安倍政権の外交安保政策と日米中関係

2014.01.03

*ある雑誌から寄稿の誘いを受けて書いた短文を紹介します。

尖閣問題及び中国の防空識別圏設定は、中国に対する日米両国の認識・政策を比較・検討する上での好材料を提供しています。この小文ではまず、アメリカの世界戦略及び安倍政権の外交安保政策の基本的なポイントを整理します。その上で、尖閣問題及び防空識別圏設定問題で浮かび上がっている日米の対中認識・政策の本質的な違いを明らかにし、私たちは如何に身を処する必要があるかを考えます。

<アメリカの世界戦略と日本の位置づけ>

第二次世界大戦後に世界最強の超大国となったアメリカの世界戦略の根底に座る考え方は二つです。一つは、国際政治はパワー・ポリティクス(権力政治)、つまり国際政治を動かすのは力だという確信です。もう一つは、世界で最初に人権・デモクラシーを実現した国家として、アメリカには自らが奉じる価値観を世界に押し広める責任があるという使命感です。
米ソ冷戦終結及びソ連崩壊で世界唯一の超大国となったアメリカは、アメリカの価値観を共有する国々から成る国際共同体(international community)を作り上げる世界戦略を構想するようになりました。そして、その構想の実現を妨げる(とアメリカが考える)可能性のある要素を「様々な不安定要因」と一括りにし、これをポスト冷戦時代の新しい脅威と定義し、これと対決することを軍事戦略と定めたのです。そして、この戦略を遂行するために、米ソ冷戦以来世界に張り巡らしてきた軍事力を維持することを正当化しました。
 しかし、物事はアメリカの思いどおりには進まないものです。1970年代から深刻化した財政及び貿易の赤字に代表されるアメリカの経済的困難は、この軍事力の維持を難しくしています。そこでアメリカは同盟国の財政及び役割分担を増加する方針を打ち出しました。その中心に座るのが「何でもできるNATO」と「何でもできる日米同盟」を作り上げることです。こうしてアメリカは1990年代以後、日本に対する軍事的要求を強めてきたのです。

<安倍政権の目指すもの>  

安倍政権は、戦後保守政治におけるもっとも右翼的・反動的傾向を代表しています。その政治思想の特徴は、自らの無謬性の確信・信仰(「大東亜戦争」肯定論)、歴史感覚の欠落(アジアに対する加害責任の拒否)、天動説的国際観(アジアの盟主を目指す衝動)そして反共主義(対中敵対意識)にあります。その政治主張の特徴は、人権・デモクラシーに対する冷笑的態度及び憲法第9条に対する敵意であり、その二つの集中的表現が自主憲法制定論です。

この右翼的・反動的傾向は、戦後当初は反戦平和世論により、1960年代以後は戦後保守政治に働いていた自浄バネによってその台頭が抑えられました。しかし、1990年の湾岸危機以後、アメリカの対日軍事要求のもとで、右翼的・反動的主張は急速に影響力を強めることになり、今日の安倍政権へとつながってきました。

戦後の右翼的・反動的傾向の最大のアキレス腱は対米関係です。日米の実力差のもとでは、親米路線のもとで自らの政治思想・主張の実現を図る以外にないのです。また、いまや急台頭している中国と対抗するためにも、アメリカに頼らざるを得ません。したがって安倍政権の政策は次のように特徴づけられることになります。

第一に、アメリカの世界戦略・軍事戦略に積極的に加担すること、特に「様々な不安定要因」に対処し得るようにするべく、「何でもできる日米同盟」に衣替えすること。そのために、「集団的自衛権行使」実現という課題が出てきます。

第二に、中国及び朝鮮の脅威を最大限に宣伝すること。多くの国民は、「日本を守ってくれる日米安保は必要」と考えますが、日本がアメリカのお先棒を担いで「世界の憲兵」になることには抵抗感が強いのです。この抵抗感を打ち消すため、国民の間に根強い「中国脅威」「北朝鮮脅威」感情を利用して日米同盟強化(更には改憲)を正当化するのです。しかも安倍政権は反共反中の権化ですから、そうすることにためらいはありません。

アメリカの「様々な不安定要因」には、大国・中国や核ミサイル開発を行う朝鮮という「伝統的脅威」も含まれます。したがって、アメリカとしても安倍政権が中国脅威論と北朝鮮脅威論を前面に押し出して日米同盟強化を内外に対して正当化することを認め、歓迎するのです。

<尖閣問題と中国の防空識別圏設定>

しかし、尖閣問題と中国による防空識別圏設定は、中国に対する認識・政策で日米が一枚岩からほど遠いことをあぶり出しました。  尖閣問題は尖閣諸島の領有権を日中双方が主張して譲らないことに表面的な原因があります。しかし、本来はポツダム宣言を作った米中英(プラスソ連の後を継いだロシア)が帰属先を決める立場にあるのです(同宣言第8項)。ところが、肝心のアメリカが「立場をとらない」と逃げているために、日中間の争いという外観を呈しているのです。
さらに問題をややこしくしているのは、アメリカが日米安保条約は尖閣に適用があるとしていることです。それでいてアメリカは、この問題は日中の話し合いで解決するべきだとも言っています。要するにアメリカは、日本の顔を立てつつ(タテマエ)、「尖閣のごときちっぽけな島のために、中国との関係を台無しにするような割に合わないことはまっぴらゴメン」なのです(ホンネ)。

中国の防空識別圏設定も尖閣がらみです。中国の発表の仕方が荒っぽかった(民間航空会社にも事前に飛行計画書の提出を求め、従わない場合は軍事的措置をとる場合があるとした)ために、日米が反発し、関係諸国にも動揺が走ったのです。しかしその後中国政府がきめ細かいフォローをしたので各国の動揺は収まり、アメリカを含め多くの航空会社(日本を除く)が飛行計画を出しています。

ここでも日米の対応の違いが表面化しました。安倍政権は、尖閣諸島を含めている中国の防空識別圏そのものを認めず、撤回しろと頑張ります。しかしオバマ政権は識別圏の設定の仕方に問題があったことを問題にし、撤回を本気で求めているわけではありません。中国と正面から事を構える気持ちはないのです。
以上の中国に対する日米の政策の違いの根本にあるのは、米中関係を戦略的に位置づけ、中国の台頭を牽制(そのために日米同盟及び安倍政権のむきだしの対中対決政策もちゃっかり利用する)しつつ、無用な争いは避けたいオバマ政権と、中国と事ごとに対決し、それを改憲につなげたい安倍政権のとの思惑の違いです。

米中激突という最悪の事態にならない限り、日中関係が緊張状態にある方がアメリカは漁夫の利を得やすいから、オバマ政権は安倍政権のなりふり構わない対中敵視政策を黙認し続けるでしょう。しかし、日中間の小競り合いがエスカレートして米中軍事衝突という最悪の事態に直面するとき、オバマ政権が米中関係を優先して日本を切り捨てる、安倍政権にとって最悪の選択をしない保証はまったくありません。安倍政権にとっては自業自得ですが、とんでもない災難に見舞われるのは私たち自身です。
私たちが性根を据えて考えなければならないのは、アメリカの都合だけで東アジア情勢がかき回され、日中関係が振り回されることに対して傍観者であっていいのかという問題です。いいはずはありません。私たちは、危険を極める安倍政権の暴走をチェックし、オバマ政権のアメリカ本位の政策を見極め、何よりも東アジアの平和と安定を希求する立場に立って、日本国の主権者として責任ある態度決定を行うことが求められています。