朝鮮半島問題:中国における事態打開に向けた模索(2)

2013.07.29

*7月27日の停戦協定60周年に際し、朝鮮では大々的に慶祝活動が行われましたが、金正恩は演説を行わず、軍総政治局長の崔龍海が挨拶を行いました。また、アメリカでも記念式典が行われ、オバマが歴代大統領で始めて出席して演説を行いました(ヘーゲル国防長官も出席して演説)。また、オバマ大統領はそれに先立つ25日に、7月27日を朝鮮戦争復員軍人休戦記念日とする布告を出しました。
 しかし、崔龍海、オバマ、ヘーゲルの発言には朝鮮半島問題に直接かかわる内容はありませんでした。私にはかなり意外でしたが、逆に言えば、朝鮮及びアメリカの双方が、この時に政治的意味合いをもつ発言を控えたということ自体が意味深長であるようにも思い直しています。
 中国のメディアでは、注目する内容の文章がいろいろ出ています。特に私が注目した数編を紹介します。紹介を省略したものも含め、前回のコラムで紹介したものと軌を一にして、私の読んだ文章すべてが「停戦協定を平和協定に変える」という朝鮮の主張を支持しており、またいくつかの文章が朝鮮半島の緊張の責任を朝鮮にのみ帰するのは筋違いと明確に指摘しています。
なお、これまでのコラムでは「李源潮」を「李源朝」と記すミスを犯していました。謹んで訂正します(7月29日記)。

<7月26日付中国ネット所掲 紀明葵「李源潮訪朝 6者協議再開の条件作り」>

 紀明葵は国防大学訓練部副教育長、少将という人物で、日中関係に関するものも含め、活発な言論活動を行っている人物とのことです。この文章は、「今回、我が国が始めて抗米援朝戦争を朝鮮戦争と称し、李源潮が国家副主席の身分において、朝鮮労働党の要請ではなく、朝鮮最高人民会議及び内閣の招請に応じて朝鮮を訪問したことは、中国が中朝関係を「血盟関係」ではなく「正常な国家関係」と定義するということを意味している」、「我が国が政治局常務委員ではなく国家副主席を派遣したことは、中朝間にあるのは正常な国家関係のみで、「血盟関係」ではないことを高らかに宣言したに等しい」、「李源潮訪朝は、朝米関係改善、朝鮮の平和協定アピール、国連司令部解除に対する支持表明である」など注目したい指摘がいくつか含まれています。
 他方、この文章の指摘を額面どおりに受けとめることをためらわせる材料もあります。
 一つは「抗米援朝戦争」に対する紀明葵の扱い方です。
紀明葵は、「抗米援朝戦争を記念することは、鮮血で固められた伝統的友好という枠組みのもとに我が国を縛ってしまい、…朝鮮半島の安定維持及び非核化において我が国の利益を考慮することができなくなっていた。こうした誤った方向性によって主体性を失い、ますます泥沼に陥っていた」、「今回、我が国が始めて抗米援朝戦争を朝鮮戦争と称し、李源潮が国家副主席の身分において、朝鮮労働党の要請ではなく、朝鮮最高人民会議及び内閣の招請に応じて朝鮮を訪問したことは、中国が中朝関係を「血盟関係」ではなく「正常な国家関係」と定義するということを意味している」などと「抗米援朝戦争」を極めて否定的に扱っています。
しかし、後で紹介する二つの文章、即ち、7月27日付環球時報所掲の徐焔「朝鮮戦争と抗米援朝は異なる概念である」(徐焔も国防大学教授)及び同日付環球時報社説「停戦60年 中国世論はアメリカより勇壮であるべし」は、「抗米援朝戦争」に対する肯定的評価を変えていません。論旨から見ても、紀明葵の議論は勇み足である印象を強く受けます。
もう一つは、アメリカに対する紀明葵の見方です。
紀明葵は、「オバマは、7月27日、先例がないことだが、朝鮮戦争停戦60周年記念活動に参加するが、国防長官、上院議員を従えてであることも含め、朝鮮との戦争を徹底的に終結させたいという願望を暗示している」、「オバマ第1期政権は、朝鮮問題で功績をあげたいと考え、2009年に朝鮮を優先任務と定め、「特使」を指名して朝鮮問題対処に当たらせた」、「オバマは、中米が新型大国関係を樹立し、アジア太平洋地域の情勢を安定させようとしているのを利用して、厄介な朝鮮問題に対処しようとしている」、「アメリカが停戦協定締結60周年の際に朝鮮との対話に対する好感及び停戦記念に対する積極性を示したことは、国連軍司令部廃止に関する立場が既に柔軟になっていることを明らかにしている」などと述べるのですが、私としては判断が甘すぎるとしか思えません。
 このように重要な点で疑問を感じてしまうと、最初に紹介した紀明葵文章の注目される指摘部分についても留保せざるを得ない気持ちになります。しかし、国務院配下の中国ネットに掲載されている文章ですので、むげに無視するわけにもいかないとは思われます。

 中朝関係の正常化、朝米関係の雪解け、金正恩の政権掌握と経済発展努力、朝鮮外務次官の訪ロ、朝間の対話協議は、6者協議再起動にとって既に転機が現れていることを説明するものだ。中米が共同で朝鮮核危機の解決に努力している背景のもとで、中米が同時に朝鮮戦争停戦協定署名60周年に注目していることは、停戦協定が平和協定に変わることが次の動きであることを示している。
「朝鮮戦争」が「抗米援朝」に取って代わる
 中国が朝鮮の招請に応じて最高レベルの代表団を朝鮮に派遣したことは、中朝関係が正常な国家関係という新たな段階に入ったことを示している。国家副主席の李源潮が朝鮮を訪問し、朝鮮戦争停戦60周年記念活動に出席することは、中朝が未来の新しい関係に向かう希望である。中国は一貫して朝鮮半島非核化を堅持しているが、朝鮮が年明けに連続して核実験と長距離ロケットを発射したことにより、中国としては国連の対朝鮮制裁に加わらざるを得なくなった。金正恩特使の崔龍海が訪問して朝鮮の協力の意向を伝達し、今回は李源潮を派遣して朝鮮停戦60周年祝典に出席したことは儀礼的答礼訪問であるとともに、「朝鮮核6者協議」再開促進の意味がある。
 「抗米援朝」と「朝鮮戦争」とは中朝関係における結び目である。60余年にわたり、…中国は毎年10月25日を(7月27日より)重視し、中国人民義勇軍の出国戦闘記念活動を行ってきた。しかし、抗米援朝戦争を記念することは、鮮血で固められた伝統的友好という枠組みのもとに我が国を縛ってしまい、…朝鮮半島の安定維持及び非核化において我が国の利益を考慮することができなくなっていた。こうした誤った方向性によって主体性を失い、ますます泥沼に陥っていた。正常な国家と国家との関係を回復することは、半島情勢緩和を推進することにさらに有利であるし、朝鮮を国際社会にさらに溶け込ませることもでき、経済発展によって(朝鮮が)直面している苦境を解決することにもなる。
 今回、我が国が始めて抗米援朝戦争を朝鮮戦争と称し、李源潮が国家副主席の身分において、朝鮮労働党の要請ではなく、朝鮮最高人民会議及び内閣の招請に応じて朝鮮を訪問したことは、中国が中朝関係を「血盟関係」ではなく「正常な国家関係」と定義するということを意味している。本年3月、外交部スポークスマンの華春瑩は、記者会見において「中国と朝鮮とは正常な国家関係である」と述べた。  6月19日には、北京で初めての中朝戦略対話が行われたが、ここではまた正常な国家間の戦略対話という形によって朝鮮外務省の第一副次官である金桂冠と会談し、中国が中朝関係を高度に重視し、朝鮮とともに各領域での交流協力を強化し、両国関係を健康で安定的に前向きに発展させることを強調した。
 今回の60周年記念活動に際して、我が国が政治局常務委員ではなく国家副主席を派遣したことは、中朝間にあるのは正常な国家関係のみで、「血盟関係」ではないことを高らかに宣言したに等しい。
政府代表団が朝鮮のアメリカとの和解を支援
 李源潮の朝鮮訪問は、昨年11月以来の朝鮮訪問者の最高レベルだ。本年6月、朝鮮外務省高官が中国を訪問し、相次いで6者協議に戻ることを約束した。今回李源潮を派遣して朝鮮の公式記念活動に参加させたことは、朝米平和協定署名を支持する用意があることを表明したと同義であり、朝米和解を支持し、朝鮮核6者協議再開を推進するということである。
 …2021年には中朝友好相互援助条約の期限が来るのであり、朝鮮の安全保障の危機を解決することは必然的な流れである。中国外交部は本年3月、平和協定で停戦協定に代えることを支持すると明確に表明した。李源潮訪朝は、朝米関係改善、朝鮮の平和協定アピール、国連司令部解除に対する支持表明である。
 朝鮮は、停戦60周年を記念するに際して、国連軍司令部の解除を不断に呼びかけている。7月10日、朝鮮の国連ジュネーブ常駐代表部の徐世平代表は、アメリカが即時にいわゆる「国連軍司令部」を廃止し、このことは朝鮮半島の緊張情勢を緩和し、朝鮮半島及びアジア太平洋地域の平和と安定を維持する上での先決条件であると述べたが、この要求は明確に中国の支持を得ている。
 7月10日、朝鮮は中朝友好協力相互援助条約締結52周年をハイレベルで祝い、中国との親密さを大々的に演出するとともに、同日、中国に人員を送って中国からの金正日の蝋像を受け取り、朝鮮のこの行動が中国の支持を得ていることを暗示した。また、朝鮮停戦60周年記念会において、李源潮の立ち会いの下、再びアメリカに対して平和協定締結を提起し、中国が平和協定締結、国連軍司令部解除を指示していることを明らかにした。
朝鮮核6者協議再開のために条件を作る
 オバマは、7月27日、先例がないことだが、朝鮮戦争停戦60周年記念活動に参加するが、国防長官、上院議員を従えてであることも含め、朝鮮との戦争を徹底的に終結させたいという願望を暗示している。
 オバマ第1期政権は、朝鮮問題で功績をあげたいと考え、2009年に朝鮮を優先任務と定め、「特使」を指名して朝鮮問題対処に当たらせた。2010年に朝韓間で延坪島砲撃事件が起こり、平壌の核計画はとどまらず、オバマはどうしようもなかった。いまやオバマは再任され、中朝韓で政権交代があり、オバマは、中米が新型大国関係を樹立し、アジア太平洋地域の情勢を安定させようとしているのを利用して、厄介な朝鮮問題に対処しようとしている。カーターが再度訪朝しようとしていることも、アメリカが積極的に朝鮮と接触しようとし、対朝鮮政策に重要な転機があり得ることを暗示している。アメリカが停戦協定締結60周年の際に朝鮮との対話に対する好感及び停戦記念に対する積極性を示したことは、国連軍司令部廃止に関する立場が既に柔軟になっていることを明らかにしている。
 最近、朝鮮の役人が中露韓との間をシャトル外交して対話を繰り広げ、経済改革のシグナルを出しており、朝鮮の安全保障上の要請を満足させ、国連軍司令部を廃止することは「朝鮮核6者協議」再起動のカギとなろう。
 朝鮮と正常な国家関係を樹立することは、「血盟」式関係による受け身から脱却することに有利で、仲介及び主導的な役割をさらに有効に発揮することができる。朝鮮は長年にわたって中朝友好相互援助条約を利用して不断に中国の利益を損なってきたが、この足かせを取り除いてこそ、半島の非核化及び朝鮮半島の平和と安定を推進することができるし、北東アジア情勢の進展にも有利である。

<7月26日付中国日報ネット所掲 虞少華「中朝関係と北東アジアの冷戦遺留物」>

 虞少華は中国国際問題研究所アジア太平洋安全保障及び協力研究部主任・研究員です。冷戦期及びポスト冷戦期に中国と朝鮮が置かれた環境の違いが今日の両国の状況を生んでいるという目配り(他者感覚)の利いた指摘の後に、「朝鮮の安全保障を求める気持ち及び外交的孤立を抜け出したいという気持ちについては、中国は周辺諸国のいずれよりも理解できるし、同情もする。正にそうであるからこそ、朝鮮が米日韓との関係を改善しようとし、関係諸国が6者協議等で朝鮮核問題を解決する過程において、中国は、半島の平和と安定及び非核化という原則を堅持すると同時に、朝鮮の正統な権益を擁護し、朝鮮の合理的な関心を支持するために極力特別な役割を果たしてきたのだ」、「中国及び朝鮮にとっての望ましい前途とは、北東アジアが徹底的に冷戦のくびきから抜け出し、朝鮮半島が停戦メカニズムを平和メカニズムに変えることにある」という文章が続いており、私としては納得でした。

 …中朝関係が地域情勢の大嵐の中でどのように変化するかは世人の注目の的である。そして往時の歴史及び今日の現実を読み解こうとするならば、北東アジアの冷戦構造及びその遺留物と関連づけざるを得ない。(冷戦時代の)中朝関係には衝突がなかったわけではないが、国際的な大きな構造のもとでは中朝両国の国家としての運命は相通じるものだった。
 20世紀末に国際的な冷戦構造が解体した後、北東アジアの国際関係及びパワー・バランスには深刻な変化が生まれた。同時に様々な原因により、朝鮮半島の軍事的対峙はますます激しくなり、世界で唯一の冷戦が残存する地域となった。時代の転換という背景のもとで、中朝それぞれが直面した利害と損害は大いに異なっただけではなく、両国関係にも大なり小なりの影響を及ぼした。
 中韓国交樹立は、地域における冷戦の垣根を突破する最重要事件の一つであり、両国が経済及び政治で得た利益については国交20年においてますます明らかになっている。中国と米日露等周辺大国との関係も、イデオロギー上の束縛からくる程度の違いはあってもまずは解き放たれることによって、内容的にも外延的にも相互に利する形で発展している。この変化の過程の中で、中国の国際的地位及び地域的影響力は大きく上昇してきた。米日等の地域戦略には中国と対決する一面はあるし、冷戦が残った形で、中国に対する外交的圧力及び安全保障上の脅威であり続けているが、全体として見れば、中国はポスト冷戦期において益することの方が多かった。
 朝鮮の状況はそれと反対だ。ソ連及び東欧の激変後に東側陣営大国の後ろ盾を失い、朝鮮は経済上の困難が急増し、安全保障上の脅威感も加わった。1990年代初には朝鮮と日本は8回にわたる関係正常化交渉を行い、…2000年には朝韓間で世界が刮目した第1回首脳会談と「南北共同宣言」も行われた。これらは明らかに朝鮮が不利な状況を抜け出そうとし、地域の国々とポスト冷戦の利益に与ろうとした努力であることは明らかである。ところが、そのプロセスは継続して進行せず、しかも2度の朝鮮核危機によって相前後して中断されてしまった。その背後の原因をすべて朝鮮の核計画に帰せしめることはできない。その原因は優れて、アメリカ等が意識的無意識的に冷戦の対決状況を守り、朝鮮が韓国と同様ポスト冷戦時代の受益者となることを難しくしたことにある。
 このように比較すると、中国は大国であるために相手として憚らざるを得ず、軌道修正プロセスにおいて朝鮮よりも不公正な待遇を受けることが少なかった、という説明には道理がないわけではない。朝鮮の安全保障を求める気持ち及び外交的孤立を抜け出したいという気持ちについては、中国は周辺諸国のいずれよりも理解できるし、同情もする。正にそうであるからこそ、朝鮮が米日韓との関係を改善しようとし、関係諸国が6者協議等で朝鮮核問題を解決する過程において、中国は、半島の平和と安定及び非核化という原則を堅持すると同時に、朝鮮の正統な権益を擁護し、朝鮮の合理的な関心を支持するために極力特別な役割を果たしてきたのだ。
 現在の地域情勢から見るとき、中朝両国がそれぞれの立場で行ってきた努力はまだ期待どおりの成果を収めておらず、また、朝鮮核問題に関する両国の立場の違いが両国関係の不協和音を拡大してもいる。その問題は、如何にして徹底的に北東アジアの冷戦の影から抜け出すことができるかということにあるだろう。中国が主張するのは共通の安全保障を実現するということであり、冷戦のゼロ・サム的論理で事を行い、一方的かつ全面的な安全保障を追求して地域の緊張を高める米日韓等のやり方には反対であり、朝鮮が同じく冷戦の烙印が押された「核で自衛する」ことも受け入れられない。朝鮮は本来ポスト冷戦における地域構造のアンバランスの被害者であるが、非対称的方法、即ち核抑止力で非核戦力を含む国家の総合的国力を補う方法でバランスを図ろうとしている。しかし、このことは正に朝鮮をさらなる困難の境地に陥れているし、中国に対しても様々な問題及び安全保障上の懸念を持ち込んでいる。
 中国及び朝鮮にとっての望ましい前途とは、北東アジアが徹底的に冷戦のくびきから抜け出し、朝鮮半島が停戦メカニズムを平和メカニズムに変えることにある。朝鮮戦争停戦60周年に際し、半島が依然として絶えず火薬の臭いを味わっている現実は、冷戦から徹底的に抜け出すためには、冷戦のロジック及び方法を用いることはできないことを我々に警告している。中朝両国は、自国及び地域の安全保障の協力を守るという伝統を時代の変化に順応させる必要があり、朝鮮としては安全保障に関する冷戦的な誤った認識を抜け出す必要があるし、中国もまた朝鮮半島非核化の目標を堅持し、関係諸国が対話によって安全保障上の関心を解決し、地域の持続的な安全を実現しなければならない。

<7月27日付環球時報所掲 徐焔「朝鮮戦争と抗米援朝は異なる概念である」>

 既に紹介しましたように、徐焔は国防大学教授で少将です。朝鮮戦争と抗米援朝戦争とは別概念であるとするこの文章の説得力は否定できないものがあります。

 …1950年6月25日に朝鮮戦争が北南の間で爆発し、2日後にアメリカが出兵してこの内戦に干渉し、同時に中国の領土である台湾にも出兵して支配したことにより、戦争は中朝侵略戦争に変質した。10月25日に新中国は抗米援朝戦争を開戦した。この2つの関係もあれば区別もある戦争は4ヶ月距たっており、我々が客観的に評価するとすれば、朝鮮戦争は戦うべきではなく、抗米援朝戦争は戦うほかなかったと認識することができる。
 …中国人は朝鮮戦争勃発を記念するべきではない。なぜならば、この戦争は我が利益及び願望に反したものだったからだ。ロシアが解禁した資料によれば、1956年9月に毛沢東が中共8大大会に参加したソ連共産党代表のミコヤンと会見したときに、戦争前のスターリン等の態度を批判したことを示している。しかし、朝鮮戦争勃発当時は朝鮮の内政であり、外国は干渉するべきではなかった。しかし朝鮮内戦勃発の2日後にアメリカのトルーマン大統領が朝鮮出兵を宣言し、第7艦隊に対して台湾に進駐して国民党政権を保護することを命じた。このように深刻に中国領土を侵犯し、国家を分裂させる侵略行為に直面して、…毛沢東が行った抗米援朝の政策決定は強敵を迎え撃つ中華民族の気概を体現するものであった。
 過去において新中国の抗米援朝の政策決定を論ずるときに、朝鮮半島情勢を語るのみで台湾について語らないものがいたが、これは毛沢東をして出兵を決心させたカギとなる要因を回避するに等しく、そのために正しくない解釈を引き出すことになった。当時においては、朝鮮、台湾、ヴェトナムという3つの戦略的反撃の方向に直面していたのであり、中共中央は、朝鮮の戦場のみが新中国にとってもっとも有利だと認識したのだ。…
 当時の総括に基づけば、朝鮮出兵でアメリカの侵略に反撃する選択が中国にとって3つの点でもっとも有利だった。即ち、陸軍の優勢を発揮すること、ロジスティックス、そしてソ連の支援を得ることの3つだ。果たせるかな、朝鮮に進軍した中国軍は、自らの長所を十分に発揮して敵の短所を攻め、アメリカ‥をして「アメリカの陸軍戦史上最大の敗北」と認めさせた。中国は、‥阿片戦争後100年間失っていた民族的な自尊心をこれによって回復した…。
 ある戦争の勝敗得失を判断するに当たっては、主として設定した目標を達成したかどうかを見る。3年1ヶ月の朝鮮戦争は引き分けに終わり、38度線で始まり、基本的に38度線に戻って停戦となった。中国が行った2年9ヶ月の抗米援朝戦争は、中国の近現代史上の対外戦争におけるもっとも輝かしい勝利である。抗米援朝戦争は鴨緑江で開始され、最終的には世界No.1の強国を500キロ先まで撃退し、しかも隣国を救うという勝利を収めた。今日我々が抗米援朝戦争を回顧するとき、当時の毛沢東の分析の正しさに感銘を受ける。即ち、「参戦すべきであれば必ず参戦すべきであり、参戦する利益は最大となり、参戦しない損害は最大となる。」

<7月27日付環球時報社説「停戦60年 中国世論はアメリカより勇壮であるべし」>

 この環球時報社説は、朝鮮戦争60周年に際して中国国内で発表されている文章の多くが朝鮮戦争及び中国の参戦に対して批判的・懐疑的な見方を示しており、肯定的なものが少ないことを慨嘆して、同戦争及び中国参戦の積極的意義を強調した文章です(タイトルはその表れ)。そして、既に紹介した虞少華の文章と同じく、冷戦期・ポスト冷戦期を経た中国と朝鮮の違いを踏まえ、「朝鮮においては、戦争ははるか遠くの歴史ではなく、いまもなお進行している。60年前と比較するとき、朝鮮の現下の国際環境も朝鮮人民の生活も顕著に改善してはおらず、半島危機の雷管は一貫して撤去されていない。朝鮮自身もこのことに対して一定の責任を負っているが、朝鮮の如き小さな国家に対して、北東アジアの冷戦残存構造について一番の責任を負わせるというのはばかげている」と指摘し、「アメリカは半島が停戦状態から完全に平和になることを願っているか。口先では「イエス」というが、どうもそうではないようだ。日本は半島の冷戦が終結することをさらに願っていない。韓国もあれこれと悩み、平和が重要なのか「統一」が重要なのかハッキリしない」と述べて、米日韓の責任を強調しています。

 …歴史を回顧するときは、欠点やずさんさが露呈するのはつきものだが、今日の環境をもって過去の選択に難癖をつけることは許されない。歴史的な必然性は無数の偶然性からなっており、朝鮮戦争に一定の偶然性があるとしても、抗米援朝戦争は中国にとって必然の選択だった。
 この戦争は東アジアにおける新しい戦略的構造を打ち出した。この60年間の半島の平和は絶対に一枚の停戦協定の功績ではなく、すべての関係国の実力の対比及び戦争に対する深く心に刻まれた記憶が根本的に戦争を押しとどめる役割を果たしている。要するに、停戦協定あるいは平和協定はすべて、関係国の願望と利益に関する判断とを体現したものだ。
 中国人民義勇軍が戦争において表した頑強な意思は、世界特にアメリカに対して今日なお鮮明な記憶を残している。…それは永久の精神的遺産を残したのであり、近代史において民族的自信を蹂躙された中国人にとって、その奮い立たせる役割は計り知れないものがある。
 朝鮮戦争にせよ、今日の半島情勢にせよ、すべては歴史が我々に残したものであり、中国の命運の年輪の中に刻み込まれている。言葉を換えれば、カードを切ったのは歴史であり、我々としては我々に切られたカードでうまく勝負するしかなく、手元に来たカードが素晴らしいからといって有頂天になるのも、この手がひどすぎるからといって恨みを託つのも、まったく意味がない。
 21世紀の中国人にとっては、朝鮮戦争はもはや遙か彼方の夢の如しだ。当時の艱難辛苦と今日の中国人の生活との間には天地の差がある。これほどに大きなコントラストは、中国がこの60年に得た巨大な成績を反映している。中国はいくつかの脇道を経験したが、最終的に偉大な素晴らしい前途に向かっているのだ。
 38度線そして朝鮮においては、戦争ははるか遠くの歴史ではなく、いまもなお進行している。60年前と比較するとき、朝鮮の現下の国際環境も朝鮮人民の生活も顕著に改善してはおらず、半島危機の雷管は一貫して撤去されていない。朝鮮自身もこのことに対して一定の責任を負っているが、朝鮮の如き小さな国家に対して、北東アジアの冷戦残存構造について一番の責任を負わせるというのはばかげている。朝鮮は、チャンスを失って漂流しているに近い。
 朝鮮戦争の暗影から飛び出ることは極めて難しいが、もっとも難しいのは各国がそうしようという気持ちが足りないことだ。アメリカは半島が停戦状態から完全に平和になることを願っているか。口先では「イエス」というが、どうもそうではないようだ。日本は半島の冷戦が終結することをさらに願っていない。韓国もあれこれと悩み、平和が重要なのか「統一」が重要なのかハッキリしない。それに対して朝鮮は平和協定締結にもっと熱心だが、その方法はいささか過激だ。
 朝鮮半島は冷戦の生きた化石である。我々は、それをホンモノの冷戦の遺跡に変える義務がある。その時が来れば、停戦協定署名日を記念することが今日におけるように重苦しいものではなくなるだろう。

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