尖閣問題をめぐる大戦勃発の可能性(グラハム・アリソン文章)

2014.01.06

*アメリカの雑誌"National Interest"1月号に掲載されたハーバード大学のグラハム・アリソンの文章「2014年 大戦の年?」("2014: Good Year for a Great War?")を紹介します。米中両国の危機管理能力は場数も踏んで実証済みなので米中戦争の危険性は低いけれども、落ち目の日本(安倍首相)の対応については感情的要因が入り込むだろうから日中局地戦争が起こる可能性は排除できず、それにアメリカが日本側に立って巻き込まれることになれば大戦に発展してしまう危険性が排除できない、とする論旨です。
アリソンが明示的に指摘しているわけではありませんが、要するに日本に危機管理能力がない(落第生である)ことが日中戦争ひいてはアメリカを巻き込む大戦争を引き起こす原因になるということでしょう。ここでの「トゥキディデスの罠」とは、アテネに当たるのが中国、スパルタに当たるのが日本ということになります。

昨2013年のあるシンポジウムに同席した、安保法制懇のメンバーである大阪大学の坂元一哉教授が「中国と戦争したら勝てるかもしれない」と真顔で口にする姿に接して信じられない思いを味わった私には、アリソンの指摘を「悪い冗談」として片づけられない不吉な思いがぬぐえません(1月6日記)。

 2014年に臨むに当たり、大国間の戦争はほとんど考えられないように見える。しかし、第一次大戦と類似点を持つ大戦が現実に起こったことを考えてみる視点からすれば、人類を破局に駆り立てかねない現在の状況の中に将来の歴史家は何を見出すだろうか。
現実に起こったことから始めるならば、主たる戦いの担い手が誰になるかが分かる。ロシアはもはや大国たる俳優ではない。欧州は自らを武装解除した。中東、アフリカ及びラ米は局地戦争の場所だ。しかし、米中間の競争の拡大の中には1914年のこだまが聞こえる。

まず、入り組んでいる諸要素を「トゥキディデスの罠」とまとめることができる。つまり、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバルになるとき面倒が引き起こされる。過去500年間にあった15のケースのうち11において戦争が起こった。ギリシャの偉大な歴史家であるトゥキディデスは、こういう構造的な緊張関係が古代ギリシャにおけるアテネとスパルタとの戦争の主要原因であるとした。よく引用される彼の洞察によれば、「アテネの台頭とそのことに対するスパルタの警戒が戦争を不可避とした」のである。
 トゥキディデスが台頭と警戒という二つの要素を指摘したことに留意したい。今日、台頭する中国は当然のこととしていっそうの尊敬を期待するし、諸国間の紛争の解決においてより大きな発言権と影響力を要求する。中国は過去の不幸、とりわけ対日関係における過去の不幸について意識が強くなっており、新しい現実に見合うように過去の取り決め及び慣行を改める決意を強めている。

現在の序列に慣れているアメリカとしてはステータス・クオを変えようとする要求に対しては関心を寄せることになる。第二次大戦後の70年間にわたってアメリカが作り上げ、維持してきたパックス・パシフィカは、中国を含むアジア諸国が未だかつてない平和と繁栄を享受する経済的及び安全保障上の秩序を提供してきた。変化、特に一方的行動による変化に対する要求(浅井注:中国による防空識別圏設定を指していることは自明ですし、後の文章によって確認されます)は、ありがたくないだけではなく、警戒を呼びおこす。 歴史的に見れば、自己主張が昂じて自信過剰になり、警戒が昂じて偏執的になると、互いに誇張し合う結果が誤解と誤算を生み、予期せぬ結果につながる気構えと挑発を引き起こすことになる。
 トゥキディデスと1914年とは、こういう状況において戦争の引き金となりかねない第二の要素、即ち同盟国との入り組んだ関係を想起させる。

2014年についてはどうだろうか。意識もしないのに戦争に向かってしまう今日的なシナリオを描く可能性があるだろうか。幸いなことに簡単にはそういうシナリオは描けない。もちろん、南シナ海または東シナ海で米中の艦艇または航空機が衝突する事件はありうる。2001年に海南島の近くで、中国のパイロットがアメリカの偵察機を中国に緊急着陸させたことがある。緊張が続いたが、両国政府は自制して危機は解決された。最近では、南シナ海で中国の艦船がアメリカの戦艦にぶつかってきて、アメリカの船長が間一髪で航路変更しなければぶつかるところだった。軍艦や軍機で度胸試しをするのはばかげているが、米中の場合はこういう機会を利用して「机上演習」を完璧にやったので、事態が収拾つかなくなる前に大人的対応が期待できるわけだ。

問題が起きそうなのは日本と中国が対決する場合だろう。日本はアジアにおけるアメリカの主要な同盟国であり、日米安保条約によってアメリカは日本の防衛にコミットしている。故意かどうかはともかく、アメリカが1972年に沖縄を日本に返還したとき、東シナ海の尖閣というほとんど名前も知られていない群島をその中に含めた。中国の地図では釣魚と名前がつけられており、中国は自分のものだと主張している。
 歴史的には、国家間の争いのもっとも確実な予兆となるのが領土紛争だ。(日本とロシアは、日本が自分のものだとする4つの島をロシアが支配しているために、1945年に終わった戦争にかかわる平和条約をまだ締結していない。)「自分の領土」を他国が占領しているという主張は、独裁国家であると民主国家であるとかかわりなくナショナリズムの情熱をかき立てる。ましてや、オーストリア・ハンガリー帝国のケースが如実に証明するように、衰退国家は不安感をかき立てられやすくなり、自らが占めるべき地位を大胆な企てで回復することを約束する幻覚にとらわれやすいものだ。

日本人にとって、過去の20年間は経済的低迷と国家的衰退の「失われた数十年」であり、その間に中国は日本に取って代わって世界第2位の経済大国となった。日本の安倍首相は、自国の経済成長と外国の日本に対する信用を回復することを決意して政権に就いた。量的緩和を含めた通貨政策の思いきった変更により、数十年にわたったデフレ傾向を逆転させ、日本経済は緩やかな回復の兆候を示している。しかし安倍のより大きな野望は、日本の軍事力を再建し、アメリカによって課せられた(と多くの日本人が見ている)第二次大戦を終了させた平和条約を改正し、防衛支出を大幅に増大し、日本が自分で自分の領土を守ることができると証明することにある。
 したがって、2014年戦争シナリオとしてもっともありそうだと私が考えるケースは、中国が最近一方的に宣言した、東シナ海の上記島嶼をカバーする防空識別圏が日本による対抗措置のエスカレーションを引き起こし、航空機撃墜や船舶撃沈となってかなりの犠牲を導くというものだ。そうなると、互いに対抗して報復的な行動が続くこととなり、日中間で小規模な海空戦となり、かなりの船舶及び航空機が破壊されるだろう。
 アメリカの海空軍の支援をバックとすれば、またそれは確実だから、日米の軍事力は今のところは圧倒的に優勢だ。日本の政治家は、「しっぺ返し」の戦略を採用することで中国が降参することを狙うだろう。しかし、1949年以後中国を支配してきた政権による政策決定について研究してきたものの見方は必ずしもそうではない。過去60年間の領土紛争にかかわる中国の武力行使を分析したテイラー・フラヴェルによれば、相手に対して間違いなく軍事的に劣勢な状況において中国が戦争に訴えるケースは、中国が優勢にある状況の時よりも3倍多いという。アメリカ人が思い出すべきは朝鮮戦争であり、中国共産党政権はまだ内部を固めてもいなかったのに、アメリカが鴨緑江の南まで進軍したときに参戦し、米軍を38度線まで押し戻し、休戦による解決を押しつけた。

2014年には大戦が起こるだろうか。私はまず起こらないと賭けるが、いくつかの但し書きが必要だ。戦争は「考えられない」という主張は、世界における可能性について述べるということではなく、我々の限られた想像力が及ぶ範囲を示すにとどまるということである。オバマ大統領と習近平主席が中国及びアメリカの双方にとって戦争はばかげていると認識しているということは無意味ではないが決定的ということでもない。1914年当時の欧州の指導者の誰一人として、結局足を踏み入れ、しかも全員が敗者となった戦争という道を進んで選択したというわけではなかった。1918年には、カイザーは去り、オーストリア・ハンガリー帝国は解体し、ツァーはボルシェヴィキによって打倒され、フランスは一世代の長きにわたって傷を負い、イギリスは活力と富という華を刈り取られてしまった。もう一度(選べる)というチャンスがあるとしたら、自分が行ってしまった選択を繰り返す指導者はゼロだろう。

したがって、これからの一年について希望を持つためには、100年前の過ちが独りよがりは危険であるということを我々に教えているのである。