朝鮮の「核先制打撃」論

2013.03.26

*3月7日付朝鮮外務省スポークスマン声明が「核先制打撃の権利行使」に言及したことは、私には唐突な感じが否めませんでした。そこで、年初以来の朝鮮側文件(朝鮮中央通信社が日本語で紹介しているもの)を洗い出して、私なりにその含意について検討してみました。私見、試見の域を脱しませんので、専門的立場からのご批判、コメントがいただけたら非常に嬉しいです(3月26日記)。

1.朝鮮の「核抑止力」の位置付け

 まず、核先制打撃論の前提にあると思われる「核抑止」という概念の中身については、朝鮮の以下の使用例(強調は浅井)から判断すれば、私たちが理解している「核抑止力」の概念が朝鮮によっても共有されていることが確認されます。

◯1月25日付朝鮮中央通信記事
朝鮮の自衛的な核抑止力は朝鮮半島で戦争を防止し、平和と安定を頼もしく守る万能の霊剣である。
◯3月4日付「労働新聞」署名論説
核抑止力の保有により共和国は朝鮮半島の平和と安全はもちろん、北東アジアと世界の平和に大きく寄与している。
軍事的圧力には全面対決戦で、核脅威には自衛的な核抑止力で断固と対応するのは朝鮮の確固不動の立場である…。
◯3月15日付朝鮮中央通信記事
銃を持っている者には大砲で、核のこん棒を振り回す者には強力な核抑止力で立ち向かうのが、共和国の自主的対応方式である。

 ただし、以下のように「策動を粉砕する」核抑止力という用例については、「核抑止力」という範疇に収まるのかどうか、疑問なしとはしません。この点は、後述する「核先制打撃」の曖昧さとつながるものです。

◯2月13日付朝鮮中央通信社論評
威力ありながらも小型化、軽量化された原爆の爆発実験に成功することにより、わが共和国は敵のいかなる侵略策動も一気に粉砕できる物理的抑止力をいっそう強固にうち固められるようになった。  われわれの核抑止力強化が米国の侵略策動を粉砕し、朝鮮半島と北東アジア、ひいては世界の平和と安全を守ることに資する最も正当な措置である…。

2.「核先制打撃」と「核先制攻撃」

朝鮮の文件を当たっていて気づいたことですが、「核先制攻撃」、「核先制打撃」、「核打撃」、「(核)報復打撃」など、多様な言い方が使われています。しかし、少ないですが、(4)にあるように、同じ文章で「打撃」と「攻撃」が無雑作に使用されているケースがあることから判断して、両者の間には特に異なる意味合いが付されているとは判断できませんでした。ただし、(2)であげたように、「先制打撃」が用いられるケースが圧倒的に多く、「先制攻撃」の用例は(1)に見るように極めて少数でした。
下記(2)に示すとおり、「核先制打撃」という言い方は、3月7日の朝鮮外務省スポークスマン声明で朝鮮の権利として言及される以前にも、アメリカからする朝鮮に対する「核先制打撃」としてしばしば言及されていました。アメリカの場合は文字どおりの対朝鮮先制攻撃の一環としての「核先制打撃」という意味で用いられています。それに対して、朝鮮も「核先制打撃」の権利を行使すると言ったので、朝鮮からする先制攻撃の一環としての「核先制打撃」を意味するのかという問題意識を誘発しますし、仮にそうだとしたら、次に起こる朝鮮戦争がいきなり核戦争になるという、想像もしたくないようなシナリオになります。その点については3.で改めて検討します。
もう一つ、朝鮮による「核先制打撃」に関する公式の発言は3月7日付朝鮮外務省スポークスマン声明が最初ですが、その前日の朝鮮中央通信記事は労働者の発言を紹介する形で「朝鮮式の核先制打撃」という表現を使っています。

(1)「核先制攻撃」

◯2月5日付朝鮮中央通信社論評米国の対朝鮮核先制攻撃企図
◯2月21日付朝鮮中央通信社論評
世界最大の核保有国であり、唯一の核戦犯国である米国を相手とする長期間の物理的対峙状態で「核先制攻撃対象」に指定されているわが共和国の自主権守護は決して、言葉やアピールで解決される問題ではなかった。

(2)「核先制打撃」「核打撃」

◯2月12日付朝鮮外務省代弁人談話
米国は、わが国を核先制打撃の対象リストに上げて久しい
国連安全保障理事会が公正さを少しでも持っていたならば、主権国家の自衛権行使と平和的科学技術活動を問題視するのではなく、国際平和と安全に脅威となる米国の核先制打撃政策から問題視すべきであった。
◯2月27日付朝鮮中央通信社論評
米国は、「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」合同軍事演習を通じてわれわれに対する軍事的圧殺企図を冒険的な北侵「核先制打撃」につないでいこうとしている。
◯3月5日付朝鮮人民軍最高司令部スポークスマン声明
昨年とは違って、100余発の核爆弾を積載した米帝侵略軍の原子力超大型空母打撃集団と戦略爆撃機B52Hをはじめ、地上、海上、空中核打撃手段が大量投入され、南朝鮮のかいらいと英国、オーストラリアを含む多くの追随国家武力まで動員されるという点で、今回の合同軍事演習はわれわれを狙った最も危険な核戦争騒動であり、あらゆる敵対勢力が群れを成して襲い掛かる最も露骨な軍事的挑発行為となる。
米帝が核兵器まで振り回して襲いかかる以上、われわれもやはり、多種化された朝鮮式の精密核打撃手段で真っ向から立ち向かうであろう。
停戦協定に拘束されず任意の時期、任意の対象に対して制限がなく、決心したとおりに正義の打撃を加えて民族の宿願である祖国統一の大業を成し遂げようとする。
 敵がナイフを突きつければ、長剣で振り落とし、銃を抜けば大砲で撃つ砕き、核で脅かせばそれよりも威力ある朝鮮式の精密核打撃手段で立ち向かうというのが、わが軍隊と人民の不変の立場であり、白頭山式対応方式である。
◯3月6日付「労働新聞」署名論説
米国とその追随勢力が行っている「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」合同軍事演習は明白に、共和国に不意の核先制打撃を加えるための典型的な北侵攻撃演習、核試験戦争である。
◯3月6日付朝鮮中央通信記事
チョンリマ製鋼連合企業所作業班長のパク・チョル氏(男、39歳)は、南朝鮮のかいらい国防部長官の金寛鎮と合同参謀本部議長の鄭承兆がかいらい 軍部隊を訪れていわゆる「挑発原点」に対する「凄絶な打撃」だの、「先制打撃」だの、何のとむやみに言い散らしたことに憤激を表し、次のように述べた。
軍事ごろらの暴言はすなわち、現南朝鮮当局の対決と戦争政策の代弁であり、北南関係発展と平和・繁栄の道に進む歴史の純理に対する明白な逆行、挑戦だ。
好戦狂らが本当に口に出した通りに「先制打撃」を加えようと身動きさえすれば、それよりもっと迅速かつ正確に、それに比べようもなく威力ある朝鮮式の核先制打撃が無慈悲に加えられるだろう。
◯3月7日付朝鮮外務省スポークスマン声明
朝鮮民主主義人民共和国外務省のスポークスマンは委任によって、次のようにせん明する。
第一に、米国が核戦争の導火線に火をつけようとする以上、朝鮮革命武力は国の最高の利益を守るために侵略者の本拠地に対する核先制打撃の権利を行使することになるであろう。
◯3月7日付「労働新聞」署名論説
わが軍隊と人民は、停戦協定の効力が全面白紙に戻されるその時刻から、いかなる拘束も受けずに任意の時期、任意の対象に対して制限がなく、決心した通りに正義の打撃を加えられることになる。
核先制打撃権は決して米帝だけにあるのではない
もし、米帝がわが共和国に対する侵略戦争を挑発するなら、戦場は決して朝鮮半島にだけ局限されないであろう。戦略ロケット軍をはじめ朝鮮革命武力は、国際反動勢力の牙城である米本土を命中打撃圏内に入れている。
◯3月19日付「民主朝鮮」署名論評
今、米国はなんとしてもわれわれを武装解除させ、自分らの対朝鮮圧殺政策を実現しようと軍事的圧迫と経済制裁など手段と方法を総動員している。いわゆる「防御」や「抑止」の外皮をかぶっている「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」合同軍事演習を通じて、米国はわれわれの自衛的核抑止力を先制打撃し、共和国を一挙に占領するための危険きわまりない企図を実践に移そうとしている。
 いつも真っ向から立ち向かう戦術で百勝の誇り高い歴史を記してきたわが軍隊と人民は、敵の挑発には即時の対応打撃で応えるであろう。
◯3月20日付祖国平和統一委員会スポークスマン談話
米国とかいらい好戦狂の戦争挑発狂気が極度に至った去る18日、南朝鮮を訪れた米国防総省副長官のカーターは、かいらい青瓦台の関係者と国防部長官の金寛鎮、外交部長官のユン・ビョンセに各々会ってわれわれに対する軍事的謀議を行った。
謀議の場でカーターは、われわれを核先制打撃するための「合わせ型抑止戦略」をすぐ完成すると公然と確約した。
◯3月21日付朝鮮人民軍最高司令部スポークスマン声明
米国は戦略爆撃機B52が離陸するグアム島のアンダーソン空軍基地も、原子力潜水艦が発進する日本の本土と沖縄の海軍基地もわれわれ精密打撃手段の打撃圏内にあるということを忘れてはいけない。
◯3月22日付「労働新聞」署名論説
白昼強盗さながらの核戦争策動にはより強い核精密打撃手段で対応しなければならないというのが、われわれの原則的立場である。
◯3月23日付祖国平和統一委員会書記局報道第1024号
われわれは、すでに米国とかいらい一味が起こす新たな戦争挑発に全面戦争で応え、先制打撃も辞さないということを明らかにした。

(3)「核報復打撃」

◯2月12日付朝鮮外務省スポークスマン談話
敵対勢力がけん伝する臨検だの、海上封鎖だのというものはすなわち、戦争行為とされ、その本拠地に対するわれわれの無慈悲な報復打撃を誘発させることになるであろう。
◯3月18日付朝鮮中央通信声明
侵略戦争には正義の祖国統一大戦で、核戦争挑発にはより威力ある核報復打撃で!これが敵対勢力と好戦狂の群れに対するわが千万の軍民の断固たる応えであり、敵撃滅の意志である。

(4)「核攻撃」と「先制打撃」

◯2月13日付朝鮮中央通信社論評
米国は、対朝鮮圧殺のための国際共助を鼓吹する一方、数多くの核攻撃手段を朝鮮半島とその周辺に展開して、われわれに対する先制打撃演習まで行いながら情勢を極度に激化させている。
◯3月5日付「労働新聞」署名論説
先制攻撃は決して侵略勢力の独占物ではない。火は火で消し止め、侵略者の挑発にはせん滅的報復打撃で応えるのは白頭山革命強兵の固有な戦闘方式、気質である
◯3月21日付「労働新聞」署名論評
北侵核先制攻撃を加えるための米国と南朝鮮の好戦狂らの企図がきわめて重大な段階に至った…。
米国の戦略核打撃手段が朝鮮半島に現れて実戦の訓練を行ったのは、内外の好戦狂らが朝鮮に対する核戦争脅威を実際の行動に移しているというはっきりした証拠である…。
もし、米国が実際に共和国に対する核先制攻撃をあえて試みるなら、われわれは多種化された朝鮮式の精密核打撃手段で無慈悲に迎え撃つであろう。

3.「核先制打撃(攻撃)」と核抑止論

<核抑止論における核先制攻撃>

 核抑止論と核先制攻撃とは矛盾する概念であると思われがちですが、私の承知する限りにおいても、1960年代のNATOの核戦略において、「段階的核抑止論」あるいは「柔軟反応戦略」のなかで核先制攻撃が組み込まれていました。即ち、当時のNATO軍とワルシャワ条約機構軍との対立状況において、NATOは通常戦力において劣勢であり、いったん戦闘が開始された場合、「ワ」軍の侵攻を阻止しきれないと考えられていました。そこで、戦術核兵器、戦域核兵器を順次先制使用することにより、「ワ」軍が戦争継続を断念するように仕向けるという考え方が採用され、これが「段階的核抑止論」あるいは「柔軟反応戦略」として定式化されたわけです。
 戦術核兵器といっても広島原爆以上の威力を持っているわけですから、このような理論あるいは戦略が軍事オタクの机上の空論に過ぎないことは今にしてみれば明らかです。しかし、当時においては真剣に議論されたことも否定できませんし、ソ連も戦術核兵器、戦域核兵器の開発・配備に向かったことからいっても、当時においては一定のリアリティを具えていたのでした。

<1960年代NATOの核先制攻撃論と朝鮮の核先制打撃論>

 NATOが1960年代に核先制攻撃論を打ち出した背景には、通常戦力における劣勢という認識が働いていたことは先述のとおりです。今日の朝鮮も米韓連合軍に対して圧倒的な劣勢にあることは衆知のとおりです。ですから、朝鮮が米韓の軍事侵略を抑止する意味合いにおいて核先制打撃を言いだしたとすれば、NATOの先例に鑑みても、荒唐無稽の極みと片づけることではないと思います。
 問題は、上記2.(2)~(4)で紹介した朝鮮側文件では、米韓の軍事侵略を抑止する意味合いに限定して言われているかどうかが必ずしも明確ではないということです。つまり、米韓が実際に朝鮮に対する軍事侵攻を開始したら、その時には核戦力を先制使用するというのか、それとも、3月の米韓合同軍事演習のような対朝鮮軍事威嚇の段階であっても、朝鮮がこれを朝鮮に対する「戦争発動」と認定すれば、朝鮮は核先制打撃に踏み切ることがある、としているのかが明確ではありません。
 これは非常に重要なポイントです。例えば、中国の限定的核抑止論は「核攻撃が行われたら、それに対する報復として核兵器の限定的使用に踏み切る」というものです(ただし、最近の中国側論者のなかには、このような極めて限定的な核兵器使用に留まるべきではないとする物騒な主張も現れていますが)。このような抑制的態度は、アメリカの核兵器使用に対する核抑止論として有効であると広く理解されてきました。
朝鮮にとっては、核戦争になってしまったら、朝鮮全土が灰になることを覚悟しなければならないわけですから、なおのこと、核戦争への歯止めを用意しておくことが死活的に重要であることが理解されるはずです。
 朝鮮が「核先制打撃論」を公然と表明したことに対して中国の専門家のなかから危ぶむ声が出ているのは、そういう中国のこれまでの自制的な核戦略を踏まえると、それなりに当然のことと言えるでしょう。
 最後に私個人としては、朝鮮が38度線沿いに展開している火力(ソウルを火の海にすることができる)は米韓の対朝鮮侵略を抑止するに十分なものであると考えています。したがって、朝鮮が核戦力を保有するのは、抑止力として屋上屋を架するものであるし、朝鮮の対外的孤立を深め、安保理決議の制裁に起因する経済的困難を増大させるマイナス要素だと判断しています。
 その点を指摘した上でのことですが、アメリカの核威嚇に対して断固対抗するとする朝鮮の原則的姿勢は曲げられず、また、朝鮮が核先制打撃の権利行使を明らかにしてしまったことを出発点として議論すれば、少なくとも、朝鮮としては自国の安全保障を確保するという観点からだけでも(朝鮮半島ひいては北東アジアの平和と安定という観点を挑戦に期待するのは無理でしょうから)、「米韓の現実の対朝鮮武力行使が発生した場合」に限定してその権利を行使するということを明確にするべきだと考えます。

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