安倍政権の日本政治(中国側見方)

2012.12.24

*衆議院総選挙の結果が判明した翌日(12月17日)、中国外交部の華春瑩報道官は定例記者会見で質問に答えて次のように述べました。

 「問:16日に日本で衆議院の総選挙が行われ、安倍晋三が率いる自民党が勝利し、民主党に代わって政権に就くが、中国側はこれについて如何に評価するか。
答:我々は、日本の衆議院選挙の結果に留意している。中日両国は互いに重要な隣国であり、2006年には双方は中日戦略互恵関係を構築することについて共通の認識を達成した。中日両国が平和で安定した協力関係を維持することは、両国の利益に合致するだけでなく、アジアの平和的な発展にとっても必要である。中国側は日本の対中政策の方向性を重視しており、日本側が両国の直面している困難と問題を深刻に認識し、適切に対処し、中日間の4つの政治文件が確定した原則及び精神に基づいて両国関係の健やかで安定した発展を推進することを希望する。
 同時に、我々は、日本の発展の方向を高度に注目しており、日本が引き続き平和な発展の道を歩み、この地域の平和と安定及び発展のために建設的な役割を発揮することを希望する。
 問:中国側は近く政権に就く安倍晋三自民党総裁に対して如何なる期待があるか。
 答:既に指摘したとおり、中日両国が平和で安定した協力関係を維持することは両国の利益に合致するだけでなく、アジアの平和的な発展にとっても必要である。日本側が両国の直面している困難と問題を深刻に認識し、適切に対処し、中日間の4つの政治文件が確定した原則及び精神に基づいて両国関係の健やかで安定した発展を推進することを希望する。
 問:第一、中国から言えば、自民党が政権に就く後と民主党とでは如何なる違いがあるか。中国との交流が緊密だった政治家が落選したことをどのように見ているか。第二、安倍晋三が総選挙後に釣魚島問題に言及したことについて、中国側の反応は如何。
 答:第一の問題は日本の内政であり、我々は論評しない。
 第二の問題に関しては、釣魚島及び付属島嶼は中国の固有の領土である。日本側が実際の行動によって、関係する問題を適切に解決し、両国関係を改善するべく努力することを希望する。」

 2006年当時の安倍政権の行動を肯定的に評価する発言を冒頭においたところに中国政府の細心の注意が窺われます。他方、尖閣問題については、「日本側が実際の行動によって、関係する問題を適切に解決し、両国関係を改善するべく努力する」ことを促していますが、「実際の行動」によって「問題を適切に解決」するということが具体的に何を意味するのか(自民党政権時代の「棚上げ合意」の線にまで戻れば中国としてとりあえずの折り合いをつける用意があるのか、それとも、中国の艦船・航空機が尖閣の領海・領空に入っている現実を踏まえた新しい「現状維持」を要求しようとしているのか、中国の専門家の見解は分かれています)はハッキリしません。
衆議院総選挙の結果に対する中国メディアの反応も非常に高いものがありました。特に日本政治の右傾化が明確になったことに対する中国の憂慮と警戒はますます高まっています(上記の外交部報道官の発言にもそういう憂慮と警戒がにじんでいることを読みとることは難しくありません)。小選挙区制度特有の結果としての自民党「大勝」を受けて誕生する安倍政権の下での日中関係に関しては、中国側の論調では、来年の参議院選挙までと(参議院選挙で勝利する場合の)中長期的とを分けて考える傾向がハッキリ出ています。
 当面の日中関係に関しては、安倍晋三が自らの右翼的確信に基づく言説(靖国参拝、尖閣、改憲)を実行に移すことに対する警戒感と、2006年に政権を取った直後の安倍首相の中国訪問(中国では「破冰の旅」と評価)に見られる彼の現実政治感覚への期待感(特に、経済界の要求が強い、低迷する日本経済打開のためには、安倍政権としては日中経済関係を早急に改善する必要性に迫られているという判断)とが交錯しています。しかし、自民党が来たる参議院選挙で勝利することになれば、アメリカの対日軍事要求を後ろ盾に、安倍政権は改憲を含めた危険な政策を公然と推進することになる可能性が大きいとする見方が支配的です。
 日本政治の右傾化の背景には日本の政治経済情勢に対する一般国民の蓄積した不満と鬱積があるという判断も、中国の日本問題専門家の間に共通した認識となっています。今回の総選挙における共産党及び社民党の低迷及び後退も一部識者の注目するところとなっており、日本政治の将来に対する楽観的な見方はまったく影を潜めています。
 以上に概括した日本政治に対する中国側の見方を背景にして、12月17日付の人民日報は鐘声「日本の当局が如何に「汚い露店」(「手のつけようのない事物」のたとえ)を収拾するかを見よう」を、また、同日付の環球時報は社評「安倍がまたまた「激高青二才首相」ではないことを希望する」を発表しました。さらに人民日報には『人民日報海外版』というのもあるのですが、ここでは同日付で蒋豊「安倍は教訓を受けとめて中日関係修復を考慮すべし」(ただし、このタイトルは中国新聞社HPによるものなので、公表されたタイトルかどうかは分かりません)を掲載しました。
鐘声の文章は、発表した人民日報HPが鐘声の名前を冠していない(読売新聞は人民日報社説として紹介)ことに窺われるように、中国党政府の公式見解とみて差しつかえないものだと思われます(その後の中国及び香港の各紙で発表された数編の署名文章も、鐘声が示した枠組み・論点を明らかに踏襲しています)。環球時報社評はよりストレートに、安倍政権に対してホンネをぶつけることを意図しています(いわば「硬」)。それに対して蒋豊の文章は、安倍政権に対して精一杯の好意をにじませ、日中関係の修復に向けて行動することを促す内容になっています(いわば「軟」)。
以下では最初の二つの文章を紹介します(12月24日記)。

<鐘声文章>

 鐘声の文章は名指しこそ避けていますが、取り上げている靖国神社参拝、尖閣支配強化、改憲・国防軍のいずれもが安倍晋三のこれまでの発言を念頭においたものであり、文章全体が安倍新政権に対する中国党政府の認識・立場を明らかにすることに狙いがあることは明らかです。そして、「靖国神社を参拝することは世界の反ファシズム戦争の勝利という成果に対する否定であり、領土帰属を変更することは戦後国際秩序の礎石を動揺させることであり、平和憲法を改正することはアジアの平和安定に対する挑戦である」と位置付けていることは、靖国、尖閣、平和憲法を個別問題としてのみならず、日本の過去(歴史認識)、現在(国際関係の中の日本)及び未来(日本の進路)にかかわる集中的かつ象徴的問題と見なしているということです。まさに日本政治のあり方に対する中国の根本的な問題提起であると言わなければならないでしょう。こういう問題は、本来であれば、私たち自身が自らに問いかけるべきものであり、中国側から指摘されるということ自体に重大な問題があります。それだけ私たちの自浄能力が危機に瀕しているのです。私たちとしては、鐘声の文章が内政干渉だといたずらに反発するのではなく、また、この文章は安倍晋三に向けられたものだと傍観視するのではなく、私たち一人一人に対する厳しい問いかけとして受けとめるべきだと思います。
 もう一点各論的に附言すれば、尖閣問題に関する鐘声の文章にも注目する必要があります。「中日両国は現在外交交渉を通じて釣魚島主権紛争に関する共通の認識を再建しようとしており」という発言は日中外交事務当局間の折衝を念頭においたものかどうかは分かりませんが、日中間に何らかの接触があることを窺わせるものとして注目されます。また、「紛争のエスカレーションを回避し、共同しかつ有効に危機をコントロール」するという提起は抽象的に過ぎて真意をつかむことはできません。上述したように、「棚上げ合意」に戻るか、新たな共通認識を日本側に要求するかで中国の識者の間で見解が割れている中で、鐘声のこの文章が何かをヒントしているのかどうかは、さらに観察する必要があるようです。

 日本が普通の国家になり、アジア各国との関係をうまく処理しようとするのであれば、歴史を反省し、罪責を洗い流し、衝動を抑制し、言行を標準に合わせることを学びとらなければならない。
 …日本の新首相が引き継ぐのは汚い露店であるが、この露店がどのようにしてやってきたのかについては必ず思い当たるところがあるはずだ。政治、経済及び外交面で、自民党と民主党との間には相互牽制もあれば協力協調もあった。正確な歴史観及び備えるべき大局観をもって、どのように外部世界、特にアジア隣国との関係に適切に対処するか、ということは、日本にとってとりわけ重要なことである。外交における書き損ないは、国内政治、経済発展に対して極めて大きなマイナスの影響を及ぼす。
 日本は3つの問題に対して厳粛に向かい合わなければならない。
 まず靖国神社参拝問題である。…靖国神社参拝問題は、日本が日本軍国主義の侵略の歴史を正確に認識し及びこれに正確に対処できるかどうか、中国を含む広範な被害国人民の感情を尊重することができるかどうかにかかわっている。日本は歴史を正視し及び反省し、「歴史を鑑とし、未来と向きあう」精神に基づき、歴史問題について行った厳粛な態度表明及び約束を遵守するべきである。
 第二は釣魚島問題だ。日本は、釣魚島及び付属島嶼は、その領海及び領空の主権を含め、中国に属することを明確に認識しなければならず、釣魚島海域及び空域における不法な活動を停止しなければならない。(日本の釣魚島問題での行動が問題を起こし、中日関係を谷底に陥れ、中日民間交流をも破壊したことを指摘した後)釣魚島に対する支配を強化しようとする如何なる試みも思いどおりにはならず、釣魚島に名を借りて国内の民意を移し替えようとする如何なるやり方も最終的に自分自身を縛り上げるだけだということを、日本はハッキリと認識しなければならない。
 第三は平和憲法の問題である。ある時期以来、日本の政治屋たちは平和憲法と非核三原則を変えようと積極的に企て、いわゆる集団自衛権を鼓吹し、甚だしきには自衛隊を国防軍にまで昇格させることを公然と主張するまでになった。日本は、戦後国際秩序の束縛を脱却したいと狙っており、政治的軍事的にいわゆる普通の国家になることを企んでいる。平和憲法は日本が平和的に改造する上での法律的根拠であり、戦後60年余にわたって日本が発展して来た重要な保障であり、平和憲法を放棄することは日本の前途を危うくすることにほかならないことを、日本はハッキリと認識しなければならない。
 以上の3つの問題はすべて原則的な是非の大問題であり、いささかなりとも曖昧にすることは許されない。靖国神社を参拝することは世界の反ファシズム戦争の勝利という成果に対する否定であり、領土帰属を変更することは戦後国際秩序の礎石を動揺させることであり、平和憲法を改正することはアジアの平和安定に対する挑戦である。
 日本の一部政治家の選挙期間中の言動は極めて無責任なものであり、国内経済の低迷を利用して「右傾化」を鼓吹するものだ。自民党が政権に就いた後、日本の極端なナショナリズム感情と「右傾化」はさらに強化されるのか。西側のメディアを含む国際世論は、既にこのことに対して憂慮を表明している。…外部の力に依拠してほしいままに事を行い、時代の潮流に逆らうならば、如何なる前途もあり得ないと言うべきである。
 中日関係が前進するか後退するか、今正にカギとなる時点にある。中日両国は現在外交交渉を通じて釣魚島主権紛争に関する共通の認識を再建しようとしており、日本の新指導者が大局から出発し、アジアの長期的発展から出発して、紛争のエスカレーションを回避し、共同しかつ有効に危機をコントロールし、(日中間の)焦点を中日協力及び地域協力などの重要な議題に移すことを希望する。

<環球時報社評>

 環球時報社評が明らかにしているのは、中国が日本の政治状況に対して醒めきった見方を持っているということです。「日本政治においては、ほとんどすべての政治家が「政治屋化」させられている。短期操作が日本政局でははやりのやり方であり、日本はあたかもエンジンのない船のように波間に漂って当てもなく進んでいる。中国にとって、このような日本と付き合う上では何らかの戦略に基づいて事を進めるというのは至難であり、両国関係は深刻に「案件処理化」しており、両国はその蓄積に耐えられなくなっている」、「安倍は近年の日本における「一年首相」の先駆けであり、今は「二進宮」(出戻り)として、彼にとってもっとも関心があるのは自分の地位にどれだけ居られるかということであり、中国人が彼をどう見ているかということなどさらさら眼中にない」、「安倍が政権に就いたら、中国は直ちに実際行動によって彼に対してルールを作るべきであり、仮に彼が過度に強硬な挙に出るならば、我々は断固反撃し、野田の冴えない気分を安倍の体に乗り移らせるべきだ。こうした圧力があってのみ、安倍ははばかり恐れるだろう。そうでもしなければ彼は浮かれたままで、中国は関係改善について彼にすり寄ってくると考えるだろう」、「近年における日本の温和な対中政策はすべて、我々が闘い取ったものであり、一度として我々が懇願して得られたものはない」、「中国としては、日本との関係を改善するために大きなエネルギーを費やす必要はまったくない」などなど、日本政治にはもはや当事者能力を期待することすらできなくなっているという認識です。ここまでアケスケに言われると、私もいい加減うんざりするし、腹も立ちますが、口惜しいかな事実であることは認めないわけにはいきません。
 そういう日本を相手にして尖閣問題で軍事衝突に発展しかねない「火遊び」を余儀なくされているのですから、中国としてはハラハラどきどきで事を進めているという腹の内が、この社評からは透けて見えてきます。「この火遊びにおいては、両国がそれぞれの主張を堅持し、かつ、それぞれの行動を取ると同時に、戦略的な思考能力を維持することが必要だ」という指摘がそれです。「しかし小手先の行動に深刻なまでに依存する日本政府は、この点では甚だ心許ない」というのは、中国側の掛け値なしのホンネでしょう。
なお、尖閣問題に関しては、社評は棚上げへの回帰ではなく、「前提は、中国が釣魚島の海域及び空域で実際のプレゼンスを強化しつつある趨勢を保つということ」を明確に打ち出しています。ホンネかブラフかはたまた牽制球なのか、いずれとも判断しかねますが、こういう主張が公然と行われていることは、尖閣問題の前途が簡単ではないことを暗示していることだけは間違いないでしょう。

 …安倍は日本の典型的なタカ派の政治家であるが、2006年に首相になったとき、最初の訪問国として中国を選び、有名な「破冰の旅」を成し遂げた。今回彼がどのように中日関係に対処するかは大いに見どころである。
 多数の分析によれば、中日間の当面のにらみ合いの原因が領土紛争であるので、安倍が再度迅速に「破冰」する可能性は大きくないが、野田の「汚い露店」の上で引き続き中日関係を悪化させるというのはさらに選択対象とはなりにくいだろう。安倍政権としては、中国側との間で、めまぐるしく変わる、かつ、事に応じて対処を考えるというやりとりをして行くことになるだろう。
 対中関係において、安倍の頭には少なくとも2つの「緊箍児」(注:孫悟空の頭の輪っか)が被さっている。一つは日本社会の深刻な右傾化であり、ナショナリズムは政治家たちの普遍的な同盟者である。もう一つは中国の実力が急速に上昇していることであり、日本経済はもはや中国の強い影響から離れられなくなっている。これら2つは相反するまじないとなっており、安倍としてはその中間で自らのバランスを図ることになる可能性が高い。…
 日本政治においては、ほとんどすべての政治家が「政治屋化」させられている。短期操作が日本政局でははやりのやり方であり、日本はあたかもエンジンのない船のように波間に漂って当てもなく進んでいる。中国にとって、このような日本と付き合う上では何らかの戦略に基づいて事を進めるというのは至難であり、両国関係は深刻に「案件処理化」しており、両国はその蓄積に耐えられなくなっている。
 日本における当面の重要な人事の変動のようなことが起こるとき、中国では常に「相手側を味方に引き入れる」という願望が働く。しかし安倍に関しては、明らかに「その言を聴き、その行いを観る」という問題ではない。安倍は近年の日本における「一年首相」の先駆けであり、今は「二進宮」(出戻り)として、彼にとってもっとも関心があるのは自分の地位にどれだけ居られるかということであり、中国人が彼をどう見ているかということなどさらさら眼中にない。
「味方に引き入れる」とするならば、日本の選挙民を味方に引き入れなければならない。日本の「嫌中」派はますます増えているが、中国と決着をつけてでも対立しようと考えるものはごく少数の右翼だけだ。中国が釣魚島で取った強烈な反撃はここ数カ月の間日本を揺るがしており、その慣性力は今もなお作用を発揮している。安倍が政権に就いたら、中国は直ちに実際行動によって彼に対してルールを作るべきであり、仮に彼が過度に強硬な挙に出るならば、我々は断固反撃し、野田の冴えない気分を安倍の体に乗り移らせるべきだ。
 こうした圧力があってのみ、安倍ははばかり恐れるだろう。そうでもしなければ彼は浮かれたままで、中国は関係改善について彼にすり寄ってくると考えるだろう。中国としては、安倍政権が発する可能性がある善意のシグナルに対して無関心であるべきでないことはもちろんだが、我々が彼に急いですり寄るということはあり得ない。近年における日本の温和な対中政策はすべて、我々が闘い取ったものであり、一度として我々が懇願して得られたものはない。
 中日両国は既にこうした寒々とした関係に適応しており、両国の実力に新たな大きな変化が生まれず、アジア太平洋地域にさらに新しい推進力が現れない限り、中日関係を一時的なひらめきによって歴史的に好転させることは極めて難しい。たとえ好転することがあるとしても、繰り返しは至難である。中国としては、日本との関係を改善するために大きなエネルギーを費やす必要はまったくないのだ。
 ただし、釣魚島で軍事的対決が出現することを防止するという点については、中国は安倍政権と協議を行う必要はある。しかしその前提は、中国が釣魚島の海域及び空域で実際のプレゼンスを強化しつつある趨勢を保つということだ。中日は、釣魚島において極めて難度が高く、リスクもますます大きくなりつつある火遊びを繰り広げている。この火遊びにおいては、両国がそれぞれの主張を堅持し、かつ、それぞれの行動を取ると同時に、戦略的な思考能力を維持することが必要だ。しかし小手先の行動に深刻なまでに依存する日本政府は、この点では甚だ心許ない。
 自民党は日本の老舗の執政党であり、安倍には前回の政権運営の時の教訓もある。我々としては、彼がまたまた「激高青二才首相」ではないことを希望し、彼が扱いの極めて難しい中日関係において自らの成熟を証明することができることを希望する。

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