オバマ軍事戦略の致命的な問題点

2014.06.26.

5月11日付の「コラム」で、オバマ大統領がウェストポイント陸軍士官学校卒業式で行った演説内容について紹介しました。日本国内ではほとんど取り上げられてもいない(そのこと自体が私には不可解です)のですが、世界的にはかなり注目されており、しかも、この演説で示された「オバマ・ドクトリン」の内容について厳しい評価が行われていることに気づきます。ここでは、私が読んだ3つの文章の内容を紹介する形で、オバマ・ドクトリンの致命的な問題点を紹介します。それぞれかなり長い文章ですので、さわりの部分だけの紹介になることをお断りします。

1.ブルース・アッカーマン&松平徳仁「不正直者・安倍 なぜ我々は憲法を変えようとする日本の首相について深刻になるべきなのか」

ブルース・アッカーマン(Bruce Ackerman)はイエール大学教授、松平徳仁は神奈川大学准教授です。この文章は、6月24日付の『フォリン・ポリシー』ウェブ・サイトに掲載されたものです。ウェストポイント演説そのものにかかわるものではありませんが、オバマが唱えてきたアジア・リバランス戦略においてカナメと位置づけられている日米同盟の強化、そのための日本の軍事的役割増大を必要不可欠とするオバマ政権が、安倍政権が強引に進めている第9条解釈改憲を批判しないどころか、歓迎表明(シャングリラ対話フォーラムにおけるヘーゲル国防長官発言)すらしていることに対して、「そのような受け身姿勢を続けるならば、将来に向けたアメリカのアジア政策の道義的基礎が損なわれる」として、正面からの批判を行っています。個々の論点はともかく、安倍政権の「憲法クーデター」という暴走を許すオバマ・ドクトリンの危険性を単刀直入に批判している点は高く評価できます。

 アメリカ政府の目の前でイラクが崩壊しつつあるとき、不吉さでは劣らない日本のニュースを同政権は無視している。国際的注目を引いていないが、安倍首相は、特別の国民投票による日本国民の支持を得ないままで憲法の根本を無効にしてしまう、憲法クーデターを行おうとしている。このクーデターが成功してしまうならば、日本のリベラル・デモクラシーの遺産をさらに破壊することを許す先例を作ることになる。これまでのところ、オバマ大統領は抗議もせずに安倍がそうすることを許している。しかし、これ以上そのような受け身的姿勢を続けるならば、将来に向けたアメリカのアジア政策の道義的基礎が損なわれるだろう。
 憲法は、首相が経済上の成功による人気を利用して根本的な諸価値に対して革命を企てることを許していない。しかも選挙民は圧倒的に安倍の解釈改憲キャンペーンに対して反対している。権威ある共同通信の6月の世論調査では、世論の55%が安倍の動きに反対しており、それは5月の48%よりアップしているのだ。
 安倍は内閣法制局に圧力をかけて従来の憲法解釈を変えさせようとし、法制局は今や、集団的自衛権の名のもとに広範な先制的軍事行動を可能にするように第9条の解釈を変えようとしている。このような先制的攻撃は、国連憲章第51条で認められている自衛の範囲をも大幅に超えるものであり、第9条に言う「武力による威嚇又は武力の行使」の禁止を根こそぎにする。
 第9条に関してはさらに重要なことがある。この憲法はアメリカの占領下で作られたものであるが、安倍が一方的に、国民投票という要件を無視して憲法を変えてしまうならば、さらなる憲法クーデターへの恐るべき先例を作ってしまうだろう。4月の訪日の際の記者会見でオバマが残した誤った印象を打ち消すために、ケネディ大使は、アメリカは第9条と完全に一致する限りでの軍事協力のみを支持することを明らかにするべきだ。さらにオバマ政権としては、他のアジア諸国による目先の挑発に対処するために日本の助けを優先するべきではない。この地域における成熟した民主国家としての日本の地位を確かなものにすることの方がはるかに重要である。それ以外のことは受け入れられない。

2 .ハリー・カジアニス「中国と日本が戦争になったら、アメリカはどうするのか」

ハリー・カジアニス(Harry J. Kazianis)は、雑誌National Interestの編集長で、この文章はthe Lowy Institute Interpreterなる雑誌に掲載されたものらしいですが、6月21日付でNational Interestのウェブ・サイトに転載されました。その出だしは、2015年3月1日に尖閣周辺で日中の軍事衝突が起こったという仮想の事件を生々しく描いて見せた上で、訪日したオバマが日米安保条約の尖閣への適用を明言したことを踏まえ、この仮想の事態に対してオバマは何をするのだろうかと問いかけて、以下のように述べています。

 中身よりも退屈な理想主義を好んだウェストポイント演説から、(オバマが何をするかについて)ハッキリした答が出せるものはいるだろうか。それはなぜかといえば、アメリカのアジア・リバランス戦略の根幹そのものに致命的な欠陥があるからだ。ほとんどのアメリカ人が地図上で見つけられもしない岩礁を守るためにアメリカ人兵士は命を捧げるべきだと、オバマはアメリカ人に対して本気で正当性を訴えるだろうか。もはや2年半しか任期が残っていない、政治的資産が限られたオバマが、アメリカの国益に合致しないと多くの人が言うだろう紛争のために本気になるだろうかということだ。別の言い方をすると、尖閣に対して中国がハッキリした形で侵略でもしない限り、オバマは日本を無条件で支持するだろうか。より一般的に言えば、どういう状況のもとにおいてならば、アメリカはアジアを助けに行くのだろうか。
 シャングリラ対話フォーラムにおける安倍首相の(中国に対するむきだしの敵意を示した)対応や、地域的及び世界的により大きな役割を担うことを考えるようになったオーストラリアの態度は、アメリカにその気持ちがあるとしても、いざという時には条約上の同盟国のためであっても動く意思はないと判断しているからかもしれない。
 平均的なアメリカ人はどう反応するだろうか。シリアにおけるアメリカの軍事行動を支持しないアメリカ人が、尖閣その他の紛争がある島や珊瑚礁のための戦争を支持するだろうか。アジアにおけるステータス・クオが洗いざらい失われるような、アメリカの国益が危殆に瀕するときであれば、もちろん支持するだろう。しかし、迅速なサウンド・バイト及び激しいソーシャル・メディアの時代に、尖閣、珊瑚礁、あるいは分けのわからない国際秩序なるもののためにアメリカ人が命を投げ出す用意があるだろうか。
 アメリカはアジアに対する対外政策をリバランスしなければならないし、アメリカ人の命が失われず、あるいは、ありそうもないことだが条約上の同盟国が正真正銘の侵略に直面するときには、同盟国を助けに行くべきだ。しかし、アジア太平洋のアメリカの同盟国は、地域に対するアメリカのリバランスの限界を理解しなければならない。その理解がないと、アジアは危機において慌てふためくことになるだろう。

3.アミタフ・アチャリャ「もはや単極に非ず オバマ・ドクトリンと台頭する諸国」

アミタフ・アチャリャ(Amitav Acharya)は、インド生まれのカナダ人でアメリカン大学教授です。この文章は6月19日付のWar on the Rocksという「リアリズムに基づいて対外政策及び安全保障問題に関する分析の場を提供することを目的としている」ウェブ・サイトに掲載されたものです。この文章は、オバマ・ドクトリンには、軍事力の選択的行使と世界におけるアメリカのリーダーシップという二つの要素があることを指摘した上で、アメリカのリーダーシップ確保に執着するオバマの戦略は、アメリカの国内政治事情、リーダーシップ発揮の前提となる資源上の問題、そして世界の力関係において起こっている変化の3点に基づいて、根本的な問題があることを指摘する内容です。以下は、世界の力関係の変化はアメリカの単独支配をもはや許さないことを指摘した部分です。

 他の国々が急速に台頭していることにより、アメリカの「一極体制」は終わり、パックス・アメリカ-ナは急速にしぼみつつある。しかも、アメリカにとって、BRICS等の台頭する諸国との関係が大きな問題となっている。ロシアのクリミア併合及び中国の東シナ海での動きを受けて、オバマ政権の政策は和解から対抗へと重点が移っている。その結果、オバマ・ドクトリンは軍事力の選択的使用だけではなく、台頭する諸国に対する選択的封じ込めになってきた。
 オバマはアメリカのリーダーシップのもとにおける集団的行動の重要性を強調するが、台頭する諸国からすれば、集団的行動に関して2つの問題がある。一つは相手だ。NATOは昔からの相手で問題はないだろうが、アメリカは台頭する諸国の言うことに耳を傾ける用意があるのだろうか。クリミア問題に関する国連総会での投票で、BRICSすべてがアメリカに同調しなかったことからも、これは極めて難しいということになるだろう。
 もう一つの問題は、リーダーシップの担い手はどうなるかということだ。アメリカが常に仕切るというオバマ・ドクトリンの前提に関しては、アメリカの同盟国はともかく、アメリカの言うことに常に賛成するわけではない国々が自分たちの考えに基づく集団的行動を提案したときに、アメリカはリーダーシップの共有という原則を受け入れる用意があるのか。ここには、アメリカのリーダーシップにおけるレトリックと現実との間に巨大なギャップがある。
 世界が変わってきたように、その構造も変わらなければならない。国際的な諸制度を時代の要請に即して変えていくことはアメリカのリーダーシップのもっとも重要な内容にならなければならない。オバマからはその点に関して絶望的なまでに具体的な提案がない。しかし、今日の錯綜した世界を安定化させるための集団的行動に求められているのはリーダーシップの共有であって、アメリカの単独支配ではない。