「空自ドクトリン等に関する調査研究」(航空自衛隊幹部学校)

2013.09.27

*9月20日付の東京新聞が報道した航空自衛隊幹部学校「空自ドクトリン等に関する調査研究」(2006(平成18)年3月31日付。以下「報告書」)の内容は、安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が打ち出そうとしている集団的自衛権行使に関する方向性を先取りしたものとして、極めて注目に値する内容を含んでいます。東京新聞の取材に協力した際、私もこの報告書の内容を詳細に読む機会を得ました。東京新聞の紙面で私が指摘したことが必ずしも十分に反映されていないので、改めて報告書の問題点について紹介しておきます(9月27日記)。

1. 作成時期にかかわる注目点

この報告書の日付は平成18(2006)年3月31日となっています。報告書の記載によれば、この調査研究のプロジェクト検討委員会が設置されたのはその前年の6月23日(報告書p.3。以下同じ)であり、最終報告は4年後(2010年)の3月(p.3)とされています。
日米安全保障協議委員会(「2+2」)による「日米同盟:未来のための変革と再編」(いわゆる「中間報告」とされたもの)が作成されたのが2005年10月29日であり、同じく「2+2」の「再編実施のための日米のロードマップ」が作成されたのが2006年5月1日、又小泉首相とブッシュ大統領の共同文書「21世紀の新しい日米同盟」が発表されたのが2006年6月29日であったことと照らし合わせれば、この報告書の作成のための調査研究は、日米軍事同盟の再編強化についての基本方針が確定される中で、その方針を空自ドクトリンとして具体化することを意図したものであったことが容易に理解できます。しかも、安倍首相によって安保法制懇が活動を開始したのは2007年4月であることも忘れてはならないでしょう。
要するに、小泉政権の下で一連の有事法制が完成して、日本が「戦争する国」になるための国内法的基盤が「整備」され、それを基にして「2+2」が日米軍事同盟の方向性を定めていく過程を横目で睨みながら、空自の調査研究.報告書作成が行われたということです。安保法制懇の活動においては、この報告書(及び陸自、海自の類似の報告書)も参考資料とされた可能性も大きいと思われます。

2. 報告書における脅威認識

報告書における脅威認識に関する記述は、量的には少ないですが、内容的には「新たな脅威への対応」(p.1)、「多様化する脅威」(p.10) と規定する点において、2008年に安保法制懇が出した報告書のそれとうり二つであることを注目するべきです。
というよりも、アメリカ及びNATOが1990年代にかつてのソ連に代わる脅威として打ち出した脅威概念が日本政府内部では広く共有されていたと言うべきでしょう。日米軍事同盟のNATO化、即ち新しい脅威概念に基づいて日米軍事同盟の役割・機能をNATOのs「新戦略概念」(1999年)に限りなく近づけていくことは、空自を含めた日本政府内部の広いコンセンサスであったと見られるのです。安保法制懇は正にそれを政府全体の方向性として定式化することを任務としていると言っても過言ではないと思います。

3. 空自の新しい任務(ミッション)

 報告書は、以上の脅威認識を前提にして、極めて「意欲的」に空自の担うべき新しい任務(ミッション)について言及しています。その及ぶところは、2008年に出された安保法制懇の報告書の範囲を大きく超える内容を含んでいます。その主なものを紹介しておきます(強調は浅井)。

-「航空自衛隊を取り巻く環境変化への対応
(1)任務の多様化、拡大等への対応
将来の憲法改正、集団的自衛権の解釈変更…等の大きな組織改編と任務の多様化、拡大等に対応する上で、航空防衛力の運用にかかわる基本的考え方を開発し、明確にすることが必要である。
…今後は、場合によっては、現在の任務、役割、法的な枠組みを超えて空自が主体的に議論する場を持ち、その知識を蓄積、検証していくことが必要である。
(2)政治に対する統合幕僚長を通じて的確な助言
(3)空軍への変革等への対応」(p.28)

(浅井コメント)
憲法改正、集団的自衛権の解釈変更への言及が安倍政権の安保法制懇設置に先立っていることに先立って行われていることに注目してくださいつまり、この問題についての認識が政府全体として早くから共有されていることを示すものです。

-「戦力の統合及び連合への流れ」(p.10)、「統合・連合への趨勢」(p.28)
-「格付けを重くして…明記することが必要な事項
 ア 統合運用
 イ 日米共同」(p.19)
-「イラク戦争が証明したように、統合作戦の戦端をきるのは航空防衛力であり、航空優勢の獲得があらゆる統合作戦の要件となる…。したがって、統合運用を基本とする体制にあっても空自の寄与は不可欠…」(p.22)
-「連合作戦等の基盤の確保
  1.日米共同作戦実施上
(1)信頼性の向上
(2)円滑な調整及び共同の実効性確保
2.他国との協力行動実施上 今後は、共同作戦及び国際協力活動等、他国との行動が増加することも予想され…」(pp.24-25)
-「将来戦への対応」(p.27)
-「米軍または他国との連合を実施する場合、統合要項との関係を通じて米国等と連携することが適当」(p.31)

(浅井コメント)
「他国との協力行動」、「他国との連合」ということは、多国籍軍や有意連合への参加がすでに視野に収められているということです。報告書は、日米の協力はもちろん、他の国々との共同作戦も視野に入れているのです。

-「既存の航空作戦の区分又は空自の役割を超える各種行動とも言える戦略的航空作戦、攻撃や敵基地攻撃等の攻勢的作戦、核や対宇宙にかかわる兵器等についても、議論することを排除すべきではない。」(p.32)
-「航空作戦の概念に関する検討の必要性とその反映
空自基本ドクトリンは、…航空作戦の在り方並びに「武力攻撃事態対処以外の行動等」についての考察がなされなければならない。…今後は、…「武力攻撃事態対処以外の活動」についての概念を逐次整理し、空自の役割及び任務の多様化等にあわせて、空自ドクトリンに反映させていかなければならないと考える。」(p.34)
-「防衛政策を超える行動等にかかわる研究の継続
(ア)攻勢対航空・戦略攻撃
敵基地攻撃については、…研究は実施すべきと判断する。
(イ)対核兵器作戦
核兵器作戦の特性を理解し、…対核兵器作戦について研究することが必要である。
 (ウ)宇宙作戦」(pp.40-41)
-「ドクトリンを理解するための前提とも言うべき、我が国の国家理念、防衛の特性、自衛権、自衛権発動要件及び集団的自衛権等についての考え方」(p.42)
-「(3) 空自の使命と任務等
ア 空自の使命としては、従前からの精強な存在による抑止及び侵略の未然防止並びに直接及び間接の侵略の破砕とする。
イ 空自の任務と役割として、従前の航空作戦だけではなく、新たに「武力攻撃事態対処以外の行動等」についての基本的考え方を示す。
 (5) 指揮
  …実際の航空作戦及び武力攻撃事態対処以外の行動を行う上での指揮…
 (6) 作戦の原則
…新たな任務及び役割として武力攻撃事態対処以外の行動等を行うに当たっての着意事項についても示す。」(p.43)

(浅井コメント)
 「武力攻撃事態対処以外の行動等」、「防衛政策を超える行動等」という言及が繰り返し出て来ますが、これらは集団的自衛権行使の範疇を超えるものです。そういうものとして「戦略攻撃」、「対核兵器作戦」、「宇宙作戦」まで踏み込んでいるのです。

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