第2期オバマ政権の軍事戦略と対アジア政策

2013.12.17

*11月5日にヘーゲル国防長官は戦略国際問題研究所(CSIS)で、2014年に発表されることになっている「4年ごとの防衛見直し(QDR)」に言及しつつ、第2期オバマ政権の軍事戦略に関する演説を行いました。また、11月20日に国家安全保障会議のライス補佐官は「アジアにおけるアメリカの将来」と題する演説を行い、第2期オバマ政権の対アジア政策を明らかにしました。少し遅くなった(集団的自衛権に関して書いていた本の中でも取り上げましたが、このコラムで紹介する余裕がありませんでした)のですが、第2期オバマ政権の対アジア安全保障政策を理解する上で重要なものですので、ヘーゲル演説についてはごくかいつまんで、また、ライス演説については安全保障に関する部分(ほかに経済、人権・デモクラシー及び尊厳の部分がありますが省略)を紹介します。
 両演説から明らかになる重要なポイントは次のとおりです。
◯脅威認識におけるオバマ政権と安倍政権との間の懸隔の甚だしさ:安倍政権はひたすら「中国脅威」論を全面に押し出していますが、ヘーゲル及びライスの演説における中国の位置づけは明らかに違います。ヘーゲル演説から明らかなアメリカの脅威認識はクリントン政権以来の「様々な不安定要因」(ブッシュ政権のテロリズムを脅威とする脱線現象の軌道修正)とするものです。
◯安全保障における同盟国の役割分担重視:アメリカの財政的制約の下で、アメリカがなお世界のあらゆる不安定要因に対処するためには同盟国の役割分担強化は不可欠な要請です。日米軍事同盟の強化はその一環です。アメリカとしては、その要請を満たすために安倍政権が「中国脅威」論を国内向けに宣伝するのを大目に見るということでしょう。
◯しかしアメリカにとって当然かつ重要なことは、アメリカの世界軍事戦略に奉仕するための日米軍事同盟ということであって、日本(安倍政権)の対中軍事対決に奉仕するための日米軍事同盟ではないということです。したがって、尖閣問題で日本が対中軍事緊張を高めることについては、戦争にならない限りではアメリカとしても付き合うけれども、「たかが尖閣という岩礁のためにアメリカが戦争に巻き込まれるようなことは絶対に願い下げ」ということです。
◯アメリカの世界戦略においては今や米中関係が決定的に重要だということです。日米関係は対中牽制材料として不可欠ですが、オバマ政権においては、「コマとしていかようにも動かせる日本」と「戦略的に向かい合わなければならない中国」という構図が両演説から鮮明に浮かび上がってきます。
(12月17日記)

<ヘーゲル演説>

◯(脅威認識:「様々な不安定要因」)
 「アメリカの利益を保護し、未来への可能性を高めるために必要な方策を損なうような地政学的及び政治的な行きづまりと予算的不確実性が続いている時、変わりやすく、危険で、急速に変化しつつある複雑な世界を管理する上では、戦略の重要性は今日特に明らかだ。」
 「アメリカにとっての挑戦(≒脅威)は、1962年当時に直面していた単一の決定的な脅威とはまったく異なり、はるかに分散し、はるかに複雑になっている。それはまた(テロという)2002年当時ともまったく違っているし、10万の兵士をイラクに駐留させ、数万の兵士がアフガニスタンに向かっていた数年前とも違っている。オバマ大統領はアメリカを恒常的な戦争から抜け出させようとしている。」
 「アメリカがポスト9.11から移行しつつある今、アメリカの将来を規定し、我々の世界でのかかわり方を形作る劇的な変化が起ころうとしている。これらの21世紀の流れの主要なものは経済力の驚くべき拡散と圧倒的な人口上の変化に基づく地政学的な重心移動だ。中国、インド、ブラジルそしてインドネシアが世界経済を作り替えつつある。アジア太平洋地域は、世界の政治、商業及び安全保障においてますます圧倒的になりつつある。(さらにサイバー、テロリスト及び犯罪ネットワーク、非国家主体などを列記)」
 「APR、中東その他の地域の地域的緊張及び紛争は、米中露を巻き込む大規模紛争に発展するポテンシャルを持っている。もっとも複雑で挑戦的な脅威はイラン及び北朝鮮だ。」
 「これらすべての挑戦が予見しうる将来において常に存在し続ける。これらの21世紀の世界的な脅威及び問題については簡単な解決はない。」

◯(対処戦略)
 「我々は、NATOのような共通な利益に基づく連合を通じて努力を高め、強化しなければならない。これらの挑戦はアメリカだけの責任ではないが、アメリカの世界的なリーダーシップと関与が引き続き必要だ。しかし、我々のリーダーシップを維持する上では、我々の力に依存するだけではなく、その限界を認識し、我々の影響力を巧みに行使することが必要になっている。アメリカは世界唯一の指導力だ。しかし同時に傲慢の虜になってはならない。」
 「10年以上にわたる高価で、問題の多い、時には終わりの見えない戦争を受けて、アメリカは世界における役割を再定義しつつある。歴史的な予見しがたい世界に向かっている時、冷戦時及びこれまでの20年間とはまったく異なる脅威に向きあう中で、アメリカは、軍事力をうち固めると同時に、文民的な力の手段にもっと力点を置かなければならない。」
 「(アメリカの武力行使の決意がシリア問題におけるロシアとの外交の可能性を開いたと自画自賛した上で)軍事力は常に選択肢でなければならないが、それは最終的選択肢であるべきだ。アメリカの対外政策において、軍隊は主動的な役割ではなく支援的な役割を担うべきだ。」
 「そういうバランスを考える好例がAPRにおけるアメリカの新たな関与のあり方だ。アメリカの軍事力はAPRのリバランスにおいてスタビライザーとしての役割を担っているが、国防省がその主導力ではなく、そのリバランスは外交、経済、通商及び文化的イニシアティヴに基づいている。21世紀におけるこの地域でのアメリカの利益を守り、促進する上で、アメリカは軍事力を包括的戦略の中での支援的要素として使用しなければならず、そのためにはすべての力の要素を注意深くバランスさせる必要がある。予算が削減され、新しい挑戦に向きあう中で、同盟諸国と緊密に協力することを含めて我々の軍事力を再編していかなければならない。」

<ライス演説>

◯(冒頭部分-抜粋-)
 「APRほどアメリカにとっての挑戦及び機会が大きいところはほかにない。2年前にオバマ大統領は、この地域におけるアメリカの役割に関するビジョンを明らかにして、「アジアは今後の一世紀が紛争と協力のいずれによって特徴づけられるかを規定するだろう」と述べた。したがって、APRに対するリバランスはオバマ政権の対外政策の要石であり続ける。政治的に不安定な地域がほかにいくら現れるとしても、アメリカはこのカギとなる地域に対する恒久的関与を深めていくだろう。」
 「私はこの機会に今後3年間において我々がAPRで何を達成しようとしているかについて述べようと思う。アメリカの最終的な目標は、アジアにおいて、より安定的な安全保障環境、オープンで透明な経済環境そしてすべてのものの普遍的な権利と自由を尊重する自由な政治的環境を確立することである。そういう将来を実現することは何代もの政権の持続的な取り組みが必要だろう。当面オバマ政権としては、安全保障の向上、繁栄の拡大、民主的諸価値の助長及び人間の尊厳の促進という4つのカギとなる分野における持続的進展のための枢要な基礎作りを行うだろう。」

◯(安全保障の向上)
 「我々は、アメリカの同盟国とともに、そしてこの時代の挑戦に対応するべく現代化されつつあるアメリカの軍事力態勢によって、APRをより安全にしている。2020年までにはアメリカの艦隊の60%が太平洋を基地とするようになり、太平洋司令部はより多くの最先端の装備を獲得することになる。今フィリピンで目撃しているように、この地域におけるアメリカの軍事プレゼンスは、脅威を抑止し、同盟国を防衛するためだけでなく、迅速な人道的援助及び他とは比べものにならない災害対応を提供するためにも死活的に重要になっている。我々は、伝統的脅威を抑止するのと同じように効果的に台頭する挑戦に対処するべく、この地域における安全保障関係を最新のものとし、多様化している。我々は、共通の利害及び価値を防衛するべく、同盟国及び仲間がより大きな責任を担うことを求めている。来年には日本との間で、過去15年間で最初となる二国間の防衛ガイドラインの抜本的な改定を完成させることになっている。日本はまた最初となる国家安全保障会議を設置することになっており、私は日本側と地域及びグローバルな挑戦について緊密に協力することを期待している。韓国では、米韓の軍事力が北朝鮮の挑発を抑止し、対抗することを確実にするため、同盟の軍事能力を向上させつつある。オーストラリアとの間では、ダーウィンでの海兵隊のローテーションによって両国軍隊を緊密にし、ミサイル防衛及び宇宙・サイバーにかかわる安全保障という新しい分野での協力を深めている。タイ及びフィリピンとの間では、海洋安全保障及び災害対応に向ける取り組みを強化している。地域における安全保障関係のネットワークを多様化させるため、我々は同盟国及び安全保障の仲間との三国間協力を強化し、同盟国及び仲間たち自身の間での協力を進めるように慫慂している。
 中国に関しては、新しいモデルの大国関係を稼働させることを目指している。即ち、アジア及び世界における両国の利害が重なり合う課題についての協力関係を深めるとともに避けることのできない競争関係をうまく管理するということだ。両国は、朝鮮半島の非核化、イランの核問題の平和的解決、安定しかつ安全なアフガニスタン、スーダンの紛争終結を求めている。サハラ以南のアフリカなどの地位における平和と開発を促進することは、アフリカの人々にとってもまた我々両国にとっても利益になることであり、そのために両国が協調行動をとる機会もある。
 両国は、戦略的安全保障対話を促進し、海賊対処や海洋安全保障などのテーマについて協力することにより、軍同士の関係を質的に改善しつつある。軍事的な関与と透明度を高めることにより、相互不信と競争という現実を管理できるようにするとともに、オバマ政権の対中アプローチにおける目標だったハイ・レベルの意思疎通も開始した。中国とビジネスを行うやり方を多様化する中で、アメリカは法の支配、人権、信仰の自由及び民主的諸原則を尊重することを主張していく。…私は4年半ほどこれらの問題の多くについて国連安保理で中国と隣り合って座っていた。だから私は、いくつかの根本的な相違はミニマイズすることができないものであることを知り尽くしている。しかし同時に私は、今日における主要な挑戦の多くについては、我々の利害を調整することができるし、そうしなければならないことも知っている。
 米中の利害の調整の必要性は、北朝鮮が国際の平和と安全に対して向けている脅威に立ち向かうことにおいてもっとも際立っている。北朝鮮は近隣諸国を脅かしている。平壌は危険な商品及び技術を拡散させている。北朝鮮は、国際法にあからさまに違反して核兵器の保有と長距離ミサイル計画を推し進めている。その結果、我々のもっとも切羽詰まった安全保障上の目標は、北朝鮮の核及びその他の大量破壊兵器計画による脅威を取り除くことだ。
 そのため、確実で信頼でき、北の核計画全体を対象とし、かつ、非核化に向けて具体的で、不可逆的なステップがとられることを条件として、我々は交渉に応じる用意がある。平壌は、対話を行いつつ同国の武器計画の中心的部分を続けようとしているが、そういう試みは成功しない。我々は国際的な仲間、特に中国とともに、北朝鮮が非核化するように圧力を強めていく。我々は自国及び同盟国を北朝鮮のいかなる脅威からも守るために必要なことを行い、北朝鮮に対する国毎及び多国間の制裁を継続し、必要に応じて拡大する。…平壌には二つの選択がある。よりいっそうの孤立化とひどい経済困難か、平和、発展そしてグローバルな統合かである。
 地域の平和と安全及びアメリカの利益に対するもう一つの増大しつつある脅威は、東シナ海及び南シナ海における海洋紛争である。我々が目指すのは、関係国政府が互いに意思疎通を図り、海におけるいざこざが意図せずして大きな紛争を引き起こすことがないようにすることだ。我々は、すべての関係国が、海洋紛争を防止するための平和的な外交プロセスを設立することを通じて、国際法及び規範に従ってそれぞれの主張を追求すること、そして強圧や侵略に訴えないことを促す。最初の好ましいステップは、南シナ海行動規範を進めることだ。APRの国々及び諸機構がこれの紛争をどのように処理するかによって、安全保障の共有という将来を形成する能力の先触れとなるだろう。
 アジアにおけるもっとも深刻な安全保障上の挑戦の多くは、気候変動、海賊、伝染病、国境を跨ぐ犯罪、サイバー窃盗、人身の違法売買という今日的奴隷などの国境を跨ぐ超国家的脅威である。これらの脅威に対して個々の国家が単独で対抗することはできない。我々がASEANや東アジアサミットのような地域機関とのかかわりを増やす理由の一つはここにある。」

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