朝鮮半島問題:中国における事態打開に向けた模索

2013.07.26

*朝鮮半島情勢に関しては、米韓首脳会談(5月7日)、崔龍海・朝鮮特使訪中(5月22-24日)、米中首脳会談(6月8-9日)、中韓首脳会談(6月27日)と一連の首脳級の会談が行われた後、この1ヶ月ほどは表面的には鳴りを静めてきました。しかし、水面下では次のステップに向けた様々な検討が行われていることは間違いないと思われます。かかる背景のもとで行われた金正恩と李源朝の会見に注目が寄せられたのは当然です。
7月25日夜、金正恩は、朝鮮戦争停戦60周年記念活動に参加するために訪朝した中国の李源潮と会見しました(7月26日に中国外交部HPに掲載された発表文では、金正恩の肩書は国防委員会第一委員長、李源朝は国家副主席として紹介。また同日付の朝鮮中央通信は、「朝鮮労働党第1書記、朝鮮国防委員会第1委員長、朝鮮人民軍最高司令官の金正恩元帥」「中国共産党中央委員会政治局委員である李源潮・中国国家副主席」と紹介)。
朝鮮中央通信は、朝鮮半島問題にかかわって「朝中両国関係の強化・発展と北東アジアと世界の平和と安全保障問題をはじめ相互の関心事となる問題について意見を交換した」と簡単に述べているだけですが、中国外交部発表文によりますと、中朝関係及び朝鮮半島問題に関して、李源朝と金正恩は次のように発言しました。

(李源朝)
 歴史を振り返るとき、今日の平和は得がたいものであり、いっそう大切にするべきだ。現在の中朝関係は正に過去を受け継ぎ未来につなげる新しい時期にあり、中国は朝鮮とともに、相互信頼と意思疎通を強化し、様々な領域での交流と協力を拡大し、中朝関係の安定的発展を推進したい。
 朝鮮半島の隣国として、中国は半島の非核化実現を堅持し、半島の平和安定維持を堅持し、対話と協議を通じて関係する問題を解決することを堅持している。中国は関係国とともに、6者協議を再起動させ、半島非核化プロセスの推進に力を尽くし、半島の平和及び北東アジアの長期にわたる安定を実現したい。

(金正恩)
 朝鮮は中国社会主義事業が獲得した巨大な成果を高く評価し、対中伝統的友好を重視しており、中国との意思疎通を強化し、協力を増進し、両国関係の発展を推進することを願っている。朝鮮は経済発展と民生改善に力を尽くしており、安定的な外部環境を必要としている。朝鮮は、6者協議再起動のために中国が行っている努力を支持し、各国と共に努力し、朝鮮半島の平和と安定を守ることを願っている。

 李源朝の発言内容は、崔龍海特使訪中の際の中国側発言とほぼ同じ内容です。金正恩の発言は、崔龍海特使が「6者協議などの様々な形式の対話と協議を通じて問題を解決し、半島の平和と安定を維持することを願う」と述べたのに対して、「6者協議再起動のために中国が行っている努力を支持し、各国と共に努力し、朝鮮半島の平和と安定を守ることを願っている」としており、6者協議にしぼった発言となっている点が変わっていると言えます。
 さて、7月23日付及び24日付の環球時報は、中国内部での検討がどういう方向で行われつつあるかを窺わせる2篇の文章を掲載しました。正確に言いますと、7月23日付の文章は英文版環球時報(Global Times)に掲載された英文版副編集長(中国語:執行副主編)の陳平署名「朝鮮の危機に求められる新思考」(英文タイトル:New thinking needed for Korean crisis)です。
ちなみに、中国語版環球時報には26日付で「半島問題は6者協議という思考に限られてはならない」というタイトルで掲載されました。タイトルそのものが英語版とは異なっていますが、内容もこれから紹介しますようにかなり簡略化されているだけでなく、異なっている部分もあります。
 私は長い間中国問題をフォローすることを怠る期間があったため、2009年4月に環球時報英文版のGlobal Timesが刊行され、「中国語版(つまり環球時報)の英語翻訳版ではなく、独立した編集スタッフを擁する英語新聞」(刊行挨拶)として活動してきたことを知りませんでした。2日前に時々メールをやりとりしている知人からChen Pingという人物による興味ある文章が河信基氏のコラムに載っていると紹介され、ネットで検索して英語の文章にたどり着いたのです。そして、Chen Pingという人物についても中国の検索ネット百度で調べて、やっとGlobal Timesの副編集長・陳平であることを確かめたというわけです。お恥ずかしい限りですが、こういう経緯で陳平署名文章を知ることになった次第です。
 以上の次第はともかくとして、陳平文章がまず、そして詳しいバージョンが英文で流されたという事実、そして陳平がGlobal Times副編集長という要職にある(中国の政策決定プロセスについて知る立場にある)人物であるという事実は、この文章が優れてアメリカ向けに特別の意図をもって書かれていることを窺わせます。そういう視点でこの文章のメッセージの所在を読みとる(行間を読む)ことが必要でしょう。また、26日付の環球時報に載った中国語の簡略化されたものとも比較対照してみる価値があると思います。
 それに対して7月24日付の文章は、上海対外経貿大学国際戦略及び政策分析研究所の詹徳斌署名文章です。私も何度か見かける名前の学者・詹徳斌によるものです。この文章の場合には、詹徳斌の立場から考えれば、陳平文章におけるような特別のメッセージ性が込められている可能性は薄いと思われます。むしろ、中国国内で行われている様々な検討課題や中国側の問題意識の所在を窺う上では、政策志向が強いであろう陳平文章以上に資料的価値が大きい可能性があると思います。
 以上の心づもりのもとで2篇の文章を紹介しつつ、私の気づきのコメントを適宜付しておきたいと思います(7月26日記)。

<陳平「朝鮮の危機に求められる新思考」>

 金正恩が登場してから北朝鮮(浅井注:原文がNorth Koreaなので、そのまま訳します。以下同じ)が国際共同体(浅井注:英語がinternational communityなので、こう訳します。この言葉に対応する中国語は「国際社会」です-ちなみに日本でも同じ-が、international societyとinternational communityとは本来似て非なる概念なので、あえてこだわって訳します)に対して示してきた好戦性(長距離ミサイル発射及び核実験を含む)は、強烈な危機感以外の何ものでもない。世界は、北朝鮮の核計画をやめさせることだけに集中して、同国の安全保障を求める気持ちにはほとんど注意を向けなかった。

(浅井コメント)
 朝鮮の「好戦性」、と非難の意味を込めて形容することが米日韓では当たり前になっていることの本質が「強烈な危機感以外の何ものでもない」という指摘は重要です。朝鮮はアメリカ(米日韓)の軍事的脅威という危機感に追い詰められて核ミサイル計画に走ったという因果関係を正確に踏まえるかどうかで、朝鮮に対する政策のあり方は「太陽」か「北風」かという大違いになるのです。
確かに中国は2006年以来、米韓の「北風」政策に同調してきたのですが、陳平文章は、これからの中国が、上記因果関係を明確に再確認する(それは正に習近平指導部の基本認識を反映していると思います)ことをこれからの朝鮮半島問題への取り組みの出発点に据えるということを、アメリカに対して明確に伝えているのだと思います。私としては、中国が2006年に初動を誤った(安保理決議に賛成した)ことに対する中国の反省(自己批判)が必要であるし、陳平文章がそこまで立ち入ってこそアメリカに対する説得力が増すのだと思います。
その点を留保した上でのことですが、原点に戻って仕切り直しが必要だとする陳平文章の対米メッセージは強烈なものがあります。 この認識に基づけば、「世界は、北朝鮮の核計画をやめさせることだけに集中して、同国の安全保障を求める気持ちにはほとんど注意を向けなかった」という結論は不可避です。そしてこの指摘には、朝鮮の安全保障を求める気持ちを一顧だにしてこなかったアメリカ・オバマ政権の対朝鮮アプローチに対する、間接的ではあるけれども全面的な否定という意味あいが込められていることを読みとるべきです。
ちなみに、中国語版ではこのくだりがそもそも抜け落ちています。その理由として考えられるのは2点です。
まず中国国内では、陳平英文文章に示される認識(もともとの非は朝鮮にはないとするもの)を表明した文章を私はこれまでいくつか読んだ記憶があります。昨年12月に朝鮮が行った人工衛星打ち上げ以来、対朝鮮強硬論だけが支配的な言論状況になってきていましたが、朝鮮に非がないとする認識はむしろ広く共有されているのではないでしょうか。ですから、その点を中文版で改めて指摘する必要はないと判断した可能性があります。
しかしより基本的に重要な理由は、このくだりは優れて対米メッセージとして位置づけられているということだと思います。非はもっぱら朝鮮にあるとするアメリカに対していわば「がつんと食らわせる」ことがこの文章の狙いだと思えるのです。中国語版からこの部分が抜け落ちていること自体がその傍証になっているとすら思えます。

(英文)
 北朝鮮の核に対する野心を放棄させようとして試みられた、過去数年間における国連の禁輸及び制裁を含むあらゆる手段はなんの効果もなかった。6者協議において中国が演じた欠くことのできない役割は公正に評価されるべきだが、正直言って、現在の仕組み及び運営メカニズムのもとでの多国間の外交的努力では朝鮮半島の非核化を実現するという目標は実現できない。その理由は、船頭多くして船山に上らずということだ。少なくとも当面の間は6者協議については横に置いておいて、他の案を考えよう。

(中文)
 朝鮮戦争停戦協定署名から60年後、当事国の朝鮮と韓国はテクニカルに言うと相変わらず交戦状態にある。過去数年間、朝鮮に核放棄を強いるために取られたすべての手段は、国連の制裁と禁輸を含め、まったく成果がなかった。朝鮮は相変わらず6者協議に復帰する意思あるいは兆候を示しておらず、6者協議は有名無実に近くなっている。率直に言って、6者協議において中国が果たした役割は代替が利かないものであり、賞賛に値する。しかし、現在の構成及び運営メカニズムから判断すると、このようなマルチの外交努力では半島非核化の目標は実現できない。その原因は船頭多くして船山に上らずということだ。我々はしばし6者協議を横に置いて、他の持続的な方法を考えてみよう。

(浅井コメント)
 英文と中文との間の大きな違いは、中文では「朝鮮は相変わらず6者協議に復帰する意思あるいは兆候を示しておらず、6者協議は有名無実に近くなっている」という指摘があるのに対して、英文ではそれがないということです。
この中文のくだりは、崔龍海特使訪中及び李源朝と会見した金正恩の発言に関する中国外交部の発表文と大きく違っています。陳平が文章を書いた時点では金正恩の発言はなかったわけですが、崔龍海特使の発言はあったわけで、陳平がそれを知らないはずはありません。私としては極めて違和感を覚える文章です。
思いっきり深読みすれば(勘ぐれば)、朝鮮側が6者協議(等)に前向きな発言をしたとする中国外交部の発表文は、もっぱらアメリカ(米韓)向けに、「そう発表することに目をつぶる」という朝鮮側の了承(朝鮮自身は前向きなことは言っていない)もとに行われたものではないか、ということすら考えられます。中国国内では、朝鮮側発言内容については内部文件によって関係者に共通の認識がありますから、陳平中文文章が以上の指摘を行うことに対して、「事実誤認」という批判を食らう可能性もないことになります。
この点に考えるとキリがありませんし、本筋の問題でもありません。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の類はしない私の原則的立場にも抵触するので、ここでとりあえず打ち切ります。
 英文及び中文の陳平文章のこのくだりにおける中心的なメッセージは、安保理中心のこれまでの対朝鮮アプローチに対して破産宣告を行っていることです。しかも、これまでの6者協議に単純に回帰するのでは朝鮮半島の非核化という目標は実現できない、という大胆な発言をしています。陳平英文文章のタイトルが「新思考」をキー・ワードにしているのは、アメリカに対して抜本的な発想の転換が必要であることを強調するためでしょう。
 朝鮮半島問題解決における安保理中心主義は破産したと宣告したことは、今後は米韓が安保理で再び画策しても、中国はこれ以上安易にお付き合いするつもりはない、という習近平指導部の対米メッセージでもあると思います。
他方、6者協議を「横に置いておいて、他の案を考えよう」という陳平文章のくだり及び以下に見る文章は、習近平指導部が模索している問題解決の方向性についてアメリカの反応を窺う意図に出るものと思われます。「横に置く」ということは6者協議そのものを完全に棚上げしようということではなく、6者協議をなんらかの形で動かすにしても、その前にやるべきことがあるのではないか、という問題意識に立っていることが、以下の文章から読み取れます。

(英文)
 朝鮮問題について長続きする解決を求めようとするのであれば、3つのことを相前後してあるいはほぼ同時的に講じなければならない。
 最初にそしてもっとも重要なことは、現在の停戦を平和協定で置き換えることだ。60年間の停戦協定は、好戦的だった李承晩大統領(当時)が署名を拒んだこともあり、北朝鮮、中国及びアメリカだけが(平和協定の)当事者となる。平壌、北京及びワシントンからの外交官は、朝鮮半島の恒久的平和の詳細を議論するべく、板門店(停戦が署名された場所)か北京(6者協議におけると同様、中国は喜んで協力する)で交渉の場につくことができよう。
 この交渉プロセスにおいては、北朝鮮とアメリカは直接向かい合わなければならない。韓国は朝鮮戦争の直接の当事者だったのであるから、平和交渉のオブザーバーとしてソウルを含めるべく、「3+1」方式を採用することができる。
 平壌は既にそういう平和条約を呼びかけているのであるから、ボールはワシントンにある。即ち2012年7月、北朝鮮の労働新聞は、「朝鮮半島における戦争を防止し、平和を確かなものとするため、停戦協定を平和条約に変えることはアメリカの重要な義務である」と述べた。また、「アメリカの支配者は何度も、DPRKを軍事的に脅迫し、あるいは侵略することはしないと述べているのだから、平和条約の締結をためらう理由はない」とも述べた。オバマ政権はしっかりとこの試練に立ち向かうべきだ。

(中文)
 即ち、3つの基本的なステップを、相前後して、あるいは同時並行的に取る必要がある。
 まず、現在の停戦協定を平和協定に代えることだ。このステップについては60年前に停戦協定に署名した3ヵ国である朝鮮、中国及びアメリカにのみかかわることだ(当時の韓国大統領・李承晩は署名を拒否した)。朝中米3ヵ国の外交官は板門店または北京で朝鮮半島の恒久平和にかかわる様々なことを議論する。この交渉過程においては、朝鮮とアメリカは向きあって応対せざるを得ない。韓国は朝鮮戦争の直接の参戦国だったので、「3+1」モデルを採用し、交渉後期の段階においてオブザーバーの資格で平和交渉に参加させる。
 実際、2012年7月、朝鮮『労働新聞』はある論評の中で、「平和協定で停戦協定に代えることにより、戦争を防止し、朝鮮半島の平和を確保することはアメリカの重要な責任だ」と呼びかけた。オバマ政権は説得力ある方法でこの挑戦に対応するべきだ。

(浅井コメント)
 中文は英文の簡略形ですが、英文がアメリカを意識して述べていることが中文でははしょられていることを除けば、内容的に大きな違いは見受けられません。
 停戦協定を平和協定に置き換えるという要求・提案は、陳平文章も明確に認めるように、朝鮮が一貫して提起してきたものです。しかしアメリカは、朝鮮が非核化に応じることが先決で、その条件が充たされたならば、米朝関係改善に応じるという条件付きの立場に固執してきました。
 中国はこれまで事実上いずれの側にも肩入れすることを避けてきたのですが、陳平文章は、これまでの政策を変更するとは明言しない(安保理決議に同調した過去への反省・自己批判を回避しているのと同じ)ものの、事実上、朝鮮の主張に軍配を上げる姿勢を表明しているのです。
 陳平文章は、平和協定には、停戦協定の当事国だった立場から、中国が米朝とともに当事者となる用意があると述べています。これは、平和協定は米朝間の問題として扱う傾向があった中国のこれまでの姿勢と比較すれば踏み込んだ(傍観者から当事者へという)態度表明ですし、それだけアメリカ政府に真剣に考えることを促す意味が込められているのではないでしょうか。
 韓国についてはオブザーバーとして扱うという陳平文章は、停戦協定成立の経緯を踏まえた発言ですが、米韓(及び朝鮮)とのやりとりで如何では、今後臨機応変に対応できるものでしょう。

(英文)
 第二に、「クロス承認」のプロセスを完成させることだ。クロス承認という考え方は、1975年にヘンリー・キッシンジャーが唱えたもので、中国とソ連が韓国を外交承認し、アメリカと日本が北朝鮮に対して外交承認を与えるというものだ。1990年代初期に、ソ連と中国は韓国と外交関係を樹立したが、クロス承認は今もって道半ばだ。クロス承認の残りを完成すること、なかんずくワシントンと平壌の関係を樹立することは孤立した北朝鮮がのどから手が出るほどに求めている安全感を同国に与えるだろう。北朝鮮と米日が外交関係を樹立すれば、平壌が国際共同体に門戸を開き、その責任ある一員になることに資するし、朝鮮半島問題を解決することにも役立つだろう。  また、北朝鮮と日本との二国間交渉は、6者協議で話し合われる筋合いではないいわゆる拉致問題を取り上げるにもふさわしい場となろう。

(中文)
 次に、「クロス承認」のプロセスを完成させることだ。クロス承認という考え方は、1975年にキッシンジャーが最初に唱えたもので、中国とソ連が韓国を外交承認し、アメリカと日本が北朝鮮に対して外交承認を与えるというものだ。1990年代初期に、ソ連と中国は前後して韓国と外交関係を樹立したが、クロス承認は今もって道半ばだ。クロス承認の残り半分を完成すること、なかんずく米朝国交樹立は孤立した北朝鮮に安全感を与え、朝鮮が国際社会に溶け込むことに役立つし、半島問題解決にも役立つだろう。

(浅井コメント)
 このくだりにおける英文と日文との違いが目立つのは、英文の最後にある「北朝鮮と日本との二国間交渉は、6者協議で話し合われる筋合いではないいわゆる拉致問題を取り上げるにもふさわしい場となろう」が、中文ではスッポリ抜け落ちていることです。そして、このくだりについては、6者協議がうまくいかなかった原因として「船頭多くして船山に上らずということ」を挙げたことと合わせて読むと、間接的な日本批判になっていることが分かります。
 つまり、いわゆる拉致問題は本来「6者協議で話し合われる筋合いではない」のに、日本が無理矢理押し込んだのであり、そういう日本のような「船頭」の存在が6者協議を不調ならしめた一因であるということなのです。ですから、拉致問題は2国間問題として処理しろ、と言っているのと同義です。
 米朝国交樹立(正常化)も朝鮮が一貫してアメリカに提起・要求してきたことです。ここでも実質的に、陳平文章は朝鮮の主張を受け入れるようにアメリカに迫っています。米朝国交正常化が朝鮮に安全保障上の最大の安心感を与え、国際社会に溶け込む所以であるとする陳平文章の指摘もそのとおりだと思います。
 他方、陳平文章が「クロス承認方式」を持ち出したのは、キッシンジャーが言い出しっぺであることに着目したのでしょうが、今のアメリカの耳に届くとは思えません。中国とロシアが韓国を承認したのは優れて自らの必要に基づいて行ったものであり、アメリカ(及び日本)がそれに見合う行動を取ることを前提にしたものではありませんでした。ですから、今更アメリカに対して「残り半分」を実行しろ、と要求しても、あまりに身勝手な論理であり、アメリカに対する説得力はゼロでしょう。私としてはむしろ、6者協議の9.19合意において米朝(及び日朝)国交正常化に関する約束が明確に行われていること(第2項)に注意喚起することの方が、この問題についてアメリカに考えさせる上で意味があるのではないかと思います。

(英文)
 第三、地域的な安全保障メカニズムの設置。グローバルに見た場合、朝鮮半島には、地域的で持続的かつ安定化に資する安全保障の制度または対話のための効果的なメカニズムが存在していない。北東アジアには安全保障メカニズムが強く望まれる。
 イラク及びリビアで起こったこと、「核兵器国になること」は北朝鮮の憲法及び労働党の規約に書き込まれていることを考えれば、平壌が核計画を放棄することに同意する可能性は薄い。6者協議を再開したとしても、朝鮮半島非核化という成果を生むことはほとんどあり得ない。北朝鮮の核兵器が如何に原始的なものであるにせよ、国際共同体としては核兵器国・北朝鮮を受けとめるほかない。
 しかし6者協議は、望ましくは中米の共同主催ということで、地域的安全保障レジームに変えることができるだろう。北東アジアに利害を持つ国々がそれぞれの基本的立場について意見交換するために定期的に会合する場として、また、地域の平和と安全にかかわるすべてのことについてバイで交渉しまたはマルチで協議する場として、6者協議を制度化するべきである。

(中文)
 さらに、地域的な安全保障メカニズムを設置すること。現在、北東アジアに安全保障メカニズムを樹立することは喫緊の課題だ。「核兵器国になること」は北朝鮮の憲法に書き込まれていることを考えれば、平壌が核計画を放棄することに同意する確率は非常に小さい。仮に朝鮮が6者協議再開に「光臨」するとしても、「朝鮮半島非核化」が実現する可能性はあまりない。北朝鮮の核兵器が如何に原始的でちゃちなものであることが証明されるにせよ、国際社会は朝鮮の核保有を受け入れるべきである。
 6者協議は、望ましくは中米の共同主催ということで、地域的安全保障レジームに変え、北東アジアに利害関係を持つ国々が定期的に会合し、意見交換して、バイで交渉しまたはマルチで協議することを通じて、地域の平和と安全にかかわるいかなることについても討議できるようにすることができるだろう。

(浅井コメント)
 英文と中文との間の大きな違いは、英文にある「イラク及びリビアで起こったこと」という文言が中文にはないことぐらいでしょうか。イラク戦争及びリビア内戦(とNATO軍の干渉)に関するアメリカの不当性・不法性については中国国内では共通の理解・認識があり、しかも、これらの先例が朝鮮をしてさらにアメリカに対する疑心暗鬼を生んできていることについても中国国内には広い認識があります。しかもそのことをアメリカは認めようとしないわけですから、陳平英文文章はアメリカに対して指摘したのでしょう。しかし、中文でわざわざ指摘するまでもないことなのです。
 6者協議を地域的な安全保障メカニズムに発展的に衣替えするという陳平文章の提案よりも、私が強烈な違和感を覚えたのは「国際共同体としては核兵器国・北朝鮮を受けとめるほかない」(英文)、「国際社会は朝鮮の核保有を受け入れるべきである」(中文)という主張です。
 朝鮮の憲法に核保有が書き込まれたことは事実であるにせよ、朝鮮半島の非核化は金日成の遺訓であるということも金正恩指導部が常に確認していることです。陳平文章がかくもあっさりと朝鮮の非核化をあきらめてしまう認識になる背景には次のような事情が働いていると考えられます。
 一つは、中国が世界的な核兵器廃絶の実現可能性に対して悲観的であることです。その根底には、核の元凶であるアメリカが核兵器を手放すはずがないし、その根っこに座る権力政治的発想を清算する可能性は、たとえあるとしても遠い将来の話だ、という醒めた認識があります。そのアメリカは台頭著しい中国を最大のライバル(潜在的脅威)と見なしているのです。中国としては新型大国関係という脱権力政治の概念を唱えてアメリカに対する働きかけをしてはいますが、アメリカが根本的に国際政治、国際関係に対する認識を改める可能性は、その萌芽すらも見いだせません。
 以上から必然的に出てくる第二のポイントは、中国としては、アメリカの軍事戦略に対抗して、国家としての保存を確保する(自己防衛)ために核抑止力の保持が長期にわたって不可欠だと考えていることです。さらに一般論化して、中国は核抑止力という考え方・戦略・政策の有効性を承認しているのです。
 私の記憶では、朝鮮に核保有を諦めさせるための一つの案として、中国が朝鮮に対して「核の傘」を提供するという考え方を提起した中国の専門家もいました。こういう考え方が存在すること自体、核抑止力という考え方・戦略・政策の有効性を承認していなければ出てこないでしょう。
 中国が朝鮮の核兵器保有に反対する理由は、朝鮮の核保有が日韓の核兵器開発を招く引き金になりかねない、朝鮮半島で核戦争という事態になった場合の中国に対する影響は計り知れないものになる、朝鮮の核実験が中国・東北地方に及ぼす悪影響等々、要するに中国の利害に基づくものです。確かに、朝鮮が「原始的でちゃちな」(陳平中文文章)核兵器を保有してもアメリカに対する有効な抑止力にはならないという批判を行う論者もいないわけではありませんが、今の朝鮮は「1964年の中国」と同じという認識の方が有力ではないでしょうか。
 したがって第三のポイントとして、アメリカの核の脅威が存在し続ける限り、中国が身構えると同じく、朝鮮が核で身構えるのは致し方ない、という陳平文章のような諦めになるのだと思います。
 そして恐らく第四のポイントとしては、日韓の核開発については、中国だけではなく、アメリカも絶対に反対であるから、朝鮮の核保有を既成事実として認めても、北東アジアで核拡散が引き起こされる危険性は、それこそ米中共同の対処で防ぐことができるという判断も働いていると思います。
 しかし、私は朝鮮の核保有を既成事実として認めるのは間違いだと確信します。それは、核兵器は絶対悪だという意味だけではありません。朝鮮半島の非核化を実現することは東アジアの平和と安全にとって欠かすことのできない課題だと考えるからです。
 朝鮮半島の非核化とは、朝鮮の非核化とアメリカの対朝鮮核恫喝政策清算という二つの中身からなります。両者は正にパッケージであり、朝鮮の非核化を実現するためにもアメリカの核政策そのものを改めさせなければならないのです。そして、アメリカの核政策を改めさせるということは、アメリカのアジア太平洋戦略ひいては世界軍事戦略そのものを根本から問いただすということを必然的に内包します。それこそは、私たちが直面している日米軍事同盟の清算という課題と直結しているのです。
 したがって、中国の利害打算だけに基づいて朝鮮半島の核問題を扱おうとするのが中国の政策であるとすれば、私たちはそれをハッキリと批判しなければなりません。ましてや、米中朝の馴れ合いに身を委ねるなどということがあってはならないのです。
 このくだりの最後として、陳平中文文章にある「仮に朝鮮が6者協議再開に「光臨」するとしても、「朝鮮半島非核化」が実現する可能性はあまりない」という文言にも、私はすごい引っかかりを感じます。既に指摘したことですが、朝鮮は本当に6者協議再起動・再開に前向きな返事を中国に対して行ったのか、という疑問を膨らませるニュアンスが「光臨」(中国語:「賞光」。しかも陳平文章はわざわざ「」に入れています)に込められているように感じられてしまうからです。

<詹徳斌「6者協議の多機能化推進を試みよう」>

 6者協議は、北東アジア諸国が支持する唯一のマルチのメカニズムであり、中国としては、その機能を拡大して、朝鮮半島及び北東アジアの平和協力問題を議論できようにすることを試みることができるのではないか。
 現在の朝鮮半島情勢及び各国の主張に鑑み、中国としては、朝鮮の非核化と並行して、朝鮮半島平和メカニズム、北東アジア平和協力という議題を増やし、6者協議の多機能化実現を推進し、漸進的に6者協議のレベルを引き上げることを考えることができるだろう。こうすることによって、朝米を主とする関心を考慮し、双方の信頼を獲得し、朝鮮の核問題で正面突破を図ることで中朝関係が損なわれることを避けることができるだろう。と言うのは、朝鮮はかつて非核化の議論には二度と参加しないと明確に言明したことがあるからだ。6者協議を多機能化することは、6者協議の機能が単一であるため、非核化が進展しないときには6者協議も動かしようがないというしまらない局面を導いてしまうことを回避することにも資するし、6者協議を将来的に北東アジア平和協力メカニズムに発展させ、グローバルな成長源である北東アジア地域に今なおハイレベルの協力メカニズムがないという空白を埋めることにも資するだろう。6者脅威の多機能化は、朴槿恵新政権が最近打ち出している北東アジア平和協力構築構想とも接点があり、広範な支持を獲得しやすいだろう。
 6者脅威の多機能化ということ自体は出し抜けのことではない。過去20余年にわたる非核化プロセス及び10年間の6者協議での努力によっても、「まずは核放棄、その後で平和メカニズム」というモデルでは核問題を解決できないのみならず、朝鮮が核兵器開発を続けることも阻止できなかった。その原因の一つは、朝鮮の安全保障に対する関心が十分に尊重されてこなかったことである。したがって、今なすべきことは、これまでは非核化という議題の下に位置づけられてきた平和協力の議題を格上げして、非核化と並ぶトップの議題とすることである。
 6者協議の多機能化は中国の外交政策にもさらに合致する。中国の朝鮮半島における目標は平和、安定及び非核化だ。しかし過去10年においては、6者協議の議題は主として米韓の利益に基づいて設定され、行き詰まるとその責任は中国に転嫁されてきた。6者協議は既に10年が過ぎ、朝鮮半島及び北東アジア情勢には質的変化が起こり、今日の中国は自国の戦略的利益により合致した方式で、新しい議題を決めるイニシアティヴを取って会談の進捗状況をコントロールする必要があるし、そうする力もある。したがって、6者協議というマルチの枠組みを利用して、「平和」、「非核化」及び「協力」などのいくつかの議題を並行的かつ相互に関連づけて設定し、中国にとっての上記政策目標の実現に役立て、中国にとって有利な北東アジア新秩序をつくり出すのだ。
 しかし、朝鮮半島の平和メカニズムを樹立するにはまずもって停戦協定を廃止する必要があり、同協定を廃止する前にはまず停戦メカニズムの有効性を承認し、停戦協定に基づいて設立した軍事停戦委員会の合法性を承認する必要がある。中国としては、1994年に引き上げを余儀なくされた板門店常駐の停戦委員会代表団の再派遣を考慮することができる。中国代表団の復帰は、朝鮮半島における効果的なプレゼンスを維持することに役立つし、朝鮮と国連軍司令部(米韓)との意思疎通を可能にし、朝鮮半島で新たな衝突が起こることを阻止し、同時に朴槿恵大統領が訪中したときに提起した中国義勇軍の遺骸返還に対する積極的な回答とすることもできる。もちろん、中国代表団の最終的な任務は朝鮮の停戦状態を終結させる事務レベル協議の準備を行うことにある。このことは、関係国が「終戦宣言」を発表し、よりハイレベルな朝鮮半島平和協定に署名し、次いで朝鮮半島の平和メカニズムを作るための前奏であり、また、必要な過渡的ステップでもある。

(浅井コメント)
 詹徳斌の文章は、陳平文章と重要な1点だけを除けば、むしろその説明的ないし補足的な内容になっていることを読みとることができます。異なる重要な1点とは、陳平文章があからさまに認めようとする朝鮮の核保有について、詹徳斌文章は口を閉ざしていることです。その点を除けば、過去の国際的努力が成果を挙げなかった原因は「朝鮮の安全保障に対する関心が十分に尊重されてこなかったこと」という基本認識、「6者協議の多機能化実現」提言という陳平文章の中核をなす点について、詹徳斌文章は同じことを述べていることが確認できます。陳平文章にない詹徳斌文章ならではの指摘は、平和協定交渉への参加だけではなく、その前のステップとして軍事停戦委員会への中国代表団の復帰をも提起していることです。

 最後に、陳平文章及び詹徳斌文章に共通しているのは、朝鮮のこれまでの主張を基本的に承認した上で、これからの事態打開の方策を考えようとする姿勢です。このような姿勢は、アメリカが容易に受け入れるとは思われません。また、朝鮮が中国とのやりとりにおいて何をどこまでコミットしているのかという点についても疑問が残ります。朝鮮半島情勢のこれからの展開はまだまだ流動的要素が多い、ということでしょう。引き続き注意深く見守っていこうと思います。

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