朝鮮の軍事力(ペンタゴンの年次報告)

2013.05.09

*5月7日に行われたアメリカのオバマ大統領と韓国の朴槿恵大統領の首脳会談に私も注目していましたが、米韓同盟60周年記念の共同宣言及び両首脳による共同記者会見での発言を見る限りでは、両国の対朝鮮政策の基調に変化の兆しは窺えず、また、朝鮮半島情勢に影響を及ぼすような新しい要素も見受けられませんでした。オバマ及び朴槿恵の従来どおりの発言は朝鮮にとって恐らく織り込み済みであり、朝鮮はむしろ、朴槿恵の今回の訪米及び6月の訪中というビッグ・イヴェントの陰で進行し始めた6者協議再開に向けた、中国を中心にした地均しの動きに主要な関心を寄せているのではないかと思われます。
 米韓首脳会談に先立つ5月3日、アメリカ国防総省(ペンタゴン)は「朝鮮民主主義人民共和国にかかわる軍事及び安全保障上の諸展開」と題する対議会年次報告(朝鮮に関しては初めてのもの。以下「年次報告」)を発表しました。直後に発表された中国の軍事力に関する年次報告が83ページであるのに対して、朝鮮に関するものはわずか20ページで、内容的にも新味に乏しく、貧弱という印象です。
しかし、年次報告には朝鮮の軍事的脅威性という問題を考える上で注目するべき内容があります。年次報告は、確かに「北朝鮮の軍隊は、韓国、その隣国及びこの地域の米軍に対して深刻な脅威を構成している」(p.7)と述べている箇所もありますが、以下に紹介する他の箇所での記述は、以上の指摘が如何に中身を伴わないものであるかを物語ってあまりがあります。日本国内における「北朝鮮脅威論」の異常性を理解する意味において、この年次報告は極めて有意義だと思います。また、米韓首脳会談では朝鮮に対する厳しい認識表明・対決姿勢が基調になっているのですが、年次報告に明らかな朝鮮の対米(米日韓)軍事的劣勢を踏まえるとき、その基調そのものが非常に問題であるということも理解されるはずです。結局、アメリカがアジア太平洋地域における強力な軍事プレゼンスを正当化するための材料として「北朝鮮脅威論」(及び「中国脅威論」)に固執しているに過ぎないことは明らかです(5月9日記)。

-「北朝鮮は地域隣国の増大を遂げる国力に追いつかない状態が続いており、そのことが拡大する軍事的不均衡を生みだし、政権の生き残りの保証たる非対称的な戦略抑止力を改善することに朝鮮を駆り立てている。」(p.3)
-「政権の安全保障上の最大の関心事項は内部からの反対及び外部勢力(主に韓国)が内部の不安定を利用して政権を転覆させて半島統一を実現することである。」(pp.3-4)
-「(朝鮮は、1970年代までは主動的に朝鮮統一が可能と信じても良いだけの理由があったが)ソ連崩壊、1990年代の飢饉及び韓国の経済的台頭及び政治的成熟で、北朝鮮は現実的な目標としての主導的統一をほぼ放棄した。」(p.5)
-「朝鮮は、西側との外交的関係正常化を最終的に可能とするべく、対等かつ正統の国際的主体として、また、公認の核兵器国として承認されることを目ざしている。」(同)
-「北朝鮮は、外交における心理的な優位を得るため、そして一定の政治的経済的譲歩を勝ち取るために小規模の攻撃を利用している。しかも北朝鮮は、それらの攻撃のエスカレーションをコントロールできると信じている。」(同)
-「以上の政治的強圧戦略と密接に結びつけられているのが北朝鮮の核ミサイル計画であり、国際共同体との関係正常化が実現しない間は、核ミサイル計画は生き残り、主権及び存在感という目標にとって不可欠だと考えている。」(p.6)
-「北朝鮮は、韓国またはアメリカの圧倒的な反撃を招くことによって政権の生き残りを危うくすると判断する規模の攻撃はしないだろうが、その敷居をどのように判断しているのかが我々には分からず、北朝鮮の小規模攻撃及び挑発行動がより大規模な紛争に発展してしまう誤算を生んでしまう余地がある。」(p.7)
-「強圧的外交戦略として軍事力を採用する北朝鮮の意志を具体的に証明したのが天安号事件及び延坪島砲撃事件だった。」(同)
-「数十年にわたる経済的失敗と食糧不足により、朝鮮の軍隊は、兵站の不備、兵器の老朽化及び貧弱な訓練によって弱体化している。」(p.18)

 つまり、年次報告がありうる事態として考えているのは、「北朝鮮の小規模攻撃及び挑発行動がより大規模な紛争に発展してしまう」ケースだけなのです。そういう小規模攻撃及び挑発行動の具体例として年次報告があげたのは天安号事件及び延坪島砲撃事件です。日本国内で盛んに喧伝される「北朝鮮が攻めてきたらどうする?」という類の記述は一切ありません。
ちなみに、天安号事件については、朝鮮は自らの関与を全面否定していますし、ロシアの調査団も朝鮮の関与を認めていない(中国メディアも同じ)など、いまだに事件の真相は明らかではありません。また、延坪島砲撃事件については、(朝鮮を強く刺激した米韓軍事演習の直後の)韓国軍の砲撃訓練に対する反撃として行ったものでしたから、朝鮮の「攻撃」「挑発」とすることには明らかに無理があります。
したがって皮肉なことですが、年次報告は全体として「北朝鮮脅威論」の虚構性を明らかにしている内容なのです。年次報告が浮かび上がらせているのは、アメリカ(米日韓)の軍事的脅威に必死に身構えている朝鮮の実像です。

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