朝鮮のイエロー・カード発出:朝鮮外務省声明

2014.04.03.

朝鮮外務省は3月30日に声明を出し、「こんにち、朝鮮半島で新たな戦争を防ぎ、平和と安全を保障するためのわれわれの真しな努力は敵対勢力の重大な挑戦にぶつかるようになった」として、朝鮮半島情勢の先行きに対する重大な懸念表明と警告を行いました。この声明に関しては、「新たな形態の核実験も排除されない」と述べた点のみに注目と関心が集まっていますが、私はそういう受けとめ方では今回の声明に込められた重大なメッセージを見過ごしてしまうと思います。
今回の声明の重大なメッセージとは、2012年末から2013年にかけての朝鮮半島情勢の緊張激化の連鎖を繰り返すことを避けるため、アメリカに対しては軍事的自制を要求する以上に、中国及びロシアが行動を誤らないこと(朝鮮をして核実験強行に向かわせるアメリカ主導の行動に加担しないこと)を強く求めている点にあると私は思います。中露が再びアメリカに迎合して対処に誤るならば、朝鮮は第4回の核実験に踏み切るしかないとイエロー・カードを突きつけているのです。

1.朝鮮外務省声明を読み解く

朝鮮外務省声明(以下「声明」)はアメリカに対する要求である以上に、中露に対して向けられたイエロー・カードだと私が判断するのは、声明について以下のように読みとるからです。
声明は、朝鮮の「平和と安全を保障するための真摯な努力」に対する「敵対勢力の重大な挑戦」として次の2点を挙げています。
一つは、米韓合同軍事演習の内容がエスカレートしていることです。声明は、米韓合同軍事演習「フォール・イーグル」の一環として3月27日から4月7日にかけて行われている「双龍」訓練について「1993年以降最大規模の兵力が参加し、不作法にも「平壌占領」を基本目標にして行われて」(強調は浅井)おり、その規模と危険性がエスカレートしていると指摘しています。
「双龍」訓練が平壌占領を目標にして行われているという指摘については、中国のメディア報道からは裏付けを見つけていません(ハングルを読めない私の悲しさです)。しかし、3月31日付の中国新聞網が伝えた、ロシア外務省ニュース出版局(中国語の翻訳のまま)がリリースした評論は、「朝鮮半島情勢が定期的に悪化する時期は、米韓両国が毎年大規模軍事演習を行う時期と合致する」と指摘した上で、「北東アジア地域では過度な軍事活動特に挑発的な活動が出現している。例えば、戦略爆撃機による爆撃訓練や、「外国の行政中心」を占領する上陸作戦だ」(強調は浅井)と述べています。朝鮮外務省声明の指摘を間接的に裏づけていると判断されます。
今一つは、国連安保理が朝鮮のミサイル発射を非難したことです。朝鮮外務省声明は、3月28日に「国連安全保障理事会は米国の緊急要求によって開かれた非公開協議でわれわれの正々堂々たるロケット発射訓練(浅井注:朝鮮は2月27日と3月3日に、韓国側発表によれば射程距離200キロのスカッド・ミサイル4発及び射程距離500キロのスカッドCミサイル2発を発射し、アメリカは3月6日に安保理に対して行動を取ることを要求しました。その後、3月26日にも朝鮮が射程距離650キロの弾道ミサイルを発射しました)に不当な言い掛かりをつけて「糾弾」する不法非道な挑発行為を働いた」と、安保理を非難しました。
ちなみに声明ではこの問題を米韓合同軍事演習の問題より先に取り上げており、こちらの方をより重視していることが窺えます。 朝鮮からすれば、米韓合同軍事演習を前にして「国と人民の安全を守り、平和を守る」ために「準備を抜かりなく整えるのは余りにも当然」のことです。それなのに、「国連安全保障理事会が米国の…核戦争演習は知らないふりをし、それに対応したわが軍隊の自衛的なロケット発射訓練は いわゆる「決議違反」「国際平和と安全に対する脅威」に仕立てて「糾弾」し、「適切な措置」をまたもや取ろうとするのは絶対に許せない行為」だというわけです。
私は、朝鮮のこの主張は、アメリカが聞く耳を持たぬことはどうにもならないこととしても、中露としては反論・抗弁しようがない議論だと判断します。なぜならば、中国はアメリカの「アジア回帰(リバランス)戦略」に身構えており、ロシアはウクライナ問題(NATOの東方拡大)で自国の安全保障が脅かされていると痛感して身構えているのですから、朝鮮の対抗的軍事行動及び以上の主張は中露の主張及び行動と変わるところはないからです。
中露としては、朝鮮の核・ミサイル活動は安保理決議によって禁止されているのであって、中国及びロシアが直面している事態と同日には論じられないと反論したいところでしょう。しかし、朝鮮に対する一連の安保理決議は、朝鮮の人工衛星打ち上げをミサイル発射と決めつけるアメリカの強引な主張に、中露が対米協調を優先して合意してしまったからこそ出来上がった、根本的に瑕疵がある代物です。
特にミサイルに関する国際的な規制の法的枠組みはなく、人工衛星打ち上げに至っては宇宙条約ですべての国に認められていますから、朝鮮を狙い撃ちした安保理決議そのものが不法・不当であり、その成立に加担した中露の責任は重いと言わなければなりません。朝鮮外務省声明が安保理決議を厳しく非難するのは当然ですし、その非難は当然中露のこれまでの行動に対して向けられているのです。
したがって声明は、「国連安全保障理事会が不公正に米国のシナリオに乗せられて不当極まりない「決議」を物差しにしてわれわれの正々堂々たる権利の行使をあくまでも否定しようとするなら、朝鮮半島と地域の平和と安全の維持に寄与するどころか、緊張激化と衝突だけを招くことになるであろう」と警告しているのです。そして、その警告の一環として、「米国が自分らの戦略的利害関係から国連安全保障理事会を盗用してわれわれを孤立、圧殺しようとする策動に執着し続ける限り、われわれも正当防衛する権利があり、その準備もすべてできている」、「米国が「定例的」だの、何のとして「平壌占領」などを狙って各種の核打撃手段を総動員して核戦争演習を絶え間なく行っている状況の下で、それに対処するためのわれわれの訓練にもより多種化した核抑止力を相異なる中・長距離の目標に対して相異なる打撃力で活用するための各種の形態の訓練がすべて含まれることになるであろう」として、「核抑止力をさらに強化するための新たな形態の核実験も排除されない」と述べたのです。
 朝鮮外務省声明はまだイエロー・カードの段階にとどまっており、レッド・カードではありません。中露が外交的に動く可能性を残していますし、朝鮮としては第4回核実験というカードを切らざるを得なくなる最悪の事態を回避するためにも、中露がまなじりを決して適切に行動することを強く期待しているのだと思います。
もちろん、朝鮮が核開発を進め、核弾頭の小型化実現(アメリカ大陸に到達しうるようにするためには不可欠)のためには、さらなる核実験を必要としていることは間違いありません。しかし、経済開発と核開発の並進路線をとる朝鮮としては、経済困難が続く限りは、核実験を行うタイミング自体も外交上のカードとして使わなければならないほどに、手持ちの外交カードが不足しているのです。

2.中国及びロシアがとるべき政策

中国及びロシアが朝鮮外務省声明について認識し、行動するべきことは以下のとおりです。
第一に、安保理の取る行動に対する朝鮮の許容限界ラインは極めて低いということを中露は認識しなければなりません。中露はどうも安保理決議以外であれば朝鮮は許容する(呑みこむ)と考えている節が見受けられます。しかし、2013年及び今回の安保理の行動(前回は議長声明、今回は議長の口頭声明)に対して朝鮮が激しく反応したこと(前回はレッド・カードで核実験、今回はイエロー・カードで辛うじて踏みとどまった)から学ぶべきです。
第二に、中露は朝鮮の人工衛星打ち上げを含むミサイル開発に対してアメリカが安保理を動かすことを阻止しなければなりません。 これまでの安保理決議の成立に加担してきた中露としては、現実問題として、自分たちが誤りを犯してきたことを認めるとは口が裂けても言わないでしょう。ましてや、これまで成立してきた安保理決議を無効にする(否定する)などということは、安保理決議に関する先例に徴してもあり得ないでしょう。
しかし中露としては、朝鮮の核実験という事態を阻止するため、そして朝鮮半島情勢の悪化再燃を回避するためには、これ以上安保理が目立った行動を取るべきではないという政治論でアメリカを何としてでも説得しなければなりません。アメリカが安保理に持ち込むことは阻止できないでしょうが、安保理に行動を取らせないということはできるはずです。
そのためには、声明が主張するように、米韓の軍事行動に目をつぶって、もっぱら朝鮮を難詰するという偏った行動を中露は厳に慎むべきです。それができないのであれば、すでに述べたように、自国の安全保障に関してはアメリカに身構え、これと対抗するが、朝鮮の安全保障に関してはアメリカに同調するという二重基準(中露がアメリカの政策を非難・批判する最大の論点)を自らも犯しているという批判は免れないでしょう。
以上のことを力説するのにはもう一つ理由があります。私にはとても気になる朝鮮中央通信の記事が念頭にあるのです。それは、3月31日付(実は、朝鮮外務省の3月30日付の声明も、同通信の日本語版では同じ日(31日)に掲載されました)の「より活発になる朝鮮の宇宙開発」という記事です。これは、朝鮮の「宇宙開発法」発布(2013年4月)から1年になる一つの節目に際して、朝鮮の宇宙開発に対する積極姿勢を述べたもので、いわゆる「きな臭い」内容が記事の中にあるわけではありません。
しかしこの記事は、朝鮮が今後も人工衛星打ち上げ計画を進める決意であることを表明していることは間違いありません。ということは、朝鮮としては人工衛星打ち上げをいつ行っても不思議はないということです。
朝鮮の人工衛星打ち上げが現実の事態になるとき、中露が過去3回の時と同じように、安保理で対米協力を優先した行動を取るならば、朝鮮が直ちにレッド・カードを突きつけ、第4回核実験に踏み切ることは確実です。そのような悪循環を阻止するためには、中露は絶対にアメリカ主導の安保理の行動を全力で阻止しなければなりません。そのことのみが朝鮮半島情勢悪化を回避する唯一の道です。