日米中関係と朝鮮脅威論
-安倍訪米を材料に考える-

2013.03.02

*尖閣問題にかかわって日米中関係が微妙さを増すなか、安倍首相が熱望して実現にこぎ着けた訪米でした。中国も第2期オバマ政権が安倍訪米にどのように対応するか神経を研ぎ澄まして見つめていました。日米中関係の観点から訪米の意味及び結果を判断する上での主な材料は、訪米に先立って安倍首相がワシントン・ポスト紙(WP)に対して行った単独インタビューにおける発言内容並びに安倍首相とオバマ大統領の首脳会談結果及び岸田外相とケリー国務長官の外相会談結果(ともに外務省から概要が発表された)の三つです(日米首脳の会談後の共同声明はTPPだけを扱った極めて簡素な内容で、日米中関係を考える材料にもならない代物)。3月中にケリー国務長官が日中韓三国を訪問する予定であることが発表されていますので、日米中関係を考える上ではその訪問を待ってさらに考える必要がありますが、現時点での私のまとめを紹介しておきます。
なお、中国を脅威呼ばわりすることに気兼ねがなくなった安倍政権の下で、これまで日米軍事同盟の変質強化及びその下での日本の軍事力増強を正当化するための口実として喧伝されてきた虚構の「北朝鮮脅威論」が、ひっそりと「中国脅威論」に席を譲りつつある様子も安倍訪米から見て取ることができますので、この点についても簡単に描写しておきます(3月2日紀)。

1.安倍訪米「成果」の評価の難しさ

 安倍首相が就任直後に訪米し、オバマ大統領との首脳会談を実現することに執心を示したのは、既に行われている多くの指摘に私も異論がないのですが、大きくいって二つの狙いがあったと思います(TPP、普天間などは安倍首相にとってはせいぜい第二義的な意味しかなかったと考えます)。一つは、尖閣問題で緊張を深める日中関係をいわば利用して、尖閣問題に対する日本の立場にアメリカから強力な支持を取り付ける(具体的には、日米安保条約の尖閣への適用について第2期オバマ政権からも再確認を取り付ける)ことです。今一つは、やはり中国の増大する軍事力に対抗する必要性を強調して、自らの一連の政策(軍事力増強、集団的自衛権への踏み込み、そして改憲)に対するオバマ政権の理解と支持を取り付けたいという狙いです。したがって、安倍訪米が(本人にとって)「成功」であったかどうかの私たちの判断は、この二つの点に関してアメリカの対応がどうであったか、という点をどう判断・評価するかに大きく依存するということになります。
 私は当初、WPインタビューでの安倍発言と首脳会談及び外相会談の内容とを機械的・字面的に比較し、両者の間の「落差」の大きさから、安倍訪米は本人にとっていわば空振りに終わったのではないか、という印象を持ちました。4.で簡潔に紹介したいと思いますが、中国の専門家の多くの見方もそういうものでした。
 しかし、より注意深く検討してみますと、首脳及び外相会談では、WPでの安倍発言をいわば下敷きにして日本側の「認識表明」「説明」があり、オバマ及びケリーはその発言を「歓迎」「確認」「評価」するというスタイルになっていることが分かります。確かに、このようなスタイルは首脳会談や外相会談で一般的なものではありません。むしろ、双方の認識・立場を述べあった後に一致点や共通の認識あるいは今後の検討課題を記す、というスタイルの方が通常だと言えるでしょう。したがって、このスタイルを取った会談内容をどう解釈するか、具体的には、アメリカ側の「歓迎」「確認」「評価」が日本側発言のどこまでを含むのか(WPでの安倍発言も入っているのか)について、受け取る側がどう判断するかによって、安倍訪米がその目的を達成した、あるいは逆に空振りに終わったという判断の違いが出てくるのだと思います。そういう意味で、今回の安倍訪米の「成果」についての評価の難しさがあることは否めないところだと思います。

2.安倍首相にとって納得のいった訪米

 私は、安倍首相本人にとっては、今回の訪米は、100点満点ではないけれども、まずまず納得のいくものだったと受けとめているのではないかと思います。それは以下の判断に基づくものです。
 まず、安倍首相は訪米に先立つWPとのインタビューで、APRの安全保障環境が優れて中国によって厳しくなっているという認識を示し、これに対抗する上で日米同盟及びアメリカのプレゼンスが決定的に重要だとする主張を行っているのです。そこでは、「経済資源を獲得するため、中国は南シナ海及び東シナ海で強制または脅迫に訴えている」「愛国主義を教えることが反日感情を教えることでもある」→「安全保障環境:中国政府艦船による日本領海に対する多くの侵犯及び日本の防空識別圏及び領空に対する多くの侵入」→「(APRの安全保障環境との関連で)日米同盟を強化再編することが地域の平和と安定に貢献する」→「日米同盟及びアメリカのプレゼンスは決定的に重要」という組み立てでの持論展開になっています。
 そして首脳会談では、安倍首相の方から、その持論を暗黙の前提としつつ、「アジア太平洋地域の安全保障環境が厳しくなっている中,日米同盟を一層強化していくことが重要であるとの認識を示し」、「防衛費の増額,防衛大綱の見直し等,我が国自身の防衛力の強化に取り組んでおり,また,集団的自衛権についての検討を開始し,これらの取組を同盟強化に役立つものにしていく考えを説明」しました。その上で、「日米安保体制の抑止力向上のため,幅広い分野で協力を進めていきたいと述べ,安全保障環境の変化を踏まえ,日米の役割・任務・能力の考え方についての議論を通じ,ガイドラインの見直しの検討を進めたい旨述べた」のです。それに対してオバマ大統領は、「日米同盟は日本にとってのみならず,太平洋国家としての米国にとっても極めて重要である旨述べ,同盟強化に向けた日本の取組を歓迎した」と応答したのです。
首脳会談において安倍首相が述べた「安全保障環境」とは取りも直さずWPインタビューで詳述した「中国脅威」の存在です。そのことを踏まえれば、「中国脅威」、「日本の軍事力増強」、「集団的自衛権への踏み込み」(改憲がらみであることは言うまでもありません)、「ガイドラインの見直し」(ガイドライン見直しが日米同盟の対中国軍事同盟への転換を図ることを目的としていることは公知の事実)など、安倍がオバマに言いたかったことがすべて盛り込まれています。それらを丸呑みにした形でオバマの「同盟強化に向けた日本の取組を歓迎」という短い発言があるということです。
日米安保条約の尖閣への適用問題については、外相会談に任され、ここでも同じスタイルが採用されています。即ち岸田外相が「米国政府が,尖閣諸島は日米安保条約の適用対象である,日本の施政を害しようとするいかなる一方的行為にも反対する との立場を表明していることについて感謝を述べた」のに対して、ケリー国務長官は「安保条約の適用についての米国の揺るぎないコミットメントを確認するとともに, 尖閣諸島を巡る問題に対し日本が自制的に対応していることを評価すると発言」したのです。
もちろん、安倍首相の本心としては、オバマからもっと積極的な発言が引き出せたならばさらに満足のいく訪米になっていたであろうことは疑問の余地がありません。しかし、訪米までの段階できわめて明確になっていた安倍首相の訪米目的の所在をオバマ政権は十分に認識した上でその訪米を受け入れ(いったんは忙しいという理由で延期させたけれど)、首脳・外相会談でも日本側に意を尽くさせた上でそれを受け入れる姿勢を示したのですから、安倍首相にとっては総じてまずまず納得がいくものだった、と言わざるを得ないと思います。
ただし、アメリカ側からすれば、今回の会談の上記スタイルは、自らの対中関係配慮上も大きなメリットがあったことも間違いないでしょう。つまり、日本側に対中対抗的な露骨なことは全部言わせて、アメリカ自身としては、「中国脅威」認識にかかわる発言も、安保の尖閣適用再確認明示発言もしなかったということで、中国の神経をさらに逆なですることは回避できたからです。そういう意味でも、今回のようなスタイルが取られたことはかなり念入りな細工の産物だったことが窺われます。
ちなみに、安倍首相が訪米について納得していることは施政方針演説の次の言葉にも示されています。

「アジア・太平洋地域、更には国際社会共通の課題に至るまで、同じ戦略意識を持ち、同じ目的を共有していることを確認したのであります。…世界の平和と安定のために、日米が手を携えて協力していくことを鮮明にすることができました。」

安倍首相としては、来たる参議院選挙で勝利して長期政権の基盤を築き、最終的な改憲目的の実現のために歩を進めていくデザインを思い描いていることは間違いないことだと思います。アメリカが安倍政権に代表される日本の政治の右傾化の危険性を自覚し、真剣に憂慮するに至らない限り、安倍政権の暴走には拍車がかかるだけでしょう。主権者・国民の覚醒以外に安倍政治の暴走を押しとどめることができる力はないのです。

3.「北朝鮮脅威論」の後退

今回の安倍訪米をフォローしていて強く印象づけられたのは、「北朝鮮脅威論」が表舞台から後退したな、という印象です。これは、朝鮮の人工衛星打上げ及び第3回核実験から間もないことを考えるとき、いっそう印象的です。その主要な背景としては、従来日米軍事同盟変質強化の正当化の根拠だった「北朝鮮脅威論」が、尖閣問題を足がかりとして「中国脅威論」を前面に押し出すことが可能となったことにより、その「脅威」というフィクションを維持する必要がなくなったという事情が大きく働いていると考えるしかありません。元々フィクション(虚構)で無理矢理な議論だったわけですから、「中国脅威論」をおおっぴらに言える状況になったいま、朝鮮に対する位置づけが変わるのは当然といえば当然です。
安倍首相はWPインタビューでは、「北朝鮮が行った核実験及び北朝鮮による核能力強化の試み並びに運搬手段としてのミサイル能力の向上に関して、如何にしてこれらの動きをチェックし、抑えることができるか、そして如何にして北朝鮮の政策を変えさせることができるか」という捉え方を示しています。そして首脳会談でも、「北朝鮮の挑発行為は容認すべきではないし,報償を与えるべきではない」、「安保理が新たな強い決議を採択し,制裁の追加・強化を実施することが重要」、「安保理以外の制裁も含め,日米で協力していきたい」と発言しているのです。そして両首脳が「この問題での協力を確認」、「日米韓の連携がこれまでにも増して重要になっているとの認識を共有」しているのです。どこにも、米日(韓)にとって朝鮮が脅威であるという捉え方が示されていません。
私としてつけ加えることがあるとすれば、「北朝鮮脅威論」から「卒業」する米日ならば、その脅威論を前提として米日韓が推進してきた、安保理決議を中軸とする対朝政策も根本的に見直すべきだということです。特に、朝鮮が、核実験については、アメリカ(安保理)の出方次第でやるかやらないかを決めるというメッセージを繰り返し発している(最近では2月28日付の労働新聞の署名入り論説は、「もともと…朝鮮には核実験を必ず行うべき必要も計画もなかった」、「しかし、米国がわれわれの衛星打ち上げの権利を乱暴に侵害し…国連安全保障理事会の「制裁決議」を他国よりも先に履行に移すなど敵対行為の度合いを高める以上、われわれの忍耐性も限界に至ることになった」と指摘しました)一方、人工衛星打上げについては宇宙条約に基づく権利の行使として一歩も引かない姿勢を繰り返し主張している点を重視する必要があります。
つまり、アメリカ(米日韓)が「弾道ミサイル技術を使った打ち上げを禁止する」という宇宙条約に悖る安保理決議に固執する態度を改めさえすれば、朝鮮との対話、外交の窓口は開いていることを認識するべきなのです。私としては、中国にもその点を重視した取り組みを行うことを強く期待しています。

4.安倍訪米及び日米中に関する中国側見解

 最後に、安倍訪米にかかわる中国側論調についても簡潔に紹介しておきたいと思います。
 中国側は、尖閣問題との関わりで安倍訪米に極めて高い関心を寄せていました。特に、尖閣問題が日中間で先鋭化するなかで、第1期オバマ政権、特にクリントン国務長官(当時)が「日米安保条約は尖閣に適用がある」という発言を繰り返してきたことは、中国にとっては最悪の事態における米中軍事衝突の可能性を考えなければならないことを意味するものとして深刻に受けとめられてきたのです。一部の識者からは、相手が日本だけだったらなんとかなる、という強気の発言も出たことがありますが、さすがに米中軍事衝突の事態は最悪のシナリオと位置付けられてきました。そして、安倍首相がその日米安保条約を後ろ盾として対中軍事強硬姿勢で臨んできていると中国側は判断しているだけに、安倍訪米がどのような新しい要素を持ち込むかという観点で固唾をのんで見守っていた、ということです。
とくに、日米首脳会談の直前の段階でWPが掲載した安倍首相の同紙とのインタビューでの発言内容は中国側の怒りに油を注ぐものでした。2月21日の中国外交部報道官の定例記者会見において、記者から、安倍首相の発言として、「日本その他のアジア諸国との衝突は中国が心の底から必要としていることであり、その狙いは国内の政治的支持を強固にすることにある。日本は中国が「他国の領土を略取する」ことを阻止する」という内容についてコメントを求められた洪磊報道官は、「我々は関連した報道内容に驚愕している。一国の指導者がかくも公然と隣国を歪曲攻撃し、地域国家間の対立を煽るということは稀である」、「中国は既に日本が即刻問題点をハッキリさせ、釈明することを要求した」と激しい言葉遣いで苛立ちと怒りを表明したのです(定例記者会見で記者が紹介した安倍発言は、"Japan's Prime Minister Shinzo Abe: Chinese need for conflict is 'deeply ingrained'"(2月21日付WP所掲のChico Harlan記者文章)によるものでしたが、この点に関する顛末は省きます)。翌23日の定例記者会見においても洪磊報道官は、「日本が意図的に「中国脅威」を宣伝し、国際世論をミスリードし、人為的に地域の緊張を作り出すのは、人に言えない目的があるからだ」と発言しました。2月24日付の人民日報も、鐘声「安倍は間違った言動を改めなければならない」を掲載しました。
 そういう中国の関心の所在からするとき、安倍訪米が具体的な成果を生まなかったということについて、多くの専門家が安倍首相に対して冷ややかな評価(彼らの安堵感の裏返し)を行ったことは、その評価が当たっているかどうかはともかく、理解できることでした。時系列に主だった記事、文章の見出しだけを紹介しておきますと、「安倍・オバマ会談から看取される微妙な米日関係」(2月23日付新華社電)、「安倍訪米、アメリカの「冷たい仕打ち」に遭遇」(同)、「安倍訪米、メディアの冷遇に遭う 米日首脳会談を「日帰り旅行」と規定」(同日付国際在線)、「安倍のオバマとの会見 あたかもホワイトハウス日帰り旅行の如し」(24日付解放日報)、「時事観察:オバマ、安倍を冷遇」(同日付光明日報)、「安倍よ、いい加減に目を覚ませ」(25日付人民日報海外版所掲の張紅主任編集員署名文章)、「専門家、アメリカは日本の右傾化の「暴走」を心配し、安倍を押さえ込もうとしているとする」(25日付北京晩報所掲の外交学院国際関係研究所・周永生教授インタビュー記事)、「米日の利益和睦は恐れるに足らず」(26日付人民日報海外ネット所掲の中国国際問題研究所特別研究員・賈秀東文章)などがあります。
 しかし2月25日付環球時報社説「安倍訪米の最大の収穫が冷静さということであることを希望する」は、安倍訪米に対する中日米三国世論において様々な評価を受けている現実を踏まえながら、非常に冷静な見解を示しています。それは、「安倍訪米は、アメリカの対中日関係に対するバランサーとしての能力、アメリカのいかなる態度表明も極めて重みをもつということを日中双方が明確に理解しているということを実証するものだった」ということです。それは非常に正鵠を射たものと言えるでしょう。
そして日中関係については、「中国が中日の衝突をエスカレートする気持ちがなく、釣魚島における対日対抗措置を「相手に見合う」規模に定めておくならば、日本の多くの細かい振る舞いについてはなおざりにし、ひいては無視してもいい。日本は、中国の「相手に見合う対抗措置」原則を認識すれば、釣魚島問題でさらに遠くまで進む力はないし、そうする勇気もないだろう」と尖閣問題の歩留まりを見定めようとしています。そして、「日本は東アジアでますます「小物」になっており、その力が相対的に小さくなるに伴い、器量も小さくなっているのだから、中国としては日本に付き合って溺れることはできないのであって、道を急ぎ、世界に目を向ける必要がある」と指摘しています。要するに、小物の日本に振り回されるのはいい加減にして、大国・中国は我が道を行くのだという意思表明でしょう。

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