の非核化を推進するために実質的な進展を得るべく行っている努力を支持する。
7.韓国側は、半島信頼プロセスを通じて南北間の相互信頼を構築し、それによって南北関係の発展を推進し、半島の平和を維持することを希望していると述べた。韓国側は、韓朝住民の人道主義問題の解決に力を尽くし、民主的領域の社会基盤の建設を行うことによって南北の共同の繁栄を促進し、南北双方の民族的アイデンティティを回復し、半島の平和統一及び北東アジアの共同の繁栄のために貢献を行うことを協調した。
中国側は、韓国が南北関係改善のために力を尽くしていることを積極的に評価するとともに、半島の南北双方が対話を通じて関係を改善し、和解と協力を進めることを支持し、朝鮮民族の半島の平和統一実現という願いを尊重し、半島が最終的に平和的統一を字つげ塗ることを支持すると表明した。
この地域の平和、協力、相互信頼及び繁栄を実現するため、双方は、バイ及びマルチの協力を強化し、半島における地域的協力を探究することに同意した。

共同声明の内容と首脳会談における習近平発言とを比較するとき、以下の2点が気になります。
一つは、習近平発言の中の私が注目した上記の積極的要素が共同声明ではまったく反映されていないことです。安易なスペキュレーションは行わないというのが私の信条ですが、韓国側の抵抗があって共同声明に反映されなかったのであろうことは容易に想像できることです。
二つ目は、朴槿恵の信頼プロセスについての言及が韓国側の発言として顔出ししていることです。首脳会談では習近平が積極的に評価したのですから、この書き方は奇異に感じられることです。しかも、9.19合意及び安保理決議、さらには4点の共通認識達成への言及もありません。韓国側が習近平の積極的な発言に同調しなかったので、中国側としては、信頼プロセス及び安保理決議での対韓支持踏み込みを、公式の共同声明では避けることでバランスをとったと見ることも可能だと思います。

<王毅外交部長の対随行記者ブリーフィング>
王毅外交部長は7月4日に、習近平訪韓について随行記者団に対してブリーフィングを行いましたが、朝鮮半島問題については次のように述べました(強調は浅井)。

韓国は朝鮮半島の一方であり、半島は中国の戸口にあるから、両国は半島問題について重要な共同の利益があり、多くの共通の見方もあるから、習近平は朴槿恵と立ち入った意見交換を行った。習近平は、中国が対話を通じて半島核問題を解決し、各国は忍耐心と冷静さを保つべきであり、積極的に対話と接触を行い、互いに善意を示しあい、互いの関心に配慮するべきであると主張していることを強調した。習近平はまた、半島南北が関係を改善し、最終的に自主平和の統一を実現することを中国が支持すると重ねて述べた。習近平の主張は対処療法と根本治療を兼ね備えたものであり、各国の立場を考慮し、短期的なことに着眼するとともに、長期的な目配りも行うものであって、中国が一貫して堅持している客観的で公正な立場を体現している。
韓国側は中国の平和を進め交渉を促す立場を高く評価し、中国との意思疎通及び協調を強化することを希望した。
両国元首はこの点に関して4点の重要な共通認識を達成した。すなわち、半島の非核化実現並びに半島の平和及び安定を維持するという目標を一致して強調し、6ヵ国が達成した9.19共同声明を遵守履行すべきことを一致して強調し、非核化プロセスを推進し、各国の関心を解決することを堅持することを一致して強調し、6者協議再開の共通認識を固めるために条件を創造することを一致して強調した。この4点の共通認識は、6者協議が中断して以後、6ヵ国の間で達成された重要な共通認識であり、中心思想は積極的であり、内容はバランスが取れており、今後、半島情勢の緩和を推進し、6者協議を再開するために積極的な役割を発揮するに違いない。

王毅発言についても以下の点に留意する必要があるでしょう。
一つは、習近平発言の積極的な要素についての紹介が控え気味になっていること(「互いに善意を示しあい、互いの関心に配慮するべきである」)です。もう一つは、共同声明に盛り込まれなかった4点の共通認識を、その内容を詳しく説明して重要性を強調していることです。

<朴槿恵発言>
 ちなみに、7月7日付で中国網が掲載した国防大学の李大光教授署名文章では、首脳会談後の共同記者会見の席上、朴槿恵は「朝鮮の非核化実現に努力し、朝鮮が核実験を行うことに断固反対することで、双方が共通認識を達成した」、「朝鮮の核問題は北東アジアの共同の繁栄を実現する上での「障害物」であって遺憾なことだ」と述べたと紹介しています。
 朴槿恵がそのような発言を行ったかどうかは確認できていないのですが、習近平の首脳会談における発言内容から判断する限り、朝鮮を狙い撃ちにした「共通認識達成」に中国が同意することは極めて考えにくいことです。

3.日本関係

日中関係及び日韓関係が緊張している中で、中韓首脳会談において日本問題がどのように扱われるかにも関心が寄せられました。事実関係だけ確認しておきます。

<首脳会談>
習近平は、朴槿恵との首脳会談において、中韓が重点的に努力を行うべき分野として4点を挙げましたが、その第4点目は地域及び国際問題で中韓協力を深めることに関するものでした。その中で日本問題について中韓が共同歩調をとることを求めました。中国外交部WSの発表によれば、習近平は次のように述べました。

 第四、地域及び国際問題における(中韓)協力を深めること。…明年は世界反ファシズム戦争勝利70周年であるとともに、中国の抗日戦争勝利及び朝鮮半島光復70周年でもあり、双方は記念活動を行うことができる。

中国外交部WS発表文は朴槿恵の反応について何も触れていません。また、共同声明にも何も言及されませんでした。しかし、7月4日に習近平と朴槿恵が再度会見した際、再び中国外交部WSの発表文によりますと、朴槿恵は次のように述べたと紹介されています。

 朴槿恵は次のように述べた。明年は世界反ファシズム戦争勝利70周年であり、朝鮮半島光復70周年でもある。それは韓中両国にとっても、アジア各国にとっても極めて意義がある一年である。韓中は相似た歴史的境遇にあり、両国は関係する問題について共同研究を積極的に進めることができる。

<ソウル大学講演>
 また習近平は7月4日にソウル大学で行った講演の中で、歴史問題について次のように発言しました。

 歴史上、危難に直面した時、中韓両国人民は相互に助け合い、苦難を共にした。400年以上前に壬辰倭乱(豊臣秀吉の朝鮮侵略)が起こったとき、両国の軍民は共通の敵に対して一致して対処し、肩を並べて戦った。明の鄧子龍将軍と朝鮮王朝の李舜臣将軍は、露梁海戦においてともに殉職し、明軍の統帥・陳璘の子孫は今日韓国に住んでいる。
 20世紀前半に日本軍国主義は中韓に対して野蛮な戦略戦争を発動し、朝鮮半島を併合し、中国の国土の半分を占領し、中韓両国に塗炭の苦しみを味わわせ、国土は荒らされた。抗日戦争の火が燃えさかった年月において、両国人民は生死を分かち合い、全力で助け合った。中国国内にある「大韓民国臨時政府旧址」、上海の尹奉吉義士を記念する梅軒、西安の光復軍駐屯地旧址などは、当時の感動的かつ忘れることのできない歴史の生き証人である。