日米安全保障協議委員会(「2+2」)共同発表

2013.10.07

*10月3日に「歴史上初めて日本で開催」(日米「2+2」共同記者会見での岸田外相発言)された日米の外務防衛4閣僚による日米安全保障協議委員会(「2+2」)会合は、1997年に作成された日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の見直し作業を正式に開始(2014年末までに作業を終える)する合意を含む共同発表「より力強い同盟とより大きな責任の共有に向けて」(以下「2013年共同発表」)を明らかにしました。
今回の共同発表の特徴及び問題点を理解するためには、過去における節目ごとの「2+2」累次文章等と比較することが必要です。ここでは特に、1997年9月23日の共同発表「日米防衛協力のための指針の見直しの終了」(以下「1997年共同発表」)及び同指針見直しを決めた1996年4月17日の橋本首相・クリントン大統領による「日米安全保障共同宣言:21世紀に向けての同盟」(以下「共同宣言」)並びに2005年10月29日の共同発表「日米同盟:未来のための変革と再編」(以下「2005年共同発表」)を比較対象として取り上げます(10月7日記)。

1.2013年共同発表の特徴(注目すべ点)

 1997年共同発表に付属して公表されたガイドラインに関するアメリカ側評価に関しては、2000年10月に出されたいわゆる第1次アーミテージ報告の次のくだりが印象的である。

 「(冷戦の)勝利を分かちあったのち、(日米)両国が真の脅威と潜在的危険に直面しているにもかかわらず、米日関係は進路を踏み迷っており、焦点と一貫性を失っている。…朝鮮半島をめぐる危機…をへてようやく米日政府は、両国関係を軽視してきた代償に気づいた。そのあと1996年3月台湾海峡で生じた対立が、太平洋の両側に位置する両国に、この二カ国間安全保障同盟を再確認するさらに強いきっかけを与えることになった。」

 つまり、1997年共同発表及びガイドラインは、1993-94年のいわゆる「北朝鮮核疑惑」を発端とする朝鮮半島の一触即発の危機(及び1996年3月の台湾海峡の事態)に対して、主に日本側の問題(憲法の下で有事法制がない日本は米軍の出撃・兵站基地としての機能を備えていなかった)によって日米同盟が軍事的に有効に機能しえず、したがってアメリカとしては戦争を発動することができないことが判明したことに対するアメリカ政府の対日働きかけの所産という特徴を持つ。
 それに対して2005年共同発表は、ブッシュ政権による2001年の対テロ戦争及び2003年の対イラク戦争に対して全面的に協力することを目指して猪突猛進した小泉政権の下で一連の有事法制が成立し、日本がアメリカの出撃・兵站基地及び「新たに強化された戦略的関係」(第2次アーミテージ報告)としての軍事機能を整備したことを受けて作られた、正に日米同盟の「未来のための変革と再編」を目指したものだった。それは同時にまた、「新たな地球的および地域的挑戦の波が引き続き高まっている」(同報告)情勢に対する日米同盟のグローバル化を明確に意識したものでもあった。
 これに対して今回の2013年共同発表は、21世紀に入ってから急速に進められた日米同盟の変質強化の基礎の上に、①「アジア太平洋地域において変化する安全保障環境」についての認識(脅威認識)を確認した上で、②新ガイドラインの作成をはじめとする「日米同盟の能力を大きく向上させるためのいくつかの措置を決定」するとともに、③「地域及び世界の平和と安全に対してより積極的に貢献するとの日本の決意」を前面に押し出し、また、④「地域及び国際社会におけるパートナーとの多国間の協力の重要性を強調」したことに大きな特色がある。

<脅威認識>
 2013年共同発表は、日米同盟が対処するべき「平和と安全に対する持続する、及び新たに発生する様々な脅威や国際的な規範への挑戦」として、「北朝鮮の核・ミサイル計画や人道上の懸念、海洋における力による安定を損ねる行動、宇宙及びサイバー空間におけるかく乱をもたらす活動、大量破壊兵器(WMD)の拡散、並びに人為的及び自然災害」を列記する。
 1997年共同発表では、「冷戦の終結以来、世界的な規模の武力紛争が生起する可能性は遠のいている」という基本認識の下、アジア太平洋地域については「依然として不安定性及び不確実性が存在する」として、「朝鮮半島における緊張は続いている。核兵器を含む軍事力が依然大量に集中している。未解決の領土問題、潜在的な地域紛争、大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散は全て地域の不安定化をもたらす要因である」と述べた。
 これに対して2005年共同発表は、「新たに発生している脅威(浅井注:国際テロリズム)が、日本及び米国を含む世界中の国々の安全に脅威を及ぼし得る共通の課題として浮かび上がってきた…。また、…アジア太平洋地域において不透明性や不確実性を産み出す課題が引き続き存在している」という表現で脅威認識を示した。
 3つの共同発表の比較から分かる2013年共同発表の脅威認識の特徴として、次の諸点が指摘される。
「様々な脅威・挑戦」の中身が具体的に指摘されていること。ソ連崩壊によって「ソ連脅威論」を押し出す根拠を失ったアメリカは、新たな脅威として「様々な脅威」という考え方を打ち出した。つまり、アメリカの世界的な軍事覇権に対して異議申し立てを行い得るありとあらゆる要素をすべて「脅威」として括ったわけだ。いわば、アメリカが世界に張り巡らした軍事プレゼンスを正当化するために人工的に作り上げた(つまり虚構に過ぎない)脅威概念ということができるだろう。1997年及び2005年の共同発表はこの脅威概念がストレートに顔を出している。
これに対して2013年共同発表でももちろん「様々な脅威」が脅威概念の中心に座っていることには変化がないが、「脅威」とされる内容がより具体的に指摘されていることに特徴があると言える。しかも、それらは朝鮮及び中国との関連性が強い。 特に朝鮮に関しては名指しで「核・ミサイル計画や人道上の懸念(浅井注:いわゆる「拉致」問題を指すのだろう)」が、また、中国に関しては名指しこそ避けているが「海洋における力による安定を損ねる行動」が挙げられている。また、「宇宙及びサイバー空間におけるかく乱をもたらす活動」に関しては、宇宙では朝鮮の人工衛星打ち上げが、また、サイバーとしては中国の活動が特に強く念頭にあることは間違いない。朝鮮に関しては「大量破壊兵器(WMD)の拡散」も当てはまる。これに対して1997年及び2005年の共同発表では、アジア太平洋地域に関しては「不透明性・不確実性」という漠然とした表現が採用されており、その内容への深入りは見られなかった。
-「様々な脅威」という脱冷戦後のアメリカの脅威認識は3つの共同発表に共通しているが、2013年共同発表では新たに「国際的な規範への挑戦」という表現が加わっていること。
これが特に中国及び朝鮮を強く念頭においてものであることは明らかだ。即ち、中国については領土問題、大陸棚問題を含む海洋法秩序に対する「挑戦」、朝鮮については核・ミサイル問題にかかわる一連の安保理諸決議に対する「挑戦」がそれぞれ含意されている。
このことは、日米が共有する価値として、「民主主義、法の支配、自由で開放的な市場及び人権の尊重」が挙げられていることの裏返しとして、「法の支配」を受け入れない存在としての中国及び朝鮮を際立たせる意図が込められていることは見やすい道理である。ちなみに、「国際的な規範への挑戦」という表現での「脅威」認識は、私の記憶による限り初出である。
海洋・宇宙・サイバーの3分野における脅威認識の強調。これら3つのカテゴリーは1997年及び2005年の共同発表では触れられていなかった。海洋及びサイバーは中国、宇宙は朝鮮がそれぞれ強く念頭におかれていることは改めて言うまでもない。この脅威認識に対応して、以下に見るように、日米同盟の協力範囲がさらに拡大されるわけだ。

<日米同盟の能力向上>
 日米同盟の能力向上に関しては、総花的、アクセントなしに叙述している共同発表よりも、日米「2+2」共同記者会見におけるヘーゲル国防長官の発言が主要点を明らかにしているので、それに基づいて整理する。ヘーゲルは、「ガイドラインの見直しを発表したことで、我々は大きく前に足を踏み出した」として、新しいガイドラインに盛り込むべき内容として次の諸点を挙げた。
-「平時と全ての有事における役割と責任について新たなものにしていくこと」  ヘーゲルが「平時と全ての有事における役割と責任」と表現した点を、共同発表は「あらゆる状況においてシームレスな二国間協力を可能とするよう強化する」と言い表している。要するに、平時と戦時(有事)とを切り離すのではなく、いかなる事態にも切れ目なく(シームレス)対応しうる日米同盟にしていくということだ。
この一見何気ない表現は、1997年共同発表で明らかにされた現行ガイドラインと比較するとき、その重大性が分かる。
現行ガイドラインでは、「平素から行う協力」、「日本に対する武力攻撃に際しての対処行動」、「「日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力」という3つの場合が区別して(シームレスではなく)扱われている。それは、平和憲法の下ではそもそも戦争を想定した「有事」ということはあり得ないわけで、そういう憲法の規範意識が1997年当時の日本政府をまだ縛っていたことを示す。
ちなみに、「平素からの協力」という「平素」という言葉自体、「戦時」を直ちに想定させる「平時」という言葉を使うことに対する当時のためらいを反映するものだ。
16年の歳月を経た今、既成事実に弱い国民を前に、「平時と戦時とはつながっている」という(軍事的には)当たり前な認識が前面に押し出されることになったということだ。そのことは取りも直さず、平和憲法の空洞化がとめどなく進行していることを示している。2014年末に完成することになっている新ガイドラインは、安倍政権がそれまでに集団的自衛権行使に関する解釈「変更」を強行すれば、日米同盟の軍事同盟としての完成形を示すことになるだろう。
ちなみに、「全ての有事」という表現もあまり見ないものだ。これは、日米同盟が広義の戦争も含めた「様々な脅威」に対処することを念頭においたものだろう。この点に関して共同発表は、「日米同盟のグローバルな性質を反映させるため、テロ対策、海賊対策、平和維持、能力構築、人道支援・災害救援、装備・技術の強化」を拡大されるべき協力の範囲として挙げている。
-「宇宙とサイバーを含む、新たな安全保障上の課題に対応するために必要な技術と能力を特定する」
 宇宙及びサイバーにおける協力は、共同記者会見で4閣僚すべてが言及する力の入れようである。ヘーゲルは「特にサイバーは、日米同盟の新たな焦点となっている」と述べた。
 共同発表はその具体的内容の一端として、「宇宙における協力」の項で、「宇宙活動に関する国際行動規範を策定するための多国間の取組を引き続き支持することを確認した」としている。これは、朝鮮の人工衛星打ち上げを含む活動に対する規制強化の意図が含まれると考えられる。さらにまた共同発表は、「衛星能力を活用することによって海洋監視を向上させるとの希望」も表明している。これには中国の海洋活動に対する牽制的意味合いが込められていることは改めて言うまでもない。
 そのほかにヘーゲルは、ガイドライン作成作業とはかかわりのない日米同盟強化の具体駅中身として次の諸点を指摘した。
-「日米、地域、更には世界に対する北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に照らし、ミサイル防衛も重要」
 ミサイル防衛については2005年共同発表ですでに取り上げられていた。しかしその時はまだ、アメリカの「日本に向かうミサイルを迎撃する能力」とされていた。しかし、2013年共同発表では「両国の弾道ミサイル防衛の能力を強化するとのコミットメントを確認」し、しかもすでにヘーゲルの発言として紹介したように、「北朝鮮の弾道ミサイルの脅威」を念頭におく形で「米国本土と日本を…守る」ものと位置づけられている。この変化は、わずか10年に満たない間に日米のミサイル防衛協力が猛烈なスピードで進められてきていることを反映する。
-「米軍を地理的に分散し、運用面で抗たん性があり、政治的に持続可能なものにするため(の)在日米軍再編への決意」
   日本国内では在日米軍再編を「日本の負担軽減のためのもの」とする日本政府の宣伝が(したがって米軍再編か歓迎すべきものとする受けとめ方)が浸透している。しかしヘーゲル発言はそれよりもむしろ、沖縄に集中することによる脆弱性を解決するための措置として在日米軍再編の意義を見出しているアメリカのホンネを露呈している。
-「(米軍の)最も高度な能力をこの地域に配備する」
 米軍の「最も高度な能力」の配備例としてヘーゲルは、MV-22オスプレイの2個飛行隊の導入、P-8哨戒機を「初めて米国国外に配備」することを挙げた。共同発表ではこのほかに、グローバル・ホーク無人機のローテーションによる展開開始計画(2014年春から)、F-35Bの初の前方配備(2017年)を挙げている。
-「東シナ海の重要な課題」
 東シナ海(尖閣)問題は共同発表では取り上げていない。しかし、共同記者会見では岸田外相が、「米側から、尖閣諸島が日本の施政下にあり、日本の姿勢を害しようとするいかなる一方的行動にも反対するという、日米安保条約に対する力強い立場が改めて表明された」と述べた。これを受ける形でヘーゲル国防長官も、「尖閣諸島に関する米国の長年の政策の原則について改めて述べた。尖閣諸島は、日本の施政下にあり、それゆえ、これは米国の日本に対する条約上の義務の対象となっているということを再確認した。米国は、日本の姿勢を害しようとするいかなる一方的、威圧的な行動に対して強く反対する。この件については、引き続き、日本と特に緊密に協議する」と応じた。

<「日米同盟の枠組みにおける日本の役割拡大」>
 この点に関して最初に指摘しておく必要があることは、日本国内で通念化している「日本の平和と安全を守るための日米安保体制」という要素が2013年共同発表では大幅に後退し、代わって「日米両国がより力強い同盟関係を実現し、地域及び国際社会に対して大きな責任を果たしていく」(岸田外相の共同記者会見での発言)ことが前面に押し出されているということだ。それが正に「「積極的平和主義」に基づく安倍内閣の安保政策」(同発言)とされるのだ。だからこそ、集団的自衛権を行使できる日本になることが不可欠だということになる。
 1997年共同発表では日本防衛が前面に押し出されていた。また、2005年共同発表では2つの重点分野として日本防衛と国際的な取組がいわば同等の比重で取り上げられていた。こういう経緯を振り返るだけでも、「日本防衛のための日米安保体制」は次第に変質を遂げ、今回の共同宣言ではいよいよグローバルな日米同盟への強化が本格的に前面に押し出されているということが分かる。ケリー国務長官も共同記者会見で、「国際社会の平和と安定を実現する上での日本の役割は拡大」していると述べた。
そのことを集約的に特徴づけているのが2013年共同発表の「より力強い同盟とより大きな責任の共有に向けて」というタイトルだ。共同発表は、「日本は、集団的自衛権の行使に関する事項を含む自国の安全保障の法的基盤の再検討…を行っている」とし、「米国は、これらの取組を歓迎し、日本と緊密に連携していくとのコミットメントを改めて表明した」。また共同発表は「同盟をよりバランスのとれた、より実効的なものとし、十全なパートナーとなる決意」をも表明している。
要するに2013年共同発表は、長年にわたってアメリカが要求し続けてきたことがいよいよ結実し、「アメリカによる片務的な日米安保体制」を「双務的な同盟」にすることを宣言したに等しい意味を持つ。

<多国間協力>
 2013年共同発表におけるもう一つ見落としてはならない特徴的要素として、日米の2国間協力にとどまらず、日米間、日米豪をはじめとする3国間協力、更には多国間協力に踏み込んでいることに注目する必要がある。
そのことは、共同発表の「Ⅲ.地域への関与」の項で、「閣僚は、今後十年の間に、同盟が、平和で繁栄し、かつ安全なアジア太平洋地域を維持し及び促進する国際的なパートナーシップ及び多国間の協力の体制を強化していくことを確認した。…閣僚は、持続可能な協力の期待を構築するため志を同じくする他の国々と連携して取り組むことをコミットしている」(傍点は浅井。以下同じ)という文章に端的に表されている。その多国間協力の具体的内容として共同発表は、「地域における能力構築」「海洋安全保障」「人道支援・災害救援」「三か国間協力」「多国間協力」の各分野について説明を加えている。
アメリカのアジア太平洋地域における軍事戦略は長年にわたり、この地域の複雑性を考慮し、アメリカを軸とした二国間ないしはいくつかの国との軍事同盟関係を軸に営まれてきた。それは、域内の多くの国々が一堂に会するNATOとは際立った対照をなしてきた。
しかしアメリカは、米ソ冷戦終結後、この地域においても多国間協力を推進する政策を進めている。「集団的自衛権は行使できない」とする日本も、最初は世論の目を気にしつつひっそりと、近年では公然と様々な実戦を想定した演習に自衛隊が参加し、多国間協力の既成事実を積み上げてきた。2013年共同発表の多国間協力の強調は、これまでの「成果」を基礎に今後さらに積極的に多国間協力を進める日米の意思を明らにしたものと言える。

2.2013年共同発表の問題点

 2013年共同発表の問題点に関しては、1.特徴(注目すべき点)として指摘した内容に込められている。その主なものについて以下のように整理することができるだろう。
脅威認識における中国及び朝鮮関連の突出。このことの異様性はNATOにおける脅威認識との比較において明らかである。即ち、かつてのソ連の脅威から解放されたNATOは、1999年に打ち出した「新戦略概念」では極力特定国を脅威とすることを避けている。このようなことは、アメリカ一国の意向だけがまかり通るという状況ではない多数国間同盟としてのNATOの性格に由来する面が大きい。
 ところが日米同盟においては、アメリカに輪をかけて日本の対中及び対朝鮮認識における違和感が支配している。したがって中国及び朝鮮を脅威(あるいは警戒するべき対象)として位置づけることに対する慎重さがまったく働かない。そのことが、「様々な脅威」に対処する「グローバルな日米同盟」と自らを性格規定しながら、中国及び朝鮮関連をより強調することになっているのだ。
 1997年及び2005年の共同発表ではこのようなことはなかった。1997年当時は日本政府が日米同盟強化自体に対してまだ及び腰だったことが大きい。また、2005年共同発表においては、国際テロリズムを最大の脅威視するブッシュ政権の意向が共同発表の脅威認識を支配していた。
 なお2013年共同発表における中国及び朝鮮の扱い方が異なることについては留意する必要がある。
朝鮮に関しては、これを名指ししていることに明らかなとおり、日米間に認識のずれはそれほど著しくはない。共同記者会見においてケリー国務長官は、「北朝鮮は、あらゆる法の支配やその他の国際的な規範の外で行動をとってきた。北朝鮮は、まずは朝鮮半島の非核化に関するものから始まる限りにおいて、米国は北朝鮮と交渉する用意がある、という点を理解する必要がある」と述べた。確かにケリーは言葉を継いで、「北朝鮮が非核化すると決心…する場合に限り、北朝鮮と平和的な関係を築き、北朝鮮における政権の変更を意図せず、不可侵協定を結ぶ用意がある」とも述べてはいる。しかし、朝鮮が主張している「朝鮮半島の非核化」は米朝双方による非核化コミットメントである以上、朝鮮の一方的な非核化を要求するケリーの発言には対朝交渉に前向きな姿勢を看取することはできない。
しかし、中国に対する日米間の認識のずれは明らかである。そのことは、同じ共同記者会見におけるケリー国務長官の次の発言に明らかに示された。
 ケリーは、「中国と大きな問題について協力できるような関係を構築しようとしている。…意見の相違について、お互いに尊重し合い、…協力しうる分野を見出そうとしている。…中国の台頭については、中国が国際的な基準や価値に従って関与し、建設的な形で共通の問題に取り組むのであれば、歓迎すべきである」と述べた。
これに対して日本側は、共同記者会見において小野寺防衛相が、「東シナ海、中国との尖閣諸島を巡る緊張関係について説明」と述べた。日米間の「温度差」は明らかだろう。
 ちなみに、尖閣問題に関して紹介したヘーゲルの発言にも微妙なニュアンスを感じる。ヘーゲルは「尖閣諸島に関する米国の長年の政策の原則について改めて述べた。尖閣諸島は、日本の施政下にあり、それゆえ、これは米国の日本に対する条約上の義務の対象となっているということを再確認した」と述べたのだが、「日本の施政下にあるが故に条約上の義務の対象」という位置づけは二重の意味で留保付きである。一つは尖閣の領土的帰属については立場をとらないというアメリカの公知の立場、そしてもう一つは「条約上の義務があることは認めるが、アメリカとしては巻き込まれたくない」という本心が透けて見えることだ。
ケリーも記者の質問に答える中で、尖閣問題については「対話と外交によって解決すべきだ」と改めて明言した。これは、「尖閣については領土問題は存在せず、対話・交渉の余地はない」とする安倍政権の頑固なまでの姿勢に対する明確な批判だ。
日米間の温度差という点に関してもう一点つけ加えておきたいことがある。
今回の共同発表で新しいガイドラインの作成作業が開始されることになった。しかし、1997年の現行ガイドラインの作業については、その前年(1996年)の日米首脳の安保共同宣言によって開始されることになった。この違いにも、私はオバマ大統領の微妙な対日姿勢を感じる。
巷間伝えられるように、オバマ大統領の安倍首相に対する態度は冷淡であることは間違いない。そのことは、訪米した安倍首相と韓国の朴槿恵大統領に対するオバマの接遇ぶりに明らかだ。また、いくつかの首脳サミットの機会においても、安倍首相の会見申し込みに対するオバマの冷淡な対応が繰り返し報道される。
新しいガイドラインの作成は日米関係における極めて重要な政治軍事事項である。だからこそ1996年にはクリントン首相と橋本首相の共同宣言というステップが踏まれたのだ。しかし今回はいわばビジネスライクに新ガイドラインの作成ということになった。日本の対米協力は欠かすことができない。しかし、オバマとしては安倍首相との中身のない儀式的会見は願い下げだ。ここにもまたアメリカのドライを極める対日政策が見え隠れすると言えないだろうか。
日本の役割増大を許容するアメリカ。日米同盟における日本役割を増大させる点について、役割増大を求める安倍政権と同盟国の分担増加を要求するオバマ政権の立場とは一致している。オバマ政権としては、自らの対アジア太平洋戦略の遂行上、日本の協力取り付けが不可欠ということで、よほどのことがないかぎり、安倍政権のすることには目をつぶるということだろう。
しかし、安倍政権の右翼的な体質に対してはアメリカ国内でも警戒の声が上がるようになっている。また、オバマ政権としてもまったく安倍政権に対して無警戒ということではないことが窺われる。その一端は共同発表にある「日米同盟の枠組みにおける日本の役割拡大」という文言に示唆されている。言外の意味は、「日米同盟の枠組みを離れた日本の自己主張は許さない」ということだ。
しかし、そのようなオバマ政権の生ぬるい対日認識に対しては、中国、南北朝鮮から警戒の声が上がっている。確かに、歴史認識問題をめぐるオバマ政権(というよりアメリカ)の対日認識は甘いと言うほかない。
多国間協力。集団的自衛権行使は憲法違反とされている現在の政府の憲法解釈の下で、2013年共同発表が公然と多国間協力に踏み込んでいるのは解釈改憲の先取りという批判は免れない。これまた、自国の利益本位で事を進めるアメリカと何が何でも軍事的拡大を進めたい日本との呉越同舟の感が濃厚である。
朝鮮に対する「先制的自衛」。この問題は上記1.の特徴からは直接引き出されないが、「日本の防衛政策の転換は周辺国からの警戒感を呼んでいる」との記者の指摘に対する岸田外相の発言にかかわって指摘する必要がある。岸田外相は、「安全保障の法的基盤に関する検討については、あくまでも国際法上、各国が当然行い得る、この範囲内で検討を行うものである」と述べた。  対敵基地攻撃の問題は共同発表で取り上げられていない。しかし、岸田外相発言の行間からは、「国際法上、先制的自衛の権利は認められている。したがって、先制的自衛としての対敵基地攻撃について検討を行うことはできる」と言外に主張している可能性はむしろ大きいと言うべきだろう。 アメリカもまた「先制的自衛」の権利は国際法上認められているという立場だ。迎撃ミサイル・システムの重要性を強調する共同発表だが、いったん発射されたミサイルを迎撃して打ち落とすことは極めて困難だ。したがって、打ち上げ寸前のミサイルを捕捉し、攻撃したいという誘惑は日米両国には大きいはずだ。日米間で対敵基地攻撃の話が取りざたされるのには十分な理由がある。
 しかし、慣習国際法では否定されていないとされる「先制的自衛」は、国連憲章(第51条)の下では認められないとする理解が国際法学説としてはむしろ多数説だ。「対敵基地攻撃」を許さない世論を高めることが急務であることを指摘しておく。

3.2013年共同発表と朝鮮半島及び東アジア情勢

 以上に見たとおり、2013年共同発表は極めて深刻な内容が満載であることが確認される。しかし、この共同発表自体が朝鮮半島及び東アジア情勢に対して引き起こす影響は優れて限定的なものと思われる。というのは、共同発表で標的とされた感の深い中国及び朝鮮にとっては、共同発表で示された日米両国の認識及び日米同盟の今後の方向性についてはいわば織り込み済みの範囲を超えていないと判断されるからだ。
 中国に関して言えば、海洋及びサイバー問題についてはアメリカとの間で既に丁々発止の議論を行っている。共同発表に盛り込まれた内容に関しては旧聞に属するということだろう。むしろ中国としては、米中関係が多面的で奥行きが深いという特徴を十二分に生かし、「新型の大国関係」を構築することによって相違点・対立点よりも共通点・一致点を増やすことで安定した関係を築こうとしている。既に紹介した共同記者会見におけるケリー国務長官の発言は、オバマ政権も基本的に同じ認識を持っていることを示す。
一方、安倍政権の中国に対する挑発的姿勢に対しては、中国は怒りを通り越して、ほとほと愛想を尽かしているのが実情である。日米同盟の変質強化、特に日本の右傾化に対しては警戒感を深めてはいる。しかし、その動きに対して中国が影響を行使して変えさせうる余地はほとんどないという認識であり、中国としては軍事力強化を続けることによって備えを怠らないという方針だ。したがって、2013年共同発表が米中及び日中関係に及ぼす影響は極めて限られていると見るべきだろう。
朝鮮に関して言えば、共同発表の内容が十二分に刺激的であることは間違いない。しかしだからといって、朝鮮の対米及び対日政策が変化を迫られることは考えにくいし、したがって、2013年共同発表によって米朝及び日朝関係が大きく変化する可能性は小さい。
ちなみに朝鮮をめぐる国際環境は、例えば2013年初と現在とを比較すれば、決して朝鮮にとって不利な要素ばかりではない。特に、5月の崔龍海特使訪中後の中国の対朝認識したがって対朝鮮半島政策が大きく転換したことは、朝鮮にとっては極めて大きいプラス要因だろう。最近の中国の王毅外交部長の発言は極めて示唆的だ。
9月27日に中国外交部スポークスマンは定例記者会見で、9月26日に王毅がケリー国務長官と国連本部で会談した際の内容を紹介した。それによると王毅は、「朝鮮半島の核問題に関し、米中双方は半島の非核化実現と半島の平和安定の維持に力を尽くすことを表明した。同時に中国側は、朝鮮の合理的な関心についても解決が得られるべきだ、アメリカ側が朝鮮側とさらに直接接触することを希望する。各国が9.19共同声明に戻り、それぞれが負っている責任と義務を履行してのみ、半島核問題は真の解決が得られる」と述べた。
また、9月28日付の中国外交部HPは、前日(27日)に行われた国連本部における王毅外交部長と韓国の尹炳世外相との会談における王毅発言を紹介している。王毅は「朝鮮半島核問題に関しては、中国は韓国とともに様々な働きを行い、共通認識を蓄積し、条件を創造し、6者協議再開につなげ、半島の非核化を実現し、半島の平和安定を維持したい。この過程において、朝鮮の合理的な関心も解決したい」と発言した。
「朝鮮の合理的な関心」とは、アメリカの核の脅威があるからこそ朝鮮は核開発を行わざるを得ないのであり、朝鮮半島における核問題の根本原因はアメリカの朝鮮に対する核恫喝政策にある以上、朝鮮半島の非核化はこの根本原因を除去することによってのみ実現できるという朝鮮の一貫した主張を指す。このことは中国国内の様々な論調・分析記事から明らかだ。
また、「各国が9.19共同声明に戻り、それぞれが負っている責任と義務を履行してのみ、半島核問題は真の解決が得られる」とする指摘は、朝鮮の一方的な非核化を要求する米韓日の主張を退け、各国が履行するべき責任と義務を負っていることを定める9.19共同声明の内容(「行動対行動」原則)を正確に踏まえたものだ。
このような発言は、朝鮮が人工衛星を打ち上げた2012年12月12日以後崔龍海特使訪中まで、中国側からはまったく見受けることができないものだった。私見による限り、今回の王毅発言は公表された中国政府の公式見解として初めてのものである。米韓の朝鮮に対する一方的な強硬姿勢と一線を画する姿勢を中国が明らかにしたことは、むしろ遅きに失した感はあるとは言え、朝鮮の外交的立場を強化していることは間違いないだろう。
したがって朝鮮は、原則的立場に立った対米及び対日外交を今後とも積極的に進めていくことが予想される。米韓日が朝鮮の「合理的な関心」を正確に認識し、硬直した対朝政策を見直さない限り、米朝、日朝及び南北関係が急激に転回する可能性は予見しにくい。

RSS