シリア情勢(中国学者分析)

2014.06.09.

シリア情勢をはじめとする中近東・北アフリカ情勢は、私のような土地勘も何もない門外漢にとっては、極めて理解することが難しい問題領域の一つです。そんな私にとって、中国の専門家が分析した文章に接することは理解と認識の空白を埋める上でとても貴重です。
 6月8日付の北京青年報に掲載された向腸河(北京の学者という紹介があるだけで、私にとって初見の人物)署名の「アサド政権はなぜひっくり返されないのか」という文章は、アメリカ的プリズムを通してシリア情勢を見ることに知らず識らず慣らされている私たちの理解・認識の怪しさに警鐘を鳴らすだけの内容・視点を持っていると感じました。ウクライナ危機以後、米欧対中露の構図が浮かび上がってきた国際情勢ですが、シリア情勢にもこの対立の構図が色濃く反映していることをうかがい知ることができます。この文章の内容を紹介します。

 2011年にシリア危機が爆発したとき、アサド政権が2014年の大統領選挙まで保つことができると考えたものは少なかったし、ましてやアサドがこの選挙で再選されてさらに7年間の任期を開始すると予想したものはほとんどいなかった。
 「アラブの春」が席巻した多くの中近東北アフリカ諸国の中で、アサドは頑張って統治を継続してきた唯一の指導者だ。アサド政権はなぜひっくり返されないのかという疑問が自ずとでてくる。
 選挙自体についてみれば、アサドの当選には懸念材料はなかった。
 まず、アサド以外の2人の候補はシリア政界で名望があるわけではなく、候補となるまでは多くの人々は聞いたこともない人物で、アサドと対抗するすべもなかった。
 次に、本年3月に成立した新選挙法では、候補者はシリアに少なくとも10年以上居住し、かつ、シリア国籍を有していなければならないと定めており、この要件は亡命した反対派を大統領選挙出馬から締め出すものである。
 第三に、選挙は全国規模で行われたというわけではなく、政府が支配する地域以外の約60%の地域では投票が行われなかったと外国メディアは伝えており、その中にはシリア第二の都市・アレッポ一帯が含まれている。
 以上の諸事実はあるにせよ、選挙結果はやはり安定を望む民心という大きな傾向を体現している。シリア危機のこの3年で15万人以上が命を失い、多くの都市及び村々が破壊され、人々は住むところを奪われ、民心は速やかに危機が収束して正常な生活を回復することを願っている。
 乱世は強いリーダを必要とし、ますます多くの人々はアサドが戦争を終結する唯一の人物だと考えるようになっている。シリア政府軍は2013年後半以来反攻に転じ、数カ月来は連戦連勝であり、5月には反対派と停戦合意を実現して第三の都市であるホムスを回復、支配した。
 より長い歴史的プロセスの中で見れば、アサドが3年間頑張って来られた原因はいくつかある。
 国内的に見れば、まず、アサド政権の求心力及び政府軍の戦闘力を低く評価するわけにはいかないということがある。シリア危機が始まった頃には、専門家を含めてアサド政権がそんなに保つことはないと考えたが、それらの予想はこの求心力及び戦闘力を正確に認識していなかった。
 第二に、反対派は派閥が乱立して砂の如しであり、これに加え、アルカイダなどの外からの宗教的過激派やテロ勢力が紛れ込んでいて人心を得られず、反対派内部で大規模な戦闘が起こる始末だ。
 また、政府軍と反対派の装備にも大きな差があり、組織が混乱している反対派武装勢力は昨年夏以後一つとして重要な軍事施設を攻略できていない。今日では、政府軍は反対派武装勢力をダマスカス周囲のいくつかの地点に囲い込むまでになっている。ワシントン・ポストですら、反対派がアサド政権を打倒する可能性はますます小さくなっていると報じているほどだ。
 外部的要素についてみると、ロシアの強力な支持がカギだ。
 第一に、ロシアはリビアの教訓に学び、国連安保理で西側が提出したシリアに対する干渉決議をことごとく葬り、シリアに関する国際交渉においては一貫してアサドを擁護し、外部からの軍事干渉には「No」を言い、アサド政権が国際的に孤立無援に陥ることを防いだ。  第二に、プーチンが提起した「化学兵器と平和を交換する」戦略は、アメリカをはじめとする西側に軍事干渉する理由を与えず、アサド政権が戦略的に息を吹き返すチャンスを与え、圧力を軽減させた。
 第三に、ウクライナ危機が降って湧いたことにより、西側及び国際社会の注目がウクライナに移り、アメリカは中東で軍事力を行使する気持ちをさらに失った。こうして、誰も注目しなくなったアサド政権は一息入れるチャンスを獲得し、ひそかに反対派に打撃を与えることができることとなった。
 さらに、反対派の武装組織にはアルカイダなどの組織が紛れ込んでおり、アメリカとしては、全力で反対派に軍事支援を行うことをためらわざるを得ない。アフガニスタン、イエメンなどの前例に鑑み、アメリカとしては、アサド政権を倒した後にシリアがテロリストのセーフ・ヘヴンになって欲しくないのだ。正にそうであるがゆえに、オバマは西側メディアに「愚図」「優柔不断」と冷やかされるわけだが、客観的にはこのことがアサドを利しているということだ。
 今後に関しては、アサドとしては引き続き政権を固めたいところだが、その直面する課題は簡単なものではない。
 高得票で当選したことは、「アサドからは民心が離れている」という印象をある程度は変えたが、アサドが再任するということは反対派の下野の要求を完全に拒絶するということであり、双方の対立はいっそう深まるだろう。
 現在、アサド政権は反対派に対して分断政策をとっており、シリア本土の反対派に対しては懐柔政策、シリアに入り込んで作戦している外国の反対派に対しては、「テロ取り締まり」という看板で断固打撃を与えるという方針であり、このやり方はすでに一定の成果を挙げている。アサド再選以後もこの戦略が踏襲されるだろう。しかし、アサド政権がすべての失地を回復するのは前途遼遠のようだ。
 国家再建の任務はさらに困難を極める。アサドが直面しているのは、戦火で焼かれ、満身創痍の国家であり、経済は困窮し、大量の難民を落ちつかせなければならない。国連の報告によれば、2013年末現在で、衝突がリビアにもたらした経済的損失はなんと1438億ドルに達しており、人口の半分以上が最低貧困線以下に置かれているという。
 国際的には、西側は相変わらず大統領選挙の結果を認めず、虎視眈々と巻き返しを狙っている。国際情勢に変化があれば、西側が再びアサド政権をやり玉に挙げる可能性がないとは言えない。アサド政権のこれからの7年にはまだまだ長い道のりが待っている。