中国の対朝鮮半島外交の新しい動き

2014.02.24

朝鮮半島における離散家族再会事業再開に関する2月14日の南北合意については前のコラム(2月14日付「朝鮮の外交力:南北ハイ・レベル会談とその成果」)で紹介しましたが、この合意実現の背景には中国外交の動きが働いていたことを直接・間接に指摘する中国側の論調が現れています。そのことを手がかりにして最近の朝鮮半島に関する中国外交の動きをフォローし直してみたとりあえずの検討結果を紹介します。まだまだ不明な点が多いのですが、今後もさらにフォローしていきたいと思います。

1.2.14合意実現に対する中国外交の働きかけを直接・間接に指摘した文章

<2月21日付環球時報記事「中国外務次官の朝韓シャトル 半島に「乱を生じさせない」と強調」>
 この記事はタイトルが示すとおり、後述する中国外交部次官の朝韓シャトル外交に関するものですが、その中で、復旦大学の朝韓問題専門家である石源華の「中国外交部アジア司副司長訪朝(注:この訪朝については上記2月14日付のコラムで紹介しました)後、朝鮮は政策調整を行い、朝韓ハイ・レベル会談と現在行われている離散家族再会が実現した」という発言が紹介されています。

<同21日付人民日報所掲の鐘声署名文章「議論を控え 益事を行う」>
 正直言って最初は気にとめず読み流していたのですが、上記環球時報記事を読んだ後鐘声文章を読み直したとき、冒頭の「朝鮮半島の平和と安定を維持するためには、関係者が協力して話し合いを促進する環境を作り出すことが必要だ。中国の公明正大でおおらかな外交行動は建設的な役割を発揮し、ブレーク・スルーとなる進展を推進した」と指摘した文章が上記環球記事のくだりと符合することに気がつきました。

2.王毅外交部長文章及び米中外相会談における王毅発言

以上の文章を手がかりに、最近の中国外交の動きをチェックしなおしたとき、私は自分の感度の鈍さを再認識せざるを得ませんでした。王毅外交部長が重要な発言を行っていることに気がついていなかったのです。
 訪中したアメリカのケリー国務長官と2月14日に外相会談を行った王毅外交部長は次のように発言したのです(同日付中国外交部HP)。

 王毅は、中国は朝鮮半島の近隣であり、朝鮮半島においては重大な利益と関心を有していると述べた。中国の立場は一貫した明確なものだ。即ち、半島の非核化を実現し、朝鮮半島の平和と安定を擁護し、対話交渉によって問題を平和的に解決することを堅持する。我々は半島に乱が生じ、戦いが生じる(原文「生乱生戦」)ことを絶対に許さない。中国の態度は厳粛で真剣であり、そう言うだけではなく、そうするのだ。当面の急務はチャンスをつかんで速やかに対話を回復することだ。関係国が大局に着眼し、言行を慎重にし、柔軟さを発揮し、情勢緩和に有利なことを行い、6者協議再開に有利な条件を推し進めるべく実際的なステップを取ることを希望する。朝鮮の核問題を持続可能で、不可逆的かつ有効な対話軌道に乗せるのだ。中国は、アメリカを含む関係国と共に努力し、地域の平和と安定を維持するために引き続き建設的な役割を発揮していきたい。

 また、2月17日付の中国共産党中央党校の機関紙『学習時報』に掲載された王毅外交部長文章「平和発展を堅持し、民族復興というチャイナ・ドリームを実現する」は習近平体制下の中国外交を総括的に述べたものですが、朝鮮半島問題について次のように述べました。

 朝鮮半島問題においては、半島の非核化プロセスを推進することを堅持し、対話を通じて問題を解決することを堅持し、半島の平和と安定を擁護することを堅持する。中国は我が戸口で乱が生じ、事が生じる(原文「生乱生事」)ことを絶対に許さず、中国の発展プロセスが再び邪魔され、かき乱されることを絶対に受け入れない。

王毅がケリーに述べた発言内容は、これまでの中国の対朝鮮政策について述べたものの繰り返しがほとんどですが、「生乱生戦」という表現はこれまで顔を出したことがない真新しい表現です。それなのに私は迂闊にも見落としていたのです。しかも私の感度の鈍さは、『学習時報』文章における朝鮮半島関連の上記の短い文章の中で王毅がわざわざ「生乱生事」に言及しているということの重みについても当初は気づかなかったのです。しかも、「我が戸口で」「中国の発展プロセスが再び邪魔され、かき乱される」ことになる戦乱が起こることを絶対に容認しないと述べていることは対ケリー発言においては顔を出していない要素であり、後で述べるように、重要な意味合いが込められているはずです。

3.中国外務次官のシャトル外交

中国外交部の劉振民次官は、2月17日から20日まで朝鮮を訪問(19日の朝鮮中央通信は、朴宜春外相が表敬訪問した劉次官と「談話を交わした」と報道。また、20日に定例記者会見を行った中国外交部の華春瑩スポークスマンは、同次官が「朴宜春外相、金亨俊次官、李勇浩次官、朝鮮労働党中央国際部の金成男副部長、国家経済開発委員会の李鉄石副委員長と個別に会談した」ことを紹介)し、20日にはそのまま瀋陽経由で22日まで韓国を訪問(中国外交部HPは、21日に韓国外交部の朴李京秀次官と外交協議を行い、さらに統一部の柳吉在長官及び大統領の外交安保首席秘書官である朱鉄基とも会見と指摘)しました。

<中朝会談>
 中朝会談の内容について華春瑩は次のように説明しました(20日)。

 柳振民次官は、中国は中朝関係を極めて重視しており、朝鮮との政治的意思疎通を強め、互いの利益を相互に尊重し、実務的協力を拡大し、両国関係の安定的発展を推進したいと述べた。中国は半島の非核化という目標を実現し、半島の平和と安定を擁護し、対話と協議を通じて問題を解決し、半島に戦いが生じ、乱が生じる(「生戦生乱」)ことを絶対に許さない。中国は朝韓関係の改善を支持し、最近双方の対話で得られた進展を積極的に評価する。関係者が共に努力し、半島情勢が緩和に向かうことを推進し、半島の平和と安定を維持し、早期に6者協議を再開するために条件をつくり出すことを希望する。

 華春瑩はまた、朝鮮側の発言として次のように紹介しました。

 朝鮮側は、朝中の伝統的友好協力関係を強固にし、発展させることは朝鮮の党及び政府の確固不動の立場であると述べた。朝鮮は中国とともに両国の各領域の交流協力を推進し、情勢を緩和させ、6者協議再開を推進するために最大限の努力を払い、協力して半島及び地域の平和と安定を維持したい。

 ちなみに2月22日付の朝鮮中央通信は、朝鮮外務省スポークスマンが21日、同通信の質問に対して次のように答えたと報道しました。「深みのある意見交換」、「朝中外交関係の設定65周年を意義深く記念することを議論」というくだりは要注目です。

 劉振民副部長を団長とする中国外交部代表団が2月17日から20日まで朝鮮を訪問して外相を表敬訪問し、外務省と当該機関の幹部たちに会って会談と談話を行った。
会談と談話では、朝中関係と地域情勢、6者会談の再開など相互の関心事となる問題に対する深みのある意見交換を行い、共同の認識を達成した。
双方は、伝統的な朝中友好をいっそう発展させ、そのために今年、両国間の高位級往来を強化し、朝中外交関係の設定65周年を意義深く記念することを論議した。
朝鮮半島と地域の情勢に関連して中国側は、新年に入って朝鮮側が重大措置を通じて情勢の安定と北南関係改善のための誠意を十分に示したと肯定的に評価し、今後の情勢の発展は米国と南朝鮮の態度にかかっているという朝鮮側の立場が強調された。
朝中双方は、今後も朝鮮半島と地域の平和と安定を守り、6者会談の再開のために共同で努力することにした。

<中韓会談>
 2月21日付の中国外交部HPは、中韓会談の内容を次のように紹介しています。

 2014年2月21日、柳振民次官は韓国外交部の李京秀次官と外交協議を行った。双方は、中韓関係、朝鮮半島情勢など共通の関心がある問題について意見を交換した。
 双方は、昨年以来、中韓の戦略的協力パートナーシップは積極的な成果を挙げたと一致して認め、新しい一年においても引き続き共に努力し、戦略的意思疎通と協力を強化し、実務的協力を深め、自由貿易地域交渉を積極的に推進し、人文交流共同委員会の仕事をさらにうまく行い、両国関係が新たにさらなる発展を遂げるように推進することに同意した。
 柳振民は数日前の朝鮮訪問の状況を紹介し、本年に入ってからの半島情勢及び南北関係に表れた緩和傾向を積極的に評価するとともに、北東アジア情勢は極めて複雑であり、半島情勢にも引き続き不確定要因が存在していると述べ、各国が共に努力して情勢の継続的緩和に努力し、以前のような緊張した局面の出現を必ず避けなければならないと希望した。
柳振民は、中国が半島の非核化実現、半島の平和及び安定の維持、対話協議を通じての問題の解決を堅持していると述べた。中国は、韓国が南北関係改善のために行っている努力を賞讃し、南北双方が対話と協力を継続していることを支持し、関係国が共に努力して6者協議再開のために有利な条件をつくり出すことを希望する。
韓国側は、中国が半島の平和と安定を維持し、6者協議再開を推進するために行っている努力に感謝し、引き続き中国と密接な意思疎通と協力を保ち、半島情勢の緩和のために貢献し、半島非核化プロセスを推進したいと述べた。

4.「生乱生戦」の含意

「生乱生戦」は中国の対朝鮮半島政策における新しいキー・ワードです。しかし、表現自体は当初から一貫していたわけではありません。2.で述べましたように、王毅外交部長がケリー国務長官と会談したときに用いた表現は「生乱生戦」でした。しかし、公表の期日は王毅・ケリー会談後ではありますが、王毅が『学習時報』文章で用いた元々の表現は「生乱生事」でした。そして、2月20日に中国外交部の華春瑩スポークスマンが中朝会談の内容を紹介したときには「生戦生乱」としていました。2月21日以後、王毅がケリーとの会談で用いた「生乱生戦」で専門家及びメディアの表現は統一されたようです(このような現象は、習近平などの最高指導者がこの表現を正式に使っていたならば起こりえなかったでしょう。王毅外交部長が『学習時報』文章で使い始めた言葉が中国の対朝鮮半島政策のキー・ワードとして定着していったことを示唆します)。
 また、「生乱生戦」についての受けとめ方も様々です。
例えば2月17日付の中国網所掲の暁岸文章では、「王毅がケリーとの会談で、中国は「半島に乱が生じ、戦いが生じることを絶対に許さない」と述べた発言は、アメリカ及びその同盟国に向けたものであると同時に、朝鮮に対して向けたものでもある」と解釈しています。なぜならば、「中国はいかなる国家の戦略的私利のために責任を負うべきではなく、いかなる国家の戦略的投機のためにツケを払うべきでもない。しかし中国は、家の周りをしっかり清掃して戸締まりをすることには積極的であり、様々な可能性に対して内部的に準備をしっかりするということを世界にしっかり認識させる必要がある。なぜならば、いったん乱が生じ、戦いが生じれば、真っ先に影響を受けるのは中国だからだ。バランスを保ちつつ影響を行使することは、中国が半島の平和を維持するために堅持すべき原則だ」という判断をするからです。これは、王毅の『学習時報』文章での発言をふまえた暁岸の解釈と言えるでしょう。
 また、2月19日付の韓国連合通信社の記事(21日付新華網が報道)は、中国が朝鮮に対して「半島に乱が生じ、戦いが生じることを絶対に許さない」と述べたのは、一貫性がない朝鮮指導部に対して中国が発した明確な警告だと解釈しています。
 しかし、私自身の理解は違います。もちろん、朝鮮に対して軽挙妄動を慎むことを促す意味が込められていることは否定しません。しかし、「半島に乱が生じ、戦いが生じることを絶対に許さない」という中国の断固たる決意を伝えようとする相手は優れてアメリカであり、日本であり、韓国であると思うのです。
 というのは、中国は朝鮮の核開発は優れて防衛目的であり、それに尽きることを今や明確に認識しているからです。それが2013年5月の崔龍海特使訪中の中朝間の最大の成果でした。だからこそそれ以来中国は、「朝鮮の合理的関心」を含む朝鮮半島問題の解決という言い方をすることとなったのです。「朝鮮の合理的関心」とは米韓日の朝鮮に対する軍事的脅威の存在です。
 中国がケリーに対して「生乱生戦」を絶対に許さないというメッセージを発したということは、米韓日による朝鮮に対する武力行使・武力挑発に断固反対するし、そういう動きに対しては断固とした対応をもって臨むという決意表明です。これまでの中国はそこまで踏み込んだ態度表明をしたことがありません。「生乱生戦」というキー・ワードが使われることになった意味は正にそこにあるのです。  昨年のコラムでも紹介した記憶があるのですが、中国国内では、中国が朝鮮に抑止力を提供することにより、朝鮮の核開発をやめさせるという発言も一部の論者から出たことがあります。しかし、中国が朝鮮に「核の傘」を提供するというアイデアは、独立自主堅持の朝鮮が受け入れるはずはないし、独立自主外交路線の中国にとってもあり得ない選択です。
 しかし、王毅文章が強調し、暁岸文章が解説したように、中国自身の平和と安全を確保するために米韓日が朝鮮半島で事を起こすことを許さない、ということであれば話はまったく別になります。それは中国の自主独立路線の具体化であるとともに、朝鮮の主権及び主張をいささかも侵害するものではないからです。そして、ここが重要だと思うのですが、朝鮮としては中国のこの断固とした決意に接することにより、米韓日の対朝鮮強硬政策に対しても余裕を持って対応することが可能となったのではないでしょうか。朝鮮が米韓合同軍事演習に直面しながらも離散家族再会事業の実施に応じる(2.14合意)という大変な決断を行った(それによって南北対話への条件・環境整備につながる)背景にはそういう中国外交の動きがあったと、私は考えるのです。1.で紹介した環球時報記事及び鐘声文章の指摘は正にそのことを指すものだと思われます。