朝鮮の外交力:南北ハイ・レベル会談とその成果

2014.02.14

私は朝鮮の提案を韓国が受けて行われた2月12日及び14日の北南ハイ・レベル会談(朝鮮は「北南高位級接触」と表現)の成り行きを興味津々、若干オーバーな表現を使えば、固唾をのむ気持ちで見守ってきました。この会談までの成り行き自体が極めて興味深いものでしたが、会談及びその成果が14日の共同報道文として発表されたとき、私は朝鮮外交の実力・したたかさを改めて再認識することになりました。皆さんには意外だと思われるかもしれませんが、今回のケースは朝鮮の外交力を窺う上でとても分かりやすいケース・スタディの材料を提供していますので、詳しく紹介したいと思います。
しかし、かなり事実関係の記述が長くなりましたので、以下の事実関係を整理した結果としての私が注目点を最初に整理して記します。関心のある方は以下の事実関係についても目を通してください(私の注目した諸点が決して的外れでないことがお分かりいただけると思いますので)。

【注目点】
① 朝鮮がはじめて米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」(KR)及び「フォール・イーグル」(FE)の実施に対する反対を貫かず、離散家族再会事業の実施に同意したこと。離散家族再会については2月5日に同月20-25日に行うことで合意され、同10日に米韓が2月24日から演習を行うことを正式に発表した時点で24及び25日の両日が重なることとなりました。朝鮮の従来の立場を考えれば、再会事業に影響が出るというのが韓国、中国をはじめとするもっぱらの見方だったし、私もその見方でした。
 ところが朝鮮は、2月5日の段階で早くも合同軍事演習の実施自体には反対しない姿勢を示唆し、ただ、再開事業の後まで演習開始を延期することを要求したと伝えられました。これだけでも私には大変な驚きでしたし、韓国や中国の専門家も恐らく驚いたはずです(朝鮮が米韓合同軍事演習を受け入れるはずはないと見られていたため)。ところが、韓国がその要求に応じないことを見極めた朝鮮は、2月14日のハイ・レベル会談で再開事業を当初の合意どおりに行うことに同意した(つまり両軍事演習について「黙認」することにした)のです。これは文字どおり、「清水の舞台から飛び降りる」ほどの重大な譲歩です。
 私は他者感覚を研ぎ澄ませて朝鮮を観察してきたつもりですが、金正恩の朝鮮がこれほど大胆な決断と行動に出ることは予想の範囲をはるかに超えていました。
② しかし、朝鮮からすれば、2月14日の北南合意において、「北南間の関係改善のための雰囲気をつくり出さなければならない。百害あって一利なしの誹謗中傷をやめるべき時であり、和解と団結を妨げることをこれ以上してはいけない」と指摘した金正恩の新年の辞における最大のメッセージが、南北の相互誹謗中止(韓国はそれまで頑なに拒んできた)及び南北間ハイ・レベル対話に関する韓国の同意を引き出したことによって実現したという直接的な成果は小さいものではありません。
③ この直接的成果よりもさらに大きい朝鮮外交にとっての巨大な成果は、張成沢粛清事件による金正恩体制に対する米韓(さらには中国)のマイナス的評価を払拭するだけではなく、このような大胆な譲歩も敢えて行うだけの朝鮮の外交力にこれらの国々が一目も二目も置かざるを得ないということでしょう。そのことは、中国外交部スポークスマンの手放しの評価となっていち早く現れていますし、韓国政府も驚きをもって朝鮮の譲歩を受けとめていることに反映されています。
④ また、KR及びFEは米韓の毎年恒例の合同軍事演習であり、また、最大規模のものであり、これまでの朝鮮半島情勢悪化・複雑化の最大要因の一つであったわけです(例えば、2012年の朝鮮の人工衛星打ち上げ以後の情勢の悪化は、2013年に行われたKR及びFEによって緊張のピークをもたらした)から、これに対する朝鮮の態度変更が行われたということは、今後の朝鮮半島情勢に対しても積極的な要因として働くことが十分考えられます。少なくとも、朝鮮半島の非核化を含む情勢の平和と安定の実現を目指して動いてきた中国としては、より強い立場でアメリカ(及び日韓)に対して臨むことになるでしょうし、朝鮮の「合理的関心」(中国政府の表現)を反映するべく従来以上に真剣に動くことになるでしょう。朝鮮外交はそこまで読み込んで行動したと思われます。私が朝鮮の外交力をこれまで以上に高く評価する所以です。
⑤ 下記で紹介するとおり、朝鮮は中国及びロシアとの間でも活発な外交活動を展開していますが、金永南(朝鮮の形式的なNo.2)がソチ冬季オリンピック開催にわざわざ出席し、プーチンと習近平に対して金正恩からの丁重な挨拶を伝えたということも要注目だと思います。中国は早くから金正恩の訪中を呼びかけていますが、朝ロ経済関係の発展も朝鮮経済の好転を期する上では不可欠であり、金永南の上記行動は2014年に金正恩が中ロ両国を訪問が実現する可能性を示唆する材料として位置づけることもあながちうがち過ぎとは言えないのではないでしょうか。

1.南北合意に至る経緯

金正恩は元旦に長文の新年の辞を発表しましたが、その中で「北南間の関係改善のための雰囲気をつくり出さなければならない。百害あって一利なしの誹謗中傷をやめるべき時であり、和解と団結を妨げることをこれ以上してはいけない」と述べました。正直言って、張成沢に関する言及ぶりに気が取られていた私は、その時このくだりを意に止めることがありませんでした。しかし、1月2日に国連の潘基文事務総長と電話で挨拶を交わした朴槿恵大統領は、この金正恩のメッセージの部分を取り上げ、「2014年は朝鮮半島の平和な時代を切り拓くための重要な時期であり、韓国は平和実現のために全力を傾ける」と発言しました(1月2日付の韓国連合通信)。朴槿恵はまた1月6日に大統領就任後はじめて行った記者会見の席上で、「2015年が韓朝分裂70周年である」と指摘し、「韓朝間の対立及び戦争の脅威を捨て去り、朝鮮の核の脅威から抜け出し、朝鮮半島統一時代の新局面を打開したい」と述べるとともに、金正恩の新年の辞に対する正面からの回答として、「朝鮮半島の平和と統一を推進するためには金正恩といつでも会談する用意がある.ただし、会談のための会談であってはならない」と述べました(同日付中国新聞網及び新華網)。
離散家族再会問題は2013年からの懸案です。朝韓は2013年8月23日の南北赤十字の会談で9月25-30日に行うことで合意しましたが、9月21日に朝鮮が延期を発表していました。
今年に入って、1月6日に韓国政府は春節(旧正月)期間中にこの事業を行うことを提案しました。これに対して朝鮮の祖国平和統一委員会書記局は9日に韓国統一部に通知文を送り、「お正月を契機に離散家族・親戚の面会をさせようという南側の提議が真に分裂の痛みをやわらげ、北南関係改善のための善意から出発したものならよいことだと思う」と指摘する一方、「南側で戦争演習が止むことなく続き、近く大規模の合同軍事演習が行われるのに、銃弾・砲弾が飛び交う中で離散家族・親戚の面会を気楽に行えるか」と疑問を呈し、「南側でほかのことがなく、我々の提案も同時に協議する意思があるならば、良い季節に対座することができるだろう」と強調しました。韓国政府はこれを拒否回答と受けとめました。
1月10日には韓国国防部のスポークスマンが2月に韓米合同軍事演習を行うと述べました。1月16日に朝鮮国防委員会は、「1月30日から旧正月を契機に互いに刺激し、誹謗、中傷するすべての行為から全面中止する実際の措置を取ること」、「相手に対するすべての軍事的敵対行為を全面中止する実際の措置を取ること(KR及びFEの中止を要求)」、「核災変を防ぐための現実的な措置も相互取っていくこと」の3項目の提案を行い、「この重大提案が実現されれば離散家族・親戚の対面をはじめ北南関係において提起される大小のすべての問題が解決される」と述べました。韓国統一部スポークスマンは翌17日、中傷誹謗を行っているのは朝鮮であること、米韓合同軍事演習は定期的かつ防衛的なものであること、離散家族再会は人道問題であって政治軍事と絡めるべきではないことなどを理由に挙げて、この提案を拒否しました。
1月23日に朝鮮国防委員会は、「朝鮮労働党第1書記、共和国国防委員会第1委員長、朝鮮人民軍最高司令官の特命に従って」、「南朝鮮当局と諸政党、社会団体、各階層の人民」当てに公開書簡を発表しました。公開書簡はまず1月16日付の上記提案が「国土分断と民族分裂の歴史にピリオドを打とうとする断固たる決心を固めたわが最高首脳部」の新年の辞を受けた「北南関係の活路を切り開くための重大提案」であることを確認した上で、「我々は、南朝鮮当局に一般の軍事訓練を中止しろと提案していない。我々の主張は、外部勢力と結託して同族を狙って行う侵略戦争演習を中止しろということである」と述べ、「和解と団結の雰囲気をつくり出し、軍事的敵対行為を全面中止するとともに、離散家族・親戚の面会ももたらし、金剛山観光も再開し、いろいろな北南協力と交流を活性化しよう」と呼びかけました。
翌24日には、朝鮮赤十字が春節後に離散家族再会事業を行うこと、時期については韓国側が決めればよいと提案しました。韓国統一部は27日、この問題を討議するための南北会談を29日に行うこと、離散家族再会については2月17-22日に金剛山で行うことを朝鮮側に提案しました。朝鮮は2月3日になって回答し、5日または6日に両赤十字の接触を行うことを提案し、双方は5日に行うことで合意しました。そして5日の南北赤十字のワーキング・レベルの接触で20-25日に金剛山で離散家族の再会を行うことに合意しました。
韓国側首席代表の李徳行は、朝鮮が米韓合同軍事演習を中断することを要求していることに関して、離散家族再会事業と政治軍事問題とを関連づけるべきではないと強調し、「朝鮮側は積極的に反応した」と述べました(2月5日付韓国連合通信)。しかし翌日(6日)に朝鮮国防委員会スポークスマンは声明を発表し、「我々の最高の尊厳を悪らつに謗り、我々の体制に対する途方もない誹謗・中傷が続く限り、成し遂げられた合意の履行を考慮せざるを得なくなるであろう」、「対話と侵略戦争演習、和解と対決騒動は絶対に両立しない」、「和解の手を敵対的な戦争演習と核恐喝で無鉄砲な不信と対決に執着してはいけない」と警告しました。
そういう錯綜した状況の中、朝鮮は8日に韓国に対してハイ・レベルの会談を行うことを提案し、韓国が青瓦台の人物を出席させるよう提案したと伝えられました(11日付韓国連合通信)。韓国は即日緊急の国家安全保障会議を開催して討論した結果、朝鮮の提案を受け入れ、双方が非公式に協議した結果、12日に板門店で会談を行うことに合意したのです。朝鮮中央通信は12日付でこのことを伝えました。 この間2月9日にアメリカ国務省は、ケリー国務長官が13日から韓国、中国等を訪問し、朝鮮半島情勢等について意見を交換するスケジュールを発表しました。また10日には韓米連合司令部が正式に同月24日から米韓合同軍事演習KRとFEを行うことを発表し、同日韓国国防部スポークスマンは、この演習は離散家族再会とは無関係であると表明しました。この時点で2月24日と25日が離散家族再会と米韓合同軍事演習とが重なることが明らかになったわけです。
12日に行われた2007年以来となるハイ・レベルの会談は、朝鮮労働党中央委員会の元東淵(ウォン・ドンヨン)副部長と韓国青瓦台国家安保室の金圭顕(キム・ギュヒョン)次長との間で行われました。会談は午前10時に開始され、2回の全体会議と2回の団長間の単独会議とが行われ、午後11時35分に終了するという長丁場で、韓国メディアは「マラソン会談」と形容しました。
興味深かったのは、13日付韓国連合通信が韓国政府責任者の発言として「朝鮮は12日の会談の席上、離散家族再会を予定どおり行うことに同意したが、米韓合同軍事演習期間中には行うことができないとして、軍事演習の開始を遅らせることを要求した」と伝えたことです。即ち、朝鮮はこの時点で米韓合同軍事演習を行うことそのものについては黙認する姿勢を示し、その時期を遅らせることだけを要求したというのです。
13日に韓国統一部は、同日の朝鮮側からの提案を受けて、14日午前10時から第2回ハイ・レベル会談を行うことを明らかにしました(ちなみに、朴槿恵大統領と尹炳世外相はこの日(13日)にケリーと会談しています)。そして14日に行われた会談において離散家族再会事業を予定どおり20-25日に行うことに合意したのです。つまり朝鮮は、12日に行った要求(軍事演習開始の延期)をも下ろしたのです。
他方、この会談では、金正恩の新年の辞で提起され、朝鮮国防委員会の1月16日の提案でも提起されていた相互の誹謗中止が約束されました。また、南北間のハイ・レベル会談を行うことにも合意しました。このことを発表した韓国側首席代表の金圭顕は、会談において「朝鮮半島信頼プロセス」について紹介し、朝鮮がこれに理解を示したと紹介しました(また青瓦台スポークスマンは同日、15日に国家安全保障会議を開催し、朝韓ハイ・レベル会談について討議すると発表しました)。
ちなみに、14日付の朝鮮中央通信が発表した「北南高位級接触」と題する文章全文は次のとおりです。この文章で特に注目されたのは、「朝鮮労働党中央委員会副部長のウォン・ドンヨン氏を団長とする共和国国防委員会の代表団」と述べて、朝鮮側は国防委員会の代表団であることを明らかにしたことでした。

北南高位級接触が12、14の両日、板門店で行われた。
接触には、北側から朝鮮労働党中央委員会副部長のウォン・ドンヨン氏を団長とする共和国国防委員会の代表団が、南側から青瓦台「国家安保室」第1次長兼「国家安全保障会議」事務処長のキム・ギュヒョン氏を首席代表とする代表団のメンバーが参加した。
接触で双方は、北南関係を改善して民族の団結と平和・繁栄、自主統一の新しい転機を開いていこうとする意志を確かめ、北南間に提起される諸問題について真摯に協議し、共同報道文を発表した。
共同報道文
北と南は2014年2月12、14の両日、板門店で高位級接触を行って次のように意見をまとめた。
1. 北と南は離散家族・親戚の面会を予定どおり行うことにした。
2. 北と南は相互の理解と信頼を増進させるために相手に対する誹謗と中傷をしないことにした。
3. 北と南は互いに関心を寄せる問題を引き続き協議し、北南関係を発展させるために積極的に努力することにした。
北と南は相互に便利な日に高位級接触を行うことにした。

2.朝鮮をめぐる注目すべき外交的動き

<朝ロ間の動き>
1月28日付の朝鮮中央通信は、前日(27日)に朴宜春外相が駐朝ロシア大使館員との交歓会を催したことを伝えました。そして朝鮮最高人民会議常任委員会の金永南委員長は、2月5日に平壌を発ってソチの冬季オリンピックの開幕式に参加し、7日にロシアのプーチン大統領と会見し、「金正恩元帥が送るあいさつを丁重に伝えた」と同日付の朝鮮中央通信が報道しました。また、14日付の中国新聞網は、ロシアのイタルタス通信社の報道として、朝鮮の駐ロ大使の金英才がレセプションの席上、朝鮮がロシアとの間でハイ・レベルの代表団の相互訪問を計画していると述べ、羅津港の改築、石炭、鉄道運輸などの重点項目を挙げたことを伝えました。

<朝中間の動き>
1月28日付の朝鮮中央通信は、駐朝中国大使が朝鮮外務省幹部との交歓会を催したことを伝えました。2月7日付の朝鮮中央通信は、この日に金永南がソチで習近平と会見し、「金正恩元帥が送るあいさつを丁重に伝えた」と報道しました。また2月11日付の朝鮮中央通信は、この日(11日)に朝鮮外務省が駐朝中国大使館員との交歓会を催したことを伝えました。
また、同月12日の中国外交部スポークスマンによる定例記者会見では、記者の質問に答えて、中国外交部アジア司の責任者(副司長)が訪朝(13日付環球時報によれば1月)して朝鮮外務省の関係部門の責任者と接触を行い、中朝関係及び朝鮮半島情勢について意見交換を行ったことを明らかにしました。1月28日付の朝鮮中央通信が伝えた「駐朝中国大使が朝鮮外務省幹部との交歓会を催した」ことと関連があると見るのは自然でしょう。
また、2月14日にケリー国務長官と会談した王毅外交部長は次のように述べました(中国外交部HP)。

「中国は朝鮮半島の隣国であり、朝鮮半島には重大の利益と関心を有する。中国の立場は一貫しており明確だ。即ち、半島の非核化を実現し、朝鮮半島の平和と安定を維持し、対話と交渉によって問題を解決することを堅持する。我々は半島に混乱と戦争が起こることを絶対に許さない。中国の態度は厳粛であり、真剣であり、そう言うだけでなくそうする。当面の急務はチャンスをつかんで速やかに対話を回復することだ。関係国が大局に着眼し、言行を慎重にし、弾力的に行動し、情勢緩和に有利になることをするように心掛け、実際的なステップをとって6者協議再開に有利な条件を作り出すようにすることだ。朝鮮の核問題を持続可能で、不可逆的で、実効性のある対話で解決する軌道に乗せよう中国はアメリカを含む関係国と共に努力し、地域の平和と安定を維持するために引き続き建設的な役割を発揮することを願っている。」

中国外交部の華春瑩スポークスマンは、2月14日に達成された朝韓の成果について問われて、合意が達成されたことに「喜びをもって接した」として支持と歓迎を表明し、14日が陰暦の1月15日(元宵節)というめでたい日に当たるとして、朝韓関係が積極的な進展を得たことはこのめでたい日にさらなる喜びをつけ加えるものであること、朝韓双方が民族的大義及び地域の平和安定という大局から出発して互諒互譲した結果であり、そのことに対して賞讃する」と最大級の賛辞を送りました。