ウクライナ問題:中国政府の提案と考慮

2014.03.24

ウクライナ問題に関する安倍政権と中国の習近平政権の対応ぶりを見ていると、どうしても次の印象を免れることができません。
 安倍政権は、対中韓関係が最悪な状態に陥っている(その責任の大半は安倍政権の歴史認識及び領土問題に関するどうしようもない政策にあります)中で、対露関係の打開に一縷の望みを託している(領土問題におけるあり得ないロシアの譲歩の可能性に望みをつないでいる)ためにプーチン政権との「良好な」関係を維持したい一方、オバマ政権の強烈な働きかけを無視するわけにもいかない(対中韓関係でのまずいハンドリングに対するオバマ政権の失望・怒りが高まっていることを到底無視できない)という自縄自縛の板ばさみに陥っています。
その揚げ句、安倍政権が取ったのは、オバマ主動の対露強硬措置に西側の一員として渋々加わる、しかし、プーチンにも未練たっぷりの言葉で秋波を送り、関係のつなぎ止めに腐心する、という足腰の定まらない対応でした。この対応は、オバマ政権からすれば「当然のこと」であり、安倍政権に対するプラス評価にまでつながりませんし、プーチン政権からすれば「腰の定まらない安倍政権」というマイナス評価につながったことは間違いないでしょう。要するに「二兎追うもの一兎も得ず」を絵で描いたような事態となっているのです。その最大の原因は、しっかりした考え方が安倍政権に欠落していることにあります。
 これに対して習近平政権は、「完全な「中立」はあり得ず、中国としてはまず「ノーマルな中国」であるべき」であるとの明確な基本的立場に立って、「ある程度ロシアよりで、しかもロシアを公然とは支持しない中国」(環球時報3月5日付社説)として、オバマに対してはハッキリした物言いをし、プーチンに対しても「中国の原則的立場を詳しく述べ、ウクライナ情勢が今日まで発展したことについては偶然の中に必然があると指摘」(習近平)しました。
習近平政権の以上の立場に対しては、私の知る限り、オバマ政権から公然とした批判は行われていない一方、プーチンからは感謝の言葉を献上されているのです。つまり、米露両国は中国に一目も二目も置かざるを得ず、米露両国に対する中国(習近平政権)の存在感はウクライナ問題を通じてもますます高まっているというわけです(しかし、そのことで中国が浮かれているわけではなく、中国にとってウクライナ問題が中長期的に意味することを厳しく受けとめていることは、3月23日付のコラムで紹介した環球時報社説を見れば明らかです)。
 日本外交に性根を据えることは本当に急務だと思うのですが、今の安倍政権にはまったく可能性の芽すら見いだせません。日本外交を建て直すための視座を得るためにも、中国のウクライナ問題に対する外交政策をさらに考える必要があると思います。

3月16日付のコラムで紹介したウクライナ情勢に関する中国首脳及び外交担当者の発言における、中国政府の立場の要点は、次のようにまとめることができます。
-ウクライナ情勢が今日まで発展したことについては偶然の中に必然がある(習近平。王毅は「事出有因」と表現)
-客観的かつ公正な態度を堅持(習近平、李克強)
-ウクライナ情勢の緩和に資する一切の提案及びプランに対してオープンな姿勢(習近平)
-当面の急務は各国が冷静と自制を保ち、情勢がさらにエスカレートすることを回避すること(習近平)
-法律と秩序の枠組みのもとで、政治及び外交ルートを通じて危機を解決すること(習近平、李克強)
-ウクライナの各民族人民の合法的な(根本的な)利益を十分に配慮する(確実に守る)こと(楊潔篪、王毅)
-ウクライナを含む各国の主権、独立及び領土の保全を尊重(程国平)
-外部勢力が内政に干渉することに反対(程国平)
-地域の平和と安定を維持するという大局から出発(王毅)
 これらの発言の内容・含意について展開する、あるいは説明する政府関係者及び専門家の文章を紹介し、中国政府のウクライナ問題に関する政策を理解する上での参考に供します。

1.中国政府の正式提案

 中国の国連常駐代表である劉結一は3月19日、安保理でウクライナ問題の政治解決に関して以下の提案を行いました(3月20日付中国新聞網)。これは、習近平主席及び李克強首相の「法律と秩序の枠組みのもとで、政治及び外交ルート(対話及び交渉)を通じて政治解決」という発言を敷衍し、具体化したものと位置づけることができます。
-速やかに関係者からなる国際協調メカニズムを設立し、ウクライナ危機を政治的に解決する方途を探究する。
-この間(=国際協調メカニズムで危機解決の方途を探究している間)は、関係者は情勢をさらに悪化させる行動を取らない。
-国際金融機構は、ウクライナが経済及び金融の安定を維持する検討に着手し、及び(その安定に関して)ウクライナに協力する。

2.中国専門家の解釈

中国政府の立場に関する中国専門家の理解・解釈は様々ですが、中国国際戦略学会高級顧問である王海運(駐露大使館武官を務めた経歴の持ち主で、現在は中露関係史研究会副会長、国務院発展研究センター欧亜社会発展研究学術委員会委員など)署名文章「中国 クリミア住民投票で去就に迷う必要なし」(3月19日付環球時報掲載)が中国政府の考え方を反映していると思われるので、その内容を紹介します。

 クリミアにおける16日の全住民投票は、96.77%の高い支持率で「脱ウクライナ・ロシア入り」を支持した。この結果に対して、ロシアとウクライナ及び西側大国は一触即発の状態だ。この情勢の下で中国はどうするべきか。中国の世論状況においては一種の困惑がある。しかし、頭の配線構造を変えて問題を考えることで、中国としては困惑する必要はないし、主導権を握ることが可能である。
 中国は「国家の領土保全の尊重」という国際法の基本原則を堅持しなければならないが、同時に「各国人民の自主的選択を尊重する」という権利を堅持しなければならない。両者の間に衝突が起こるならば、「歴史的経緯」を見る必要がある。
 歴史から見れば、クリミアは数百年にわたってロシアの一部であり、ロシアの固有の領土である。1954年にフルシチョフによってウクライナに贈り物とされたが、これはソ連内部の行政的境界の調整に過ぎないと見ることが可能であり、国際法的な効力を有するものではない。ソ連解体後にロシアとウクライナとの間で、主権国家として署名された関連協定が国際法上の効力を備えているかどうかについては双方の主張は一致しておらず、判断の手がかりとすることは難しい。
 クリミア問題においてロシアがペンディングだった案件を最終的に回収したことは「歴史的経緯」という根拠にも合致し、分裂主義を支持するということとはまったく別ごとだ。クリミア投票の結果を承認することにより、台湾問題において中国が受け身に立たされることはあり得ない。クリミアと台湾とは比較の対象にならない。中台両岸が別々に統治されているということは中国内戦の延長であり、国際社会はおしなべて台湾が中国の不可分の一部であることを承認しており、台湾を統一することについては必要十分かつ議論の余地のない国際法上の基礎がある。
 チベット及び新疆について議論をふっかけるものもいるかもしれないが、両地域は古より中国の領土の不可分な一部であり、過去及び現在において常に祖国という母親の子どもであって、いかなる勢力であれ、祖国である母親の懐から奪い去ることはいかなる形にせよあり得ない。釣魚島についても似た状況があり、理の当然として祖国の懐に戻り、歴史的正義を回復するべきだ。
 したがって、中国はクリミアの住民投票についての態度表明に困惑する必要はなく、タイミングが熟したときにその結果に従うことができる。そうすることは国際法の基本原則を守ることに合致するのみならず、国家利益を守るという必要にも合致している。道に迷った子どもが母親の懐に戻ることは、「国家の領土保全」原則と矛盾しないのみならず、当然そうあるべき正義である。クリミア住民投票がロシア加盟を宣言したことは、「分離主義」ではなく「歴史的復帰」なのだ。中国は無原則にロシアを支持しているわけではなく、中国が支持しているのは国際的正義だ。
(浅井注:柱書きでまとめた習近平以下の発言の趣旨が簡明に説明されています。)
 もちろん、外交当局としては外交的テクニックを熟慮する必要があるし、外交的に態度表明するに当たっても、原則的立場も考慮し、「現実的要素」にも配慮する必要があるから、「全面的なバランス」を取る必要がある。即ち、物事自身の道理の有無を考慮し、同時にまた関係者の利益及び中国と関係者との関係に配慮する必要がある。ある時期までは、外交的な態度表明は原則的、中立的で、ゆっくりしたものであって差しつかえない。当面の中国外交の戦略的重点は、話し合いを勧奨し、和平を促進し、守ることにより、大国間の対決のエスカレーションを招くことを防止し、冷戦ひいては熱戦が起こることを回避することに置かれるべきだ(浅井注:ということで、上記1.の安保理での提案の趣旨が理解されます)。条件が熟するのを待って改めて明確に態度を表明し、重要な戦略的利益を取り戻すのだ。
 「主権国家の領土保全」原則を堅持する上で、中国はより積極的に「歴史的経緯」及び「原籍国の権利」の優先性を強調するべきだと考える。中国は、国際社会が長い間無視されてきたこの国際法の含意を強化することを推し進めるべきであり、そのことにより、分裂主義及び分離主義に対処する上での有力な武器にするべきだ。