朝鮮半島情勢と日本の対朝鮮政策

2013.01.01

*ある雑誌の依頼で寄稿した文章です。これからの朝鮮半島情勢の展開を左右するであろう要因について分析し、その下で日本・安倍政権の対朝鮮政策が受けるであろう影響について考えたものです(1月1日記)。

 アメリカ(第2期オバマ政権)、中国(習近平指導部)、ロシア(プーチン政権)、日本(安倍・自民党政権)そして韓国(朴槿恵・セヌリ党政権)において朝鮮半島に積極的にかかわっていく指導者の顔ぶれが出そろった。これほど一時期に集中したトップ人事更新ということはかつてなかったことであり、それだけに、2013年以後の朝鮮半島情勢がどのような展開を示すかということに人々の関心が高まるのは無理からぬことだ。朝鮮では、金正日死去を受けた金正恩政権が、人工衛星打ち上げ成功を背景に,東アジアの国際環境の変化に主体的に対応する体制を整えている。朝鮮半島情勢に影響を及ぼす重要な国際的要素を検討し、そのもとで日本の対朝鮮政策について考えるのが本稿の目的である。

<朝鮮半島情勢に影響する国際的要素>

 過去4年間の朝鮮半島情勢が一触即発の緊張の下にあった最大の原因は,韓国の李明博政権の対朝鮮敵視・対決政策と、李明博政権と連携したオバマ政権の硬直した対朝鮮政策とにあった。したがって、朴槿恵政権と第2期オバマ政権の対朝鮮政策が情勢を考える上でもっとも重要な要素となることは間違いない。大統領選挙に際しての朴槿恵の言動に鑑みれば、李明博政権の敵対政策を機械的に踏襲することは考えにくいが、金大中・盧武鉉政権の太陽政策にも批判的であるという大まかな傾向は読みとることができるものの、その具体的内容については明確さを欠き、予断を許さない。これに対してオバマ政権は、2009年当時は就任早々で対朝鮮政策は白紙状態であり、それだけに李明博政権の対朝鮮認識・政策に大きく影響されたが、過去4年間に形成された対朝鮮認識・政策の蓄積を背景とすれば、朴槿恵政権には逆に影響力を行使しようとすることになりかねない。それに対して朴槿恵政権が自主的な対朝鮮政策を立案・実行するだけの気概と見識を備えているかどうかが大きなポイントとなるだろう。
 朴槿恵政権に対して、アメリカ・オバマ政権に対抗する有力な政策オプションを提起しうるのは中国・習近平指導部だろう。同指導部発足後の最初の重要な対外活動が朝鮮への中国共産党代表団の派遣であり、金正恩自身が同代表団と会見した事実を見ても、習近平指導部が朝鮮半島問題を極めて重視し,朝鮮半島の平和と安定維持のために動こうとしていることが明らかである。同時に中国は、英語のみならず中国語も解する朴槿恵の登場を期待感を込めて高く評価している。中国は、李明博政権の対朝鮮敵視政策は失敗だったと断じており、6者協議による朝鮮半島非核化プロセス再開に向けて、朴槿恵政権に対する働きかけを強化する可能性は大きい。朴槿恵政権が米中の間で如何なる政策を打ち出していくかによって、朝鮮半島情勢は大きく左右されることになるだろう。ちなみに、プーチン・ロシアはオバマ政権との関係が良好からはほど遠く、対朝鮮半島政策において対話を重視する中国と立場を同じくしているので、朴槿恵政権としてはバランスのとれた情勢判断をする条件に恵まれていることはプラス材料だ。
 2013年に入っての最初の課題としては、朝鮮の人工衛星打ち上げに対する国連安保理での対応が焦点になる。アメリカは新たな安保理決議によるさらなる制裁強化をめざす立場を明らかにしているが、中国は、朝鮮の打ち上げに対して遺憾の意を表明したものの朝鮮の宇宙平和利用の権利は認める立場である。また新たな安保理決議採択に対しては、公式メディアを通じて反対する姿勢を明らかにしており、米日韓が強行する場合には拒否権行使もいとわないことを明言している。これは、そのような行動が朝鮮の第3回核実験という強硬な対応を生むという判断に基づく。ロシアは朝鮮の人工衛星打ち上げに対しては中国よりも厳しい姿勢だが、安保理決議が朝鮮の核実験につながるという2009年当時の悪循環が再演されることに対しての懸念については,中国の問題意識を共有していると思われる。
したがって、朴槿恵政権にとっては、この問題に対して如何なる対応を示すのかが最初の試金石ということになる。もちろん、朴槿恵が大統領に就任するのは2月25日なので、それまでは李明博政権が安保理での対応を担当する。しかし、もはや死に体の李明博政権が朴槿恵の意向を無視することはあり得ず、彼女の意向が韓国政府の対応に大きく反映されることになると思われる。

<安倍政権の対朝鮮政策>

 2002年の平壌宣言によって動き始めるかと思われた日朝関係を抜き差しならぬ緊張と対決に押し戻した立役者(?)は,小泉政権で官房副長官だった安倍晋三だった。平壌宣言で決着済みとなったはずのいわゆる「拉致」問題を歪め、拉致被害者の帰国実現という問題にすり替え,「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」という方針を推しすすめた彼が再び政権の座に返り咲くことは、朝鮮半島の平和と安定を展望する上では極めて不幸な事態と言わなければならない。しかも、彼の靖国問題を含めた歴史認識、領土問題に対する硬直した認識、憲法改悪を視野に収めた軍事力強化路線は、朝鮮との関係はもちろん、韓国及び中国の関係をもさらに悪化させかねない。
 他方、今回の衆議院総選挙において顕著となった、安倍晋三を含む日本政治の右傾化へののめり込みに対しては、ひとり中国、韓国、朝鮮だけではなく、欧米諸国のメディアにおいても警戒感を持って受けとめられることとなった。こうした日本の右傾化及び軍事大国化が「朝鮮脅威論」という虚構を利用して自己増殖を遂げていることに対しても,国際的な警戒感の広がりがある。これは過去にはなかった新しい要素だ。安倍政権が過去におけるとまったく変わらない認識を維持し、硬直した対朝鮮敵視政策を行うことに対しては、今後は厳しい国際的な監視の目が注がれることになるだろう。
 安倍政権の対朝鮮政策をさらに規制する要因となって働く可能性があるのは朴槿恵政権の対朝鮮政策であり、韓国との緊密な協調を下に進められてきたオバマ政権の対朝鮮政策が、朴槿恵政権の韓国との間でどのような折り合いをつけるかということだろう。この二つの点について現時点で判断を行うにはあまりに材料が不足だが、安倍政権の対朝鮮政策が、東アジア情勢の変化とは無関係に「我が道を行く」ということでは済まされなくなることは間違いないと思われる。
 最後に、外国頼みでしか朝鮮半島情勢を展望できない、というのは私たちにとって極めて情けないことだ。私たちの足腰を鍛えることが焦眉の急であることを強調しておきたい。

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