日朝合意の背景と今後の注目点

2014.06.09.

身内の不幸などもあり、しばらくコラムを更新できていませんでしたが、世の中は相変わらず激しく動いていますので、なるべく遅れを速やかに取り戻したいと考えています。
 まずは、5月29日に明らかにされた日朝合意から。以下の文章はあるメディアの依頼に応じて記した短文です。字数に制限がありましたので十分に意を尽くしていませんが、とりあえず紹介します。

5月29日に日朝政府間協議における日朝双方の合意が発表された。率直に言って、私の第一印象は「意表を突かれた」だった。しかし、腰をすえて分析すれば、今回合意は日朝それぞれの思惑の合致という基盤の上に成立したものであることが理解される。しかし、合意内容がスムーズに実現されるか、日朝関係が今後正常化に向けて前進するかに関しては、困難な課題が立ちはだかっていると言わざるを得ない。

<日朝合意を可能にした背景要因>
 日本側つまり安倍政権にとっては、内政外政両面で困難に逢着しつつある状況のもとで、拉致問題で突破口を切り開くことは極めて重要な意味を持っていた。
まず内政面。安倍政権に高い支持率をもたらしたアベノミクスは息切れの様相を深めており、消費税増税のマイナス影響とあいまって、「化けの皮」がはがれるのは時間の問題となりつつある。同政権が至上課題と位置づける集団的自衛権行使を可能にするための第9条解釈改憲を強行する上でも、拉致問題で「成果」を示すことは突破口を提供する。
次に外政面。右翼体質丸出しの安倍政権は、中国及び韓国との関係を冷え切らせただけでなく、日米関係にも今後の成り行き次第で深刻化する可能性を秘める暗影を生んでいる。また、2014年にはGDP規模が日本の2倍となり(IMF推計)、今後は日本との差を広げるばかりの経済力を背景とし、かつ、明確な理念を伴った外交を展開する中国に敵意をむきだしにする安倍政権は、国際場裡においてさながら風車(中国)に立ち向かうドンキホーテと化している。そんな安倍政権としては何としても外交的成果が欲しい。
一方、アメリカの対外軍事戦略(唯一の超大国として世界的な軍事ヘゲモニーを手放さないが、経済・財政力の衰えを補うために同盟国の分担を要求する戦略)に呼応する日米軍事同盟強化のための対国内用説得材料として、歴代政権が利用してきた「北朝鮮脅威論」は、「中国脅威論」を前面に押し立てる安倍政権にとって「お役御免」になりつつある。拉致問題解決を標榜してきた安倍政権としては、ここで朝鮮と取引してもマイナス材料はない。
朝鮮が安倍政権との取引に応じたのにも、内政及び外政上の蓋然性がある。即ち、核開発と経済発展を車の両輪とする金正恩政権にとって、経済発展を軌道に乗せる上で良好な国際環境を確保することは重要課題だ。金正恩政権が以下の諸要素を踏まえて対日交渉に前向きに臨んだ可能性は大きい。
まず、中朝関係は基本的に維持されている。ロシアとの間では、5月に対露債務(約110億ドル)の90%帳消し合意が成立し、露朝韓をつなぐ鉄道建設にも進展があるなど、視界は良好だ。金正恩訪中・訪露が実現すれば、朝中及び朝露関係の展望はさらに明るくなる。
また金正恩政権は、年初に韓国・朴槿恵政権に関係を改善するための大胆なアプローチを試みたが、後者の硬直した対応によって、南北関係は再び冷え込んだ。朝日関係改善は、日本の対朝鮮制裁措置解除による経済的メリットを期待できることに加え、対朝鮮強硬姿勢の韓国に対して圧力をかけることにもなる。韓国が動揺すれば、対朝最強硬のオバマ政権に対する圧力ともなる。
さらに、ウクライナ危機を契機として米露及び米中の間の国際認識の違いが露わになった。このことは、中国主導の6者協議からアメリカ主導の国連安保理に外交舞台が移っていた朝鮮半島情勢に再び転機をもたらす契機になりうる。日本は6者協議の妨害者だったから、日朝関係が改善に向かうことは6者協議再開にもプラス要因となりうる。

<今後の注目点>
 紙幅がないので、今後の主な注目点を3点だけ箇条書きする。
◯米韓の対日圧力:5月の飯島参与訪朝と同様、安倍政権は今回も米韓に根回しなく日朝合意を行った。米韓は不満を隠しておらず、安保理決議、米韓日の対朝協力体制維持を掲げて安倍政権に圧力をかける可能性は大きい。特にオバマ政権の頑なな朝鮮敵視政策は安倍政権も到底無視できない。
◯安倍首相の言行不一致:安倍首相は過去にも朝鮮との約束を一方的に破った前科を持つ。安倍首相の国際約束軽視は日中関係でも露わだ(尖閣問題棚上げ合意の無視)。日朝合意成立で国内基盤を固めることだけが彼の狙いとすれば、米韓の圧力及び自民党内の反発を前に「心変わり」する可能性は少なくない。
◯朝鮮の核・ミサイル開発:アメリカの朝鮮敵視政策が変わらない限り、朝鮮が核・ミサイルを開発する政策は変わらない。今後も、「朝鮮の人工衛星打ち上げ→安保理による非難→朝鮮の核実験」という過去3回のパターンが繰り返されるならば、今回の日朝合意は吹き飛ぶだろう。①朝鮮が打ち上げを見合わせる、または②朝鮮が打ち上げても中露が安保理非難に同調しない、のいずれかが満たされない限り、朝鮮の国際環境を暗転させる時限爆弾は常に存在する。