ウクライナ情勢を受けたオバマ政権の軍事戦略再表明

2014.06.15.

オバマ政権は、ウクライナ危機特にクリミアのロシア編入に対してなんら有効な対策を講じることができなかったことに関し、アメリカ国内から厳しい批判を浴びています。
オバマ政権の軍事戦略に対するアメリカ国内の批判は、実はウクライナ危機以前から顕在化していました。特に、シリア内戦に際してアサド政権の打倒を目指したオバマ政権が、シリア国内の反アサド勢力の武装闘争を支援するために、シリアに対する空爆作戦を実行しようとしたとき、ロシアのプーチン大統領がアサド政権による化学兵器全廃の約束と引き替えにアメリカの空爆作戦を押しとどめたことは、プーチンの外交手腕を際立たせると同時に、オバマ政権の優柔不断と後手後手に回る政策的稚拙さをも浮き彫りにしました。
ロシアによるクリミア併合に対してオバマ政権がなんら有効な対抗策を講じ得なかったことは、ロシアと国境を接する東欧諸国(その多くは自国の安全保障を期してNATOの東方拡大に進んで身を委ねている)から、「果たしてアメリカ(及びNATO)は、いざという時に自分たちを守る決意があるのか」という深刻な懸念を呼び起こしました。その懸念はアジア太平洋地域(APR)諸国のいわゆる親米政権当事者にも共有されることになっています。言うまでもなく、欧州正面のロシアに対応するのはAPR正面の中国です。
こうして、オバマ政権は東西の同盟諸国の対米懸念を払拭するために、アメリカの確固とした軍事戦略を明らかにする必要に迫られました。5月28日にオバマ大統領が陸軍士官学校卒業式で行った演説は以上の背景のもとで行われました。また、オバマ演説の直後の5月31日には、ヘーゲル国防長官がシンガポールのシャングリラ対話フォーラムで、アメリカの対APR軍事戦略に関する演説を行いました。両演説は、オバマ演説が軍事戦略を全般的に述べたものであるのに対して、ヘーゲル演説はオバマ政権の看板であるアジア・リバランス戦略について敷衍したものという関係に立ちます。
私たちが両演説に関してチェックする必要があるのは、次の2点です。
第一、果たして両演説は同盟諸国の対米懸念を払拭するだけの内容があるのか。
第二、そもそも、オバマ政権にはウクライナ危機で露呈された、「米ソ冷戦終結後のアメリカによる軍事的世界一極支配構造が、今や中露をはじめとする新興諸国によって根底から疑問視され、異議申し立てが行われている」という国際情勢の構造的変化(少なくともそういう変化に向けての胎動)に関する認識があるのかどうか。
また、ヘーゲル演説は、安倍政権が進めようとしている集団的自衛権行使を「可能」とするための第9条解釈改憲の狙いが奈辺にあるかについて、アメリカのホンネを示している点でも注目すべき内容があります。
以下では、以上3点に関して、オバマ及びヘーゲルの発言を紹介しつつ、私なりのコメントを加えようと思います。なお、末尾に両演説の要旨を紹介しておきます。

1.オバマ政権の国際情勢認識の危うさ・怪しさ

オバマ政権の国際情勢認識は、次のオバマの言葉に凝縮されています。

「世界は加速的に変化しつつある。そのことはチャンスであると同時に新たな危険を提起している。9.11以後、テクノロジーとグローバリゼーションは、かつては国家の独占物だった暴力を個人の手にも渡し、テロリストの能力を高めた。ロシアの旧ソ連邦諸国に対する侵略は欧州諸国を脅かしている。中国の経済的台頭及び軍事的拡張は近隣諸国を悩ませている。ブラジルからインドまで、台頭する中産階級は我々と競い、諸国政府は世界における発言力の増大を追求している。30年前だったらほとんど注目もされなかった内戦や破産国家や人民の蜂起が四六時中ニュースを賑わしている。」

私が、以上のオバマの発言について注目するのは2点です。
一つは、21世紀国際関係を特徴づける国際的相互依存の不可逆的進行(それはアメリカがもはや一国主義を追求し、世界覇権にしがみつくことを時代錯誤にしている)に対する認識のかけらも見られないということです。したがって、このようなリアリズムが欠落する国際情勢認識からは的確な政策を打ち出す可能性は生まれ得ないことが分かります。後で指摘するように、オバマが追求するのは、100年後もアメリカが世界の中心に君臨して世界を牛耳るとする、今や前世紀の過去の遺物としか言いようのない、むきだしの力による政治(power politics)になるのは当然です。
今一つ私が注目したのは、ロシア及び中国を脅威扱いしていることです。確かにクリントン政権以来のアメリカが措定した旧ソ連に代わる脅威としての「様々な不安定要因」の中には、非伝統的脅威(その典型がテロリズム)をメインとしつつも、伝統的脅威としての国家から来る脅威も含まれています。しかし、上記オバマ発言ほど明確に、ロシア及び中国を「脅威扱い」したものは、管見による限り珍しいことです。
それはやはり、NATO軍によるユーゴ空爆、リビア内戦に対するNATO軍介入とカダフィ抹殺などを経験して、安易な対米欧協調は国際関係の基盤を揺るがすという危機感を深めた中露両国(中露が目指す国際関係のあり方に関する基本的考え方は、5月27日付のコラム「プーチン訪中と中露戦略連携パートナーシップの新段階」参照)が、ウクライナ危機に際して正面からアメリカに待ったをかけたことに対するオバマなりの正直な反応だと思います。ここでは、国際関係の民主化を前面に押し立てる中露両国を、力による政治の旧思考にしがみつくオバマが、アメリカの覇権に挑戦する「脅威」としか考えられない姿を反映しています。
ちなみにヘーゲル演説における次のくだりも、オバマの中国を脅威視する認識と連動していることが明らかです。

「APRは深刻な脅威に直面している。南シナ海及び東シナ海では領土及び海洋紛争、北朝鮮の挑発的行動及び核ミサイル計画、気候変動及び自然災害という長期的挑戦、サイバー攻撃(浅井注:サイバー攻撃は常に中国からのものとされている)がある。」

なお、私がオバマの国際情勢認識にリアリズムが完全に欠落していると強く感じたのは、シリア及びウクライナ問題に関して、自己の行動を美化、正当化することに汲々としている次の発言に呆れかえったときでした。

-「(シリアに関して)簡単な答、軍事的解決はない。私はアメリカ軍を送り込まない決定を行ったが、そのことは、独裁者に対して立ち上がったシリアの人々を助けないということではない。自らの将来を選ぼうとする人々を支援しつつ、混乱の中に紛れ込んでいる過激派を食い止めようとしている。テロリスト及び独裁者に対する最善の選択肢となるシリア反対勢力に支持を提供するよう、議会とともに行動する。」
-「ウクライナにおけるロシアの最近の行動は東欧にソ連の戦車が侵入した日々を思い起こさせる。しかし冷戦ではない。世界世論を形作ることでロシアを直ちに孤立させることができた。アメリカの指導力によって世界は直ちにロシアの行動を非難した。欧州及びG7は制裁に加わった。NATOは東欧同盟国に対するコミットを強化した。IMFはウクライナ経済の安定化に協力している。OSCE監視団は世界の目をウクライナの不安定な地域に向けさせた。世界世論及び国際機関を動員することにより、ロシアの宣伝及び国境に展開したロシア軍を牽制した。」

2.オバマ軍事戦略の説得力

同盟諸国の対米懸念を念頭においたオバマの軍事戦略のポイントは、オバマの発言を抜き書きすれば、次の諸点となります。

-「アメリカは常に世界をリードしなければならないということだ。アメリカ以外には誰もいない。アメリカ軍はその指導力のバックボーンだ。しかし、アメリカの軍事行動は、いかなる場合にもアメリカの指導力の唯一の要素でもなければ、主要な要素ということでもない。軍事行動に伴うコストは巨大であるがゆえに、それを如何に使用するかについて明確な判断がなければならない。」
-「核心的利益が要求するとき、つまり、アメリカ人が脅かされ、その生活が危殆に瀕し、同盟国の安全が危険にあるときには、アメリカは必要であれば単独ででも軍事力を行使する。…国際世論は重要だが、アメリカ人、母国あるいはアメリカの生活スタイルを守るために許可を求めるようなことはすべきではない。」
-「世界的な関心のある問題であってもアメリカに対する直接の脅威とならないもの、我々の良心を揺さぶり、または、世界をより危険な方向に導きはするがアメリカの直接の脅威とはならないものに関しては、軍事行動を執るかどうかの敷居は高くしなければならない。そういうケースでは、アメリカは単独行動を執らず、同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない。」

「アメリカは常に世界をリードしなければならない…。アメリカ軍はその指導力のバックボーンだ」と言い放つオバマが力による政治の旧思考にしがみついている本質は明らかです。しかし、その旧思考は同時に諸刃の刃でもあります。なぜならば、「アメリカに対する直接の脅威とならない」とアメリカが判断する(同盟国ではない!)時には、「軍事行動を執るかどうかの敷居は高くしなければならない」ということになるからです。
確かにオバマは、アメリカが単独ででも軍事力を行使する「核心的利益が要求するとき」の中に「同盟国の安全が危険にあるとき」を含めてはいます。しかし、「アメリカに対する直接の脅威とならない」ケースでは「アメリカは単独行動を執らず、同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない」としていることに重点があるのは明らかです。
そのことをさらに具体的に表明しているのが、ヘーゲルの次の発言です。中国をハッキリと脅威扱いしながらも、それに対抗する手段は「強固で協力的な地域的な安全保障構造」だとしており、それはオバマの「アメリカは単独行動を執らず、同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない」という発言を裏書きしているのです。

「この地域が直面している最大の試練の一つは、紛争を外交及び確立した国際的ルール・規範を通じて解決するか、脅迫・侵略によって解決するかの選択だ。この問題がもっとも際立っているのは、APRの心臓であると同時に世界経済の交差点でもある南シナ海である。最近数カ月来、中国は、南シナ海における権利を主張して、安定を損なう一方的な行動をとっている。アメリカは領土問題については立場をとらないが、権利を主張するために脅迫、強制、武力の威嚇を行うことに対しては、いかなる国によるものであれ断固反対する。アメリカはまた、飛行または航行の自由を制限する試みに対しては、いかなる国によるものであっても反対する。国際秩序の基本原則が挑戦を受けるとき、アメリカはよそ見しない。
 中国を含む地域のすべての国々は、安定した地域の秩序のもとで団結し、これにコミットするか、これにコミットしないで平和と安全を阻害するかのいずれかを選ぶことだ。アメリカは、緊張を弱め、国際法に従って紛争を平和的に解決する国々の努力を支持する。問われているのは主権や天然資源だけではない。問われているのはAPRの規則に基づく秩序の維持だ。その秩序を守るためには強固で協力的な地域的な安全保障構造が必要だ。」

3.安倍政権の集団的自衛権行使踏み込みに対するアメリカの期待

ヘーゲル演説の次のくだりは、リバランス戦略の具体化として、アメリカが日米同盟を基軸として中国のプレゼンス増大に対処することを主眼とする「恒久的な安全保障共同体」づくりを鋭意推進してきたことを自ら認めています。

「過去一年間、アメリカはAPR諸国とともに地域の諸制度を強化してきた。この地域的な仕組みは、共通の挑戦に対する解決の分担(shared solutions to shared challenges)によって強力にして恒久的な安全保障共同体を作り、集団的で多国間のオペレーションが例外であるよりは標準となるようにすることを可能にするものだ。」

日本がアメリカの対APR軍事戦略の中心に据えられていることは、ヘーゲルの次の発言に明らかです。

「同盟関係を現代化することには、同盟国間の連携を強化し、ミサイル防衛などの合同能力を高め、同盟国自身が安全保障の担い手になることが含まれる。昨日(5月30日)、私は豪日との三者会合を行い、今日は韓日との三者会合を行う予定だ。アメリカがこれらの緊密な同盟国との間で進めている協力向上は、これらの国々が東南アジアを含むAPRにおける安全保障に関するそれぞれの役割を拡大しようとしていることと連動している。アメリカは、第二次大戦後70年におけるこういう展開を歓迎する。」

そして、安倍政権がしゃかりきに進めようとしている集団的自衛権行使を可能にするための第9条解釈改憲の狙いが、アメリカの対日期待の所在を踏まえていることは、ヘーゲルの次の発言から明らかです。

「アメリカはまた、安倍首相が昨日述べたように、平和で抵抗力ある地域の秩序を作ることに貢献するべく、集団的自衛態勢を転換しようとする日本の新たな努力を支持する。これらの努力を補強するべく、アメリカと日本は両国の防衛ガイドラインの改定作業を開始した。その目的は、日米同盟が変化する安全保障環境及び増大する自衛隊の能力に見合って進化するように確保することにある。」

しかし、アメリカが求めて止まない日本の役割は、アメリカ主導でAPRに作り上げるべき「集団的で多国間のオペレーション」を行う「恒久的な安全保障共同体」において、日本がアメリカの意向に沿って行動することです。そこには、台頭する中国を牽制することはもちろん含まれますが、安倍政権がことさらに中国を軍事的に挑発することを容認するものではありません。ここでは再び、上記2.で述べた軍事戦略がそのまま当てはまることになるのです。
即ち、5月11日付のコラム「オバマ政権の対APR戦略」で紹介したように、オバマは日中間の領土紛争に関して、あくまでも非軍事的に解決する必要があるということをくどいほどに強調しました。そして、「この問題を平和的に解決すること、情勢をエスカレートしないこと、言葉遣いを抑制すること、挑発的な行動を取らないこと、そして日中がどのように協力し合えるかを決めるよう努力することの重要性」を「安倍首相との会談で強調した」と、首脳会談後の共同記者会見でわざわざ指摘したのです。
ということは、オバマの5月28日の演説が同盟国の対米懸念を払拭するにはほど遠い内容であるように、安倍政権をはじめとする日本の保守勢力にとっても、オバマ政権の軍事戦略に対する不満は内攻していることを窺わせるに十分なものがあると言えるでしょう。

(参考)

<5月28日の陸軍士官学校卒業式でのオバマ演説(要旨)>

◯(アメリカの軍事力)
 いかなるモノサシによるとしても、アメリカは世界の他の国々と比較してこれほど強力なことはない。米軍に対抗できるものはない。アメリカに対する他の国家からの脅威は低く、冷戦期に直面していた危険とは比べものにならない。欧州からアジアにかけて、アメリカの同盟網は歴史上最強だ。フィリピンが台風に見舞われたとき、ナイジェリアで女生徒たちが拉致されたとき、ウクライナで覆面した連中がビルを占拠したとき、世界が助けを求めたのはアメリカだった。アメリカは今もなお欠くことのできない国家だ。過去100年においてそうだったし、今後100年もそうだろう。
◯(現状認識と課題)
 しかし、世界は加速的に変化しつつある。そのことはチャンスであると同時に新たな危険を提起している。9.11以後、テクノロジーとグローバリゼーションは、かつては国家の独占物だった暴力を個人の手にも渡し、テロリストの能力を高めた。ロシアの旧ソ連邦諸国に対する侵略は欧州諸国を脅かしている。中国の経済的台頭及び軍事的確長は近隣諸国を悩ませている。ブラジルからインドまで、台頭する中産階級は我々と競い、諸国政府は世界における発言力の増大を追求している。30年前だったらほとんど注目もされなかった内戦や破産国家や人民の蜂起が四六時中ニュースを賑わしている。我々が直面しており、あなたたちが直面するであろう問題は、アメリカが指導するか否かではなく、アメリカは如何に指導するかであり、アメリカの平和と繁栄を確保するだけでなく、世界中の平和と繁栄を確保しなければならない。
◯(政権批判に対する反論)
 リアリストは、シリア、ウクライナあるいは中央アフリカの紛争はアメリカが解決するべき問題ではないと言う。コストを伴った戦争及び国内に山積する課題を背景に、この見方は多くのアメリカ人に支持されている。
 左右の干渉主義者は、これらの紛争を無視することはアメリカに危険をもたらすと言う。彼らによれば、世界でアメリカの軍事力を行使する用意をもつことが混乱に対する究極的な保障であり、シリアの凶暴とロシアの挑発に対して行動しないことは、アメリカの良心に反するだけでなく、未来におけるさらなる侵略を招くというのだ。
 しかし、いずれの主張も現在アメリカが直面している課題に十分答えていないと確信する。21世紀において、アメリカが孤立主義に戻ることは選択肢としてあり得ない。アメリカの国境外で起こっていることを無視するという選択はない。核物質が安全でなければ、アメリカの都市に対する危険を及ぼす。シリア内戦が外に拡散すれば、過激派がアメリカを狙う能力が拡大する。ウクライナ南部、南シナ海その他の地域的侵略がチェックできなければ、同盟国に影響が及び、アメリカ軍を巻き込みかねない。さらに言えば、自由と寛容の世界は道義的な至上課題であるのみならず、アメリカを安全にする。
 とは言え、アメリカの国境を越えて平和と自由を追求することに関心があるということは、すべての問題について軍事的解決を考えるということではない。第二次大戦後におけるアメリカのもっとも高価な誤りは、抑制によるものではなく、結果を考えずに軍事的冒険に突進したことによるものだった。つまり、国際的支持や軍事行動に関する正統性を確立せず、求められる犠牲についてアメリカ人に正直に言わなかった。
◯(オバマ軍事戦略)
 私のポイントは、アメリカは常に世界をリードしなければならないということだ。アメリカ以外には誰もいない。アメリカ軍はその指導力のバックボーンだ。しかし、アメリカの軍事行動は、いかなる場合にもアメリカの指導力の唯一の要素でもなければ、主要な要素ということでもない。軍事行動に伴うコストは巨大であるがゆえに、それを如何に使用するかについて明確な判断がなければならない。アメリカの指導力及びアメリカ軍の今後数年間のあり方に関する私のビジョンは次のとおりだ。
 第一に、核心的利益が要求するとき、つまり、アメリカ人が脅かされ、その生活が危殆に瀕し、同盟国の安全が危険にあるときには、アメリカは必要であれば単独ででも軍事力を行使する。軍事力行使に当たっては、相当であり、効果的であり、かつ、正当であるかどうかについてさらに考える必要がある(浅井注:自衛権行使の要件を満たすかどうかを念頭においた発言)。国際世論は重要だが、アメリカ人、母国あるいはアメリカの生活スタイルを守るために許可を求めるようなことはすべきではない。
 他方、世界的な関心のある問題であってもアメリカに対する直接の脅威とならないもの、我々の良心を揺さぶり、または、世界をより危険な方向に導きはするがアメリカの直接の脅威とはならないものに関しては、軍事行動を執るかどうかの敷居は高くしなければならない。そういうケースでは、アメリカは単独行動を執らず、同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない。我々は手段の範囲を広げ、外交及び開発、制裁及び孤立化、国際法に訴えること、そして、正当、必要かつ効果的であれば、多国的軍事行動を含める。こういうケースでは、アメリカは他の国々とともに行動しなければならない。なぜならば、集団的行動の方が成功しやすく、長続きしやすく、かつまた高価な失敗に導く可能性が低くなるからだ。
 第二に、予見しうる将来にわたって、内外におけるアメリカに対するもっとも直接的な脅威は引き続きテロリズムだ。しかし、テロリストのネットワークをかくまうすべての国を侵略する戦略は幼稚であり、支持できない。イラク及びアフガニスタンにおける成功及び失敗の経験に学んで、対テロリズム対抗戦略の重点をテロリストのネットワークが拠点にしようとする国々と効果的に協力する方向にシフトさせなければならない。
 この新戦略においては、今日の主要な脅威がもはや中央集権化されたアルカイダによるものではないこと、分散化したアルカイダの同調者及び過激派、作戦を展開する国々に特化したアジェンダを持っている勢力であることを反映する必要がある。そこで、この分散した脅威に見合う戦略を開発しなければならない。即ち、軍事力を広げすぎて手薄になり、あるいは現地の反感を招くような軍隊派遣ではなく、パートナーの国々がアメリカとともにテロリストと戦うようにする必要がある。具体的には、アフガニスタンでこれまでそうしてきたように、パートナーとなる国々の力を強化するということが大きな中身だ。アフガニスタンで訓練及び助言という役割に移行することにより、アメリカは中東及び北アフリカで台頭しつつある脅威により効果的に対処できるようになる。今年に入ってから、南アジアからサハラ以南にわたるパートナー国のネットワークのプランを作成するように国家安全保障チームに話してある。その一環として、50億ドル規模の対テロリズム対抗パートナーシップ基金の設置を議会に呼びかけている。
 この努力の重要な対象はシリアだ。簡単な答、軍事的解決はない。私はアメリカ軍を送り込まない決定を行ったが、そのことは、独裁者に対して立ち上がったシリアの人々を助けないということではない。自らの将来を選ぼうとする人々を支援しつつ、混乱の中に紛れ込んでいる過激派を食い止めようとしている。テロリスト及び独裁者に対する最善の選択肢となるシリア反対勢力に支持を提供するよう、議会とともに行動する。
 テロリストに対する努力としての最後のポイントは、パート-ナーシップ政策はアメリカを守るために必要なときは直接行動を執るという必要性を排除するものではないということだ。ただし、直接行動に当たってはアメリカの価値観を満たすという基準を掲げなければならない。即ち、持続しかつ切迫している脅威に直面したときに限り、及び民間人の犠牲がゼロという確実性が高いときに限って攻撃を行うということだ。
 第三は、国際秩序の強化だ。第二次大戦後、アメリカは、NATO、国連、世界銀行、IMF等の機関を作ることにより、アメリカが単独で行動する必要を少なくした。世界は現在変化してきたので、この構造も変えなければならない。これらの国際機関を今日の必要に応えるべく進化させることはアメリカの指導力の枢要な構成部分だ。
 ウクライナにおけるロシアの最近の行動は東欧にソ連のタンクが侵入した日々を思い起こさせる。しかし冷戦ではない。世界世論を形作ることでロシアを直ちに孤立させることができた。アメリカの指導力によって世界は直ちにロシアの行動を非難した。欧州及びG7は制裁に加わった。NATOは東欧同盟国に対するコミットを強化した。IMFはウクライナ経済の安定化に協力している。OSCE監視団は世界の目をウクライナの不安定な地域に向けさせた。世界世論及び国際機関を動員することにより、ロシアの宣伝及び国境に展開したロシア軍を牽制した。
 イランの核計画は、アメリカ及びイスラエルの度重なる警告にもかかわらず、長年にわたって着実に進展してきた。しかし、私が大統領になってから、イラン経済に制裁を課し、同時にイラン政府に外交の手を差し伸べる連合を作った。そして今、立場の相違を平和的に解決する機会が生まれている。
 成功までの道のりはまだ長いが、イランが核兵器を手に入れないようにするすべての選択肢を残している。しかし、最近10年においてはじめて突破口となる協定を実現する確かなチャンスがでてきている。この交渉を通じて、世界を我々の側に引き寄せてきたのは多国間チャンネルを通じて動く我々の意思だった。
ここでのポイントもアメリカの指導力だ。アメリカの強さだ。どのケースにおいても、アメリカは特定のチャレンジに対応する連合を作った。今我々がなすべきことは、問題を先取りし、予防することができる制度を強化することだ。例えば、NATOは世界最強の同盟だ。しかし、アメリカはNATO同盟国とともに、欧州においては東欧の同盟国が安心できるようにし、また、域外ではNATO同盟国がテロリズムに対抗し、破産国家の事態に対応し、パートナーのネットワークを訓練するために動いている。
国連は、紛争で引き裂かれた国々に平和をもたらす討論の場を提供している。今求められていることは、平和維持部隊を提供する国々が平和をしっかり確保できるだけの訓練及び装備をもつようにし、コンゴやスーダンで起こったような殺戮が起こらないようにすることだ。平和維持のミッションを支える国々に対する投資を強めることで、アメリカの軍隊を危険に晒す必要性を減らすことができる。スマートな投資であるし、指導力発揮の正しい方法だ。
すべての国際規範が軍事紛争と直結しているわけではない。アジア太平洋においては、東南アジア諸国が南シナ海における海洋紛争をめぐって中国との間で行動規範を交渉しているのを支援している。アメリカはこれらの紛争を国際法を通じて解決するように動いている。アメリカの影響力は、アメリカが身を以て行動することでさらに強くなる。アメリカは、他の国々に適用されるルールから自分だけを例外にするわけにはいかない。海洋法条約の上院による批准のないままでは、南シナ海の諸問題の解決はできない。
アメリカの指導力に関する第四そして最後のポイントは人間の尊厳のために行動する意思だ。デモクラシー及び人権に対するアメリカの支持は、理想主義以上に国家安全保障の問題だ。アラブ世界の激動は独裁的秩序に対する拒絶を示している。

<5月31日のシャングリラ対話フォーラムにおけるヘーゲル国防長官演説(要旨)>

◯(オバマ演説との連動性)
 オバマ大統領は、ウェストポイントでの演説で、イラク及びアフガニスタンにおける13年間の戦争から抜け出したアメリカの対外政策を示した。彼は、外交、開発援助及び軍事能力をバランスさせること、世界規模でパートナーシップ及び同盟関係を強化することを明らかにした。それがすなわち、APRにおいてはリバランス戦略を実施するということだ。リバランスとは目標でも約束でもビジョンでもない。それは現実なのだ。
◯(APRが直面する脅威)
 APRは深刻な脅威に直面している。南シナ海及び東シナ海では領土及び海洋紛争、北朝鮮の挑発的行動及び核ミサイル計画、気候変動及び自然災害という長期的挑戦、サイバー攻撃がある。
◯(安全保障上の4つのプライオリティ)
第一、太平洋国家であるアメリカは、安全保障の以下の4分野でAPRのパートナー国及び同盟国と協力を推進すること
第二、紛争の平和的解決助長、航行の自由を含む諸原則堅持、強制・脅迫・侵略に断固立ち向かうこと
第三、国際的規則・規範に基づく協力的な地域構造建設
第四、アメリカの地域的防衛能力強化
◯(中国)
 この地域が直面している最大の試練の一つは、紛争を外交及び確立した国際的ルール・規範を通じて解決するか、脅迫・侵略によって解決するかの選択だ。この問題がもっとも際立っているのは、APRの心臓であると同時に世界経済の交差点でもある南シナ海である。最近数カ月来、中国は、南シナ海における権利を主張して、安定を損なう一方的な行動をとっている。アメリカは領土問題については立場をとらないが、権利を主張するために脅迫、強制、武力の威嚇を行うことに対しては、いかなる国によるものであれ断固反対する。
 アメリカはまた、飛行または航行の自由を制限する試みに対しては、いかなる国によるものであっても反対する。国際秩序の基本原則が挑戦を受けるとき、アメリカはよそ見しない。
 中国を含む地域のすべての国々は、安定した地域の秩序のもとで団結し、これにコミットするか、これにコミットしないで平和と安全を阻害するかのいずれかを選ぶことだ。アメリカは、緊張を弱め、国際法に従って紛争を平和的に解決する国々の努力を支持する。問われているのは主権や天然資源だけではない。問われているのはAPRの規則に基づく秩序の維持だ。その秩序を守るためには強固で協力的な地域的な安全保障構造が必要だ。
◯(アメリカの政策的努力)
過去一年間、アメリカはAPR諸国とともに地域の諸制度を強化してきた。この地域的な仕組みは、共通の挑戦に対する解決の分担(shared solutions to shared challenges)によって強力にして恒久的な安全保障共同体を作り、集団的で多国間のオペレーションが例外であるよりは標準となるようにすることを可能にするものだ。
APRにおける変化しつつある安全保障環境のもとでは、アメリカのパートナーシップと同盟が地域の安定の支えとして不可欠となっている。アメリカは、協力的な地域的仕組みを作るとともに、同盟関係を最新のものとし、同盟国及びパートナー国が最新・最先端の能力を開発することを支援し、互いにさらに緊密に協力し合うように奨励している。具体的には、東南アジアにおいては、各国が人道・災害救助の能力を備え、軍事力を高めることだ。フィリピン軍に対しては、海洋及び航空分野の能力を強化するための強力な支援を行っている。
東北アジアでは、特に平壌による挑発を抑止し、防衛するため、同盟国が航空機及び弾道ミサイル防衛(BMD)の能力を強化することがアメリカの支援の中身である。韓国はF-35戦闘機を取得する意思を有するが、それにより、オーストラリア及び日本とともにこの地域の同盟国は世界最新の第5世代戦闘機を装備することになる。BMDに関しては、アメリカは2隻のBMD艦船の日本への追加配備を先月東京で発表した。
同盟関係を現代化することには、同盟国間の連携を強化し、ミサイル防衛などの合同能力を高め、同盟国自身が安全保障の担い手になることが含まれる。昨日(5月30日)、私は豪日との三者会合を行い、今日は韓日との三者会合を行う予定だ。アメリカがこれらの緊密な同盟国との間で進めている協力向上は、これらの国々が東南アジアを含むAPRにおける安全保障に関するそれぞれの役割を拡大しようとしていることと連動している。アメリカは、第二次大戦後70年におけるこういう展開を歓迎する。アメリカは、韓国が海洋安全保障、平和維持及び安定化オペレーションにより積極的に参加することを支持する。
アメリカはまた、安倍首相が昨日述べたように、平和で抵抗力ある地域の秩序を作ることに貢献するべく、集団的自衛態勢を転換しようとする日本の新たな努力を支持する。これらの努力を補強するべく、アメリカと日本は両国の防衛ガイドラインの改定作業を開始した。その目的は、日米同盟が変化する安全保障環境及び増大する自衛隊の能力に見合って進化するように確保することにある。